いま、大河ドラマでやってる渋沢栄一の物語ですが、ほかにも明治から大正にかけて巨大な財閥やらをなした企業はたくさんありました。
元々ある商店や事業体から大きくなったのが鴻池(三和銀行の母体)とか住友(銅山から発祥)とか。あと明治維新前後からのしてきた(書き方は変ですが)企業として三菱(重工業とか日本郵船とか・・・三菱鉛筆は、無関係だからね)。
そして消えてしまったものとして謎を含んでいるのが
淀屋。Wikiによるとほとんどの財産を朝廷に献上して明治維新後に消えてます。
そして本題の方。
鈴木商店ですが、こちらは明治7年に洋糖取引業として神戸で創業。明治27年に創業者の鈴木岩治郎が急死。夫人の
鈴木よねが廃業せずに再出発して日本一の総合商社に上り詰めた・・・そうです。
関与したのは
神戸製鋼、帝人、播磨造船所(のちのIHI)ほか多数で彼らの活躍がなければ日本の企業群の一角が欠け落ちてるはずです。
問題というか気になる点は、鈴木商店というフレーズを知っていないと、このリンクにたどり着けないってところだし明治・大正に興された企業の中に鈴木商店が関与したものがはっきりと見えない(鈴木を冠していない)ためです。
鈴木の名を継承した企業が
鈴木薄荷株式会社ってのもねぇ・・・
※バイクや車・ピアノの鈴木とは無関係です。
まあ、明治から昭和にかけて巨大な花を咲かせて散った企業とも言えますが、裏になにかあったんじゃないかと勘ぐりたくなります。
(引用ばかりの長文を書くのが面倒なので)お時間がたっぷりある方には、是非、関連リンクにある鈴木商店記念館におでかけください。
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Posted at 2021/08/14 08:58:54 | |
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