M の機体を回収する為、
地上も地下もあらゆる道を駆使し、
敵の目を欺き、
銃弾の雨をかいくぐり、
時に傷付き倒れ、
生死の境を三日三晩彷徨い、
長い道程の果てにようやく辿り着いた取引場所。
そこに佇んでいたのは
VolksWagen Polo4 GTI
かつてGolf3を駆った事のある私としては、愛着を禁じ得ない。
だが、今は未だそのような個人の感情を云々言う段階ではない。
此処は未だ敵地のただ中、先ずは任務だ。
そう。
速やか、且つ確実に現状を把握せねばならぬ。
この個体、
破格とも言える value price なのである。
それは当然、裏返せばそれなりに理由が有るのだろうし、
実際の所、先立って
J が調査に訪れた際に一悶着したという話も聞いている。
制動装置の不具合を指摘し、引き渡しまでに前部の制動装置を総交換したという経緯だが…
他にも色々と交換が必要な箇所が有ろう事は想像に難くない。
M と
J から、そのチェックを現場で入念に行ってくれとの依頼があり
私が今回召集されたのはその為と言っても過言ではない。
その責務を果たすべく、
M が担当整備士から引き渡し説明を受けている間、私が機体のあちこちを舐め回すように眺め、発動機周辺を覗きこんでいると、
「それ以上見るな」と言わんばかりに整備士がボンネットを閉めて、そそくさと説明を終えて話を纏めに入った。
粗捜しされるのが気に食わないのか、はたまた何か後ろ暗いところでもあるのか。
この男、一度も私と目を合わせない。
…まぁ、「海外製の機体を整備した経験が乏しく…」などと言っていたらしいし、
取引相手方の指揮官(私の事だ)が前回と違うとなると警戒する気は解るが…
そこであからさまに挙動不審になっているようでは、工作員としては三流だな。
走行距離からすれば何らか色々と
“お疲れ” であろう事は容易に想像がつくので、別に完璧に整備して引き渡せ、などと言う気は毛頭無いのだが。
“auctionで仕入れてそのまま売っている店” に、そこまで期待するほど素人ではない。
何と言っても私は
“プロの素人” だからな。
発動機とハコさえ達者であれば後は此方でどうとでも面倒見る、というものだ。
しかし、この時点で私が気付いた小さくない懸念材料が一つ。
「整備点検記録簿が白紙」の為、過去の整備状況が全く以て不明な点である。
全くの白紙というのは、想定よりも悪い状況と言わざるを得ない。
少ない手掛かりから推測するに、おそらく
2owner機と思われるが、どうも前ownerはmaintenanceにあまり熱心ではなくcost cut方針だったらしく、
タイヤは(ある意味予想通りの)東南アジア製、
engine oilのステッカーに至っては某ホームセンターのもの、だった。
…これは思っていたよりも手強いトラップが仕込まれているかもしれん…
10分も経たずに、半ば追い出されるような流れで取引場所を立ち去った。
もう訪れることは無いだろう。
ここで敵の工作員に弱みを見せては付け込まれると思い、
離脱する最初の操縦は私が担当した。
尾行探知軌道で敵の観測員を撒いた後、
物陰に機体を停め、探知機や爆発物が無いか入念に調べ、差し当たって脅威は無いと判断。
ようやくそこで
M に操縦桿を渡した。
ここからが事実上の作戦開始であり、
新兵 M 、試練の刻 である。
初動は悪くない。
私の愛機で少なからず経験を積んだ成果か、
「え? なにこれ! Redぃ号より言う事聞いてくれる!」
…私としてはなんとも複雑な心境のコメントが飛び出したが…
強化クラッチ+前後LSDの我が機をそれなりに動かしていたのだ、
コレくらいは朝飯前で動かせて当然だな。
より厳しい条件で訓練しておけば本番に余裕を持って臨めるという、
実に理にかなった私の指導方針が見事に実を結んだというわけだ。
褒めても良いぞ?
無論、私をだ。
M としては、自分の専用機とはいえ今日初めて操縦する機体。
欧州機独特の湿ったシフトフィールや、左側にある指示器など、慣れない事ばかりの筈だ。
更に、右も左もわからない
- 兇斗 - の道。
…落とし穴の予感しかしない。
片側1車線の街路から、片側2車線の大通りへ出て左車線を進行。
前方に
例の200番台のバス。
バス停に停車。左車線が塞がれる形。
当方、バスの直後でほぼ停止速度。
右車線への進路変更を企画する
M 。
左手で指示器を押し上げ、緊張の面持ち。
私がタイミングを指示した。
「Fire!」
「ガコーーーーーン!!」
………まぁ、こんなものだ。
完全にパニック状態の
M 。
“使い物にならなく” なっている。
なぜ焦る?
まさか、一度もエンストせずに行けるなどという
根拠の無い自信でもあったのか?
「発動機、再始動。前方クリア、進路を維持」
後に
M が述べた。
「Redぃが横から言ってくれなかったら絶対あのままパニクって何もできなかったよ〜…(;´д`)」
…そんな事では困るのだがなっ!
まぁ…この日
M がエンストしたのは結局この1回だけだったので、
初陣としては上出来も上出来だろう。
褒めるとすぐ油断してまたやらかすので言わなかったが。
↑一見、余裕綽々に見えるカットだが…
エンスト直後、冷や汗全開の瞬間である。
ドジっ子萌えの紳士諸君、ハァハァ(*´Д`)するが良いぞ?
※「1ハァハァ(*´Д`)」につき500円を M のブッシュ交換基金にお振込ください。
このアクシデントの後、すっかり士気が落ちた
M 。
私の出番だ。
I have control.
この地点で、次の目的地までの丁度中間ほどであった。
向かう第三中継地点は、敵支配圏の
- 兇斗 - を脱し、西の山を越えた先にある。
そこまでの道程は機体のコンディション確認には丁度良い。
敵勢力圏の外縁まで辿り着いた時点で、第三中継地点へ暗号電文を打つ。
『ワレ ダッシュツ ニ セイコウ セリ ウケイレキョカ ヲ モトム』
すぐに返答が返ってきた。
問題無く予定通り整備と補給を受けられそうだ。
第三中継地点。
私の馴染みの整備基地
Dr.hのラボ に到着、手早く機体を収容する。
ここに立ち寄る事は最初から私の飛行計画に組み込んでおいた事なのだが、
機密保持の為、
M と
Dr.h には直前まで伏せておいた。
万が一情報が漏れて脱出経路を潰されては生死に関わる問題である。
プロは時に非情に徹しなければならない。
だが、ここまで辿り着けば一安心である。
出自が定かでない上に、過去の整備記録も白紙の機体となると、
やはりその分野に明るい信頼出来る人間に任せるべきであり、
Dr.h に診てもらわねば話が始まらない。
いくら “プロの素人” とは言え、所詮私は素人なのだ。
道中、操縦していて幾つか気掛かりな事もあったので
ここは、
第三者の厳しい目でしっかりと精査して貰うとしよう。
下回りは全体的に綺麗である。
ブーツ破れ無し。
ロワアームブッシュは要交換。
リアブレーキローターが波々なのでこれも要交換。
パッドはまだいけるか。
一通り下回りを精査し終えたが、
走行距離を考えればブッシュ類の劣化は想定の範囲内。
だが全体的には意外に綺麗であった。
ただ、ここまで操縦して来た間に強く違和感を覚えた点があり、
私は確信をもって
Dr.h にある作業を依頼した。
ミッションオイルである。
(
M は全く気付いていなかったようだが)シフトの感触がザラザラしていた。
時折、変速時に妙な振動が出たりギア鳴りもするので、おそらくミッションマウントも替えないと根本的には直らないだろうが、
案の定、抜いたミッションオイルは酷い状態だった。
更に続けて、エンジンオイルも交換。
操縦席横に添付してあった “交換時期目安” によると、まだ2000kmほど余裕はあったが、
そのステッカーが
某・ホームセンター の物である事が不安を煽る。
十中八九、鉱物油であろう…
しかもあの調子では、取引相手の整備士がオイル交換しているかはかなり怪しい。
因って、この際同時にリフレッシュしておけば憂いも減るし、今後の整備サイクルを組み立てやすくなるというものだ。
これらの整備指示は
全て私の独断であり、専任者である
M の意向を無視したものだが、
今回のような、作戦本部との連絡が途絶した潜入作戦行動の状況下では、
現場での最高階級者(私と
M しか居ないので私だ)
が全指揮権を持ち、その指示が絶対とされるので、何も問題ない。
I have control.
そもそも、私もまだこの機体に命を載せて基地まで戻らねばならんのだ。
最善を尽くすのは我が身の為でもある。
応急の整備を終え、
Dr.hのラボ から離陸する。
ここから先は作戦本部まで無補給で一気に飛ぶ。
経路の大部分は山岳地帯だ。
ラボから山裾までの短距離を
M が操縦し、山岳部は私が操縦する事になった。
ミッションオイルを交換した効果は
M にも解ったらしく、
maintenanceの重要さ、奥深さを知る上で良い経験になったに違いない。
しかし、マシになったとはいえ、やはり未だシフトに違和感がある為、
マウントやブッシュ等、各部消耗部品の交換は早めに実施せねばなるまい。
山岳路でこの機体の機動性を確かめる。
150ps / 22kgm というspecの発動機は、低回転からトルクを発揮する瞬発力型。1.2t余りの重量には程よい塩梅で、登坂路でも不満は感じない。
6速crossでも入っていれば尚楽しめるのではないかと思う。
途中、所属不明の 『昴 VM型 -Re:暴狗- 』 と遭遇。
此方が後方から接近すると、振り切ろうと加速していった。
…面白い。
VMGかVM4かは判らぬが…相手にとって不足無し。
この『VW 9N型 GTI』の戦闘力、
見せてもらおうか!
…結果から言おう。
“ 道 を 譲 ら れ た ”
私自身初めて体験する
東南アジア製タイヤ 『P』の性能を慎重に探りつつも、
昴の最新機に “付いて行ける” 以上のパフォーマンスを発揮した9N GTI。
“戦闘機” としての潜在能力は申し分無い。
いずれ鋭い輝きを放つ原石である。
差し詰め、
高価ではないが、加工が容易で、磨けば切れ味鋭い刃にもなる、
黒曜石 ~ Obsidian ~ だろうか。
…しかし、
石を磨くのは私ではない。全ては
M 次第。
先ずは石より先に腕を磨いて貰わねばならんが、
乗り手も機体も、磨けば切れ味鋭く輝くことは間違いない。
今後が非常に楽しみである。
実は
M が興味深い発言をしている。
「Polo良いね~! 探してた物に巡り会えたって感じするよ~♪」
半年前までは豊田製『HV水』を買おうとしていて、
三ヶ月前まではAT限定免許だった者から
このような言葉が出てくるとは…
J と共に、手動操縦の愉しさを説いて
洗脳しこの世界へ誘った責任者として
感無量である。
以上を以て、2016年6月5日 機体回収作戦の報告とする。
Operation『宿命のObsidian』
幕は上がったばかりである!