その報せは唐突だった。
平日の朝。
出勤ラッシュが落ち着いた頃、一息ついて携帯を見ると
未登録の番号からのショートメールが。
「以前スバルにいらしたRedさんの携帯でしょうか。ドミンゴのKです。」
この一文で、その一瞬で、全てを察した。
あぁ…辛い決断をされたのですね…
ワタクシはかつてスバルでセールスをしておりました。
新卒で入って1年だけでしたが。
早いものでもう10年ほど経ちます。
その時のお客さんで、今も印象に残っている方は何人かおられますが、
このKさんは特によく覚えております。
「スバル・ドミンゴ」
軽ワンボックスのサンバーをベースに、コンパクトなボディで3列7人乗りパッケージを実現した、
…正直に言うと、ちょっと無理矢理感の有るクルマ(爆)。
初代ドミンゴは1.0L、(Kさんの)2代目は1.2Lの、今で言うコンパクトクラスです。
クラスと定員だけ見ればホンダのフリードみたいなもんですが、…まぁ全然違いますねw
最近のスバリストはこんなクルマ知らないでしょう(笑)。
Kさんはこのドミンゴに惚れ込んで、ずっと大事に乗っておられました。
…と言っても、通勤では使わないし、遠出もそんなにせず、近場の普段使いがメインなので距離は少なめ。
ワタクシが担当させて頂いていた当時でも「壊れないからねぇ~、調子いいからねぇ~、(新車に乗り換えなくて)ゴメンね~♪」と嬉しそうにおっしゃっていたのをよく覚えています。
(でもKさんは、就職する息子さんの通勤車を増車という形で買って下さいました)
新車セールスは新車を売るのが仕事です。
新卒の新人とはいえワタクシにも毎月の目標台数があり、
当然、年式の古いクルマのユーザーほどターゲットリストの上位に来ます。
Kさんのドミンゴは今年で車齢23年、当時でも既に13年以上。
普通であれば明らかに代替え対象です。
でもワタクシは、店長に出すリストにKさんは載せませんでした。
距離が少なくて不調も無いというのもありましたが、
なによりKさんの「絶対乗り続ける!」という気持ちがヒシヒシと感じられ、
「この人に今新車の話を出すのは失礼だ」と思ったからです。
新車セールスでありながら、ワタクシはどうも “物を売り込む” という営業の仕事に苦手意識を感じていました。
人の心に土足で踏み込んで行っている感じで、強く押すことができない。
クルマを買いに来る人の中にはセールスとの駆け引きを楽しみにしている人も少なからず居ます。
ワタクシはそういうタイプの人は苦手でした。
しかし、それ以上に「そろそろ乗り換えも考えてるけど、このクルマも気に入ってるんだよね…」という、今のクルマに愛着がある人に対して “新車を勧める” という事がなんとも複雑な気持ちになって、押すところで押せずに売り逃した事もあったと思います。
自分が介入する事でその人の "愛車との思い出" を過去に葬る事。
自分が介入しなければ、その人はもっとずっと愛車と居られたかもしれない、という思い。
"人の想い出を奪う" その重さに耐えられなかった。
Kさんのドミンゴのメンテ入庫予約をせっせと手配したのも、
ワタクシの心理は、新車の商談をするのが苦手で怖かったからでした。
店長から「そういう時お客さんはお前に背中を押して欲しい気持ちもあるんやぞ」と言われ、確かにそれも理解はできたけども、自分の側にそんな余裕が無い。
当時はまだまだ自分のスタイルというものもわからず自信もなく、何もかも模索中で嫌な事ばかりに目が行っていた、新人に良くあるアレでした。
結局、不慣れな土地という要素も加わって、
「仕事が出来ないダメな自分」から逃げてきたようなものでした。
Kさんからのメールの続きは、やはり予想通りの内容で。
「Redさんに連絡するのも迷いましたが…
いよいよドミンゴを手放す事になりました。。゚(゚´Д`゚)゚。
去年の暮れにレッカーのお世話になり、その後もオイル漏れが続いて泣く泣くです…」
…いつかは来る事ではあるけども。
気に入って大事にしていた姿を覚えているぶん、
ワタクシも寂しさを覚えます。
いや、それはたぶん、
悔しさ。
ワタクシも、“1台のクルマに長く深く愛情を注ぐ” 側の端くれとして。
「どうしようもならなくなるまでできる限り乗り続ける。生かし続ける。
コイツが死ぬ時まで面倒見る」と、自分のクルマに対して思っていますが、
Kさんも同じように思っていたハズです。
でも、今回、Kさんは新車代替えの下取りとしてドミンゴを出しています。
まだ9万km以下という走行距離からも、おそらく海外に売却されて生き続けると思われます。
まだ生きられるクルマを手放す悔しさ。
護ってあげられなかった悔しさ。
最期を見届けられない悔しさ。
それはどこか、見捨ててしまうような負い目。
そして、知らないどこかで知らない誰かがそのクルマに乗っているという悔しさ。
ワタクシも去年、そんなことを真剣に考えたのでよくわかります。
嫌な話ですが、クルマに対する愛情とは結局のところ、お金。
そのクルマにどれだけお金を掛けられるか。
そのクルマが苦しんでいるときにどこまでお金を出して治せるか。
クルマは、想いだけでは治せない。
だから、悔しい。
「理想を言えば、損得勘定抜きにしてエンジン載せ替えて乗り続けたいです。
でもね…やっぱりね…」
Kさんのその言葉に、締め付けられる。
野暮な事とは思いながら、次のクルマを訊いてみました。
今の流行りの、軽のスライドドア車。他銘です。
「今回スバルにしなかったのは、今の担当さんはRedさんみたいな人じゃないからです」
…複雑な気持ち。嬉しさと半々。
悔しいような、申し訳ないような、居たたまれない気持ちになります。
でも、認めて貰えたという嬉しさがある。
自分みたいなセールスでも良かったんだと。
自分みたいなセールスだから良かったのかもしれないと。
辞めて帰ってきてすぐの時から、
「そういうタイプのセールスも必要なんだ」と自分に言い聞かせていましたが、
自分で思っているだけでは結局それは自分を慰める方便にしかならない。
理屈では納得しても、自分自身の "負けて逃げてきた" 認識は変わらない。
今までずっと、スバルでの1年の職歴をどこか自嘲的に捉えていました。
しかし、このKさんの言葉で、スーッと楽になった。
ああ、良かったんだと。
スケジュールは厳しいだろうけど「最後に一目会いに行こうかな」と思い、
いつまで手許にあるのか訊いてみたところ
「今日これから持って行くんです。号泣しそう。゚(゚´Д`゚)゚。」
…なんてこった…
最後のその日に、ワタクシに連絡してきてくれたというその事。
その一番辛い時に、昔たった1年だけ関った若造に知らせてきてくれたというその事。
スバルでセールスしていて、良かった。
と。初めて、心底思った。
Kさん、ありがとうございます。
…今なら良いセールスになれるのかもね。
Kさんのドミンゴ。
一つ、素敵なエピソードがあります。
希望ナンバーなんか無い時代に。
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とお みん ご
「運命のクルマだったんです。」
その言葉は寂しそうでもあり、誇らしそうでもある。
【2017年 10月35日】 を忘れない。