敬愛

　タイ王国の元首であられるラーマ9世・プーミポンアドゥンラヤデート陛下が崩御された。
　敬愛の情を寄せ続けるタイ国民の悲嘆に、まずは寄り添いたい。




　私が最初にタイを訪れたのは、1991(平成3)年の軍事クーデターで実権を掌握した軍部と、民主化勢力が激しく衝突、300人以上もの死者が出た1992(平成4)年の「暗黒の5月事件」直後だった。

　この年は、ネパールの首都・カトマンドゥへ向かっていたタイ国際航空機が墜落(7月31日)するなど暗い話題が席巻しており、異国人が物見遊山で出向くのは相当厳しい状況なのでは…と思われた。



　しかし、いざ出向いてみるとバンコク市内は極めて穏やか。街中には焼討ちに遭って黒焦げ状態の商店が散見されたが、そんな中でも人々は普通に日常生活を送っている。

　この平穏も、国王陛下の前に国軍派代表と民主派代表が跪き(タイの伝統で、正座を崩した「お姉さん座り」のような体勢を取る)、双方一喝されて恐懼、対立の矛を収めたことに始まる。


　奇しくも「暗黒の5月事件」直後にタイ国際航空機の墜落現場となったネパールの王室が、国民の信任を得られぬまま廃止されて共和制に移行したのとは、全く以て対照的な君主制を取りまく情勢にかつて政治を学んだ若者(＝私)は大いに興味をかき立てられた。



　その後も国民各階層間の対立に、軍部も加わった内乱が表面化する度に、国王が威光を発揮して混乱を鎮静化させるプロセスが繰り返され、王室に対する国民の敬愛は高い水準を維持し続けた。

　そのカリスマ的な国王を喪い、国民の寂寥感さぞやと慮るのと併せ、またぞろ政治的混乱が発生したとして、同じように王室が威光を発揮し鎮圧してくれるものかどうか、不安に慄いているものと想像する。



　国家の興廃を左右する決定が、如何に高潔で気高い人物であろうとも、個人のカリスマ性に依存することの危険さを、先進諸国を含む多くの近代国家は理解している。

　王様が発した「ツルの一声」で、あらゆる物事が魔法のように正常化されるのは、美しいお伽噺として、或いは勧善懲悪のヒーロー物として読む分にはとても面白い。
　だが現実の政治世界では、王室の威光・国王のカリスマ性を利用して、自己の政治的・経済的利得を確保しようと躍起になる腹黒い人物が必ず湧いて出る。
　側近を自称する者に唆された国王が、重要な判断を誤ってしまうことが絶対に無いとは言い切れまい。


　タイ王国が更に発展し、国際社会で重要な地位を占めるためには、現状の支配体制を改める必要があるように思う。

　日本でも愉しめるタイの料理を味わいながら、亡き国王陛下と、彼の国の未来に想いを馳せたい。