独立

　ランチで隣のテーブルに座った、オバサンと切り捨てるには若干惜しい微妙な世代＆容姿の女性。聞くとはなしに耳にした会話の内容に、私は愕然としてしまった。

　「わたしぃ～、スコットランドがイギリスにあるって今日まで知らなかったのぉ～」・・・・・。




　スコットランドがどこにあるか知らなくても大人にはなれるが、銀座に勤める大人としては、当然に知っておくべき一般常識だと思うのだが。仮に、運悪く西ヨーロッパ方面とは縁遠く、United Kingdomの構成国を知らなかったとしても、いい大人が公然とバカを丸出しにするのは如何なものか。



　恐らくはその女性がニュース報道を視聴していたであろう、スコットランドの独立を問う住民投票の結果が示された。
　投票直前の情勢分析では、賛成派の伸長著しく、反対票との拮抗もしくはリードも伝えられていたが、結果は独立反対・連合王国への残留となった。



　私は20年ほど前、スコットランドの首都・エジンバラを訪れたことがある。
　キルトやバグパイプ、私の好きなスコッチウィスキーを始めとする独自の文化・風俗・名産品を誇りつつも、当然に英語が通じるし、同じイギリス国内なので旅行者の立場ではロンドン市内での移動と大きく変わるところはないが、唯一驚いたことがあった。

　独立が云々される以前から、スコットランドは独自の紙幣（=スコットランド・ポンド）を発行している。
　厳密には独自通貨というわけではなく、英ポンド紙幣の発行がイングランド銀行（我が国の日本銀行にあたる中央銀行）以外に、歴史的経緯からスコットランドの商業銀行3行でも認められていて、発行量は少ないもののイギリス全土で市中流通している。
　たまたまエジンバラ市内で買い物をした折、受け取ったお釣りの紙幣に英国君主・エリザベス二世陛下の肖像画がないものが混じっていて、もしかして偽札？価値の低い他国紙幣？を掴まされたのかと肝を冷やしたが、その紙幣が「スコットランド・ポンド」だった。


　独立に際して直面する諸問題の一つとして、通貨発行を挙げる報道が見られたが、既にスコットランドオリジナルの紙幣が流通しており、これを新生・スコットランド王国の法定通貨（スコットランド・ポンドは英国内で通用するがイギリスの法定通貨ではない）としてしまえば、意外とあっさり解決してしまうように思う。

　経済活動の根幹たる紙幣を独自発行している実情を目の当たりにした経験を思い出し、独立志向の強さ・恨みにも似た対立の根深さを再認識した。




　スコットランド独立の住民投票は、某オバサンにスコットランドの地理を認識させ、私に大昔の旅の思い出を甦らせてくれただけでない。
　表面的な結果は｢独立反対派｣の勝利だったが、独立を支持する勢力にとっても、得るものが大きかったのではないだろうか。

　連合王国への引き留めを期して、キャメロン政権は大幅な自治権拡大を約束させられてしまった。
　住民投票を機に独立運動が盛り上がらなければ、ただ単に現状が維持されるだけに終わっていたはずで、スコットランド人にとって有益な成果を引き出しただけでなく、将来的には緩やかな連邦制や、独立国家共同体のような体制に移行する第一歩となるかもしれない。



　一方で、同じ英国のウェールズや北アイルランドでも自治権拡大を求める動きが噴出しそうな雲行きなのに加え、スペインのバスク地方やイタリア北部の独立運動にも飛び火しかねない。西ヨーロッパでは、暫く民族主義的・地域主義的な空気が濃い状態が続くに違いない。


　翻って我が国においても、農畜産物の輸入自由化や公共投資の削減で経済が疲弊した北の大地や、過大な基地負担に苦しめられている南の楽園で、自治権拡大の要求や、更に進んで独立の機運が醸成されないとも限らない。



　スコットランドがどこにあるかを学習したら、次のステップとして他国の情勢や、我が国の問題に関連付けて理解を深めたいものだ。