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midnightbluelynxのブログ一覧

2013年11月20日 イイね!

摘発

摘発 今日決勝戦を迎えた明治神宮野球大会。
 午前中の試合となった高校の部は、日本文理高(北信越地区代表・新潟県)-沖縄尚学高(九州地区代表・沖縄県)。

 7回表・日本文理高の攻撃が終了した時点で、8-0と沖縄尚学を大きくリード。準決勝までの試合であればコールドとなり決着がついているスコアである。
 あぁもう雌雄が決したな、沖縄の子たちにとって東京の秋は寒すぎたのかな……と思いランチに出掛け戻ったらなんと、体が温まってきたのか7回裏から猛反撃。8-9で沖縄尚学高が逆転優勝してしまった。
 野球アニメのような展開で驚かされる。




 午後から始まった大学の部決勝は、我等が東京六大学野球リーグの明治大と、群雄割拠する東都大学リーグを5シーズン連続で制覇した亜細亜大の対戦。
 過去最多・5度の優勝を誇る明治大は、準優勝の記録が無い。つまり決勝戦では負けたことがない。今年もそのジンクスに期待したのだが、ドラフト会議で広島カープから指名された亜細亜大のエース・九里の好投が光り明治大打線は沈黙。敵失で1点を返したものの1-2で敗れた。

 私も観戦した日曜日の対道都大戦で応援団のリーダーが「明治にしては珍しく月曜日に試合が無い!(=だから今日は一生懸命応援しよう!)」と叫んで笑いを取っていたが、今年の明治大は春・秋のリーグとも2勝1敗で勝ち点を得る(=土日で決着が着かず月曜日以降も試合がある)パターンが多かった。

 レギュラーシーズンであれば3つのうち2つを取れば勝ち上がれるが、明治神宮野球大会のようなトーナメントでは一つ落とした時点で万事休す。初戦の道都大戦、準決勝の大商大(ヤワラちゃんの旦那・谷佳知の母校)戦を順当に勝ち上がってきたものの、明治大は最後の最後まで「2勝1敗」パターンから抜け出せなかった。

 とは言え今年の日本で一番最後まで野球ができた幸せな学校は、今日の神宮に集った4校しかない。
 優勝校も準優勝校も、胸を張って凱旋するがよい。




 今日の私は、今年のドラフト会議で日本ハムファイターズから指名を受けた明治大の副将・岡大海(おか・ひろみ)、そして大先輩たる楽天イーグルス監督・星野仙一の出身地、岡山県・倉敷に来ている。明治大優勝の祝杯をあげんと期待しつつ機上の人となったが、降機後に惜敗の報を知った。

 敗れたところで「残念会」と称し呑むことになるのだが(笑)、一次会の飲み屋を出て二次会は所謂「オネエサン系」のお店に行こうか…と相成り、それらしきお店が集中入居しているビルのエントランスで立っていた女性と後輩が価格交渉。妥結してお店に向かったら、先客でごった返していた。

 店内の様子や看板の写真を撮影?
 なんでみんな紺のジャンパー? 
 「オネエサン」系の店に女性客?

 条例で禁止されている客引きをした咎で、摘発に入った男女の警察官が店内捜索および従業員に対する事情聴取の真っ最中だった。
 入店前だった我々は事情聴取こそ受けなかったが、名前と住所を訊かれる破目に。

 結局宴席はその場で散会。明治大の敗戦と併せ、つくづく残念な夜になってしまった。



 
Posted at 2013/11/20 23:18:41 | コメント(4) | トラックバック(0) | | 日記
2013年11月19日 イイね!

集電

集電 読売新聞のニュースサイト「YOMIURI ONLINE」の配信記事『架線に布団!パンタグラフ切り離しセーフ…JR』に注目。

 重い敷布団が髙く空中を飛んで電車線に引っ掛かるとも思えないので、軽い羽根布団かと推測されるが、それにしても迷惑な話である。



 記事を読まれた方は、運転士のファインプレーで被害を免れたかのように思われたかも知れないが、緊急事態に遭遇して乗務員(運転士・車掌)がパンタグラフを降下すること自体は、手順に定められた操作であり何ら珍しいことではない。運転台には一斉にパンタグラフを畳むスイッチ(「パンタ下(げ)」スイッチ)が設置されていて、操作はそれを押すだけ。

 今回のように飛来物を巻き込み架線および集電装置(=パンタグラフ)が損傷するのを防ぐ他、踏切事故などでも暴走や感電に因る二次災害を防ぐ目的で操作される。


 乗務員の生存空間を確保し衝撃を吸収する強化構造の運転台・クラッシャブルゾーンの採用、そして過積載ダンプの取締り強化のきっかけとなった同じくJR成田線・大菅踏切事故では、救出後に死亡した運転士が衝突を覚悟し、咄嗟にパンタグラフを下げる操作を実行したことが確認されている。

 強い責任感・使命感に基づき行動し職務に殉じたJR運転士を悼むと同時に、安易に過積載を引き受け重大事故を起こしたダンプ運転手および荷主(砕石場)に対し、腹の底から怒りを覚えたものだ。




 パンタグラフの操作で真にファインプレーと言えるのが、1953(昭和28)年6月28日に発生した、関門鉄道トンネル(当時は新幹線の「新関門トンネル」が穿たれる前なので、当然在来線トンネル)の水没事故に際し、トンネル内にとり残された山陽本線下り普通327列車の脱出劇である。

 6月25日から西日本一帯で降り続いた雨は28日になって更に強い土砂降りとなり、まず門司駅近くの山で土砂崩れが発生。せき止められた川の水が濁流となって関門鉄道トンネルの九州側坑口に押し寄せた。
 
 関門トンネルを九州方面に向かっていたEF10形電気機関車牽引の327レ(乗客およそ800名)は、トンネル坑口を塞ぐように流れ落ちる濁流のため一旦停止。トンネルの坑口上部から大量の水が流れ落ちる中、車輌のパンタグラフが通過すると架線とショートし立ち往生する可能性が高い。さりとてこのまま本坑の主要部が海面下にある海底トンネル内に列車が留まっていては、坑口からの浸水を喰いとめる作業に取り掛かれず、為す術もないまま800名の乗客と共に水没してしまう。



 そこで乗務員は一計を案じた。
 電気機関車(全長17.5m)の前後に2つ装備されているパンタグラフのうち、前方の一つを畳む。極低速で走行し、機関車の前部が多量の水が流れ落ちる坑口を抜けたら前部のパンタグラフを上げ、後部のパンタグラフを下げる。こうすればショートを防げるのではないか……と考えたのだ。

 しかし実際には、トンネル坑口部分は海面下から地上に向かって急な上り坂になっており、速度の維持が難しい。スピードを上げ過ぎると、前後のパンタグラフを上げ下げする時間的余裕が無くなる。逆に下がり過ぎて一旦止まってしまうと、大雨で濡れたレールは滑り易く、またパンタグラフ1台では大電流が流れ架線を焼き切るリスクが生じ(だから直流電気機関車はパンタグラフを2台上げる。交流電気機関車は高電圧低電流なのでパンタグラフ1台でも焼き切れることはない)、再起動はほぼ絶望的。

 こんなにも困難なプランだったが他に妙案はなく、乗務員は絶妙な連係で全ての手順をこなし、327レは無事門司駅へと滑り込んだ。


 水没した関門トンネルの復旧工事は、排水作業および設備の修理に翌7月中旬まで要し、その間本州-九州を結ぶ鉄道便が全面ストップするという大きな混乱をもたらしたが、327レ乗務員の機転に依り死者・負傷者はゼロ。よってこの顛末は「鉄道事故」としては記録されていない。


 私はこのエピソード、「失敗学」の分野で"最も成功した失敗"との呼び声高い「アポロ13号」の事故と同じか、それ以上の価値がある危機回避の事例だと思っているのだが、それは褒めすぎだろうか。









Posted at 2013/11/19 22:40:04 | コメント(1) | トラックバック(0) | 鉄道 | 日記
2013年11月18日 イイね!

風邪

風邪 昨夜は神宮球場の乾燥した冷涼な空気の中、大声を出して喉を傷め薄着で体を冷やしてしまったため風邪をひいた。
 帰りの地下鉄車内で怠さを覚え、帰宅してから検温すると38℃後半。馬鹿は風邪をひかないというが、愚かな行いをすれば馬鹿でも風邪をひくという証明か。

 昨夜は夕食を摂った後、短時間で入浴を済ませ次男と入眠。十分な睡眠時間と暖かい布団のお蔭で、翌朝には熱は37℃前半にまで下がり、若干眩暈は残っているが怠さは解消していた。



 我ながらなかなかタフな回復ぶり。とは言えまだ微熱状態に変わりなく、何より食欲が湧いてこない。できれば勤務先には病欠を申請し、休みたいところだが……。

 生憎、今日午前中に仕上げなければならない案件が残っていて、欠勤するわけにはいかない。そして何より、寒い中で野球観戦に現を抜かし体調を崩した…なんて知れたら、職場で呆れられるのは目に見えている。故に休む、という選択肢は固く閉ざされ、私はいつも通り職場へ向かった。



 若干効率は落ちているが、それでも順調に仕事をこなし、急を要する案件を処理。しかし相変わらず食欲が復活せず。
 朝食は僅かしか摂れなかったので、いつもなら猛烈な空腹感に襲われて悶絶しているはずなのだが、ランチに帯同する同僚に断りを入れて昼休みの職場に残った。

 同僚には朝の段階で、「寒い中、野球を観てて風邪ひいたよ~」と伝えてあったが、あれだけガッツリ喰う人間が食欲を欠き昼食も食べない……と聞いたら、これは尋常ならざる事態と思ったらしく、真剣に心配されてしまった。


Posted at 2013/11/18 21:52:17 | コメント(8) | トラックバック(0) | | 日記
2013年11月17日 イイね!

対戦

対戦 今日の我が家は、昼前から長男次男を連れて神宮外苑へ。
 日本青年館にあるハワイアンレストランでフカフカのパンケーキを食べ、公園遊具で遊び、無料のレンタル自転車を借り出して神宮外苑を周回。子どもたちも充実の週末………。

 なんてスケジュールで私が終わる筈がない。
 昨日から始まった「明治神宮野球大会」の2日目。秋季リーグ覇者・明治大が東京六大学を代表して出場、道都大(札幌六大学)と激突する。


 
 自転車を返却して一般観戦券(1300円也・小学生以下無料)を手にスタジアム三塁側に入ると、ちょうど両校がホームベース前に整列し、健闘を誓って挨拶を交わしたところだった。


 応援自体は、いつもの東京六大学リーグの通り。チャンスパターンやコール、7回の校歌斉唱や試合終了後のエールといった段取りも基本的に踏襲。ただ決定的に違うのは、相手校に応援団やチアおよびブラスバンドが居ないのだ。



 明治大だから当然、のっけからフルスロットルで「道都をぶっ潰せ~♪」と始まり、百回以上は相手校をぶっ潰し、倒しただろうか。

 だが悲しいかな、相手校は言われっ放し。一塁側応援席からも「ぶっ潰せ」「倒せ」と叫ばれれば、こっちも更にエキサイトしそうなものだが、応援団組織が無ければ致し方ない。
 観戦に訪れた学生・OBを鼓舞し、共に応援を盛り上げる応援団・チア・ブラスバンドの強力な布陣を遍く有する東京六大学各校の存在の有難さを、改めて噛み締めた試合だった。


 チャンスパターンで盛り上がる明治大側に比して、静かな道都大側の応援席に想いが至らぬ訳ではないが、さりとてここで応援の手を緩めては却って相手に失礼と言うもの。

 毎回ランナーが出て、チャンスパターンがノンストップに鳴り響く(攻撃中はのべつ幕無しでブラスバンドが演奏する高校野球と違って、基本的にランナーが出ないとブラスバンドもチアも出番が無い)中、ツーランホームラン2本の計4点を挙げた明治大が道都大を下し、(東京六大学OBの立場としては)順当に準決勝へと駒を進めた。




 この試合、とても気分の良いことが2点、悪いことが1点あった。

 試合終了後のエール。当然相手からのエールは無いが、明治大が「フレーフレー道都」とエールを捧げると、一塁側から僅かだが確実に大きな拍手が返された。相手側スタンドにも、作法を心得た方がいらして反応してくれたのが嬉しい。

 私と子どもたちの観戦席の後ろで陣取っていたスーツ姿の学生。どうやら地方の某有名私大の体育会幹部だったようで、ノートにメモしビデオを回しながら(撮影には学生側の許可が必要)観戦記録を取っている。
 が、そのうち記録作業などどこへやら。明治大の熱い応援スタイルに中てられて、中盤以降は積極的に応援に加わっていた。それだけではない。「応援ってめっちゃ楽しい~」「今から明治に入りなおそうかなぁ」などと宣う。
 そうそう。他大学の関係者ですら、虜にしてしまうのが東京六大学野球の魅力なのである。


 そして唯一の悪い点。
 試合が長引き、終盤に至る段階で既に日没。神宮球場のスタンドには寒風が吹き荒び、件の他大学学生などは、明治大が守備に入って着席応援になるとガタガタ震えていた。
 それも十分予想して子どもたちは防寒服バッチリ、フリース地の膝掛けも持ち込んで寒さから護った………つもりだったのだが。

 応援にエキサイトしすぎて、着ていたコートを次男に与えシャツの袖を捲くり上げたままで最後のエールを迎えたパパが、完全に風邪をひき高熱を出してしまった。


Posted at 2013/11/17 20:15:12 | コメント(2) | トラックバック(0) | | 日記
2013年11月16日 イイね!

確信

確信 今日私は、或るクルマの試乗をさせていただいた。

 冷やかしで訪れたディーラで……ではない。買わ(え)ないという意味では同じっちゃ同じなのだが。
 度々弊サイトへお見えいただくOTTOさんより、この先2度あるかどうかのチャンスに誘われ、私は埼玉県北部の荒川河川敷「かわせみ河原」へ向かっていた。


 今日の関越自動車道および「かわせみ河原」へのアクセスに便利な花園IC周辺は、皇太子殿下をお招きしての全国育樹祭当日で、警備を理由として断続的に交通規制が掛かり道路は渋滞。花園ICで関越自動車道と接続し、皇太子殿下の車列が通過する国道140号線の沿道には等間隔に制服・私服の警察官が立ち、厳重な警備体制を布く。

 そんな緊張感と渋滞車輌に溢れる道を抜け、予定より1時間以上遅れて到着した「かわせみ河原」で、私はその威容を目の当りにした。
 タフでマッチョなワークホースながら、丸っこいキャビンデザインが愛嬌を放つウニモグ・416。OTTOさんの新しい愛車である。


 実は今日、引き取りのため埼玉にお見えで、ブログ上で「ウニモグ愛」を告白していた私と子どもたちをご自宅に戻る前の一時、ウニモグに触れさせてあげようとお誘いくださったのだ。
 午前中は学芸会・午後も別の予定で出ていた長男は参加できなかったが、次男と私はキャブにも登らせていただき目くるめく「ウニモグ体験」を愉しんだ。


 
 確かに、今は経済的に買えない。置く場所もない。OTTOさんのように修理するスキルもない。
 でも、それが何だというのだ。やはり私が究極的に欲しいのは、ウニモグなんだということを試乗体験を通じて確信した。

 OTTOさんは苦労しつつも、ウニモグの良個体を探して手にされた。
 欲しいと思って探さなければ永遠に手に入らない。手に入れたいという熱意と、それを裏打ちする経済力さえあれば、きっといい車輌はみつかるのだ。


 さて、来週から一生懸命仕事しよ(笑)。





 この得難い体験の余韻を長く愉しむべく、今日からタイトル画面を変更。
 奇跡的な並びを演出できた歓びが、僅かでも伝われば嬉しい。
 

Posted at 2013/11/16 23:18:19 | コメント(5) | トラックバック(0) | ウニモグ | 日記

プロフィール

「育児 http://cvw.jp/b/1043160/47663127/
何シテル?   04/18 19:29
 建設業界で禄を食む文系出身(経済学専攻)のプロフェッショナル・エンジニアが、愛車整備・政治経済・文化学術・スポーツそして土木施工の現場で日々記した野帳を公開し...
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