
『エラリー・クイーンの冒険』/エラリー・クイーン/中村 有希 訳/創元推理文庫
'20/9/4読了
今回は海外のミステリー作家、エラリー・クイーンの短編集『エラリー・クイーンの冒険』の読了記です。
エラリー・クイーンといえば、ミステリーファンならもちろん、そうでない人も名前くらいは聞いたことがあるだろうミステリー界の巨匠ですね。「海外推理小説家の名前を挙げよ」と言われたら、『シャーロック・ホームズ』シリーズのコナン・ドイル、『ポアロ』や『ミス・マープル』シリーズのアガサ・クリスティーと同じくらいに、頭を捻らなくても思い浮かべることができます。
さて、今回私の読んだ作品は創元推理文庫版(2018年7月20日初版)のもので、オリジナルの11の短編が総て翻訳収録されていて、更に初刊時の序文まで翻訳収録してくれている完全版です。
以下に、各話の簡単な内容を記します。ネタバレはなしですが、気にする人は読まない方がいいかも……。
序文は、J・Jという名探偵エラリー・クイーン氏の友人の前口上。クイーンから、過去の自身の事件を発表するから序文を書いてほしいとお願いされ、突然のことに戸惑い慌てるJ・J。本書がどいった経緯で作成されたのか知れる、ちょっとしたスパイスといった感じ。
『アフリカ旅商人の冒険』では、大学で応用犯罪学を教えるクイーン先生の選りすぐりの生徒に対する、推理講義形式で進む一風変わった物語。推理講義といってももちろんそこには殺人があり、死体があり、犯人がいる。生徒たちは各々、殺人現場を調べ、遺留品に目をつけ、そこから自身の推理を展開し、犯人と思しき人物を挙げてゆく。最後には、クイーン先生の素晴らしく秩序だち、抜け目のない論理で固められた推理を目の当たりにできる。名探偵エラリー・クイーンがどういった人物なのか、この話しを読むだけでも存分に分かるお話です。
『首つりアクロバットの冒険』では、ある興行集団において殺人事件が発生する。被害者はアクロバットをしている夫婦の妻で、自身の楽屋にて、首を吊った状態で発見された。特殊なロープの結び目から奇術師に疑いの目が向けられるがあまりにも出来すぎている状況。これはいったい何を意味しているのか……。
この世に2枚しかないという、貴重な1ペニーの黒切手の1枚が盗まれた!この切手を巡って起こる事件を書いた『一ペニー黒切手の冒険』。
事件後、なぜかどこにでもあるベストセラー本『混沌のヨーロッパ』ばかりが盗まれ、そこには髭もじゃの男が関係しているらしい。至って論理だって進んでゆく物語だけれど、最後には「そこにあったのか!」という驚きが待っているお話。
『ひげのある女の冒険』。遺産を巡ってショウ家で大変なことが起こっていると、J・Jから紹介を受けてクイーンのもとにやってきた弁護士。ショウ家の主治医が殺されてしまったのである。ショウ家にやってきた探偵クイーンは、なんとも奇妙なものを目にする。それは主治医の描いていた絵なのだが、なんと女性に髭が生えているのである!なぜ主治医は女の絵に髭を描き入れたのか。著者エラリー・クイーンお得意のダイイングメッセージもの。
クイーン警部補(エラリーのお父さん)から「こいつはお前の専門の事件らしいぞ」と言われ捜査を開始することになる『三人の足の悪い男の冒険』。雪交じりの風が吹き込む一室で、銀行家の男が消え、その男の愛人の女が猿轡で窒息死していた。部屋には踏み跡の残った絨毯がり、どうも三人分の足跡が残っているのだが、おかしなことに三人とも片足が悪いようなのだ。そんなことってあり得るのだろうか?女は誰に殺されたのだろうか?消えた銀行かは何処へ?
謎だらけの状況で、緩みない推理から事件を解明するお話。
『見えない恋人の冒険』。一人の男が死んだ。クイーンが一時的に言葉がきけなくなる程の美女を巡った恋の愛憎劇。自分は殺してないと主張する、拘留中の美女の幼馴染。しかし、証拠はすべて彼を指し示している。
本当に彼が犯人なのだろうか?確かめるべく、死んだ男の墓まで掘り返すクイーン探偵。物語の最後には「あぁ、お前だったのか!」となるお話。
最近連続して宝石が盗まれていると相談にやってきたアパートの管理人。警察に連絡しなさいと乗り気のないクイーン。そんな会話から始まる『チークのたばこ入れの冒険』。そこに父のクイーン警視から電話が入る。まさに今相談に来ている管理人のアパートで殺人が起きたのだ。
現場へ行くと、アパートの一室で男が絞殺されていた。だがこの男はここの住民ではなく、その兄であることがこの部屋の住人によって判明する。絞殺された兄から何か盗られたものがないか調べると、兄弟で一つずつ持っていたお揃いのチークのたばこ入れがなくなっていた。何故たばこ入れなんか盗ったのだろう?
そんな中、一瞬目を離した隙に、今度はこの部屋の住人まで殺害されてしまう。そして住人からは不思議なことに兄のたばこ入れが発見される。
宝石窃盗事件と殺人事件。名探偵クイーンの手によって解決に動く!
『双頭の犬の冒険』。車を走らせ、ある宿屋に泊ることになったクイーン。その宿のバンガローには幽霊が出るという。かつてそのバンガローには犬連れの宝石泥棒が泊まっていて、それを追ってきた刑事と一悶着あった末、犯人は取り逃がしたという。泥棒が連れていた犬は、宿の裏の森で死んでいるのが発見された。その後から怪奇現象が起き始めた。
今夜、その部屋に泊まることになった旅商人はそんなことは意に介さず、クイーンが部屋を代わろうというのも聞かずに件のバンガローで就寝。深夜、悲鳴を聞いたクイーンと宿の親父が旅商人の部屋へ行くと、無残に咽喉を掻っ切られた旅商人の姿が。
ホラー仕立ての超常現象チックな雰囲気に、あくまでロジカルに、推理と理詰めで解決してゆくお話。
左手には紫水晶を握りしめ、右手でガラスドームのついた時計を机から落っことした状態で老人が発見される『ガラスの丸天井付き時計の冒険』。
なんとこの被害者の老人は犯人に文鎮で殴られたあと、瀕死の状態で這い回り、ショーケースのガラスを割って紫水晶を取り出しこれを左手に握り、また這って今度は机の上にあったガラスのドームが付いた時計を落っことして息絶えたという。そこまでして残したこれらには、ダイイングメッセージとみていいだろう。
殺害された老人にはポーカー趣味の仲間がいて、つい先日は仲間の一人が誕生日だったので、みんなで贈り物を送り祝ったという。みんな仲が良く、殺すはずがないと口々に主張するが、ダイイングメッセージは一体誰を示しているのか……。
猫の大好きなおばあさん。猫の大っ嫌いな寝たきりおばあさん。この老姉妹と猫の謎を書いた『七匹の黒猫の冒険』。
この姉妹はお互いが共存しあって生活している状況なのだが、めっぽう中が悪かった。猫好きなおばあさんはお金に困っていて、姉の寝たきりおばあさんの世話をするかわりに居候させてもらう。逆に猫嫌いの寝たきりおばあさんは身の回りの世話をしてもらうかわりに妹に金銭面の援助をする。
ある日、猫好きおばあさんが近所のペットショップで猫を買っていった。緑色の瞳を持つ黒い雄猫だ。しかし猫嫌い寝たきりおばさんに猛反対され、妹は返品しようとペットショップに相談する。しかし返品には来なかった。
今度は姉の猫嫌いおばあさんからペットショップに連絡が入り、緑色の瞳を持つ黒い雄猫が欲しいという。それも立て続けに連絡があり、全部で6匹も購入していた。
そんな折、クイーンがこの話しをペットショップの娘から聞き、興味を持った。そして姉妹の部屋を訪ねたところ、二人の姿が見当たらない。妹はともかく、自分では動けない寝たきりの姉はどこに行ってしまったのか?更には都合7匹いる筈の猫の姿も見当たらない。
ちょっと不気味で、猫好きには少し辛いお話。
『いかれたお茶会の冒険』。
友人の“粋な”家に招待されたクイーン。翌日はこの家の主の息子の誕生日ということで、家のものは密かに、サプライズ出し物の練習をしていた。それは『不思議の国のアリス』の一場面“いかれたお茶会”だった。この家の主は“帽子屋”の恰好をしていた。
翌朝、クイーンは叩き起こされる。なんと“帽子屋”のこの家の主が失踪してしまったのだ。部屋には主の服が残されていたので、“帽子屋”の恰好のままいなくなってしまった。泣き崩れる主の妻。それを慰める母。酔っぱらってどっか行ってしまったんだ、時機に帰ってくるさというものもいるが、帰ってくることはなかった。
そんなか、不思議な物が届くようになる。失踪した主の靴一足、坊やのおもちゃの船二艘、中身の入っていない封蝋のされた封筒二通、籠に入ったキャベツが二つ、チェスのキングの駒が白と黒一つずつ。これらは何れもこの家にあったものだった。
いかれた世界観の中で理性を働かせ推理し、茶目っ気のあるクイーンが見られるお話。
以上11作品。
どれもこれも素晴らしいものばかり。
長編と違い無駄な部分はそぎ落とされているので、人間関係などはさっぱりしたものになっています。だからといってパズル的に読ませることはなく、ちゃんと人情味の感じられる作品に仕上がっています。また一話々々が40頁から長くても60頁程なので、隙間時間に読んでゆくのにちょうどいいと思いました。
ミステリーにかかわらず、翻訳ものは読みずらいものも多いですが、本書の翻訳は自然で、違和感なくすらすらと読むことができました。
素晴らしく濃密な一冊でした!
=おしまい=