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ザクとは違うのブログ一覧

2026年02月22日 イイね!

重巡鳥海の製作(後部マストなどの製作)

フネの姿がだいぶ出来上がってきたので、どんどん進めます。
ジオラマ化する際に配置べきものの一つが乗組員のフィギュア。少し前までは海魂製のエッチングパーツで再現していましたが、どうにもペラペラ感が否めず違和感がありました。そこへ行くと3Dプリントパーツは立体感もありポージングのリアルさも格段に上を行きます。しかし価格が高く入手方法もかなり限られます。もっと安易に入手できるようになるといいですね。
ということで3Dプリントパーツを手元にある分だけ活用します。

この製品は一部にカンフーポーズを取らせてあるなど若干クセがありますが、100体入って確か1000円くらいだったので格安でした。現在では販売されていないのが大変残念です。
フネに配置してみました。

んー、戦闘中の緊張感がない…。
ということで、その大半を撤去しました。撤去しなかったのは旗甲板。ここには報道記者たちがいて、被弾により多くの方が亡くなりました。↓はその一人の丹羽文雄氏の小説「海戦」の一節です。

この記載を基に旗甲板の手すりを破壊し黄色をところどころに塗って、フィギュア数体を配置しました。

二本の煙突の間には応急角材格納所があるので、伸ばしランナーで再現します。


またその両脇の探照灯台には短艇用デリックがありますが、繋止位置は一定ではないようです。

探照灯台の直前あたりには謎の機器・縦舵器調整機があります。同機は駆逐艦竹を作る際に調べたことがありますが、その正確な形状を写真で確認することが出来ず、使用方法も分かりませんでした。再度調べ直しましたがやはりよく分からないので、スーパーイラストレーション高雄のイラストを参考にそれらしいものを取り付けることにしました。

同機近くの左舷側には高角砲装填演習砲があります。日本海軍艦艇図面集ではこのような表記があります。

総ざらい高雄型には同砲の写真が載っていました。

これに加え、魚雷頭部積み込み用デリックも適当に製作しました。


艦尾には爆雷投下台が4基設置されていました。駆逐艦の場合は6基設置され、そのうち2基が水圧式で4基が手動式ですが、4基の場合はいずれも手動式だったようです。実艦写真でもシルエットが確認できるので、プラペーパーなどで再現しました。


ちなみに沈没した鳥海を撮影した写真では爆雷投下台は確認できません。


後部マストです。
この時期の鳥海のキットはフジミとアオシマが出していますが、いずれもクロスツリーより上のヤードは2本あり、上のものは斜め上前方に向いています。

これについて実艦写真を確認すると…

まだこの時期は直線ヤード1本です。
しかし…

これらの写真ではヤードは1本のようです。右側の写真ではキットと同様の斜め上向きとなっていますが、前方ではなく後退角が付けられているように見えます。
問題は第一次ソロモン海戦時がどうであったか。
トラック島撮影時点はソロモン開戦直後のようですが、ヤードの形状がイマイチはっきり分かりません。鳥海はこの時期に大きな改装などを行ってはいないはずなので、ヤードは直線1本だったと推定し、そのように製作しました。

ガフは少し右舷に振って設置すべきでしたが、まっすぐ後ろに向けて付けてしまいましたorz

同時に舵柄信号のニュートラル位置を示す白線位置も確認すると、戦前には三脚の3本ともにあったのがS17年3月には主柱のみとなっているので、そのように塗装することにしました。

後マストには旗も付けます。
これまで主に駆逐艦を作ってきた中では「戦闘中は軍艦旗をガフに掲げる」くらいのイメージでしたが、改めて「桜と錨の海軍砲術学校」にある「第1話 戦闘旗について」で勉強しました。これを読むと、通常時は軍艦旗を艦尾旗竿に掲げるが、戦闘中は邪魔になるので旗竿を倒して旗を後ろマストに掲げる。また同時に戦闘中であることを示す戦闘旗も後マストに掲げるが軍艦旗と戦闘旗は全く同じものであり、つまり戦闘中は軍艦旗と戦闘旗の2つが後マストに上がっている、ということです。
サイトにはその根拠となる「海軍旗章令」へのリンクも貼られていたので確認しました。
しかし…
 全く同じ旗2枚を同じマストに掲げるのだろうか?
 仮にそうだとした場合、どちらを上に掲げるのだろうか?

海軍旗章令でもそのあたりは明記されていませんし、艦船模型作品を見ても2枚の軍艦旗を上下2枚掲げたものは見たことがありません。
よって「戦闘中は艦尾旗竿を倒して、そこに掲げていた軍艦旗を後マストに移し、戦闘旗として掲げる」と解釈することにしました。
また第一次ソロモン海戦時の鳥海には三川軍一中将が第8艦隊司令として乗艦していたので、中将旗も後マストトップに掲げることになります。
戦闘旗は伊16・58のデカールがあったので使ってみましたが、かなり古かったためボロボロになってしまいましたorz

やむを得ずWLシリーズのシールを使い、アルミホイルを挟み込んで製作しました。

次は前マスト。
これがまた複雑な構造なんですよね。上手く作れるかな…。
Posted at 2026/02/22 15:21:24 | コメント(2) | 艦船模型 | 趣味
2026年02月22日 イイね!

重巡鳥海の製作(主砲の加工など)

重巡鳥海の製作(主砲の加工など)短艇の配置を検討する中で、第一次ソロモン海戦時の後部艦橋両脇上段には短艇は配置されなかったと推定しました。ただ実艦写真を見ると艇架だけは残されていたようです。

よってプラバンとプラペーパーで作ってみました。


5基の主砲ですが、そのうち1番主砲は海戦中に被弾しています。
「軍艦鳥海損傷部修理報告」(昭和17年9月第8潜水艦基地隊)によると、右砲根元直上から敵弾が侵入し、直進して後部壁面下部を通過したとされています。主砲の前盾装甲が薄かったためか、あるいは不発弾だったため、主砲内での炸裂はしていないようですが、この被弾により1番主砲は以後使用不能となりました。
その被害状況写真が残っています。

今回はこの状況も再現しました。

よしよし、いい感じ♪
と思った瞬間、「しまった、1番主砲は測距儀付きだった!」と気付きました。私としたことが…。
このあと穴を埋め、測距儀付き主砲に同様の処理を施しました。

主砲に関しては2番4番の天蓋には三脚式の空中線支柱が立てられています。
高雄愛宕は大改装時に4番主砲上の三脚は撤去されていますが、鳥海は大改装を最後まで行わなかったので三脚もあり続けました。
スーパーイラストレーション高雄にはこのような図があり、左舷側に2本の足が立っています。

これを実艦写真で確認します。

これを見ると鳥海の場合、右舷側に2本の足があることが分かります。写真右では三脚の交点から上に1本の柱が立っているように見えますが、他の重巡などのような横長の桁はありません。また、こちらの写真↓では2番主砲の三脚交点上の柱は非常に短いものだと確認できます。

同様の状況が4番砲上についても確認できます。

さらにこちらの写真では1番砲上に小さな三脚が確認できますが、他の写真では確認できませんでした。


これらを踏まえて三脚を立てました。交点上の短い柱を立てるのにかなり苦労しましたorz


3番主砲両舷あたりには小さなダビットが2基ずつ付いているので、WL大型艦用装備品セットに入っているラジアルダビットを削り込んで作りました。




前回ブログで後部マストのクロスツリー下を作成しましたが、その右舷側には艦尾速力信号灯が設置されています。

これを伸ばしランナーとプラペーパーで作成。極めて小さなパーツなので、製作は困難を極めました…


艦尾のディテールアップを行います。
ボラードより少し前にあるキャプスタンはプラ棒から自作、その直後あたりにあるプロペラガードは0.2mm針金で作成、副錨は自作が難しいので軍艦堂さんの3Dプリントパーツを使いました。旗竿は戦闘時は倒されているので、その状態を伸ばしランナーで再現しました。実際には根元の三脚も倒されますが、間違って立ったままで作ってしまいました。見逃してください(笑)


戦闘中であることを表現するため、高角砲の薬きょうを甲板上にばらまきます。12.7cm高角砲の薬きょうの画像を見るとサイズ感はこんな感じ。

これも伸ばしランナーを金色に塗って大量に作りました。

極小パーツですが、あるとないとではかなり印象が異なります。特にジオラマでは小物類の有無が勝負と考えているので、こういうところは少々大変でも手を抜かないようにしています。

とはいえ、まだまだやることいっぱい…(^^;
Posted at 2026/02/22 09:36:13 | コメント(3) | 艦船模型 | 趣味
2026年02月20日 イイね!

体力の低下について

ここ数年の健康診断では血液検査でのeGFRとクレアチニンの数値(いずれも腎臓関係)が急激に下がってきています。
父方が透析家系なので、いずれ自分もという想定は以前からしていて、ハモン様にもそう伝えてありましたが、これほど早くしかも急激に落ちるとは想定外でした。
さすがに心配になったので10月に専門医で診てもらいましたが、そこでの検査結果はさらに悪い数値。しかしながら…

先生:シスタチンという数値は正常値を示しているので、トータルで見て7割くらいの能力が残っていると見てもいいでしょうね。4月になったらまた来てください

とりあえず安心かな…。

と思っていたら、年末あたりから明らかに体力が落ちてきました。
普段は通勤に自転車も使っていますが、片道20分弱のアップダウンがかなりしんどくなり、走る速度も少し落ちました。しかも、走行後半日くらいは倦怠感が強く、眠気も催すので物事が手につきません。こんなことは過去無かったのに…。
こういう時、一気にネガティブ思考に陥る癖のあるザクとは違う。
腎臓の能力が落ちると疲れやすくなるので、10月よりもさらに数値が下がってきたのではないか。その場合、数年後には透析生活となり、行動の自由が大幅に制限されます。
仮に腎臓移植となった場合、家族以外からだとかなり長期間の待ちがあるので、それまでの間はやはり透析生活。
家族からもらう場合も、ハモン様は承諾してくれるだろうか、仮に嫌だと言われたら母親?いやさすがに高齢者からは…。かといって娘たちに尋ねるのもかなり勇気が必要です。どうしよう…。

腎臓専門医ではCTも撮影してもらっており、その結果、肝臓に大きめの影がありました。

先生:恐らく良性でしょうが、念のため肝臓専門医に診てもらうとよいでしょう。

では、まずは肝臓専門医へ。
すると

先生:腎臓の数値の落ち方があまりにも急激すぎますね。過去にも同様の患者がいて大病院で精密検査を受けてもらい、早速配偶者の方から腎臓移植を受けたケースもありました。あなたも紹介を希望されますか?

もちろんOK。
そして先日、近くの大病院へ。
丸一日かかっていくつもの検査と肝臓医・腎臓医の診察を受け、昨日、全ての検査結果を踏まえた最終的な診断結果を聞いてきました。腎臓は感染症等のリスク因子も含めて全否定されましたが、eGFRの数値は年齢と比較すると少し早めの落ち方なので、経過観察が必要とのこと。
ここ最近の倦怠感について

ザク違;塩分の取らなさ過ぎではないでしょうか?
先生;日本人は10g/日と摂り過ぎなので6g目標といってますが、欧米人は3g/日程度です。

塩分はもっと減らしても大丈夫なようです。
肝臓の方が良性腫瘍なので、年1回程度のMRIかエコーで経過を見るとよいでしょうとのことでした。
やれやれ、当面のリスクは回避。ちょっと一安心です。

若かりし頃は体重管理以外の健康管理はほぼ何も考えず、夜更かししたり毎日酒を飲んだりなどの不摂生を少々したところでなんともありませんでしたが、ここ最近は体の色々な変化が気になるようになりました。
還暦も近くなると、いったん悪くなった状態を元に戻すことが難しくなってくるので、以前より気を付けて生活しないといけなくなります。

ハモン様:急激な体力低下は男の更年期じゃない?
ザク違:んー、それって要はホルモンバランスの変化だよね。

いずれにせよ「老いたな、父上」と娘たちに言われないよう、もう少しの間、元気で過ごしたいものです(汗)
Posted at 2026/02/20 20:32:10 | コメント(3) | 健康ネタ | 暮らし/家族
2026年02月15日 イイね!

重巡鳥海の製作(艦載艇の検討・後マストの製作)

ジオラマの海面にようやくめどが付いたので、鳥海の製作に戻ります。
まずは艦載艇について検討します。
シコルスキー図面では新造時と1932年時の状態が図面化されていますが、両者は若干異なります。

32年時では煙突脇の左舷側にあった通船を後部艦橋脇へ下げ、右舷側の11m内火艇を長官艇に交換しています。
通船はカッターの上に載せられていたので、カッターの使い勝手を改善するために通船を移動したのではないでしょうか。長官艇については、鳥海の巨大な艦橋が旗艦として使いやすかったことから、内火艇から交換したのではないでしょうか。

更に実艦写真で確認します。

この時点では後部艦橋上にあったランチがカタパルト前に移され、後部艦橋脇には内火艇が置かれています。後部艦橋上に置かなくしたのは、1934年の友鶴事件を受けて重心を低下させるためではないかと推察されます。また後部艦橋脇は前後長があまりないことと、重量軽減のため内火艇は11mより小さいものに交換しています。恐らく8mでしょう。
こちらは1942年トラック島での鳥海の写真です。

遠景なので判然としませんが、後部艦橋上に小艇はなく、その手前に内火艇が置かれているように見えます。カタパルト前はよく分かりません。
さらに戦争後半とされるこちらに写真にもカッターなどが写っていました。

後部艦橋脇はカッターに見えますが、ランチの見間違いかもしれません。
これらを踏まえて第一次ソロモン開戦時を以下のように推測しました。
 煙突両側:右舷=9mカッター+6m通船、左舷=8.2m通船(新造時と同じ)
 後部艦橋上:なし
 後部艦橋脇:両舷とも8m内火ランチ
 カタパルト前:右舷=長官艇、左舷=11m内火艇

第一次ソロモン時の鳥海は第8艦隊旗艦を務めており、このため内火艇のうち1隻は長官艇とする必要があります。「軍艦鳥海航海記」にも旗艦になると調度品などの入れ替え作業等が多く発生するので困るなどの記載が見られます。これを設置する場所として後部艦橋脇では前後長が足りないので新造時のようにカタパルト前としているはずです。
その結果、内火ランチは後部艦橋脇に置くこととなってサイズを小さくする必要があるので8m型と推定しました。ちなみに同サイズのものが三隈に搭載されていることが確認出来ます。

そうなると1932年時のように通船をそこへ置けなくなるので、新造時と同様に煙突両側にカッターと通船を配置しただろうという推定です。

次に艇ごとの考証です。
大和ミュージアムのライブラリーを見ると、内火艇中ほどの甲板に傾斜があるものとないものがあると分かりました。他の艤装も艇ごとに微妙に異なりますが、造船所ごとの違いと思われるのであまり気にしないことにします(笑)

手元のキットはハセガワ、WL装備品セット、フジミの3種がありますが、それぞれ以下のような状態です。

フジミはディテールが繊細ですが、キャビンなどの配置や大きさがシコルスキー図面とは異なっていると分かりました。ハセガワはWL装備品とほぼ同じ作りですが、キャビンの帆布表現がリアルにされています。
結局、内火艇はハセガワをディテールアップし、長官艇はWL装備品を改造することにしました。それがこちら↓

8m内火ランチと9mカッターはハセガワ製をそのまま使います。
6m通船もハセガワ製(青葉のもの)を使いますが、8.2m通船は無いのでスクラッチ。

割といい感じに仕上がりました♪
これらを艦首から順に配置するとこのような順番になります。


次に手掛けるのは後部マスト。
こちらは三脚部の中段が単なるステーではなくフロアが設けられています。

幸いフロアごとのサイズがシコルスキー図面で確認できるので、それに基づいてスクラッチしました。

これを組み上げると…

おー、いい感じ♪
三脚の中段はステーの長さで毎回苦労します。鳥海のようなフロア式は初めて組みましたが、図面通りにパーツを作るとバシッと合うものですね。当然とはいえちょっと驚きました。
三脚頂部のクロスツリー以上はまた後日製作予定です。

今後の前後マスト製作の際には大量の極細プラ棒が必要になります。マスト主柱などは太さの均質性が求められるのでプラストラクト製品を使用しますが、支柱やトラスまでそうしているとお金がかかって仕方ないので伸ばしランナーを使用します。
ぼちぼちストックが無くなってきていたので、かなーり久々に作成。

左の湾曲したものはすべて処分しました。狙った太さを作るのも大変ですが、直線のものを作るのも難しいですね。伸ばした直後に下に重りを付けて垂らしておいたのですが、それでもこの状態でしたorz

艦首のファッションプレートにあるフェアリーダーですが、実艦では穴の下にふくらみがあります。これを瞬間接着剤の重ね塗りによって表現してみたところ、なかなかいい感じになりました♪



まだまだ先は長い…
Posted at 2026/02/15 19:46:36 | コメント(3) | 艦船模型 | 趣味
2026年01月29日 イイね!

重巡鳥海の製作(ジオラマベースの製作その4

海面を海面らしく作るのがこれほど難しいと思ったことはありませんが、今回の製作は今までより気合を入れているので、少々手間がかかっても満足のいくものを作りたいと考えています。
さて、土台の粘土が硬化したので、アクリル絵の具のブルーを塗りました。プラ用塗料を使わないのは上に塗る海の色に深みや変化を持たせたいという思いと、近年塗料の価格が上がってきているので少しでも費用を圧縮したいという二つの意味があります。


この上にネイビーブルーを塗布。広い範囲ですが全面筆塗りとすることで微妙な変化が表現出来ました。


このあと、ジェルメディウムを塗りますが、その前にテストピースでメディウムの種類による違いを確認します。次画像の上は左側に艶出し用、右側に盛り付け用を塗っており、いずれも水を10~20%程度加えたものです。

左のメディウムは乾燥すると体積が大幅に減る一方、右はあまり減りません。この違いにより粘土に付けられた無数の凹部分がどのくらい埋まるのかを見ましたが、やはり右のほうが面全体がフラットに近くなります。ただ、左のメディウムでも数度塗り重ねると同様の状態になると分かりました。
仰ぎ見るスーパーモデラ―・kazunoさんは10回くらい重ねるとか…。

テストピースの左端には波を作り、波頭にタミヤ情景テクスチャーペイントの粉雪を塗布。これが↑画像の下の状態です。

今回の舞台は夜戦なので、航走のよって出来る白波を真っ白にせず、少しくすませてみることにします。そのため白の上からスモークを塗り重ねてみました。これが下画像の上の状態。

舞台では主砲発射の瞬間も表現する予定なので、その閃光の照り返しを水面に表現しようと考え、クリアオレンジを塗ってみました。これが下画像の下の状態です。
いずれもまずまずの成果になったと感じられたので、いよいよ本番です。

まずは艶出しメディウムを塗ってから水溶き盛り付け用メディウムを重ねます。
すると…海が白濁してしまいました!

乾燥前の盛り付け用メディウムは白なので、数日養生期間を取りましたが変わることがありません。よく見ると無数の小さな気泡が出来ていました。水溶き失敗orz
改めてテストピースを見直してみると、やはり若干白濁していました。見落としたか…。
ここで迷うのは、失敗したエリアの石粉粘土を全て引き剥がし、再度イチからやり直すかということ。散々迷った挙句、やはり満足のいく作品に仕上げたいという気持ちから、やり直しを決定!
と、その日は床に就きましたが、翌朝ふと「その上にブルーを塗って、もう一度艶出しメディウム塗ればよいのでは?」と思いたち、その方法に変更!
その結果がこちらです。

よしよしいい感じ♪

次は艦首波。
いつものように納豆3パックの包装フィルムを使いますが、事前の形状検討のため紙で試作をしています。舳先で立ち上がった波が後ろに行って水面に倒れ込むところはセメダインスーパーXで接着し、マスキングテープで固定しておきます。


その後、波頭に情景テクスチャー・粉雪を塗布し、海面全体にスモークを吹きました。
この時点ではまだ艦周囲の白波に粉雪は塗布していませんが、これは艦周囲の粉雪に木工ボンドで艶出ししたりスモークをかけたりするタイミングの判断が付きかねていたためです。結局、艦を設置してから粉雪を塗布し、その後艶出し等を行うのがよいだろうと判断しました。

さて、ようやく海面が出来て艦を設置するまでに至りました。
今後は艦へのディテール追加、電飾、爆煙の作成などに移っていくことになります。いったいいつ完成するのやら…。
Posted at 2026/01/29 07:33:53 | コメント(4) | 艦船模型 | 趣味

プロフィール

「犬のいるビネットを作りました http://cvw.jp/b/488285/48960861/
何シテル?   03/04 20:29
模型工作とキャンプが大好きなヘタレをやぢです。 私がフォローする方には2種類あります。 一つは「以前からのみん友さん」 もう一つは「ちょっと興味を持っ...
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