2012年12月05日
華やかな芸風で歌舞伎人気を支え、「平成中村座」公演などで新風を吹き込んだ俳優の中村勘三郎(なかむら・かんざぶろう、本名・波野哲明=なみの・のりあき)さんが5日午前2時33分、急性呼吸窮迫症候群のため、東京都文京区の日本医科大学付属病院で亡くなった。
57歳。告別式、喪主は未定。
2010年暮れに体調不良を訴え一時休演したが、復帰。11年11月から東京・浅草での「平成中村座」の7か月連続公演に出演した。
しかし、今年6月に食道がんを公表し、7月の手術後の経過は順調だったが、肺炎による呼吸不全が進行、闘病を続けていた。
戦後歌舞伎の大物で文化勲章受章者の十七代目中村勘三郎の長男。3歳で五代目勘九郎を名乗って初舞台。
梨園(りえん)で天才子役と呼ばれ、早くから「芸の虫」として猛稽古を積み、粋な江戸歌舞伎の伝統を軸に、上方の芸風まで幅広く身につけ、舞踊でも正統派の名手として評価を確立した。
当たり役は多く、「隅田川続俤(ごにちのおもかげ)」の破戒僧・法界坊、「夏祭浪花(なにわ)鑑(かがみ)」の魚屋・団七九郎兵衛では奔放かつ的確な演技で客席を圧倒。
「鏡獅子」など舞踊のうまさでも、玄人筋をうならせた。
・・・57歳、まさかとは思っていたんですが、進行が速すぎて手遅れだったんですね。
この方と言えば、「(五代目)中村勘九郎」の時代から歌舞伎のみならずバラエティなどでも活躍され、歌舞伎を知らない人でも「あぁ、TVでよく見るね」っていう歌舞伎役者の1人だったと思うんです。
当然、本業である歌舞伎に対しても真摯に取り組んでおられ、各界からもその評価が物凄かったことも事実でした。
また、海老○が不祥事を起こした時も歌舞伎界の1人として、そして1人の大人として謝罪したことも記憶に新しいところです。
まだ孫が生まれたばかりで、これからの人生に楽しみが増えた矢先のことなだけに、非常に惜しまれますね・・・
同時に、来春新しくなる歌舞伎座がその目で見れなかったことは非常に悔しかったでしょうね・・・
息子2人が彼のイズムを継承して邁進することを祈るばかりです。
この場をお借りして、心からお悔やみ申し上げます。
Posted at 2012/12/05 12:05:37 | |
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