
話は今から20年くらい前にタイムスリップします。
皆さんご存知の通り、当時の日本は我が世の春を謳歌する好景気でありました。当時は学生でありました私も好景気の恩恵を受けて、色々と好きな車に触れる機会も沢山ありました。その中でも自身の自動車に対する価値観を決定的にした車が「ベントレー・ターボR」でありました。
当時の都心部は、とにかくこの車を見かける機会が多く、正規モノだけでなく相当数な並行モノが日本に入って来た時代でした。その後バブルが崩壊して程度が劣悪な中古車が多数出回っていましたが、本来この車の何たるかを理解出来ないユーザーが間違った乗り方でガタガタにしてしまった個体が多い事を物語っていたように思います。
そしてこの車を買った方が近くに居られて、その方と共に訪れた方とコーンズを訪れた時に試乗出来るチャンスに恵まれたのでした。20歳前の小僧に試乗させてくれたとは何とも大らかな時代だったのでありましょう。
用意された個体は当時3100万円のプライスが付いたシルバーメタリックで紺色の内装のものでした。「ブレーキがソフトなので、制動は気持ち早めでお願いします」という説明を受けてスタートです。
まずドアを閉めた時の重厚な音色を期待していたのですが、この車はどちらかと言えば「バシャン」という軽い音色が混ざった音に違和感を覚えました。しかし紺色のコノリーレザーに包まれたほの暗い室内は、それまで見た事のあるどの車とも違って洋館というよりも荘厳な寺院や教会のような空間でありました。
走ってみると、6.75リッターのターボ付きというスペックから受ける印象とは遠い存在である事に気が付きました。しかも足回りは決して剛性の高くないフロアにオーバーサイズのタイヤを装着している為にドシンバタンという動きで、当時最新のメルセデスベンツ600SELあたりとは異質なものでありました。
室内も言われている程には静粛では無かったのですが、車という限られた環境下でこれだけ下界と隔絶された世界を雰囲気の演出のみで実現している事に感動すら覚えてしまいました。
ほんの一周の試乗ではありましたが、結論として私はその日以来ベントレーが好きになりました。車というものが機械としての優秀さ以外の悦びを持っている事を知ってしまったのでしょう。
今になって思えば、洗練という部分では当時レギュラーモデルだったディムラーダブルシックスのほうがあらゆる面で洗練されていました。が、機械としての優秀さで売るドイツ勢や官能性重視のイタリア車とは全く異質な「静」の世界でありながらもいかがわしさを備えた奥の深さに参ってしまいました。
もしこの時に触れたのがポルシェ911あたりだったら、今の自分の嗜好も変わっていたのかも知れませんが、どうやら若い頃の自動車体験が後の人生を大きく左右する事だけは事実なようです。
Posted at 2011/05/28 09:28:54 | |
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