受賞

　今年のノーベル平和賞は、かねてより私が注目していた人物だった。
　パキスタンの人権活動家マララ・ユスフザイ。女性の社会進出どころか教育にすら反対の立場をとるイスラム原理主義組織・タリバンの勢力下にある地域で、女子教育を推進する活動・学校に対し破壊活動を仕掛けるタリバンの蛮行を世界に伝え非難する情報発信をしたことから命を狙われ、頭に銃撃を受けて一時は危篤状態に。
　英国へ緊急搬送され手術と治療・リハビリを経て、奇跡的に回復。国連において感動的な演説を打ったのは、弊ブログ記事で紹介した通り。




　ノーベル賞の各カテゴリーのうち、平和賞は唯一ノルウェーで選定・授与される（他の賞はスウェーデン）が、違いはそれだけではない。
　他の賞が、既に成し遂げられた実績に対しての評価なのに対し、「平和賞」は今後の活動や成果に対する期待も加味される。また「平和」という、普遍的にして曖昧模糊とした概念に軸を置いているため、選考対象となる人物および団体が広範囲に及ぶ。

　結果として、その時々で国際情勢の影響や選考委員の政治的な意図が割り込むことを否定し得ない。



　ファシズムや軍部に支配されている、或いは人権状況に大きな懸念を抱える国や地域で、反体制勢力を率いている人物が受賞してきたことは周知の通りだが、選考の過程で皮肉を込めてヒットラーやムッソリーニが候補としてノミネートされたこともあったという。西側世界のリベラルな意識が色濃く顕れている。

　今回の受賞は、彼女の大きな活動実績および今後も影響力を発揮することに対する期待があるのは当然だろう。しかしそれとは別に、我が国からも戦闘員がリクルートされた「イスラム国」始め宗教原理主義勢力の伸長に対抗して、再び彼女の命が狙われることの無きを期し、ノーベル賞の栄誉と威光によって保護しようとする意図が隠れているように感じる。


　ノーベル平和賞受賞者を暗殺、なんてことが起きたら実行犯は世界中から袋叩きを受け、出身母体および信仰する宗教・宗派は国際的社会から排除されるに違いない。
　普通の価値観で判断するなら、そんな不合理な選択をする人間がいるはずはない。

　ただ我々にとって合理的な判断・普通の価値観が、砂漠の真ん中で火器を振り回し、誘拐した無辜の人々を平然とナイフで虐殺する黒マスクの蛮人どもと共有されている……とは、どうも思えない。



　警備の隙を突き彼女に不測の事態が発生。欧米を始め先進諸国は、ノーベル平和賞受賞者の身を案じると同時に、宗教原理主義組織の暗殺行為を強く非難し、国際社会はテロ憎しの世論一色に染まる。実行犯を処罰すべく最後通牒を示して引き渡しを求めるが、組織側は拒否し交渉は決裂。

　最後通牒で指定した時刻を以て多国籍軍が一斉に攻撃作戦を開始し、宗教原理主義勢力の軍事基地に壊滅的な打撃を与えるが、その裏側で各国大都市に潜んでいた戦闘員が至る所で破壊活動を展開。先進諸国の社会・経済は大混乱に陥り、戦火は世界中に拡がって………




　マララ・ユスフザイのノーベル平和賞受賞を、他の誰よりも祝いたいのと同時に、弱冠17歳の少女が反宗教原理主義のシンボル、または「殉教者」に祀り上げられ兼ねないことに、大いなる憂慮を覚える。
　前段で記した最悪の展開に至らないことを、ノーベル賞選考委員でも、彼女の警護担当者でも、超大国の大統領でも、誰でもいいから私の前で確約してくれれば非常に有難いのだが。