この絵はなんなんだろう。
一枚の絵が目の前にあった。一見静物画という油絵である。
応接間のような部屋のなかに一台の木製テーブルがある。チェックの柄のテーブルクロスがかけられている。
その上に桃が描かれている。桃は器に入っていない。一個の桃がぽつんとテーブルに乗せられている。
まあそこまでは普通の絵のように見える。
だがよく見ると熟れた美味しそうな桃が乗っているテーブルクロスが少し歪んで見える。歪んでいるというか凹んでいる。桃の乗ったテーブルクロスがテーブルにめり込んでいる。大げさに言えば桃が硬い木のテーブル沈みつつあるのだ。桃がテーブルの木に半分ほどめり込んでいる。物凄い重力のある桃としか思えない。厚みのあるテーブルをそのうち貫通してしまいそうだ。しかし見た目にはごく普通の桃でしかない。
不思議な絵であった。
その絵を見たのは東京の立川の駅ビルの上階にあるそう広くない展示場で開催されていた美術展である。そこは同じフロアーに世界堂という画材屋もあり朝日カルチャーセンターも一階上にあったように思う。いまもその駅ビルはあるかもしれない。もう40年位前のことである。その美術展はたぶん立川市とか国分寺市とか多摩の地元の画家たちが作品を展示したたとえば「多摩美術展」といったような小規模のものだったように思う。
そのとき偶然なのかちょっとした知り合いだったのかいまとなっては判然としないのだがその絵を描いた画家と話をしたのだった。その画家の言った言葉はもう仔細は忘れてしまった。だがその画家はテーブルの上に置かれた桃がテーブルの木よりも重いこともあり得るのだという意味のことを喋った。そしてこの絵は桃がテーブルに沈んでいくところを描いたという説明をしてくれた。そのとき物の重量は軽いだの重いだのは錯覚であって実際には軽く見えても重いかもしれないしその逆もあるはずだというようなことを画家は言った。
まさしく桃とテーブルの重量関係はこの画家によって逆転しているのだ。はっきりとそういう意図でこの絵を描いたと彼は言った。
いや桃は一つではなかったかもしれない。いくつか無造作に果物がテーブルの上に乗せられており中央にある桃だけが凹んだテーブルクロスの中心にあるという構図だったのかもしれない。ともかくテーブルにめり込む桃という絵であることだけは確かに記憶している。
その画家は「このほかにもう一つ絵を出品している」と言った。
「そうですか、どこにあるんですか」
「これです」
画家は桃の絵のそんな遠くない場所にある一枚の絵を見せてくれた。それは青というか黒というかそういう背景のなかに黄色い蝶々が列になって飛んでいる絵だった。
「これは蝶々ですね」
「地球にはいろんな生物がいますよね」
「いますね。いろんなのが」
「たとえばこいう蝶々なんて私は地球から生まれた生物とは思えないんですよ」
「・・・・・・・」
「たぶん私は蝶々はどこか宇宙の彼方にある星から地球に渡ってきたのだろうと思いましてね。それでこれは暗い宇宙の彼方から地球へ向かって旅してくる蝶々を描いたんですよ。いまもね宇宙をいろんな生物が飛んでいるかもしれない。まあそんな光景をこの絵は描いたんですけれどね」
「はあそうなんですか」
その画家はほかにもいろんな生物が地球にいるがほかの天体から地球に降ってきた生命があると思うと言った。
その画家は自分の想像世界を絵にしていた。
自分の想像なのか直感なのか哲学なのか。
私は想像ダニしなかった世界の扉をその無名の(多分そうだと思う)画家によって開かれた思いがした。目から鱗というか、凡人の常識ではありえへん世界が芸術家の目にはリアルに見えるのか、と衝撃を受けたのである。
その人はごくありふれた風体の人だったが話していることは詩人のように想像力豊かだった。ほかに何を話したのか、その後、どうしたのか?そもそも何という名前の人だったのか。まったく記憶にない。ただ美術展会場で二枚の絵を前に画家と会話したことと絵の記憶があるばかりである。
なぜそんな昔の記憶が蘇ったのか。
今日、実は一冊の本を読んだのである。その本は「時間は逆戻りするのか」
宇宙から量子まで、可能性のすべて 高水裕一著(講談社 ブルーバックス)である。
時間というものは過去から未来へと一方向にしか流れない。なんとなく漠然とそう思っていないだろうか。だがほんとうにそうなのか?未来から過去へと流れる時間は本当にないのか?という疑問に答えるべく英国でホーキング博士に薫陶を受けた高水氏が最新の量子力学をはじめ理論物理学の先端知識をわかりやすく説いている。
数学も、物理も、化学もまるで理解不能な私でも著者の筆法のおかげてなんとなくわかったような錯覚(この辺、うぬぼれもいいところでバカ丸出しですけど)を覚えるありがたい本だ。理系の人なら楽しんで読めるでしょうね。
なんとなく時間は一定であると思っているのだがそうとは限らないと著者は軽く言ってのける。
たとえばよく知られれいる浦島太郎の物語がある。
あの物語では海底の龍宮城では時間のスピードは物凄く遅い。地上では普通に時間が経過していくのだが竜宮城時間はのろのろである。そしてほんのしばらく滞在した気分で浦島太郎がもとの浜辺に戻ったとき陸上の時間はとっくに過ぎ去り玉手箱を開け元の時間に戻った彼はよぼよぼの老人になっている。この物語は時間は空間によって遅かったり速かったりして一定ではないということを示している。これなら文系脳でもどうにか時間論が理解できるヒントにはなりそうだ。著者はこの浦島伝説について(アインシュタインの)「特殊相対性理論を彷彿とさせる昔話」だと述べている。
まだ半分ほどしか読んでいなのだがその中でアインシュタイの一般相対性理論が解説されているくだりを読んでいるうちにふっと何の脈絡もなくあ40年ほど前の桃がテーブルに沈んでいく絵を思い出したである。
アインシュタインの相対性理論には二種類あり最初が特殊相対性理論というもので光速に近いスピードで物が移動している特殊な状況においては時間や空間が伸び縮しているという理論である。
次に説かれた一般相対性理論というのはテーマが呪力いや間違えた呪力もとい重力である。
アインシュタインは重力とは時空の歪みによって生まれると予言しブラックホールの存在も予言したのだ。私が書いたのではなく、この本にそういうことが書かれております。
その箇所の図解の絵を見たとき「これは・・・・・・」と鳥肌立つ思いがした。この図解をそのまま油絵にしたものこそがあの立川駅ビルの美術展で見た桃の絵だったのである。
その図解が下の画像だ。先に紹介した「時間は逆戻りするか」の本の58ページにある。
この黒い●を桃だと思って下さい。そうすればあの画家の描いたテーブルはなんとブラックホールだったのではないでしょうか。
桃は自重でテーブルにめり込んだのでなくブラックホールに吸い込まれていく途中だったのかもしれない。
恐ろしいのはまさにあの画家である。もしかしてあの画家は物凄く物理を勉強しアインシュタインの理論を油絵にしたのかもしれない。絶句するしかない。
そしていま私の脳裏にはもう一枚の絵が浮かんでいる。
もしかして蝶々も地球から発生したものではなく宇宙をはるばる旅してやってきた生命なのかもしれない。そう本気で少し思い始めている。
この文章に一つ追加をします。
今日は令和4年6月7日ですが今朝の産経新聞に次の記事が掲載されていた。
日本の宇宙探査機「はやぶさ2」が小惑星「りゅうぐう」から持ち帰った石や砂の中から生命の元となるアミノ酸が20種類見つかったというビッグニュースである。
私はこの文章で何十年か昔に無名の画家が描いた蝶々が宇宙から地球へ渡ってくるという幻想的な絵を見たトイウ話を書いた。その画家は地球の生命体は地球で生まれたのではなく宇宙から飛来したのだと思うと話をした。そのとき私は半信半疑でその画家の話を聞いていたのである。
だが今回の宇宙探査機の成果を見るとあの画家の言っていたことはあながちありえないことではないのかもしれない。
最近私はサボテンの花を見てこんな妖しい花が地球上で生まれたものか疑惑を感じるようになった。乾燥に極度に強いなどというサボテンは地上の水分を欲しがる植物とは系統を異にしている。もしかしてサボテンの花は宇宙から隕石に含まれた種が地上にもたらした奇跡の花なのかもしれない。
みなさんはどう思われるだろうか。
以下は今朝の産経新聞の記事です。
リュウグウの試料からアミノ酸 20種類以上、生命の起源解明の手掛かりに
2022/6/6 11:36
ライフ
科学
はやぶさ2
日本の探査機「はやぶさ2」が2020(令和2)年に小惑星リュウグウから地球に持ち帰り、成分や状態などの詳細な分析が進められている試料から、タンパク質の材料となる有機物のアミノ酸が20種類以上検出されたことが6日、関係者などへの取材で分かった。生命の源となる極めて重要な物質のアミノ酸が地球以外の天体で発見されたのは初めてで、地球の生命の起源を解明する上で大きな手掛かりとなりそうだ。
はやぶさ2は、太陽系の起源や生命誕生の謎を解き明かすことなどを目的に、リュウグウの表面や地下から試料を採取。砂状の試料約5・4グラムを持ち帰った。これまでの分析で、水や有機物の存在を示唆するデータが得られており、より生命の構成物に近いアミノ酸の発見が期待されていた。
生命に欠かせないアミノ酸の起源は、46億年前に誕生した地球上でさまざまな現象が起きる過程で作られたという説と、宇宙から飛来したという説があり、今回の発見は後者の説を補強することになる。アミノ酸は隕石(いんせき)からもしばしば発見されているが、リュウグウの試料は地球の大気に全く触れていないことから状態が非常によく、より試料としての価値が高い。
はやぶさ2は一昨年12月に約6年の飛行の末に帰還。リュウグウの試料を入れたカプセルを地球に持ち帰ることに成功した。宇宙航空研究開発機構(JAXA)や東大、広島大など全国の研究機関で本格的な分析が始まっており、試料は高温にさらされた痕跡がみられなかったことや、過去の隕石に比べて最も密度が低いことなども判明している。