空師

　公共放送・NHKの深夜ラジオ番組｢ラジオ深夜便｣ 最終盤0400時台のコンテンツ｢明日への言葉｣から、「巨木のいのちを未来につなぐ『空師』熊倉純一｣に感銘す。
　　
　不惑をとっくに過ぎながら、今日になって初めて｢空師(そら-し)｣なる職業を知った。まだまだ勉強不足である。
　林業従事者のうち、急斜面や都市内の狭小地に生えた巨木の枝打ち・伐採作業に当たる方を指す。


　高層ビルなど無い時代、身一つで数十mもの高さの樹に登り鉈や鋸を振るう職人は、最も天空に近い存在だったから｢空師｣なのだとか。
　機械化が進んだ現在は道具こそチェーンソーを使うものの、仮設足場が組めない法面上や、周辺を建物に囲まれてクレーンないしは高所作業車が根元近くまで入れない巨木の手入れや伐採を行う場合に、その特殊技能を発揮する。

　｢空師｣は、ただ単に高い所に行って枝や幹を切る……のが仕事ではない。
　切った後で枝や幹を落とす場所・方法を考えないと、周辺家屋の屋根を破壊・電線および電話線を切断してしまう恐れがある。
　巨木を伐採する仕事では、木材として売却することを前提に、柱などへ加工し易い10尺(約3m)を基準に鋸を入れる。なるべく真っ直ぐな部材が取れるよう切断位置を決めるが、逆に天へ向かって反り返った鳥居や寺社の屋根材を造る場合などは、敢えて曲りを活かした切り方を工夫するのだそうだ。
　つまり樹木剪定や高所作業の安全技術だけでなく、製材や木造建築の知識も備えなければ一人前の｢空師｣とは呼べない。


　短いものでも数十年、長いと数百年もの歴史を地元の人々と共に紡いできた巨木に鋸を入れ止めを刺す作業は、ともすると残酷かつ冷徹に見えてしまうかも知れない。
　しかし、番組に出演された｢空師｣こと熊倉純一氏は、安全無事故で工程を進めるのは当然のこと、手掛けた全ての樹木への感謝と畏敬の念を欠かすことはないと仰る。

　お話を伺って、植物としての｢樹｣の最期を看取ると同時に、貴重なマテリアルとしての｢木材｣誕生を取り上げる崇高なお仕事だと感じた。


　字面が美しい｢空師｣のネーミングの妙と併せ、汎く一般にも知っていただきたい業務内容だ。
　また私が携わる建設コンサルタントの仕事でも、道路新設の準備段階で行われる伐採作業の発注に関わったことがある。｢空師｣の仕事に適用可能な労務単価が見当たらず、発注者の段階で真っ当に積算するのは不可能に近いが、是非とも｢空師｣に公共工事の現場で活躍いただきたいものだ。
　



　最後に、番組内で熊倉氏が仰った金言をご紹介しよう。

　広く穣かな土地を与えられ日当たりも良く、伸び伸び育った樹は枝ぶりの勢いこそいいものの、伐採してみると目が詰まっておらずスッカスカで、材木としては全く役に立たない。
　
　痩せた狭い土地で苦労し、陽当たりを求め他の木々と競争して生き残った樹こそが、固く締った良い材木として長く重宝される。まるで人間や国家と同じではないか。