
全国紙・読売新聞が運営するニュースサイト「YOMIURI ONLINE」の配信記事から
『灯油混ぜた不正軽油製造か、運送会社を強制捜査』に注目。
傾きかけた運送会社や土建屋が、経費節減のため真っ先に手を染める違法行為が「不正軽油」だが、一般紙々面上でこの言葉を見るのは久しぶりのような気がする。
軽油と同じ「中間留分」にカテゴライズされ、似た性状を示しながら軽油引取税(32.1円/リットル)の対象とならない灯油を混和してディーゼル燃料とする(=軽油引取税を不正に免れる)手口は、古典中の古典だろう。
主に中東地域からタンカーで運ばれた原油は、トッパー(加熱蒸留装置)を用いて精製され、様々な油種に分かれる。
バーナーで加熱し気化した状態でトッパーへ送り込まれた原油は、沸点の差でトッパー内部の各所に溜められる仕掛けになっており、沸点の低い順に「石油ガス留分」「ナフサ・ガソリン留分」「灯油・ジェット燃料留分」「軽油留分」「残油」へと分離・抽出される。
うち、「灯油・ジェット燃料留分」の沸点は170~250℃、「軽油留分」は240~360℃と、沸点のレンジがラップしており、沸点の低いガソリンと高い残油分(C重油およびアスファルト・タールになる)の中間に位置することから、一まとめに「中間留分」と呼ばれる。
ちなみに船舶やボイラー用の燃料として用いられるA重油は、重油とは言いながら軽油と残油分をブレンドしてJIS規格上の「A重油」とするため、製品区分上は「中間留分」に抱合、或いは灯油・軽油・A重油を合わせて「中間三品」と呼ばれる。
また灯油およびジェット燃料(ケロシン)は、利用目的と精製精度の違いだけで、実はほぼ同じもの。「ジャンボ機が灯油で飛んでいる」と聴くと、非常に違和感を覚える方も多いかもしれない(笑)。
ジェットエンジンの構造上必要な性状というだけでなく、ガソリンと異なり常温常圧下では裸火に触れても引火し難く、大量に貯蔵・給油するに際しても扱いがし易いため、現代社会に不可欠な大量・高速輸送を担うジェット機にとって、最適かつ経済的な燃料油なのだ。
一般論としてディーゼル機関は中間留分総てを燃料とできるが、では個々の車輌・船舶・機械に搭載されたエンジンが凡て「中間留分」を燃料として使用できるか、と言えばそうではない。
確かに動かすだけであれば何とかなるだろうが、長期的に故障が発生しないか、排ガス規制・諸税など関連法規に抵触しないか、といった問題には対応できない。
世に「不正軽油」といわれる代物には、以下のパターンがある。
○軽油に灯油・A重油を混ぜて「水増し(油増し?)」したもの(長野県の例)
○灯油とA重油を混ぜたもの
「水と油」という慣用句があるのに「軽油の水増し」なんぞ洒落にもならないが、最も手軽に製造・調達できるので手を染め易い。
ただし、灯油・A重油には識別剤として「クマリン」が含まれており、官憲の検査に掛かった場合は簡単に摘発されてしまう。
次いで
○灯油・A重油に含まれる「クマリン」を硫酸・苛性ソーダ等を用いて分解・排除したもの
これは「密造軽油」とも呼ばれる手の込んだ手口。クマリンが抜かれているので摘発を逃れられる、というのが売りだったが、現在の燃料検査はクマリンだけでなく硫黄濃度も測定するので、摘発は免れ得ない(LS→ローサルファ=低硫黄重油であっても、軽油の10~50倍もの硫黄濃度のため)。
脱税の罪もさることながら、密造軽油製造に関しては副産物の「硫酸ピッチ」が不法投棄される事件が多発し、大きな問題となっていた。「硫酸ピッチ」はクマリンを分解する過程で発生し、強酸性のうえ石油由来の有害物質を多量に含んでおり、適切に処理しなければ深刻な環境汚染を招く廃棄物だ。
そもそも脱税するために密造しているような者どもが、適切なコストを負担して「硫酸ピッチ」を処分・・・・・・・するわけがない。大方、放棄されたアジトにドラム缶で山積みされているか、交通の少ない山奥の林道わきに並べられているか、盗んだトラックに積載されたまま放置されているか、何れかの道を辿る。
もう一つ別の手口として
○灯油・A重油に何らかの添加剤を加えたもの
灯油は軽油に比べてサラサラしすぎているため、そのままではエンジンが焼き付くリスクがある。それを防ぐために若干粘性の高い潤滑油やスピンドル油等を混ぜる手口。
ただし多くの潤滑油やスピンドル油はエンジン内部で燃焼させることを前提としておらず、排気ガスを汚染することは間違いない。エンジンオイルごと燃やしてしまう2サイクルエンジンも環境負荷の高さが問題とされており、それ以上に環境に悪影響を及ぼすことは必至だ。
灯油・A重油に含まれるクマリンは抜けていないので、これも見つかったら最後、摘発は免れ得ない。
また「不正軽油」の範疇には含まれないが、目的が一緒のため挙げるべきなのが
○直給
読んで字の如く、「直に給油」すること。つまり灯油やA重油に何の加工もせず、トラックのタンクに直接給油する手口。
石油製品価格の高止まりと規制緩和が追い風となり、市中ではセルフ形式のガソリンスタンドが一般化した。販売価格を抑えるため配置人員が少なく、小規模なスタンドになると夜間は1~数名しか事務所に詰めていないところも見掛ける。
かつては店員の監視が手薄な時間帯を狙って、灯油の給油ホースからトラックのタンクに直接給油する輩がいたらしい。ただガソリンスタンドは防犯上の問題から、昨今多数の監視カメラが配備されるようになり、不正を為し難くなっている。
ガソリンスタンド以外では、ビル空調やビニルハウスのボイラー用として納品されたA重油を、トラック用に流用するパターンがある。
JIS規格上のLS(ローサルファ→低硫黄)A重油とは別に、更に硫黄濃度を低くして燃焼カロリーを向上させた「特A重油」「ホワイトA重油」と称される製品が出回っており、これが直給される例が多いようだ。
前に記したとおり、A重油は「重油」と名が付いているとはいえ、実質は殆ど「軽油」と言っていいい油。概ね軽油9割に対して残渣油(ガソリンや軽油を精製した残りの原油)1割をブレンドして製品としている。
参考までににB重油(流通は殆ど無い)は5:5、C重油(大型船舶燃料や発電用に用いる)はA重油の逆で1:9の割合となっている。
A重油は「ほぼ軽油」とは言え、炭素成分の多い残渣分に由来する黒い色がついており、エメラルドグリーンなどに着色されている軽油(元売によって若干色が違う)とは明らかに見た目が異なるので容易に区別がつく。
ところが、以前「ヤンマー重油」「クボタ重油」などといった商品名、もしくは「ホワイトA」「漁業用A」などの俗称で、主に小型船舶・農業機械向けに販売されていたA重油や、硫黄分を0.1%以下に抑えたA重油(出光興産の「スーパークリーンフューエル」や「特A重油」と称されるもの)は、見た目は半透明の黄褐色で、黒くドロッとした重油のイメージは微塵もない。
特に、発動機メーカー主導で販売されていた小型船舶・農業機械向けA重油は、石油元売りの販売ルートでは必要となる面倒な免税軽油の購入手続きを回避するために、顧客サービスの一環として「軽油をA重油として売っていた」に等しい。
良識ある顧客が適正に使用している分には問題ないとしても、使用目的・管理状況の如何によっては軽油引取税の脱税幇助もしくは脱税行為そのものと受け止められ兼ねない状況だった。
そのことを危惧してか、発動機メーカー各社は「環境対策」を主な理由に、重油販売から撤退している。
また自社ブランドでの販売に一本化した石油元売各社も、業界の自主規制としてA重油(特にホワイトA重油)・大量の灯油および潤滑油(特にスピンドル油)の供給先を慎重に確認することを求めている。
つまりは、得体の知れない業者に無闇やたらと販売すると、不正軽油の製造原料となる恐れがあるので注意しなさい、ということだ。
「うるさい・重い・臭い」というネガティブ・イメージの一方で、「構造が簡単・効率的」という長所から連綿と貨物用トラックの動力として使用され続けてきたディーゼルエンジンだが、最新のユニットはガソリンエンジン技術のフィードバックを受け、燃料を高圧状態で精密に噴射制御をする「コモンレール」始め、非常に繊細かつ複雑な構造になっている。
メルセデスの「BLUETEC」に代表される汚染物質除去システムも、その性能をフルに引き出すには、硫黄分を可能な限り極小化したクリーンな軽油を用いることが前提になる。
このようなディーゼルエンジンに、硫黄分・炭素分の多い重油ベースの燃料油を給油すると、
○燃料系の詰まり
○機器の腐食
○汚染物質除去装置の機能低下
といった故障を惹き起こす。
一方で灯油ベースの燃料油の場合は、硫黄の影響が無い分だけ詰まりや腐食は発生し難いが、
○エンジンおよび補機類の焼付き
○パッキン・シーリング類の劣化・漏れ
といった不具合発生の危険を回避できない。
エンジンの焼付きはスピンドル油の混和で何とかなるとしても、燃料にワックス分が少ないため、パッキンおよびシーリング類のゴムや樹脂が痩せてしまい、劣化して硬くスカスカになったパッキンから燃料やガスが漏れ、最悪の場合エンジンブローや車輌火災を起こす。
なかなか浮揚しない景気動向が故に、運送業界を取り巻く環境が厳しいのは理解できる。
また給油や車検に際し、極めて高額の負担を強いる自動車税制への反感は、誰もが覚えあるところだろう。
さりとて不正な手段ないし不純な動機で安い燃料を使い、愛車・愛機を壊してしまっては元も子もない。
また沿道を有害な排気ガスで汚染すれば、浄化のために莫大な
社会的コストが必要になってくる。その負担増は結局、後々の納税者・道路利用者に課せられるのだ。
安定的な事業継続のためにも、地球環境保全のためにも、運送会社始め道路利用者には指定された正しい燃料の選択・使用を心掛けてほしいものだ。