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角鹿のブログ一覧

2015年01月10日 イイね!

カメラの自然治癒。

この、写真のカメラは、「NICON COOLPIX L610」です。
カメラの紐が、違うのが、お分かりかと、思います。紐を変えたのではなく、ここには、同じニコンのカメラが、二台あるんです。二台で、相互に撮影した画像です。
どういうことかといえば、一台のカメラを二年前に買ったのですが、なぜか、去年の夏に、おかしくなった。


◆故障したカメラ。なぜか、奇跡の復活を遂げている。



◆二台目に、中古で買った同じ種類のカメラ。

 海外旅行に出かけたとき、異常が発生した。
 最初は、なにもしないのに、電源を入れると、勝手に動画を撮影しはじめた。
 あわてて、止めようとしたが、動画撮影ボタンを押しても、止まらない。やむなく、電源を停止して、やっと、動画撮影が止まった。そんなことを、繰り返しているうちに、動画がまったく撮影できなくなった。続いて、各種の設定ができなくなり、動画再生もできなくなり、かろうじて、静止画の撮影だけが、できる状態だった。それも、撮影密度、感度の設定ができない状態での撮影しか、できなかった。
 したがって、旅行中の撮影が、ほとんどできなかったのである。
帰国後、あわてて、修理に出そうと思った。
だが、カメラを買った時に、5年間の修理保証を薦められたが、していなかった。
そのために、修理は実費となる。いろいろ、調べたり、聞いたりすると、10000円から、13000円くらいかかり、その上、送料などを入れれば、1万5000円は、覚悟しないといけない。
 この、カメラの買値は、13500円だった。
 イオン橿原店のカメラのキタムラで買ったものだ。修理するなら、もう一台、新品を買ったほうが、安くつく。故障したのは、銀色の細い紐のついている方だ。このカメラの最大のポイントは、単三電池で、動くということだ。ふつう、こういうコンパクトカメラは、専用のリチウム電池がついており、電池がきれると、動かない。充電をするのにも、時間がかかる。予備の電池を買えばいいのだが、専用電池のため、値段もかなり高い。とくに、動画を撮れば、すぐに、電池がなくなるので、予備電池もなく、撮影を諦めることも、少なくない。
 その点、この、「NICON COOLPIX L610」は、なにしろ、単三乾電池二本で、動く。どんな、種類の乾電池でも単三であれば、大丈夫だ。それが、気に入って、即決で買ったのだ。
 私は、最初から、リチウムの充電式単三電池を6本買っている。
 この、充電器と、リチウム充電電池は、大阪、難波のビッグカメラで、買った。
 なので、予備に4本の充電した電池を持っていれば、電池切れということは、まずない。しかし、万が一、電池切れになったら、そこらのコンビニでも、単三電池を買って入れれば、問題なく動く。海外旅行に行く場合でも、よほど、辺鄙な場所でなければ、単三電池を入手できない場所は、まずない。
 レンズもワイドで、使いやすい。動画もよく撮れる。実際、よく働いてくれた。小型なので、持ち運びにも。とても便利だ。
 だが、原因不明だが、カメラは故障した。うんとも、すんとも言わない。
 修理は、新品を買うよりも、高額だ。もう、生産は終了しているが、新品を買う気になれば、色違いの赤色ならば、簡単に入手できる。
 どうするか・・・・。かなり、迷った。
 棄ててしまうには、あまりにも、愛着がある。修理して使いたい。というか、故障したまま放置しておくことが、しのびない。修理して、治してやりたい。人間ではないが、愛着があると、故障したまま放置していることが、辛い。なんで、治してくれないのか、と、責められている気になる。まして、このカメラを棄て、別の新品を買うのは、非情すぎるような気にさえなる。
 で、どうしようかと、考えつつ、一ヶ月ほど、過ぎたころ、中古で同じカメラがオークションに、出品されていた。価格は8500円。付属品なし。微妙な価格だった。
 だが、結局、買うことにした。
 そして、二台、同じカメラが並ぶことになった。
 ずっと、手に取らなかった、最初の故障したカメラを持って、電源を入れた。
 すると、それまで、まったく機能停止していた動画撮影が、少し動き始めた。
 あれっつ、おかしいな?設定機能も、そのうち、動き始めた。
 棄てられると感じたカメラは、自力で自然治癒を始めたようであった。そして、一週間も、たたず、なんと、完全に機能が回復したのである。
 これは、奇跡ではないか!
 そうなってみると、あわてて、オークションで買う必要もなかったではないか。
 二台目が、肩身の狭い思いをするかのように、佇んでいた。
 ともかく、本当に、治ったか、テスト撮影をしてみよう、と考えた。そこで、奈良市へ出かける時に、そのカメラをバックに入れて、出かけた。最初は、順調に動いてくれた。だが、動画の再生が止まり、動画撮影が止まり、ついには、設定機能も動かなくなり・・・・・・元の故障状態に、逆戻り・・・・・。
 うーん、ぬか喜びだったのか。
 そして、また本棚の片隅に放置されることになった。
 二台目のカメラは、ようやく、代打の役割を果たし、ときどきの撮影に、順調に動いてくれていた。
 それから、一ヶ月ほど、経過して、なにかの折に、そろそろ、回復しているんじゃないか?と、カメラに触ってみた。だが、やはり、動かないままだ。やっぱし、もうだめかなあ。でも、このまま、故障したままで、置いておくのは、やはり、しのびない。無駄に二台のカメラを持つことになっても、故障を直してやろう。そうしなければ、なんとも、気が済まない。壊れたままじゃ、ちょっと、冷たすぎるだろう。
 そこで、故障修理の先を、いろいろと、調べはじめた。
 ニコンの修理は、けっこう、いろんなところで、できる。大阪の家電量販店に、持ち込んでもいいし、買った店のキタムラでも、受け付けてくれる。ネットで調べた先でも、あらかじめ、連絡して宅配便で送れば、修理ができるようだった。
 ついに、修理すると決めた。
 「嘘だろう!」
 思わず、そう、口に出してしまった。
 修理に出すことを、決めて、カメラを手に取ると、どうしたことか、またまた、復活の兆しを見せ始めたのだ。
 でも、信用はできない。じきに、また、へたばってしまうに、違いない。もう、修理するほかはないのだ。たぶん、基盤が異常になっているはずなので、自然治癒は、ありえないのだ。もう、治ったふりを、することはないんだよ。いくらお金がかかろうと、完全に治してやるからな。
 そう、カメラに言い聞かせっるのだったが、なぜか、わずかづつ、じりじりと、機能を回復させつづけて、ついに、数日後、また、完全復活を遂げたのである。
 それが、昨年の暮れ、12月初めのことだ。
 故障して、復活したり、ダメになったりを、二度繰り返し、三度目の復活を果たしたのである。
 ほんとに、これで、治ったのだろうか?
 いまだに、半信半疑で、この原稿を書いている途中にも、わざと、乱暴に、スイッチを入り切りして、無理な負荷が来るように動かして、テストしてみたが、きちんと、動いている。それでも、まだ、治ったとは、思っていない。いつか、だめになるかもしれない。でも、もう一ヶ月、異常なく動いている。
 この状態で、修理に出すのは、さすがに、ためらわれる。
 もうしばらく、このまま、様子をみることにしよう。
 それにしても、カメラが、自然治癒することは、あるのだろうか?
 なんとも、不思議なカメラである。
 当分、カメラは、余裕のスペアを持つ二台体制だ。旅行での撮影は、万全である。
 できれば、このまま、完全復活を続けてほしい。
Posted at 2015/01/10 00:26:34 | コメント(0) | トラックバック(0) | 身辺雑記 | 日記
2015年01月09日 イイね!

虫。

灰色の空に、断続的に黒い雨雲、雪雲が、流れて、霰(あられ)が、ぱらついたり、氷雨が、間欠的に音もなく降り注いだり、冷え込んだ一日となった。寒いのは、寒いのだが、虫が出てこないのは、助かる。都会で暮らしていると、虫を気にすることは、ほとんどなかった。しかし、田舎暮らしでは、冬場を除けば、虫の出てくるのが、当たり前という世界であり、ぞっとする。ほんとに、虫が常駐する環境には、 どうしても慣れない。とくに、許せないのがカメムシだ。こいつには、なんとしても、遭遇したくないのだが、なぜか、いたるところに、いる。黙って、背中にくっついていたり、箱の中にいたり、ほんのちょっとした隙間に、ぢっとしているので、もう、見つけたときには、絶望的になる。
色は、最初は、緑色だが、だんだん、黒くなる。潰すと、悪臭が出て、しつこく残って消えることがない。家のいろんな、ところで、カメムシの匂いがする。どっかに、いるんだろうな、と、カメムシ探しが始まる。けっこう、発見が難しいので、時間をかなり喰う。まことに、傍迷惑な虫なのである。
あのカメムシの嫌な臭いを消すために、消臭剤を何本買い込んだことか。
予防対策に、カメムシを近づけない防虫剤というのを、700円で買ってきた。袋に入っており、カメムシの出入りしそうなところに、吊るしておけと、書いてあった。効果は、一ヶ月と、書いてあったので、期待したのだが、これが、まったく効果がなかった。
夜中に、トイレに行こうと、寝ぼけ眼で歩いていると、何か違和感を足の裏付近に感じて、あやうく足をあげると、カメムシが通路にへばりついていた。踏み潰す、ほんとの、一秒の何分の一かの機敏な動きにより、踏み潰しを回避したので、難を逃れたのだ。このときは、ほんとに、気味悪さで、どうしようもなかった。翌日、通路には、なるべく、白っぽい絨毯を敷くようにして、寝ぼけ眼でも、カメムシを即座に、発見できるようにした。この、習性は、冬になって、カメムシがほぼ100%いない、と思っても、消えない。いまだに、用心して歩くようになっており、ほんの僅かな、黒いものにも、敏感に反応する。
姿なき、カメムシの陰に怯えて暮らし毎日は、田舎暮らしのほんとに、嫌な一面である。
カメムシのほかには、ムカデがいる。
一度、一人で、食卓のテーブルに座り、脇にあるテレビを見ていた。
何気なく、ふっと、足元を見たら、とんでもなくでっかいムカデが、びひゃーーん、と、跳ねた。うわっっっっっち、と、飛び上がり、あやうく斜め後ろに倒れそうになるのを、かろうじて、バランスを取って、テーブルの下をのぞいた。まさしく、超特大の、ムカデが、テーブルの下の、ダンボール箱やら、ふすまやらの奥へ、逃げ込んだ。そこから、ムカデ退治の格闘がはじまり、殺虫剤やら、ムカデを接着するガムテープやら、箒やら、ハエたたきやら、思いつく限りの柄モノを繰り出して、30分くらいかかったかもしれない、やっとのことで、取り押さえて、始末した。
長さは、10センチから、15センチくらいはあった。幅も、1センチくらいは、あったのではないだろうか。黒光りして、ビンビン、跳ねて、思い出しても、ぞえええええーーーーーーっつ、とする。
そんなことがあって、しばらくは、平穏な日々が、続いていたのだが、ある日、またぞろ、そっくりのムカデ出現。しかも、同じ場所で!今度は、やや、前回の大物に比べれば、小ぶりではあったが、それにしても半端ない大きさだった。
二度の、ムカデ出現で、もう、ムカデ恐怖症になった。そこで、コーナンで、ムカデ殺虫剤という、大きな袋に入った粉薬を買い込み、玄関の周り、ベランダの下などに、散布して、ムカデを家に近づけない作戦に、打って出た。攻撃は、最大の防御なりという言葉を実践した。これは、かなりの効果があって、それ以来、ムカデを、家の外で見かけることはあっても、家の中で発見することはなくなった。
ほかには、蜘蛛や、藪蚊は、どこにでもいるし、小さい飛び回る虫もいる。
一度、畑でブヨの攻撃を受けて、翌日から、顔、首、手が真赤に腫れ上がり、一週間ほども、苦しんだことがある。田舎暮らしが長く、馴れた人には、なんでもないかもしれないが、都会からやってきて抵抗力のない人間には、悲劇である。夏の畑に、それも夕方、うっかり、半袖短パン姿で、行くものではない。ブヨの集団の総攻撃を受けて、半死半生のひどい目にあうのは、間違いない。
いささか、大げさかもしれないが、決して、大げさではない。ブヨの被害にあってみれば、この表現でも、少しブヨの祟りを恐れて、遠慮していることがわかるだろう。
蛇は、虫ではないが、道路でよく車に轢かれて死んでいる。
とにかく、山里の空間は、こうした、虫などの生き物で充満しており、逃れることはできない。
虫だけでなく、猪、鹿、アライグマ、猿、川鵜、白鷺、カラス、鳶、などなど、野生動物や野鳥は、そこかしこに、生きており、普通に目にする。夜間に行動する、鹿や猪の行動しあたとは、朝見れば、道路や畑や、いたるところに、くっきりと、残っている。
数量的には、圧倒的に、これらの非人間生物のほうが、多い。したがって、こうした野生生物の支配する空間の中に、囲いを作って人間が暮らしているというほうが、正しい表現である。
ものごとは、だんだんと、慣れるものだが、どうも、虫攻撃には、慣れるのが難しい。
寒い寒い冬だが、虫のいる夏に比べれば、快適なのである。
冬は、虫を殺してくれる、有り難い季節なのだ。
寒さに感謝だ。
暖房費は、半端無く、かかるけど。
Posted at 2015/01/09 17:31:18 | コメント(1) | トラックバック(0) | 身辺雑記 | 日記
2015年01月08日 イイね!

干し柿。

  風は冷たかったが、晴れていたので、外出した。
  とりあえず、ときどき、行く果物屋へ。そろそろ、干し柿が、出ている頃ではないか、と思って行ったのだが、やはり吊るしてあった。
「この白いのは、カビなんだろうか?」
「いや、干していると、中の砂糖が浮き出てくるんだ」
「じゃあ、問題ないね」
「問題ない」
「じゃあ、これ、貰う」
 柿の中から、甘い完熟の密露が浮かんで、滴り落ちそうだ。
 見るからに、激甘の干し柿だ。
 こりゃあ、いい、塩梅だ。
 15個、ついていて、1200円だった。
 ついでに、干し芋1パック、と、りんごも一個買った。
 この、両方で、580円。どっちが、いくらか、わからない。
 奈良県は、柿の名産地だということが、住んでみて、初めてわかった。
 五條市の西吉野町が、柿の名産地で、吉野町のすぐとなりである。昔は、西吉野村と言ったが、大塔村とともに、五條市と、合併したということだ。
 西吉野町の富有柿は、ことに、甘くておいしい。いま、この時期は、干し柿の生産が最盛期だ。 

 西吉野町が、柿ならば、吉野町の大阿太(おおあだ)高原は、梨の名産地である。
 梨農園が、さまざまな品種の梨を栽培して、販売している。とくに、20世紀梨の栽培は、歴史もあり、味も、本場の鳥取に優るとも劣らない上品質の梨を作っている。
 大阿太のほかに、隣接して、佐名伝(さなて)、薬水(くすりみず)という地域も、梨栽培をしており、それぞれ、競い合って、この大阿太高原一帯の梨産地の名声を高め合っている。
 さらに、梨農家では、ブドウとか、桃を栽培している農園もある。
 また、隣県の和歌山県有田、は、みかんの名産地だ。
 吉野町は、これら、果物産地と近いため、一年中通して、新鮮で豊富な果物を入手できる。
 これからは、干し柿の季節である。
 今日、買ったのは、「ひらたねなし柿」という品種のものだが、これからは、大ぶりの美濃柿の干し柿も出てくる。格別甘党ではないのだが、酒をやめていると、ついつい、甘いものに、手が出る。
 酒をやめて、糖尿病になった人もいるらしいので、要注意である。 




◆「ひらたねなし柿」の、干し柿。「平核無柿」と書いて、種のない、平べったい渋柿である。
 左の白いのは、大根を輪切りにして、干しているもの。煮ると、甘味がある。


◆戴いた白菜を、塩漬けし、北海道昆布を刻んでチラシ、味をつけた。5日目。漬かり具合が、ほどよくなった。




◆干し柿を、買ったついでに、一個だけ買ったりんご。品種は、わからない。


◆息子が送ってくれた広島の生食用の牡蠣。二袋入っており、一個は、牡蠣ご飯と、ポン酢で食べた。今日、着いた。ちょうど、柿と牡蠣。食べ合わせは、どうなんだろう。昔は、うめぼしとうなぎは、ダメとか、食べ合わせを書いたカレンダーなどもあったが、最近では、見かけない。単なる、迷信とも、思えないのだけど・・・・。


◆入っていた広島牡蠣のパンフレット。ワインに合いそうだけど、ワインがない。


◆娘が送ってくれた、新米。景品に、貰ったものだという。たまたま、贈り物が、重なった。滅多にないことだが、嬉しく、ありがたい。



◆有田みかん。Sサイズ。10キロで、2500円。暮れには、もっと安かったが、値段が上がっている。店の人は、品薄と、言っていた。


Posted at 2015/01/08 20:49:31 | コメント(1) | トラックバック(0) | 身辺雑記 | 日記
2015年01月06日 イイね!

白菜の塩漬け。

 いい白菜を貰ったので、白菜の塩漬けを作った。
 漬けて4日目だが、さっき、様子をみたら、もう大丈夫なので、重石をどかして取り出し、容器に入れた。
 漬けた分量は、大きめの白菜の半分の量だ。
 そういえば、昔は、漬物器というものがあった。プラスチックの丸い容器で。蓋の内側にバネがあり、蓋をして、バネを上の取っ手でねじり込むと、重石の代わりになる。白菜をザク切りにして、塩と刻み昆布を入れて、つければ、一日で、食べることができた。
 いつの間にか、その、容器はなくなったのだが、ときどき、白菜漬けを作っていた。
 今回は、米を研ぐためのプラスチックのボール状の容器を使った。ビニール袋に白菜の4分の1カットを入れ、塩を適量バラマキ、昆布茶の素を大さじ一杯くらい振りかけて、プラスチック容器に入れ、その上から、使ってないダンベルを乗せて重石にした。
 もう、4分の1は、カネのボールに、やはり、ビニール袋に入れた白菜を入れて、重石には、石の窯と、半分ほど入った醤油瓶を乗せた。
 最初は、白菜も硬いので、重石がバランスよく乗るように、注意しながらやっていた。
 水が上がってきてからは、ビニール袋に穴が開いており、漬けている水が漏れだしたりしたので、ビニール袋を取り替えたりして、余計な手間がかかった。やはり、プラスチックの漬物樽があれば、こういう変な手間は必要ないなと、反省したが、すでに遅い。
 白菜は、あまり、重石をかけて漬けすぎると、水分が抜けて硬くなる。重からず、軽からずという、重石の塩梅が、やはり、素人には、難しい。三日目の昨日、重石を半分くらいにしたが、それでも、重すぎたのか、水分が抜け過ぎて、やや固くなっていた。
 ほんとうは、もっと、うまい漬け方があるのだろうけど、よくわからない。
 鷹の爪は、辛くなるので、入れなかった。
 にんにくは、入れたほうが、よかったかな、と、思うのだが、にんにく自体が、なさそうなので、入れることができなかった。
 明日から、少しづつ、食べてみようかと、思う。
 ゆずがあれば、少し、皮を削っていれれば、香りがよくなるだろうが、ゆずがあったか、よくわからない。あればいいし、なければ、ないで、それも、それなりだ。
 最近は、なるべく、ないものねだりは、しないようにしているが、やはり、ここは、こうだよな、なんで、あれがないんだよ、だいたい、ないのが、おかしいんじゃないか、(この先、カット)という気持ちは、やっぱり、なくならない。 
 いま、思ったが、みかんの皮を入れると聞いたこともある。やはり、香りがよくなるのだろう。みかんなら、いっぱいあったので、皮をいれるのは、可能だった。でも、そのときは、そういう発想がまったくなかった。
 白菜の塩漬けが古漬けになって、少し酸っぱくなったあたりのものは、鍋にすると、絶好である。シンプルに、酸っぱい白菜漬けと、豚肉で鍋にする。北京の冬の定番料理の鍋、「酸菜火鍋」である。
 白菜といえば、かつての北京の冬の光景であった。
 ビルやアパートの前、階段の踊り場などには、どこでも大量の白菜が山積みされていた。冬の食糧難を、配給の白菜で凌いだ時代が長く続いていた。誰もが貧しく、誰もが豊かさを夢見ながら、誰もが、国家とともに生活苦に耐えていた時代であった。
 そのころ、冬の白菜は、別名を「愛国菜」と、呼ばれていた。作りすぎて大量に売れ残った白菜の処理に困り、政府が、「愛国者なら、白菜を買え」と、大々的キャンペーンをしたことから、「愛国菜」の呼び名が生まれた。
 いまは、そんな時代が、嘘のように、シナでは、誰もが成金になれる時代になっている。
 正月のテレビを見ていたら、血色の良いシナ人の観光客が、東京のデパートで買い漁った福袋をごっそり両手に持ち、「これから、まだまだ、100万円くらいは、使うつもりだ」と、嘯いていた。
 いったい、北京は、どんな様子なのか。
 北京に住んだことはないが、何度も、行った事がある。
 北京にも、行って経済成長による変貌ぶりを見てみたい気がするが、何分、冬はPM2・5が凄まじく、そんなところへ、わざわざ、行く気にもならない。
 早く、冬の北京の 抜けるような青空を、少しでも取り戻してほしいものである。
 王府井の一角で、「東来順」は、まだやっているのだろうか。
 名物の羊のしゃぶしゃぶ、涮羊肉・を食べる客で、店内はいつも、満席だった。
 前門の「老舎茶館」では、京劇や川劇や漫才、民族演奏を楽しむ北京っ子で、賑わっているのだろうか。
 白菜を漬けたことで、脈絡なく、いろんなことが、思い出されてくる。 
 朝からの雨が、夜になっても、まだやまない。明日も、雨の予報である。
Posted at 2015/01/06 22:40:34 | コメント(0) | トラックバック(0) | 身辺雑記 | 日記
2015年01月06日 イイね!

「まっさん」雑感。

「雪になった」
「腹が減った」
「戦争になった」

 誰が、そうしたのか?誰のせいで、そうなった?この、「誰」という、主語を探そうと思えば、決して、「誰」は、一人あるいは、一つではない。
 自分のせいでもあり、他人のせいでもあり、誰のせいでもなかったりする。
 それなのに、主語を上げているならば、主語は際限ないほど、多くなるはずだ。主語は、いくつもある。主語は無限にあると考えるのが、日本人である。したがって、日本語の主語は、一つだけでなく、複数であり、多数だ。
  したがって、その多数、無限の主語を一つに限定しないで、すべてを包含する存在を、述部から見た「題目」「主題」と、捉えるのが、日本語の構造である。あくまでも、述部目線であり、述部によって「題目」「主題」「テーマ」が決定される。
  日本語は、述部だけでも成立する。特定しない不特定の題目が、省略されている。これを、省略された題目と位置づけておく。文章に書かれない題目は、いわば、「仮定の実在」というものである。
  数学の幾何で、「仮定の線」を想像することで、現実の問題が解けるという問題がある。そうなると、仮定、架空の線ではあるが、現実に役立つ線であり、虚でありながら実の必要条件になっている。

  人間の営みや運命には、こうした、特定できない偶然、複数の要因、原因、条件などが、複雑に絡み合っている。それを、あえてひとつの主語に、限定しないで、漠然と仮称しておくのが、「題目」「首題」の存在である。
  これに対して、明確な、主語→述語、という、因果関係を特定して示す、「主語述語構造」には、イェスか、ノーか、あれかこれか、という、二者択一の一神教的な絶対性を基本とする世界観がある。

  たぶん、一神教徒は、一神教世界では、原因結果が不特定で複数あることは、頭で理解できても、心情的に、そういうあやふやさが、気持ち悪いのであろう。しかし、八百万の神々を認める寛容さと、多神教を否定しない、無差別非原理主義の世界観を持っている多くの日本人にとっては、世界を支配する統一原理が、唯一神に限定されることのほうが、理解不能である。
 
 昔、都市銀行の若い銀行員に、話を聞いたことがある。
 ロンドン駐在から帰国し、東京の某支店勤務についたばかりだった。
「銀行員として、心がけていることは、何か」というような質問をした。すると、彼は、たとえば融資案件を検討する場合ですが、先輩の副支店長に、言われたある言葉があると、言った。
「これで、いいのか?どこかに、問題はないのか?決して、物事を一つの角度から見るのではなく、スルメを何度もひっくり返してあぶるように、物事は、いろんな角度から、ようく、見ることが大事なのだ」という、言葉を、心に置いて、拙速のないように、心がけている、と、言った。
  それは、ただ、慎重に、ということだけでもない、もっと、深い意味をもって居るように感じられて、いまでも、よく覚えている。
  物事を多面的に見極める、日本文化の多面性、多様性それが、融資というビジネス面でも、活かされているのではないかと、感じられた。決して、機械的、固定概念で決め付けない、思考の柔軟性、とでも、言えようか。
  最終的には、ひとつの結論を出すにしても、イエス、ノー、のほかに、イエスに近いノー、ノーに近いイエスもあり、イエスでもノーでもない、イエスでもあり、ノーでもある、様々な選択肢があるのである。

  囲碁将棋、相撲、あるいは、競馬、競輪、競艇、サッカー、ラグビー、野球、柔道、剣道などなど、勝負事一つとってみても、勝因や敗因は、一つに特定できない。
 「勝負に負けた」
 「試合に勝った」
  という、結果があるだけで、勝因、敗因は、それらしきものはあっても、一つに特定、限定できない。
  日本人の感覚には、「試合に負けて、勝負に勝った」、とか、あるいは、その反対とか、はたまた、「負けるが勝ち」とか、いったい、勝ち負けの基準自体が那辺にあるのか、わけがわからない、有り様である。

  勝ち負けの原因結果を、一つに絞り込むことは、到底、不可能である。
  しかし、主語を確定する作業、すなわち、一つの主語を選択するということは、主語となるうるかもしれない他の要素を排除するということである。そこでは、事象の原因を、ひとつに特定するためには、あれやこれや、あれもこれも、という無差別多神教的な世界観は、決して容認されることはない。
 しかし、主語、述語を限定しない、「題目+述部構造」(題述構造)の日本語では、因果律を限定しないで、無限の因果律が絡み合う人間の営為や運命、現象を表現して、その核心を過不足なく表現することができる。

 題目述部構造は、主語述語構造に比べて、表現対象が漠然としている。誰が、何が、何をしたのか、必ずしも明確ではない。
 それは、迫ろうとする対象の因果関係が、特定し、選別し、掴みきれないものであるからであり、その現実を日本人が、おおむね追認しているからである。
 主語、述語を、きっちりと、決めたくても、実際には、現実問題として、決められないことが、ほとんどである。したがって、主語、述語を、決めることに意味を見出さないのである。現実世界の中で、揺らぐ対象の姿そのものを表現するには、主語と述語を限定することは不可能である。
 揺らいでいるものは、揺らいだままで、いいではないか。
 この、自然体こそ、日本語表現の特徴であり、日本語の文法構造は、表現の背後にある日本人の世界観と密接に結びついている。
 現実世界の実相というものを、日本人は、万物は流転するものであり、諸行は無常である、と認識している。この日本人の精神構造や世界観が、日本語の文章構造にも、現れていると言えないだろうか。

 「叱られた」
 この文章に、特定された題目は、ない。ただ、述部だけがある。
 述部の「叱られた」しかない文章である。
 ただ、文章の背後には、叱られた自分がいる。あるいは、叱られた人を、見ている自分がいる。叱られた、原因は、叱った人にあるかもしれないし、叱られた本人にあるのかもしれない。あるいは、まったくの誤解によるもので、「叱られる」ようになった原因をつくった真犯人は、別にいるのかもしれない。
 ただ、主語を特定できない何かの不明の原因により、叱られている人がいるという状況を、この文章は示している。
 そういう、状況をすべてふくめて、この文章は、完成しており、不完全ではない。

  誰が、どこで、何を・・・・5W1Hが、ないと、不完全な文だ。英文のような、主語、述語、目的語といった構造が完璧な文だ、とは、必ずしも言えない。
 世界は、神秘であり、曖昧なもので、満ちている。   
 曖昧で、ファジーなものは、完璧ではないから、劣っており、不完全であるという発想が、そもそも、間違っているのだろうと、思う。日本人の考える完璧さは、必ずしも固定化したものだけではない。曖昧なものは、曖昧なままが完璧なのである。

 日本の五重の塔の、中心にある「心柱」は、宙吊りになっており、地震があれば、揺れ動くことで、揺れの衝撃を緩和、吸収する構造になっているという。それで、1300年もの、不倒記録を更新しつづけているのである。
 この、五重塔の揺れの吸収構造は、現代の超高層ビルにも、応用されているという。
 すべてを塗りつぶさない日本画の余白の美、半熟卵とか、半熟ふわふわオムレツとか、曖昧でいて完成されたものは、無数にある。
 洋服は体のサイズにあわないと、上着もズボンも、装着不可能である。主語述語の対象固定化構造の見本みたいなものである。
 しかし、着物は、背丈はもとより、痩せ、太め、胸元、腰元、あらゆる体型変化に対応でき、肉体的な欠点もカヴァーできる万能性をもっている。しかも、模様、色彩も織り染と変化に富み、帯や半襟などの付属品も含め、なによりも着る人を美しく引き立てる。
 文章で言えば、題目+述部構造は、着物のような「万能表現」を可能にする文章構造であろうと、思う。

 最後に、余談だが、NHKテレビの朝ドラマで、ニッカウイスキーの創始者の「まっさん」が、放送されている。これを、ときどき、ちらっと、見るだけだが、あまり、見る気がしない。
 それは、この、ドラマの作り方に、原因があるのだろうと、思う。
 日本で、本場のスコッチを凌駕する、世界最高のウイスキーができた。
 こういう、表現は、自然なもので、日本人に、違和感はない。しかし、この、ドラマは、「わしは、日本で初めてのウイスキーをつくるんじゃあ」と、主人公が、耳にタコができるほど、叫びまくっている。しかも、そのそばに、西洋人女優が、「ワタシガ、マッサンヲタスケルノ、ツマナノダ」と、青い目を光らせている。

 つまり、二人の「主語」が、自己主張する「主人公のドラマ」となっている点が、そうなんだろうか、という根本的な違和感を感じさせる。肝心のウイスキーは、どこに行ってしまったんだろうか?
 この、ドラマの本当の主人公は、ウイスキーという異文化の飲みもの、だ。
 そのバッカス(酒の神)の恵みを、まっさんと、よき理解者の異人妻が、いかにして、日本で実現するかという魂の物語であるはずだ。

 日本人で、「この酒は、わしが作ったぞ」と、豪語する杜氏や酒蔵の社長はいない。あくまでも、自分の苦労はさておき、皆を慰労して、「今年も、いい酒ができた」と、感謝の心で、喜んでいるのが、酒造り職人の風情である。  つまり、酒づくりという、日本の伝統文化、先人の知恵、酵母という自然の恵みと神秘、水や酒米、などなどの「題目」、「首題」、の前に、謙虚な感謝の心を持つ述部、がある、という構造である。

  おそらく、ニッカウイスキーの創始者夫妻も、そういう職人の心をもっており、その心意気に共鳴して協力、助力を惜しまなかった多くの人々の応援で、この偉業を成し遂げたのだろうと、思う。
  だが、この、ドラマは、「わしが、ウイスキーを作ったる!」「アタシノ、ナイジョノ、コー、ナノヨ」という、日本の職人魂や日本の夫婦像と似て非なるドラマになっていることが、日本人の心に響きにくい原因だろう。それが、私の印象である。
  楽しんでご覧になっている人には、水をさすようで申し訳ない。

  昨夜、テレビ東京の、「日本総本家」、日本の職人という、番組を少し見た。そのなかで、奈良の呉竹という墨メーカーの依頼で、墨の型枠彫刻をつくっている奈良の職人を紹介していた。この人は、たしか、85歳で、ものすごい、神業としか思えない繊細な彫り仕事をしている。この分野では、日本に、この人しかいないという職人である。
  それでも、「まだ、先代の技術には、追いつかない」として、先代の名跡を継ぐことなく、修業していると、語っていた。職人の技への敬虔さを、思い知らされる姿だった。

  あの、「お宝鑑定団」で、お馴染みの陶芸評論家の、名セリフは、「いい、仕事をしてますねえ」だ。まさに、これこそ、作った職人の名は伝わっていなくても、その名は、作品そのものに秘められている。
  「誰が」、という主語ではなく、「何を」、という「述語文化」こそ、日本文化の特質のように、思う。
Posted at 2015/01/06 12:15:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | 身辺雑記 | 日記

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