
容貌や挙動、習癖などの特徴に基づき、他人によって名付けられる名称を、「あだ名」というが、子どもたちだけでなく、大人にもよく用いられるほか、対象も人に限らず、国家や組織に、「あだ名」がつけられることもある。
あだ名をつける習慣は、当然中国にもあり、中国は韓国を 「 棒子(バンズ) 」を蔑称で呼ぶことがあり、日本を「 小日本 」、「 東瀛(ドンイン) 」 または「 扶桑(フーサン) 」と呼ぶことがある。中国メディアの今日頭条はこのほど、中国人が日韓にあだ名をつけて呼ぶ理由について説明している。
記事は中国人が韓国を「棒子」と呼ぶ理由について、韓国の大臣が手洗い用の水を、1スープと勘違いして飲み、絶賛したときに清の乾隆帝が、「棒槌」と呼んだことに由来すると説明。また日本が中国東北地区を占領していた時期に韓国人に「 警棒 」を持たせ中国人を打たせていたこと、韓国特産で有名なニンジンを古代の中国人は、「 棒子 」と読んでいたことにも由来すると紹介した。
続けて、「東瀛」という日本に対するあだ名、呼び名について、中国戦国時代に東シナ海の、さらに東に蓬莱(ほうらい)山、方丈(ほうじょ)山、瀛洲(えいしゅう)山と呼ばれる、3つの山があると言い伝えられていたが、中国の商船や漁船が日本の存在を発見したとき、それを瀛洲山と見なしたことに起源があると説明。
また、「扶桑」という呼び名は、扶桑樹と呼ばれる木について記された、山海経という古代中国の地理書に起源があると紹介。時代が流れ「唐」の時代になると、扶桑樹が生える場所である、「扶桑」の地名は日本を指して用いられていたと説明した。
「東瀛」また「扶桑」の起源については、様々な資料が解説しているが、記事が紹介する3つの山は三神山と呼ばれており、そこには仙人が住み「不老不死の神薬」が、あると信じられていたとする資料もある。また扶桑樹については、中国古代神話において、東海のかなた「太陽の出る所」にあると信じられた、大きな神木を意味すると説明している。
こうして見ると、古代中国人が日本に用いていたあだ名は、神秘的な雰囲気を漂わせるものであったことがわかる。交通も科学も現代に見られるような、発達を得ていなかった時代、中国にとって海の向こう側は、実に近寄りがたい神秘的な場所であり、日本はまさにそうした場所に、存在する国家だったということだ。(編集担当:村山健二)(イメージ写真提供:123RF) サーチナ 2016-09-28 22:17
Posted at 2018/08/17 12:57:00 | |
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