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2018年07月20日 イイね!

川崎貨物駅と鶴見界隈散策

担当CAさんの異動にともなないこれまでお世話になっていた横浜市内の寺゛さんから川崎市内の寺゛さんに車検をお願いすることになりました。そこで京浜急行大師線を経て川崎貨物駅に訪れてみることに、事前に色々な方のブログ等で予習してきましたが広大なヤード沿いに炎天下をクラクラしながらの撮影となります。まずは小島新田駅の目の前、跨線橋の上から1枚。

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小規模な町工場が並ぶ脇、鉄の加工が放つツンとした匂いの中を歩き神奈川臨海鉄道の塩浜機関区に到着、民家とは距離があるせいでしょうか?開け放った通用門の脇から撮影を始ます。

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入替や、臨海の工場と東海道貨物を結ぶディーゼル機関車が忙しく出入りします。

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鉄道員の方々においてはお忙しいところではりますが、行ったり来たりする貨車を眺めつつ撮影しているとほっとします。と、いってもこの日差しは厳しいです。

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近所の化学工場からくる荷でしょうか?独特のタンクが連なります。工場地区からの列車は一日に数本走るかもわからない閑散路線だそうです。

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思い切ってモノクロに切替えて撮って行きます。

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機関区の脇の物干しには作業服…暑いですからね。

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沢山の貨車が留置されている大きな建物はJR貨物の川崎車両所ということらしいです。

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カラーに戻しました、雰囲気が変わります。

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日照りの中をおろおろ歩きます、EF65国鉄色です。全般検査時に復刻色で続々と出場しているようです。そのうち更新色の方が珍しくなるのかな…EF66の基本番台ももはや27号機のみとなったことを考えるとEF65は恵まれているとも言えます。

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不思議なものでモノクロの方が映えるかな。

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旧い刑事ドラマにありがちな拳銃の打ち合いが想像できる貨物ヤード。

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国道132号線、歩道の脇に立つ防護壁をかわして撮影。

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右脇に機関車が見えます。

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この後近くのバス停から川崎駅へ向かいました。暑さと疲れでバスの中で居眠りに誘われます。


さて別の日ですが夜勤明け会社帰りのひとコマ。

生麦のキリンビール工場脇の高島線を撮影、残念ながら高島線は新しくできた道路に被られて撮影は厳しくなりました。こちらはキリンビールの勝手口ともいうような通用門から臨む高島線。

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京急花月園駅前の踏切から撮影。

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高島線から東海道貨物線へ、根岸発のタキ列車が通ります。

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これにて撤収、本数の少ない時間帯というのもありましたが夜勤明けはシンドイです。
Posted at 2018/07/20 11:22:19 | コメント(1) | トラックバック(0) | 写真 | 日記
2018年06月25日 イイね!

ガンダムスタンプラリー 1.5カ月戦争の記録 -6-




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人類が増えすぎた人口を首都圏に集中するようになって、既に半世紀が過ぎていた。
東京の周りの大小の地方都市は人類のベッドタウンとなり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。西暦2018年、都心の交通網の大部分を担うJR東日本は東京コロニーを名乗り、新人類世代にガンダムスタンプラリーを挑んできた。この一ヶ月半あまりの戦いで、サラリーマンの財布の中身の半分を減少させるに至らしめた。人々はみずからの行為に恐怖した。戦争は膠着状態に入り4週間あまりが過ぎた。


田端でランバ・ラルを倒した(?)後、京浜東北線に乗り一路東十条へ…赤羽から東北線回りで尾久を目指したため赤羽~田端間の2つを取りこぼしていたため回り道となっています。これまでもいくどか訪れた馴染みの駅です。
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こちらの駅はなかなか案内ポップが充実しています。上下ホームくまなく見てゆきたいところですが、時間が足りず通り道で目についたところだけ記録してます。
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「迫撃トリプルドム」の時のアムロの台詞

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黒い三連星の前に散ったマチルダさんも応援にかけつけ(?)
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改札付近もなかなか充実。

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情報量が多いです、ネタ絡みで他の駅にも言及しているのが◎です。

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この台詞か…ま、印象強いです、黒い三連星はキャラが立っていたけど名台詞はなかったかな。

この3機のドムってランバ・ラル隊に補給するために送られてきたのをキシリア配下のマ・クベによって握りつぶされたと思ったのですが、ガイア、オルデカ、マッシュの3人はドムとセットだったのでこの辺りに政治的な策略があったのでしょうか?エース級の3人と最新鋭機をガルマの敵討ちにに投入するとも思えないですし…ちょっと興味深いです。

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後ろ姿で記念撮影もいいですね、「東十条=とんじゅう」って社内スラングですかね一般的には「ひがじゅう」とか呼ばれるようです(あ…鉄道ファン内の呼称か)

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一駅戻り、王子です…王子だけに王子キャラということで「ガルマさま」が居られました。

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マ・クベの下で地球占領軍を指揮していたのですがもともと軍人には向いてなかったようです、一般人イセリナとの淡い恋話とかファーストガンダムならではのヒトコマ。

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何を謀られたのか…ちょっと意味不明ですが↓気持ちは伝わりました。

高円寺にカノジョがいますよと告知しております。

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そうですね、この台詞ですね。

「ジオン公国に栄光あれ!」でも良かったけど頭の中はイセリナでいっぱいだったんですよね。

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ガルマを買って出たスタッフさん、ポーズも含めて天晴です。

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埼京線-東北本線の飛び地を攻略したものの疲労も溜まってきたんでスタンプラリー指定店で休憩…セイラさんのカードで励まされて先へ進むことに、残りは山手線の大塚-高田馬場を攻略してゆきます。

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まだまだ終わらんよ(涙)
Posted at 2018/07/20 09:45:33 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2018年06月19日 イイね!

2018年ル・マン24時間レースに寄せて

2018年ル・マン24時間レースに寄せて今年は夜勤で迎えたル・マン4時間レース、仕事の合間、休憩中にネットでリザルトを確認する程度の観戦スタイルとなりました。無料の動画配信も少なかったようですし…今年総合優勝を争うのはLMP1でたった1台のハイブリッドマシンを持つトヨタ、そこに挑むのはノンハイブリッド車を走らせるプライベーターチーム、性能調整はあるもののスペック的にはトヨタが大本命でした。
(写真は昨年のお台場のものをトリミング)

振り返ると昨年シリーズ終了と共にWECをポルシェが撤退、戦うべき相手のいないカテゴリーにトヨタのみが残された形になりました。もはやWECに参戦する意義も見いだせない中ではありましたがTS050の投入以来ル・マン初制覇は手が届くところにあります。WECのシリーズ優勝は2014年に獲得しましたがル・マン24時間の勝利はシリーズ優勝以上の価値を持ちます。

WECシリーズの中でのトヨタの位置付けがシリーズを盛り上げ、台数を稼ぐ「日本メーカー」という立ち位置からル・マンでポルシェ、アウディと渡り合えるメーカーに成長したこと。むしろ今年の挑戦権を得ることができたのは一昨年のゴール3分前の悲劇があったからこそ…あれで欧州に認められたという印象があります。

もし2016年にル・マンを制覇していたらポルシェと一緒にWECを撤退していたことでしょう…そうなっていたら残されるのはシリーズを支えてきたプライベートチームのみ、スポーツカーレースはSWCのように空中分解となったいたことでしょう。

2017年のレースもポルシェと同等のハードは用意できていた、双方に似たようなトラブルが発生していましたし…このトラブルを呼んだのはお互いに技術競争を進めた結果、研ぎ過ぎてしまった刃物の先端が欠けたようなもの、トヨタに足りなかったのは少しの運…小林の偽マーシャルによるクラッチ破損の件はハード的な落とし穴ということもありますが不運でした。本来保険の為の3号車の事故はお粗末でした。「3号車」は、虎視眈々と走らせないといけないのに、ちょっと配慮が足りなかったかな…。
話は逸れますが引き合いに出るのが1999年のTS020時代、「1、2号車」の欧州人ドライバー車は新車、対して日本人トリオの「3号車」は1998年のリビルト車でレースペースもひたすらセーブさせられておりドライバー3人もチームには冷めていたそうです。ところが上位2台が脱落したと同時にチームを仕切っていたデ・コルタンツが3号車の陣頭指揮を執りに来て猛プッシュ、片山選手のドライブ時にタイヤバーストで惜しくも2位に終わりましたが結果的に日本車+日本人トリオで初の2位表彰台という結果でした。

閑話休題、さて昨年のル・マン以降のシリーズ後半はポルシェに軍配があがりました、この点ではポルシェは会社でレースをできる体制が整っているように感じます。スポ―ツカーを主商品とした特殊な会社であることからレースには全力で取り組む必要がある、それがポルシェそのものでありユーザーの喜びと共感、ポルシェの技術力と価値の向上につながるということを世代を越えてやってきたのです。
名将ノルベルト・ジンガーさんが引退した後、ポルシェって変わったのかな?と心配していましたが独創的なV型4気筒エンジンに回生技術との合わせ技でWECに復帰して翌年から結果を出していたので人も育っているんだな…と。ポルシェは何も変わらぬ耐久王でした。

さて本題に戻ると今年のル・マンですがハイブリッドレーサーはトヨタのみ、傍目には「手抜きしてでも勝てる」ように見えましたがノンハイブリッド車との性能調整もあります。そしてトヨタにとっては1994年サードトヨタのシフトリンケージトラブル、1999年のTS020バースト、2016年のTS050では残り3分、ターボ系の配管トラブルと幾度となく辛酸をなめていますル・マンでか勝つことの難しさ、もはやトラウマでしかありません。チームはテストで突発のトラブルシュート訓練も行いそのメニューには3輪走行にまで及んだそうです。

本番のレース中には速度超過ペナルティやらスピンアウト、7号車のピット入り損ねなどいくつかのヒューマンエラーはありました。ライバルメーカーがいたらまた違った展開もありえたでしょう。競争の緊張感と違う孤独な闘い、与えられたチャンスをしっかりと生かしたトヨタクルーの仕事は称賛に値します。

よく1991年のマツダ787Bの偉業と比較されますが、良くも悪くも優勝という価値は同等かな…と。
1991年時代のル・マンはメルセデスもジャガーも性能調整を受けて最低重量が増やされていましたし、プライベートポルシェ勢もやはり重量増しで戦闘力を削がれていました。マツダはこれまでの戦績から「欧州勢の敵になりえず」と認知されておりIMSA枠での出場とロビー活動と駆け引きも相俟ってライバルよりもずっと軽い車体で走れました。
ブランドとしてはメルセデスとジャガーを従えて堂々と勝った形ですが、既に開発を終了したうえ重量規定で性能を削がれたレシプロCカーを出し抜いたとも言えるわけです…ま、政治駆け引きも全てレースなのでそれは言うまい。夜明けのペースアップは現場の采配ですし、結果的にメルセデスにトラブルを招く要因にもなったのですから…。

他方トヨタはここ数年WECのレギュレーションに準じて車を作り続けて挑んでいたのでこれはマツダと同じです、ドイツ勢が2年連続で卒業してしまったことで選手権そのものが無くなってしまう状況になっただけでトヨタに責任は無いし…本来だったら日本メーカーのことなんて考えずにさっさとWECの看板を下ろすかGTカー主体に模様替えするか…というところですが、これはあまりにトヨタに礼を欠く、背景には歴史、記憶に残るレースをトヨタは演じてきた…少なくともFIAとACOの中ではそう思った人はいるのでしょう。結果的にまたとないチャンスを用意してくれたわけです。

ただし、その裏で今度トヨタは簡単にそっぽ向けない状況にもなったわけです…これまで以上に選手権を残すためにもプライベーター向けのHV技術の開発であるとか、コンペティブなエンジン提供等今度はレースの中での社会貢献も求められるわけです。アウディのようにスポツーカーレースを続けて支えてきて威張らず挑戦を受け入れてシリーズを盛り上げることがトヨタに求められると思われます。そう考えるとあと5年は続けないと…次に「ポルシェが戻ってきたときに涼しい顔して勝ってやる」というくらいの活動を期待したいです。

ともあれル・マン初優勝おめでとうございます。トヨタ並びにプロジェクトを支えた部品メーカーさんドライバー、エンジニアさん達の素晴らしい仕事に敬意を表します。

F1では成功できなかった中嶋がスポーツカーで成功、ル・マン優勝したのは何よりでした、次は日本車+日本人トリオで頂点を目指さないとですね。

追記
ポルシェも総合優勝まで20回かかったということです、トヨタも今回で20回目の挑戦。
ここまで続けてきたことはやはり立派です。


Posted at 2018/06/19 17:45:21 | コメント(1) | トラックバック(0) | 日記
2018年06月02日 イイね!

5月の多摩川にて

5月の中半、半年ぶりになるでしょうか?多摩川へ行きました。

この日は公休日で平日のためボッチで出発、家の買い物もあるため車で府中へ訪れました。

公園の駐車場に車を止めて早速河川敷へ、ほどなく東京貨タ-隅田川貨タシャトル便が通過です、狙ってきたわけではないのですが国鉄色復元機の登場です

 

75レ 新A67 EF65-2065

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このアングルでだと柵が気になりますね。
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迫力の接近です。
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河川敷のグランド越しに撮影を続けます、草野球と絡めて…。

3090レ 新A222 EF210 
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予想もしない形で再び国鉄色の登場、EF65ラストナンバーの登場。

72レ 新A56 EF65-2139 
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撮影は手前の空いたグランドのベンチに座って行っていました。練習を終えた野球選手がやおら一つ向こうのベンチに座ってきました。よく見るとおじいちゃんでした。勝手にグランドに入っていたのもあり「あ、すみませんここ座ってても大丈夫ですかね?」と尋ねると「ああ、空いてるから大丈夫じゃね」、続けて「何撮ってるんだい?」ときたもので「電車です」と返すと「ふーん、俺は鳥見に来るんだよ」「この辺はカワセミとかシジュウカラ…」と教えてくれました。お仲間が引き上げるのを見て「じゃあな」っと立ち上がって行きました。経堂付近にお住まいとのことですが、江戸弁の粋なおじいさんとのひと時でした。
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左岸河川敷に下りてきました、ここはやはり4月の菜の花が最高ですね、5月は勢いづいた雑草が覆いつくす勢いです。

85レ 高A205 EH200

内回りを通過する2092レ 高A219 EH200の橋上での離合、シャッターチャンスを逃しましたorz
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3064レ 仙貨A147 EH500編成が短くて残念です。
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引き上げる途中で振り返り、多摩川サイクリングロード越しに1本、ちょっと寂し気に単機回送。

単8676レ EF65
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長いコンテナ列車だったら絵になったかな。

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府中のサントリー横、大東京綜合卸売センター内のうどん屋さんに立ち寄り。

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かき揚げうどんとミニカレーのセット、なかなかスパイシーなカレーでした。

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ここで買い物も考えたのですが自宅までの保冷環境が無いので多摩川沿いに車で下り、自宅へ戻る途中の馴染みのスーパーまで行き買い物をして帰りました。


Posted at 2018/06/02 10:46:27 | コメント(3) | トラックバック(0) | 写真 | 日記
2018年05月19日 イイね!

ガンダムスタンプラリー 1.5カ月戦争の記録 -5-



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人類が増えすぎた人口を首都圏に集中するようになって、既に半世紀が過ぎていた。
東京の周りの大小の地方都市は人類のベッドタウンとなり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。西暦2018年、都心の交通網の大部分を担うJR東日本は東京コロニーを名乗り、新人類世代にガンダムスタンプラリーを挑んできた。この一ヶ月半あまりの戦いで、サラリーマンの財布の中身の半分を減少させるに至らしめた。人々はみずからの行為に恐怖した。戦争は膠着状態に入り4週間あまりが過ぎた。


赤羽から東北本線回りで上野を目指します、14時を回った頃尾久に到着。

2014年まではこの辺りは身近な存在でした、ガラガラの車両センターを目にすると一抹の寂しさを感じます。

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連邦軍のヤラレメカボールです。これ量産するのだったら戦闘機の方が有効だったのではないでしょうか…。ザクに蹴飛ばされて一撃で破壊されたシーンが思い出されます。

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この駅は小さな駅ですが隣接する尾久車両センター、客車牽引を引き受ける機関車を有する田端運転所の存在が忘れられません。伝統の推進回送など、ここにしかない風景というものに今でも惹かれます。それすらも臨時カシオペアくらいでしか見られないのが現実ではありますが

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さて上野駅に到着、上野駅に主役メカ、ガンダムを置くあたりにJR東日本が東京駅から上野駅に軸足を移した感じを受けます。今や上野も東京も通過駅になりつつありますがまだまだ東の玄関口の威厳は存在します。駅の絵的にはここじゃないのですが…。

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こちらも特別ポスターで盛り上げを図っていました。駅キャラが王道のガンダム使い放題なので分かりやすい、でもガンダムがメインで来ると当たり前ですが子供向けっぽさが上昇します。

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さりげなく台詞を絡ませた手作りポスターが微笑ましいです。

今回「おトクな切符」、3回も使わせてもらいましたからJR東公国の繁栄に貢献できたでしょうか。

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おお、登場のシーンですね、ザクのあご掴んでどついていました。
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優等生な感じのコメントです、写真がイイネ

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この後駅外のNEWDAYSでショッピング、上野-田端間の山手/京浜東北線区間をつぶしてゆきます。
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上野から1駅、鶯谷駅です北斗星やあけぼのなど撮影に訪れた懐かしい駅。
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改札の横に強引に置かれた感じです、駅コメントが柵にかかってしまい残念。

物資輸送機ミデアですね、ファーストガンダムはMSが主役になりつつも航空戦力にもスポットが当たっていました。そもそも補給というファクターが当時のアニメにとっては斬新な切口でした。
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撮影は上から目線で…。
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オデッサ作戦の直前(?)黒い三連星に落とされたマチルダさんの乗機でした。

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この次も撮影で馴染み深い日暮里駅へ…

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こちらもシャア専用の台詞で赤い看板に気合が入ります、しかしセイラさんは違う気が…

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有名ブランドとの関係で名前が伏せられていますね、「あえて言おうエルメスであると」

↓台詞はアムロですね。

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物語も後半に入りアムロがシャアと互角以上に戦うようになっていました。シャアを守るためにララァは盾になって非業の死を遂げます。この辺りで大分飽きてきてしまています。

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日暮里駅は尾久からの推進回送と上野発着が見ることができました。

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次は西日暮里、ここはあまり降りたことがありませんが…フラウ・ボゥです。

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アムロのガールフレンドでしたが物語後半にハヤトの思いに応えます、いい子だね。ポスターの台詞は通信士の時のかな?

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ガンダムが地上で空中戦を展開した時の台詞ですね、アムロは悩んでいじけてはいたけど生き残ることを考えていた…根っこではメカ好きだからガンダムは彼にとって研究対象というかおもちゃの部分もあったのかもしれませんが。絵は家出したアムロを探しに出た時のもの…アムロ果報者だな。

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後にハヤトのお嫁さんになりました。

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写真は西日暮里界隈の古い写真、ボンネット特急は博物館でしか見たことありませんが、ちょっと前まで走っていたのですよね…寝台特急北陸で行って急行能登で帰ってくるとかやってみたかったですね。
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さて、お次は田端、こちらも鉄道の要衝です。歩いてすぐに東北上越新幹線基地、田端機関区、尾久車両センターが存在します。ここで降りて尾久や王子まで歩いて撮影に行きましたっけ。
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ランバ・ラル大尉です。

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この台詞、明らかにサラリーマン世代の共感を得るような…あ、自分のようなヒラには関係ないかな。

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渋いですね、男ですね、後年ジ・オリジンでは若かりし頃のランバ・ラルの活躍が描かれています。安彦さんの漫画版で読みましたがやっぱかっこいいんです。

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この後もうちょっと頑張って京浜東北線を含む山手線北側は落としてゆきたいところです。

それはまた次回にでも。


Posted at 2018/05/26 16:29:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記

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「小スポに釣られて高校野球漬けの夏休み、明日の天気が心配だな。」
何シテル?   08/15 09:51
もともとモータースポーツと車好きのおっさんでしたが最近は鉄道写真にどっぷりはまってしまい、もはや車とは関係のない内容に突っ走っています。新幹線よりも在来線、電車...
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