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ザクとは違うのブログ一覧

2026年10月06日 イイね!

香川島根一人旅(城攻め編)

第一目標である艦船模型合同展示会は島根県松江市で開催されますが、愛知から島根まで行く機会はそうそう無いので、この機会に島根の城攻めも敢行します。

島根県内に著名な城がいくつもありますが、まずは月山富田城。
この城は戦国時代における山陰地方の雄・尼子氏の本拠地で、標高190mの月山を中心に、飯梨川に向かって馬蹄形に伸びる広大な山城です。
尼子氏の後には毛利氏、吉川氏、堀尾氏と城主が変わり、戦国時代から江戸時代初めまで山陰の政治経済の中心地でした。吉川氏が城主となってからは主要な箇所に石垣を築き、瓦葺きの櫓や土塀を建てるなど中世城郭から近代城郭へと大きく変貌しました。
尼子氏といえばその臣下・尼子十勇士の筆頭だった山中鹿之助が有名です。戦時中の教科書には「願わくは我に七難八苦を与え給え」というフレーズと共に掲載されたエピソードがありますが、この城内はその生誕地との表示もあります。

さて、久しぶりの山城。
最近は運動不足なので、難攻不落とされる山城攻めには少々覚悟が必要です(笑)
詳細な個別報告は避けますが、道中の写真をいくつか貼っておきますね。










結論。
ここは山城好きにはたまらない城です。
少なくとも私がこれまで登った山城の中で最も素晴らしいと感じました!

一般的に山城は山肌を多くの樹木で覆われており、最上部の本丸から周囲の景色が少し見えるだけというケースが大半を占めます。
しかしここは山肌の樹木のほとんどを伐採し、戦国当時の様子を見事に再現しているのです。
そして複雑に組まれた縄張り。
山の麓から山頂までのいたるところに比較的大きな曲輪が配置され、その周囲は切岸となって敵を寄せ付けません。本丸もかなりの広さがあり、待機所や武器庫などの建物も複数立てられる面積が十分にありました。中でも特筆すべきは千畳平。


ここは約3,000平米あって井戸も作られており、長期間の籠城にも耐えられるようになっています。春には桜の名所にもなるのだとか。
これらの他にも大きな土塁や石垣などもあり、山城の魅力がたくさん詰め込まれた城です。
本当に素晴らしいっ!

もう1か所は松江城。
松江市内の中心部にある平城です。
この城はいわゆる「現存12天守」の一つで、国宝となっています。

特に最頂部にある鯱は木造のものとしては国内最大だそうです。

松江城は天守だけでなく、その縄張りの広さと石垣の壮大さも魅力的です。



この日は平日でしたが大変多くの人が訪れており、その人気のほどが伺い知れます。
これで残る現存12天守は弘前城と備中松山城の2か所。
死ぬまでにコンプリート出来るか!?


2城はフォトアルバムに収めました。
月山富田城(島根県安来市)
松江城(島根県松江市)
Posted at 2026/10/12 17:00:43 | コメント(0) | 城めぐり | 旅行/地域
2026年10月06日 イイね!

香川島根一人旅(戦争遺跡編)

せっかく遠方まで旅行するので、なかなか行けない場所にある戦争遺跡も巡ってくることにしました。
一つ目が詫間海軍航空隊跡。
香川県三豊市詫間町香田の海沿いにあります。

この基地は水上機の実機練習部隊として昭和18年6月に設置されました。
12機の水上偵察機と48機の練習飛行艇を装備し、飛行艇搭乗員の重要な養成施設だったようです。


しかし戦局が悪化し敗勢濃厚となると、沖縄戦に備えて特攻作戦基地となりました。
特攻というとゼロ戦が使われたイメージが一般的だと思いますが、実際には「飛べる飛行機なら何でも使う」というのが実態です。しかしここ詫間では二式飛行艇すら特攻機として使ったとのこと。

二式飛行艇は全長28.13 m、全幅38.00 mの巨大さで、最高速度は465 km/h(高度5,000 m)です。ゼロ戦54型が約572.3 km/h(高度6,000m)、グラマンF6Fヘルキャットは約600km/hなのでかなり遅いことになり、敵の的になりやすくなります。


それでも突撃せよと。
当時の日本海軍はいかに非人間的な意思決定を行う組織だったことか…。
二式飛行艇は近々公開予定のゴジラマイナスゼロに出るようですが、実はこんな悲しい逸話が残されているとは、ここに来るまで知りませんでした。

ちなみにこの基地に残されていた1機の飛行艇は戦後米軍に接収されて飛行試験などが行われ、その圧倒的な高性能はアメリカ人たちを大いに驚かせたそうです。
その後、その機体は米軍での破棄が決定されましたが、日本での返還運動などを経て1979年11月に返還されて船の科学館に展示され、2004年4月からは鹿児島県の海上自衛隊鹿屋航空基地史料館に屋外展示されています。

現地には小さな石碑と、防空壕跡がひっそりと残っています。


説明板によるとここには整備工場も併設され学徒動員による年少者が整備にあたっていたのだとか。
撃ち落されるのが分かっている飛行艇に乗る若い搭乗員たち。
そしてその飛行艇を必死に整備する子供たち。
なんと悲しい日々なのでしょう…

近くには防空壕跡も残っていますが、中には入れないようになっていました。


壁面のコンクリートは一部崩落しており、既に物資が不足していた状況の中で築造されたことを想起させます。
悲しい歴史を無言のうちに物語る貴重な戦争遺産ですね。

このあとの移動中に通り過ぎたのは陸上自衛隊善通寺駐屯地。停車もせず写真も撮りませんでしたが、戦争中に建てられた赤レンガの建物3棟が現存します。これは旧陸軍第11師団兵器庫跡は、それぞれ1909年、1911年、1921年に完成した歴史的建造物です。
善通寺駐屯地には当時、陸軍第11師団などが置かれ、旧軍時代から四国地方における最大・最重要駐屯地の軍都として栄えたという経過があるそうです。


さて、もう1か所訪れたのは、岡山県津山市高尾にある日植記念館。
こちらには戦艦陸奥の高角砲などが展示されていると聞いて、一度訪れてみたいとずっと考えていた場所です。
記念館は日植グリーンファクトリー(株)という会社の敷地内にあります。

日本植生グループの前身である柴田農園の創業30年、日本植生の創立20周年の記念事業として昭和56年5月に建設したものです。
創業者の方は16歳で海軍に入って連合艦隊の訓練と太平洋戦争に従軍したそうで、そのゆかりからこうした記念館を設立したものと思われます。
従軍中には駆逐艦谷風にも乗艦し、ミッドウェー海戦にも参加したそうですが、その時の谷風は大破漂流中の空母飛龍を捜索に出かけ、その途中に米軍機の空襲で79発もの爆弾を全て回避して生還して米軍を驚かせています。

敷地の奥へ進むと、屋外展示がお出迎え。
最も大きいのが89式12.7cm連装高角砲。


戦艦陸奥に搭載されていたものです。
その他にも多くの展示物が置かれています。





こちらには防雷具フェアリーダーも見られます。


22号電探のラッパ部分もありました!


これは陸奥主砲砲身の一部のようです。
内側にライフルリングが切られていますね。


この日は早い時間に訪れたので記念館の建物内部には入れませんでしたが、狭いスペースながらも数多くの貴重な品々が置かれている(館内は撮影禁止)ようです。見たかった…。


特に屋外展示については紫外線や心無いいたずら等による劣化や破損が心配です。高さのあるマストはともかくとして、その他の品々は出来れば屋根のある場所で保存されるとよいのではないかと思いました。

こうした戦争に関する遺産については、「戦争そのものが負の歴史なのだから、それに関係するものを残す必要はない」といった考え方も一部にあります。
しかし、日本が戦争を起こしたことは歴史的な事実です。そして、互いに傷つけ、命を奪い合うための兵器が造られ、戦地に赴かない一般市民も、学生や女性を含めて工場労働などに動員されるなど、国を挙げて戦争を遂行していた歴史があります。
言うまでもなく、こうした事態は二度と繰り返されてはなりません。しかし、その反省を単に書物などで伝えるだけでは、戦争の実態を実感を伴って理解することは難しいのではないでしょうか。だからこそ、実物としての戦争遺産を見学することを通じて、
・技術と産業の歴史を伝える(どんな技術が使われ、どれほどの労働力が投入されたか)
・戦争の実態を伝える(施設や兵器がどう使われ、どんな結果をもたらしたか)
・人間の経験を伝える(軍人だけでなく、一般市民や占領地の住民がどのように戦争に関わり、何を経験したのか)
といったことを、実物ならではの迫力と説得力を通じて感じ取り、考えることが大切なのではないかと思います。

近年、原爆ドームの保存をめぐって議論が起こることがありますが、被爆の惨禍を今に伝える象徴的な存在としての原爆ドームの価値は、何物にも代えがたいものです。
もう一つの被爆地である長崎では、被爆に関わる建造物や遺構の一部が保存されずに失われました。広島と長崎では、被爆の記憶を伝える施設や象徴のあり方にも違いがあります。こうした違いが、それぞれの被爆地に対する社会的な認識に影響している可能性もあるのではないでしょうか。戦争や被爆の記憶を伝えるうえで、実物を保存することがいかに重要であるかを考えさせられます。

また、「兵器が好き=戦争が好き」という見方もあります。
こうした見方は、「兵器は人を殺傷するための道具である」という一面だけに着目し、兵器への関心と戦争への賛同を同一視することから生まれるのではないでしょうか。
兵器が人を殺傷するための道具であることは、当然、理解しておくべき事実です。しかし、兵器の構造や技術に関心を持つことと、人を殺したい、あるいは戦争を起こしたいと考えることは別の問題です。むしろ、兵器の開発経緯や実際の使われ方、そして戦闘がもたらした結末を学ぶことで、戦争がいかに悲惨なものであるか、兵器がどれほど多くの人々の命や生活を奪い得るものであるかを理解することにもつながります。

太平洋戦争の敗戦後、日本を占領した連合国軍、とりわけGHQによって、占領政策や連合国軍に対する批判などを制限する報道・出版の検閲が行われました。こうした言論統制には、占領政策に不都合な論調が広がることを抑える側面がありました。また、終戦前後には、日本側による機密文書の焼却や、占領政策に伴う軍事施設・軍需産業の解体なども進み、多くの戦争関連資料や施設が失われました。
こうした占領政策や戦後の変化を通じて、軍国主義を否定し、平和を志向する意識が醸成された側面はあるでしょう。一方で、占領軍自身の行為や占領政策について、自由に批判・検証することが制限された時期があったことも忘れてはなりません。

歴史を一方的な勝者の物語にしないためには、勝者の行為も敗者の行為も、同じように検証できる状態にしておくことが重要です。そのためにも、戦争遺産を単に過去の負の遺物として排除するのではなく、歴史を検証し、後世に伝えるための貴重な資料として保存していく必要があるのではないでしょうか。
そして、そうした遺産を通じて過去の戦争を学び、二度と同じ過ちを繰り返さないという意識を持ち続けることこそ、私たちが戦争遺産を大切にする意義なのだと思います。

撮影した写真はフォトアルバムに収めました。
詫間海軍航空隊跡・日植記念館
Posted at 2026/10/12 15:34:59 | コメント(0) | ダークツーリズム | 旅行/地域
2026年10月06日 イイね!

香川島根一人旅(香川オフ編)

10月最初の土日は島根県松江市で、2年に一度の「艦船模型合同展示会」が開催されます。
前回は横須賀で初参加しましたが、それはもうもの凄い来場者数で大変盛りあがっていました。
今回の松江は自宅からかなり遠いので参加を悩みましたが、やはり行こうと決めました。
せっかくなので道中に香川に寄って、みん友のシウさんとオフろうと考え、打診したところ快いお返事を頂けました♪
気もそぞろとなりながら、前週の土日に積載。


行程検討の結果、木曜に香川入りすることにしたので、水曜夜に自宅を出発、淡路SAに23時に到着し、その日は車中泊しました。
翌日はシウさんと合流後、丸亀城へ行く予定でしたが、実は以前にシウさんと一緒に丸亀城へ行った際、ゴトプラ丸亀城をプレゼントされており、今回の旅行でその製作のための現場写真を撮影するという目的を持っていました。
ゴトプラはこちら↓

しかしその場合、シウさん放ったらかしで写真を撮りまくることになり、さすがに申し訳ない…
ならば合流前に丸亀城撮影を済ませてしまえ!
ということで8時頃に丸亀城へ到着し、撮る、撮る、撮る、撮る…





モデラー目線の写真の数々は、約2時間で234枚になりました!

そして合流。
その朝に予定を変更したい旨を申し出たところ、
「では金比羅山にお参りに行ってから、詫間海軍航空隊基地跡へ行きましょう!」
と言って下さいました。
急なワガママ変更に応じて下さり、誠にありがとうございますm(_ _)m

まずはこんぴらさん。
に入る前の門前に並ぶ店の一つに平岡精肉店があります。

こちらの肉コロッケは大変有名で、休日には長い行列に並ばないとgetできないとか。この日は平日だったので待ちゼロで食べられました。

ぱく。
おーっ、なんとにくにくしいお味♪
口の中全体にお肉のうまみが広がります。
こりゃ売れるはずだ…

そしてこんぴらさん参り。
金比羅山は785段もある階段が有名で、ここがスタート↓


2人のアラ還が登る、登る、登る…
参道の両側にはお店がたくさん出ています。
その時!
目の前に高校生とその引率の先生が。
なんと、シウさんの剣道の大先輩に当たる方でした。ひとしきり会話がされて再び歩き出すと、あるお店でシウさんが立ち止まります。
聞いてみると、その店のご夫婦とも剣道の達人なのだとか。


ちなみに↑の池商店は「五人百姓」の池家の末裔。
五人百姓というのを知りませんでしたが、調べてみると「鎌倉時代に金刀比羅宮境内での商売を特別に許された5軒の飴屋で、加美代飴を参拝者向けに売っていた」ということだそうです。
めちゃくちゃすごい店ですね。

更に別の店でも剣道の達人がおられました。
前回訪れた時もそこかしこにシウさんのお知り合いがいらして驚きましたが、今回もまたあちこちに。
シウ人脈恐るべし…

そうそう、本題のこんぴらさんですが、2人とも汗びっしょりになって785段を登り切り、無事お参りを済ますことが出来ました♪



こんぴらさんは割と幅広いご利益があるようですが、一つ特徴的なのは犬。
その昔、病気になってお参りができなくなった人が、身代わりに犬へお参りさせたということがあったらしく、以来、犬の神様としてもご利益があるようです。
この日も愛犬連れの方が何人かおられました。

ぼちぼちお昼の時間。
ここはやはりうどんですよね!
門前町にあるお店はここもシウさんのお知り合い。


しっかりとしたコシのある美味しいうどんを頂きました♪

その後は詫間基地跡へ向かいましたが、これについては別稿で述べます。

その後は紫雲出山へ。
荘内半島のワインディングロードを走り、更に小高い山の上まで辿り着くとこんな素晴らしい風景が。



いやー、瀬戸内海にぽつんぽつんと島が浮かんでいる風景って、すごーくいいですね~
写真で見てしまうとあまり伝わりませんが、本当に美しい景色。心が洗われるようで、しばしその場に佇んでしまいました。
シウさんにとってもここはお気に入りの場所のようです。

素晴らしい景色を楽しんだあとは、シウさんの「内緒の秘密基地」に案内してもらいました。
そこではシウさんの同僚とも合流。
3人集まって模型作品のお披露目です♪
まずはシウさん。


事前に画像では見ていましたが、実物を見ると改めてその迫力というか、精度の高さを痛感します。
例えばこのシールド。

てらってらに輝いていて、凡そプラとは思えない仕上がりです。
私から見たシウさんの強みは表面処理の丁寧さと塗装の秀逸さ。


秘密基地に置かれていた他の作品でもそれは強く感じるところでした。



次はシウさんの同僚。ここでは仮にMさんとします。


Mさんは艦船モデラー。
軍港ジオラマは艦船モデラー共通のテーマであり憧れですが、Mさんは見事に作られています。




それぞれの船も大変丹念に作られており、雑な部分はまったく見られません。素晴らしい仕上がりです。
そして埠頭などにはたくさんのフィギュアが配置されており、臨場感も満点。
全体として非常にバランスよくまとめられた良い作品と感じられました。

私の作品はバカの一つ覚えのようにまたしてもソロモン鳥海と小笠原捕鯨船団w
しかしお2人からは大変高い評価を頂きました。ありがたやー。

その後は場所を居酒屋に変えて第2ラウンド。
アルコールの入ったアラ還2人はより饒舌になります(笑)
会話は模型の話だけでなく、仕事やプライベート、AIの使い方や、果ては人生論にまで及びました。
つまみのメインはこちら↓


香川名物・骨付き鶏です!
激ウマです!!!

楽しい時間はあっという間に過ぎてしまいます。名残惜しさから、3人でLINEの交換をして終了。
今回はMさんという若手艦船モデラーと出会えたのが非常に大きいと感じました。
ザク違「私はまた良い友人が増えたようだ」
これからのお付き合いが楽しみでたまりません!

そんなこんなで香川の1日は終了。
翌日に続きます。


フォトアルバムもご覧ください。
金毘羅山・紫雲出山・秘密基地
丸亀城その1
丸亀城その2
丸亀城その3
Posted at 2026/10/06 22:01:03 | コメント(2) | まちあるき | 日記
2026年09月28日 イイね!

はじめての楽プラ

最近は艦船模型ばかり作っていて、ガンプラすらほとんど作らなくなってしまいましたが、やはり艦船以外の模型も作るようにすると自分の幅も広がるので、ここらで異なるジャンルのものを作ってみようと考えました。
そこで選んだのがカーモデル。
昨年末のアオシマのプレゼント企画に運よく当選し、楽プラのフェアレディZ(Z34)とクラウンパトカーがもらえました。パトカーにはいろいろな思い(苦笑)があって、あるみん友さんに差し上げたので、残ったZを作ります。
今回はとにかく気楽に作ろうというコンセプトなので、ディテールアップなどは一切行わず、素組み&塗装で最短の完成を目指したということもあり、製作途中の写真は1枚もありません(爆)

ブログタイトルどおり、楽プラは初体験でしたが、名前ほど楽な制作ではありませんでした。特に透明パーツをボディに組み付ける際にはけっこうな力が必要で、それでもピシッと嵌りませんでしたorz
メーカーの触れ込みでは塗装も不要とのことですが、さすがにプラスチッキーなのでボディカラーのみ塗装します。
カーマインレッドはメタリックシルバーが近似色だと感じたので、それを使いました。
カーモデルというとツヤツヤテラテラに輝くボディカラーが魅力的です。そのためには入念な研ぎ出し作業が欠かせません。しかしヘタレモデラーのザクとは違うは表面処理が大の苦手。ラッカーパテの平滑化すら鉄ヤスリだけで済ませようとするダメモデラーですw
なので研ぎ出しなどという面倒な作業はやりませんでした!(爆)
リアガラス周辺のブラック部分はシールで再現するようになっています。本来なら塗装すべきところですが、これまたシールで妥協w
アルミホイールはメッキ処理されていますが、キラキラしすぎなのでフラットアルミなどで塗装するとリアルに仕上がりますが、これまたパーツそのままで妥協w

こうして手抜きしまくりまくったZ34が出来上がりました(笑)

しかしここで終わらないのもザクとは違う。
引き続きジオラマ化を進めます。
どんな場面にすべきかいいアイデアが浮かばなかったので、ちゃっぴぃさんに尋ねると、こんな画像を提案されました。



いいねぇ♪
夕日の赤とボディの赤が微妙にマッチし、その場面は人の心を感傷的にさせます。
アスファルトは粗目のサンドペーパーを活用しました。


ここで少し悩んだのはクルマの周囲をどう作るか。
特に車の向こう側の部分。

場面右端にクルマより少し高い物を置くと左手に向かって下がっていくラインが作れるので構図的に美しいと思われますが、そのためのアイテムは樹木くらいしか思いつきません。しかし1/32だと葉っぱもそれなりにきちんとしてやる必要があり、その根性はザク違にはありません(爆)
よし、これもちゃっぴぃに聞いてみよう!

うーむ、この中では石垣がいいかな。
ただ、それをどう作るかが難しい…。
みん友さんとも相談しましたが、大木のほか、レンガ舗装、芝生などのアイデアをもらいましたが、いまひとつ気が乗らず…。
悩んだ挙句、鉄製ポールとチェーンを配置することにしました。

実はこのジオラマを作るモチベは「簡単工作・簡単仕上げ」の他に「背景の効果的な配置」がありました。
一般的に、手前に配置される模型と背景ボードは距離が近いので、遠近感の演出が難しいです。特に今回は山上の駐車場とその向こうに見える遠くの山々という場面なので、両者の距離をどう感じてもらうかは大切な課題であり、これは艦船ジオラマでも同じ状況があります。
そこで今回試したのが、可動式バックボード。
背景の下端に手前向きの棒を取り付け、これを地面下に差し込んで前後に動かせるようにするというアイデアです。
実際にはこんな感じ↓


さて、こうした作業を進めた結果の完成品がこちら↓





場面全体としてはそんなに悪くないかなという感想です。
ただやはりボディの艶出し(研ぎ出し)はきちんとやったほうがよいですね。
実はアオシマの楽プラ当選後、プラッツのプレゼント企画にも当選してポルシェがもらえたので、こちらは今回よりも気合を入れて工作&塗装しようかと考えています。

いつになるか分かりませんが(笑)
Posted at 2026/10/06 21:00:35 | コメント(2) | 模型ネタ | 趣味
2026年09月26日 イイね!

伊16・甲標的ジオラマの完成♪

伊16・甲標的ジオラマの完成♪シルバーウィーク期間中に完成させる目標を立てて、なんとか実現しました。
早速ご覧ください。





100均ディスプレイケースの蓋はネームプレートを付けてあるので、台座としても活用できます。


このジオラマの主役は伊16ではなく、背中に載っている特型格納筒(通称・甲標的)です。



1941年12月6日に始まった太平洋戦争では、緒戦の真珠湾攻撃で甲標的と呼ばれる特型格納筒6隻が真珠湾内に侵入しましたが全艦撃沈され、攻撃は成功しませんでした(一部の艦は魚雷発射まで行ったとの説あり)。

そもそも甲標的は簡易な構造の小型潜水艇で、母艦から発進し、太平洋を進んでくる米艦隊へ魚雷攻撃を仕掛けて数を減らし、その後の艦隊決戦を有利にするという目的で開発されたものです。
しかし構造をあまりに簡易化した結果、さほど強くない波浪でもフネが安定せず、その結果、浅深度潜航だと艦体が海上に露出してしまったり、魚雷の射線が安定しなかったりする欠陥を抱えており、さらには全体重量に締める魚雷の割合が高いため、1本魚雷を発射するとフネの前半部分が軽くなってしまうので船首が上を向いてしまって次の魚雷がすぐに撃てないという課題もありました。
また舵の効きが弱いため、小さな船体の割には最小回転半径が大型艦並みに大きく、狭い湾内などでの行動に制限がありました。
こうした欠陥を抱えていたことから生還率が期待出来ないため、その兵器としての利用を意見具申された山本五十六はいったん却下したほどです。
その後改良が加えられたものの根本的な解決には至らず、半ば特攻兵器的な状態で運用されました。

こうした経緯を持つ兵器を私は積極的に作ろうと思いませんでしたが、僅かな成功例として1942年5月に行われたアフリカ東海岸のマダガスカル島北部のディエゴズアレス湾(軍港)への攻撃があると知ったので、その再現を行うことにしました。
その攻撃では伊10・16・20の3隻が侵入し、伊10の搭載機が湾内を偵察、英艦隊の在泊を確認。5月31日未明、伊16・20から各1隻の甲標的が発進し、イギリス戦艦「ラミリーズ」を大破、油槽船「ブリティッシュ・ロイヤルティー」を撃沈しました。
この時の甲標的は「改一」とされており、真珠湾攻撃時の甲標的とは防潜網切断器の形状が変わり、交通筒用のハッチが追加されていたようなので、その状態を再現しています。

この時は攻撃も成功し、全艦生還できていますが、乗組員たちは出撃時に決死の覚悟を固めたものと思われます。そうした思いを想像すると悲しい気持ちになります。

以前から触れているように、私の製作テーマは「戦争の悲惨さ」。
このジオラマはぱっと見ただけではそれが直接伝わりづらいですが、実はそうした背景があるという作りにしています。ジオラマに限らず模型作品は見る人を一定に意識することとなりますが、「どう伝えるか」は本当に難しいですね。
Posted at 2026/09/26 10:47:43 | コメント(3) | 艦船模型 | 趣味

プロフィール

「軽巡洋艦天龍製作記(船体の改修) http://cvw.jp/b/488285/49402408/」
何シテル?   11/07 09:54
模型工作とキャンプが大好きなヘタレをやぢです。 私がフォローする方には2種類あります。 一つは「以前からのみん友さん」 もう一つは「ちょっと興味を持っ...
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