
読売新聞の記事
『テニスラケットのプリンスが破たん…販売不振で』に注目。
私は、実は社会人になってからスポーツに目覚めた。中学生まではもちろん「部活動」をしていて、それはそれで楽しかったものの、やはり半ば義務的強制的に参加させられていたことは否めない。
趣味的自主的にスポーツを愉しむようになったのは、ここ15年程のことだ。
スポーツと言っても、継続的に愉しんでいるのは以前記事にしたスノーボードとテニスだけ。
スノーボードは冬季限定なので、通年でプレイしているとなるとテニスしか残らない。
テニスは、たまたま広島勤務時代の先輩に誘われたのがきっかけで始め、最初はコートに付き合うだけで特に道具は持っていなかったが、東京に戻ってから色々と買い集めた。
現在はラケット6本(長期貸借中のものを含む)にツアーバッグ、ウエア多数となっている。
ラケットを複数所有するのは、試合の最中にガットが切れることが間々あり、スペアが必要なため。真剣勝負の最中に、他人のラケットを借りるわけにはいかない。
現在も仕事と子育ての合間をかいくぐって、年に二回程所属する健康保険組合主催の大会に出て、勝利の悦びと敗北の悔しさを堪能している。
因みにラケット6本は全て、この度破綻してしまったプリンスの製品で揃えてある。
我らがゲレンデが、日本に初めて輸入されたのが1981年。
当時は現在のW463モデルとは異なり、パートタイム4WDで内装も質素なファブリック系に抑えられたW460。それでも基本的な構造は変わらないまま、30年を過ぎた今でも販売されているのは周知の通り。
自動車以上に技術革新や流行の波が激しいのがスポーツ用品だが、テニスラケットも例外ではなく、毎年新製品がリリースされては消え去っていく。
しかしその一方で、ゲレンデの日本発売と同じ年にリリースされ、未だに高い人気と実力を維持しているラケットがある。
私が愛用しているラケットのうちの1本でもある、プリンスの名作「グラファイト」だ。
「プリンス」は、同じくテニス用品を供給している「HEAD」社の創業者が、会社を売却して第一線を退いた後、自分の創った会社の製品に不満を募らせて一念発起。元々は農機具メーカーだった「プリンス社」を買収してテニスラケット生産を始めた、というユニークな来歴のブランド。
世界で初めて、いわゆる「でかラケ」を開発。形状だけでなく素材の面でも、主流だった木材から脱しアルミ・ボロン繊維(タングステンを心材とした繊維。圧縮強度が非常に強く、FRPの強化繊維に用いられる)・グラスファイバー・チタンそして炭素繊維など、当時最先端の素材を数多く活用し、様々ユニークなラケットをリリースしてきた。
炭素繊維は、グラスファイバーなど他の素材と複合的に用いられたことはあったが、当時非常に高価だったため炭素繊維だけでラケットを作ることはコスト的に無理がある。そこをブレークスルーして、航空機生産向け高強度炭素繊維だけを用いて生産したラケットが「グラファイト」だった。
発売当時の値段で、9万円。現在と貨幣価値が変わらないと仮定しても、非常に高価である(現在は開発経費の回収も終わったためか価格もこなれてきて、実売2万円台)。
「グラファイト」リリース当時を知る人の話を伺うと、そのインパクトの大きさは他に類例を見ない。
持っているだけで周囲に「むむっ、できるな」と思われ、しかもサブ用にともう1本持っていようものなら、それだけで対戦相手に「これは敵わね~」と思わせたとか。
実力的に、ではなく経済力的に(2本で合計18万円也)敵わなかっただけ、なのかもしれないが、「グラファイト」の実力と憧れが率直に伝わってくるエピソードだ。
一般的に「グラファイト」といえば、炭素分子がハニカム状に結合した状態の鉱物、即ち黒鉛(または石墨)のことを指す。同じ炭素分子で構成されるダイヤモンドと比較しても、常温常圧下での安定度はダイヤモンドを上回る物質だ。
よって高温の素材を扱う産業用機械向け部材の原料や自動車のブレーキバッド、潤滑性が高い点を活かして鉛筆の芯、電気伝導性が高いことを利用して電池の電極・鉄道車輌のパンタグラフ、また中性子のスピードを減速させる性質から初期の原子炉の制御棒に用いられる。
ところが当の「グラファイト」自体は、グラファイト=黒鉛でできているのかといえば、そうではない。
最新の製品では、本当にグラファイト化された素材も採用されているが、プリンス「グラファイト」はゴルフクラブのシャフトやスキー板と同様、カーボン繊維を用いている。
だから商品名で「グラファイト」を名乗っても、素材表記はあくまで「カーボン」となる。
「グラファイト」が、厳密にはグラファイト製でなかったとしても、少々固めで重い旧式ラケットであったとしても、打感の良さには定評があり、今でもファンの多いラケットだ。
私の後輩(といってもテニスコーチ経験者)にも「グラファイト・マニア」がいて、いつも4本抱えてコートにやってくる。実力は、もちろん私の敵うところではない。
「グラファイト」は、プロ選手をも魅了してきた実力・当時最先端の素材および技術をふんだんに注ぎ込んだプレミアム性・長きに亘りユーザーに愛されている普遍性からして、「テニスラケット界のゲレンデ」と言える。
故にゲレンデ・オーナーにしてグラファイト・ユーザーである者としては、プリンス社破綻のニュースはダイムラーが倒産したに近い衝撃だった。
連邦破産法11条の適用を申請したプリンス社は、今のところ会社清算ではなく、事業を継続しながら再生を図るものと思われるが、不景気の長期化で販売回復の見通しが立たなければ、ブランド消滅も懸念される。
企業としてのプリンス再生が叶ったとしても、その過程で旧式モデルである「グラファイト」は整理され廃盤となってしまうかもしれない。
我らが「ゲレンデ」の同級生である「グラファイト」が、末永く命脈を保てるよう願って止まない。
ブログ一覧 |
ゲレンデ | 日記
Posted at
2012/05/03 21:11:14