屋上

　先進的で独立したデジタルメディアを標榜する「BuzzFeed」日本版サイト上での配信ニュースから『焼け野原になった広島を見つめるカップル　70年越しに写真の真相が明らかに』に感涙す。



　何と佳き写真であろうか。
　被爆および終戦から1年の間、原子爆弾に因る壊滅的な被害・当時は半永久的と思われた放射線の影響に加えて、翌９月に来襲した枕崎台風の浸水被害をも受けた広島市街地を眺める若き二人の姿は、時を超越して見る者に希望と勇気をもたらしてくれる。

　広島で社会人生活のキックオフを迎えた私は、当然に福屋百貨店も存じ上げているのみならず、戦前から使われている本館＝屋上として映っている建物は、極めて重要な被爆建築物としてエンジニアの卵だった私の脳裏に記憶されている。


　二人からみて左前方、写真では上辺寄り中央部分に見える島影は、当時から造船所があった瀬戸内海の離島・金輪島(戦前は、旧陸軍が自前の海上輸送能力を整えるべく船舶司令部野戦船舶本廠金輪島工場を設置、戦後は金輪船渠→西武造船を経て新来島宇品どっく)と思われる。
　よって二人は南(＝海側)を向いて語らっているのがわかる。

　原爆ドームや爆心地は二人の右手＝写真では右下方向、僅かに700m程しか離れておらず、強烈な爆風でひしゃげたフェンスが見える。
　爆心地側に面した短いスパンのフェンスが二人の側へ傾き、その右側のフェンスは菱形に変形、二人が佇む部分は建物壁面で衝撃が遮られたためフェンスが外側へ孕み出している状況から、爆風が写真右下方向から襲ったのは明白である。

　弊ブログでも紹介している陸軍広島被服支廠(旧日本通運出汐倉庫)の鎧戸のような、隙間の無い鉄板であればまだしも、スケスケのフェンスですら破壊してしまう爆風の威力が明白な証拠として記録されているのみならず、上記のように破損状況を分析することで爆風の方向を知ることができ、科学的に被爆の実相を伝える意味でも超一級の資料と思われる。


　この二人のその後は、今のところ分かっていない。

　仲睦まじい夫婦になったのか
　他のパートナーを見つけて別々の道を歩んだのか

　子どもをもうけ幸せな家庭を築いたのか
　或いは原爆症に苦しみ、若くして亡くなってしまったのか

　冒頭記した「希望と勇気に満ち」ているようで、現実は死と絶望が二人を支配していた可能性も否定できない。
　それでも、この写真に触れた者は二人の健やかならんことを祈り、広島が歩んだ復興の歴史を、共に歩んでくれたものと期待することだろう。


　そして本当の悲劇は、未来の世界において、この二人の眺めた景色が再現されてしまうことに他ならない。
　広島原爆忌のこの日に、佳き写真を見ながら衷心より願う。