2013年05月20日
彼女がつけたブラックマーク 第2章 【セリカ編】 その6
「長い」、「展開が遅い」、「いつまで経っても海綿体に血流がいかない。」との苦言を前回よりストレートに頂いておりまして、早くも連載中止の憂き目かと、甘味オフや幼稚園の授業参観に顔を出しつつ、一人勝手に身もだえしていた、この週末。
一つ前のNH○大河ドラマの製作陣も、下降線を辿る視聴率を目の当たりにして、きっとこのような心境に陥っていたに違いないと、意味不明な理由で自分を鼓舞いたしましたFlyingVでございます。
しかしながら、いくら割愛しても、全く短くなる気配がしないばかりか、整合性がなくなる一方で、結局、そのまま掲載するしかないという力不足を痛感するばかり。
今回も長文掲載となりますので、週初めのお忙しい中、通勤、仕事の隙間にでもご覧下さい。
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「あれ、V君、なんだか顔が怖いよ。お茶でもする?」
時間外になるとなぜか開けっ放しになる扉の向こうから、彼女と仲がいい営業事務のナオちゃんが顔を出してきた。
「へえ、新入社員なのに、もう残業なんだ。あ、これ、請求書の控え、部長に渡しておいて。」
勝気な笑顔から覗く切れ長の瞳とさらさらの長い黒髪は、派手な彼女とは好対照で、社内でもファンは多いと聞いている。営業で同期の一人が食事に誘って玉砕したとの噂だ。
年は僕よりも二つ下ながら、商業高校を卒業して入社した今年7年目のベテラン。独身で彼氏が居ないことは、同期達がリサーチ済みだった。
「あ、はあ、いいですけど。」あまり接点がなく、社内でそれほどコミュニケーションのないナオちゃんからの思わぬ誘いに、声が上ずる。
「あとどのくらいで終われそう?」
「え~と、1時間ですかね。」
「じゃあ、地下鉄出口から南に折れたところにあるバチカンって喫茶店、分かるよね?あそこに集合ということで。」
会社から200mほど路地を下ったところにある雑居ビルの入り口に、『ケーキ&喫茶』とわびしく灯るネオンが、喫茶バチカンの目印だ。
うらぶれた外観そのまま、薄暗い入り口を抜けて、2階へと続く階段を上げると、ニコチンの臭いが染み付いた広い喫茶ルームが開けた。
大体にして営業しているかどうかも良く分からないテナントの階上に、喫茶ルームがあること自体、地元ですら知らない人もいる。
コメダが数百メートル先にできたことも手伝い、密会にはもってこいの場所として、訳ありカップルやややこしい団体の構成員の方がたまに活用しているらしい。
そもそも屋号がバチカンのくせに、神棚が置いてあるのは一体どういうことなのだろう。
いくら鷹揚な八百万の神でも、バチカンに神棚じゃあ、居心地が悪いに違いない。
有線が流れる店内のひび割れた合皮ソファに座り、窓際から一人ぼんやり国道を見つめるナオちゃんは、僕を見つけると、誰も居ないのに、大げさに右手を振って、自分の向かい側に手招いた。その無邪気な仕草と憂いを帯びた視線は、昭和のまま時間が止まった店内を、一服の涼風が吹きぬけたように見えた。
「ここ、初めて来たけど、いつもこんなにお客さん居ないの?」
キョロキョロと物珍しそうに見渡しながら腰掛けると、
「うん。だから、夕方、ちーちゃんとよく来るんだけどね。」
そう言って、タバコを灰皿に押し付け、手で煙を散らすナオちゃん。
すると、見計らったように、奥から、吉本新喜劇の桑原和男に瓜二つのマスターが、お冷を持って現れた。
「これにしなよ。」と言われるがままに注文した、お勧めのカプチーノが2つ置かれ、カップを一口運んだナオちゃんは、
「ちーちゃん、怒ってたよね。営業のフロアに来て、珍しくすっごいプンプンしていたから、一瞬、あの日かなって思ったんだけど、自販機コーナーに連れていかれて、話を聞いたら、V君がクソ生意気だって、あ、これ、ちーちゃんが言ってたまんまね。」
「そんなことを・・・」シナモンステックを無造作にかき回してしまい、受け皿にカプチーノが溢れる。
「ま、でも期待している証拠じゃない。残業しないことで有名なちーちゃんが、珍しく張り切って、V君のための資料とか遅くまで頑張って作ってたんだから。総務に若い子が入るの珍しいし。」
「あれ、主任が作ったの?」入社当日に渡された総務部マニュアルは、図入りで事細かに書かれている上に、120ページの大作だった。
「そう。ちーちゃんも結婚が決まっているから、もしかしたら仕事を続けるの難しくなるかもしれないでしょ。後、銀行から押し付けられた次長が本当に役に立たないもんだから、今年で出向契約を切りたい事情もあるんだけどね。」
「ふ~ん。」カップを傾け、場末の喫茶店にしては存外に美味しいカプチーノを口に含みながら、明日、ちゃんと謝っておこうと心に決めた。
すると、長い髪を両手で軽くかきあげ、足を組み替えてやや上目遣いに、
「実はV君の面接の時、私が居たの知っている?」と意味深な表情を向けるナオちゃん。
「ああ、そう言えば。」
言われてみれば、確か、お偉方がずらりとならぶ会議室の片隅で、お茶を片付けてくれた長い黒髪のほっそりとした女性がそうだった気がする。
「一目見て、きっと内定が出るって思ったんだ。今、営業来た子達って、ガツガツしたガキンチョばっかりだから、試用期間終わったらさ、こっちに配属願い出してよ。」
と本気だか冗談だか分からないナオちゃんは、
さらに、「V君、彼女いるんでしょ。付き合い長いの?どんな感じ?」とのドギツイ質問攻めに、総務のおばちゃん連中の情報網が如何に恐ろしいかを改めて思い知らされた。
気がついたら、看板が消灯し、いつのまにか閉店の時間になっていた。お陰で、営業の人間関係について、貴重な情報を得たのは収穫だった。
彼女のことについて知りたい事は山ほどあったが、結局、何も聞けずじまいに終わってしまった。
「そうそう、ちーちゃん、ああ見えて結構、さっぱりしているから、今日のことはあまり気にしてないとは思うんだけど、一応、V君から謝っておいて方がいいと思うよ。」
そう言い残し、二人分のお会計を済まして、愛車のシビックに長い足を折りたたむように乗り込むナオちゃんに、慌てて自分の分は払うと伝えると、そのかわりに、近々カラオケに付き合う約束をさせられてしまった。
シビックのテールを見送り、国道沿いを歩きながら携帯を取り出すと、「もうすぐGW!お仕事、頑張れ。」とタイトルが振られたメールが届いていた。
長い付き合いなだけに、本文もおおよそ想像がつく。
頻発する車の絵文字から、この連休、プレリュードでのお出かけを、なによりも楽しみにしていることが痛いほど伝わる。
それなのに、ナオちゃんとの約束に悪い気がしないばかりか、明日の彼女のことばかり考えてしまう自分につくづく嫌気が指し、そのまま携帯を閉じて、帰宅ラッシュの地下鉄へと急いだ。
(続く)
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Posted at
2013/05/20 02:13:45
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