• 車種別
  • パーツ
  • 整備手帳
  • ブログ
  • みんカラ+

papanenのブログ一覧

2025年09月30日 イイね!

初秋の多摩川と武蔵野線界隈で

有休消化で放り込んだお休み。
家族の送迎ついでに車を出したので一路府中までプチドライブ。
ちょっと思い出せないくらいに久しぶり…線路際から遠のいている間にEF65は定期運用を失い後継EF210が闊歩していました。この夏、E26カシオペアも引退、JR東日本はEF65も全廃したようです。

さて、旧きカマが去った線路際で何が切り取れるのか試してみましょう。
雲の多い秋空の下武蔵野線多摩川橋梁を上ってゆく石油貨物列車…iphoneで。
alt
川岸に下りてきました、下りEH500-41
alt
光線の具合もいまいち、時間も空くので駅撮りに切り替えます。
道すがら南武線E233
alt
府中本町駅に到着、平日の昼間でも同業者が居りました…コンデジの方の後方で撮影を始めたのですが、動画を撮るためにやおらスマホも構え初め、この1枚目の後、左側に肘が写りこみ残念。
新A112 3093レ EF210-347
alt
北府中駅にて東芝の工場前を新製の台湾鉄路公司E500型電気機関車が試験走行。側面には排熱口や明かり取りの窓が無いのですね。見慣れない機関車を見てわくわくしました。
alt
駅まえ、線路沿いを進むとEF65-535が留置、樹木に隠れているのは凸型のED31機関車。
食事を挟んで西国分寺駅へ向かいます。
alt
西国分寺にて上り貨物列車
新A148 5582レ EF210-???
alt
新A150 4074レ EF210-103
上の機関車と側面の意匠が違うのはエンドが違う為みたい。
alt
仙貨A120 94レ EH500-14
カメラが傾いていたのでトリミング修正。
altalt
光線がいい具合です。
alt
府中本町まで戻ってきました、すぐ後から来た上り貨物列車。
高A214 臨8764レ EH200-20
alt
駅から多摩川へ戻る道すがら…出張と思しきビジネスマンの背中を借りて、下り貨物列車…300番代の青い側面に黄色い帯が鮮やか。
alt
多摩川まで戻ってきましたカメラはバッグに入れていたのでiphoneで。alt
河川敷の脇で彼岸花を見かけて。
alt
大分、涼しくなったと思っていたのですが、結果的には日焼けしてしましました。
久しぶりの線路際でしたがよい息抜きになりました。
Posted at 2025/09/30 12:08:44 | コメント(0) | トラックバック(0) | 写真 | 日記
2025年08月15日 イイね!

夏休みの過ごし方

夏休みに入りました、先ずは所用で出かけた町屋にて、ランチは 「ハンバーグレストランまつもと」 にて…ぼっちお出かけだと食事は麺類が多いのですが、前日、仕事が遅くなったので 「ラーメン新世」 に寄ったばかりなのでご飯ものをチョイス、ピークだと並ぶお店です。
alt
デミグラスソースハンバーグにチーズトッピング。
肉厚のハンバーグは、フォークを入れると肉汁が…デミグラスソースとの出会いで、盛のいいご飯どんどんいけます。なすの和え物はつき出し、なすのスープ。
alt
8/11は布屋根ンゴをディーラーさんに預け、夕方取りに行く形。待ち時間を利用して渋谷まで行きブラッドピット主演の映画 「F1」を 観賞。
alt
その前に、ランチは老舗 「兆楽」 さんでルーロー焼きそばセット。
alt
ボリュームあるので、映画館で眠くなってしまわないか…杞憂でした。
alt
映画は若き日、(90年前後)にF1に挑み大事故でF1を引退、流しの請負レーサーとして暮らして
いたブラッドピット扮するソニー・ヘイズが、盟友に誘われ現代のF1に復帰、下位に沈むチームをあの手この手でまとめあげ優秀な若きチームメイトを優勝へ導くストーリー。往年からのレースファンとして、ちょっと行き過ぎの演出もありましたがアメリカン・サクセス・ストーリーの映画として見応えがありました、軽妙に振舞うソニーですが垣間見える哀愁と人間臭さが堪りませんでした。
夕方布屋根ンゴをお迎え、連休のドライブに備えます。

連休はごろ寝とお出かけを繰り返し、小スポのリクエストで昨年訪れた養老渓谷にある出世観音にお礼参り。休憩で立ち寄った山の駅 養老渓谷 喜楽里…鮎の塩焼きをいただきました。
さて、少し早いけどランチを検討…ここから山道をのべ30kmほど小スポにハンドルを託します。
alt
勝浦タンタンメンに初挑戦、どこも行列でした。最初に訪れた老舗店は3.5時間待ち、やむを得ずお店を再検討、こちらの「はらだ商店」さんはメモ紙で電話番号、氏名、注文を事前に伝えます。こちらでも1時間待ちでしたが(車中で涼みながら待ちます)
alt
こちらタンタンメンチャーシュー麺 辛みのラー油の量は少な目にしてもらいましたが油断すると咳込みます(◎_◎;)でも、しっかり火の通った甘い玉ねぎ、ベースのコクのあるスープが相まってラー油の尖った辛さが癖になります。ちなみに辛さに強い小スポ…デフォルトのオーダーでも涼しい顔をして「もうひとつ上の辛さでもいける」と。
alt
この後は、ハンドルを握り再び木更津に向けて走り、アクアラインへ。
木更津の道の駅が満車で入れず、お土産を買う為に海ほたるにピットイン。渋滞も予想よりは短く明るいうちに川崎へ渡りました。都内で晩飯を調達してお早い帰宅となりました。

この後、4月から数えて3度目の風邪に見舞われました。
のんびり過ごし、連休明けも少々不調を引き摺りつつ、ポルコロッソの真似をしながら過ごしました。10日ほどで体調も整い、気が付けば8月も最終週、暑さはまだ続きますが、朝晩に秋の風情を感じ始めました。
Posted at 2025/09/01 11:04:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2025年06月30日 イイね!

2025スーパー耐久富士24時間レース(番外編)Fuji Motorsports Museum -2F-

エレベーターで2Fに上がります、こちらはチューナーHKS
BMWのエンジンから2JZにHKS 3.4Lキットを組み込んだ3.4リッター化、
タービンもHKS GTⅢ-4Rに交換、トヨタ製エンジンのスープラ…昭和の男子的にはエンジンが自社製というのはシンパシーを感じます。
alt
毒キノコ…
alt
このLFAはお台場で見たことあります、1LR-GUE型 4.8L V型10気筒をフロントミッドシップ+トランスアクスルレイアウトのFR…贅沢なパッケージングですがニュルブルクリンク24時間レースでSP8クラス優勝した車だそうです。
alt
ザナヴィNISMO Z スーパーGT(2005)
Z33ベースですね、キャビン部分のみ生産車を流用、エンジンはV8 4.5L VK45DE…ってシーマ用エンジンか。
alt
ザナヴィNISMO GT-R 最後のRB26搭載車 JGTC(2002)GTがフォーミュラー化していく中フロントヘビーのアンバランスさからリアを滑らせて走る様は、ライバルメーカーのレーサーすら「ドリフトしながら走る姿が後ろから見ててかっこいいんですよ」って言われてました。この後、VQエンジンにスイッチしてZ33型にスイッチしました。
alt
JTCCトヨタ・コロナEXiV、車高を下げるメカスペース確保と全面投影面積の少なさから選択されました。ツメ折フェンダーは公道レーサーみたい。この頃はワイド&ローなアコードが無双したり、日産はP10~P11プリメーラで戦っていました。
alt
AE86レビンのN2レーサー(TRD製)
AE86(カローラレビン/スプリンタートレノ)をベースにしたレース車両の改造規格の一つで、N1よりも改造範囲が広いのが特徴、オーバーフェンダーやエアロパーツの装着、エンジンやサスペンションの大幅な改造がOKのカテゴリー。
alt
富士GCシリーズのマシン マーチ85Gヤマハ
alt
TF109 トヨタF1カー 開発はドイツのTGR。ハースF1との提携で人材育成と技術蓄積とオフィシャルなコメントですが、アメリカ系チームとのジョイントはちょっと興味深いです。
alt
ル・マンコーナーではGT-ONE TS020、アンドレ・デ・コルタンツ指揮下TTEで製作した名車。エンジンにWRC譲りのミスファイアリングシステムを組込み、そのため耐久性の高いエンジンが求められ、Cカー時代に開発したR36Vエンジンを搭載。1998年時代で「今では使えない高価な素材」の使われた素材を求めて、博物館送りになっていたエンジンブロックを集めて再開発したそうです。
alt
これは99年2位に滑り込んだ日本人トリオの車。シャシーは前年モデルの流用で継子扱いのカメ組でバックアップ扱い。上位2台の欧米トリオのうさぎ組が潰れるや否や、A・コルタンツが陣頭指揮を執り始め、鈴木(敏)、土屋、片山が意地を見せ2位に。優勝したBMWはサテライトチームに妨害運転をさせるなどなりふり構わず、結果的に終盤のタイヤバーストの遠因になったようにも見えました。
当時は日産R390~R391のライバルでしたので、好きなマシンではありませんでしたがデザイナーのA・コルタンツのカリスマ性と抜群のセンスに唸らされました。
alt
日本車初のル・マン戴冠はMAZDA 787Bですね。
名車ではありますが、速さという点ではメルセデスに対しては厳しい車でした。
IMSAエントリーとして車重規定の軽減、政治的なお膳立て、787型でのウイークポイントを盛り込んだ設計が光りました。メルセデスを心理戦で追い込む作戦などメーカー、チームの総合力が勝った結果でした。
alt
4ローター耐久用エンジンの完成形
alt
低いリアウイングはル・マンでの高速スピードを稼ぐ設計、マツダは欲張らずル・マンにフォーカスした事が結果に結びついたのでしょう。
alt
スープラGT LM 
TEAM SARDに託したGTカー、1995年当時、GTの定義が曖昧なまま、市販スポーツの改造車に1台ナンバーを取得すればGT1認定を受けられることから、トヨタはスープラ、日産はBNR33をFR化した車両で挑戦。マクラーレンF1の登場から、国産FR勢は出場を断念することに…。
alt
ここからはWRCカーの展示、ランサーエヴォリューションⅢ
小型車枠のナロ―ボディ、市販車にもミスファイアリングシステム用の燃料供給経路を持ち込んだ車(市販車は機能はカット)K・エリクソン組の車ですが、オーストラリアラリーかな?グラベル仕様で車高が高いです。
alt
OZのホイールが…布屋根ンゴに履かせたい。
alt
ST185セリカ、この車はラリー用セリカの完成形でした。藤本さんはこの車でサファリラリーで日本人初優勝。欧州スプリント仕様よりも耐久性を重んじているため重いらしいと当時聞きかじりました。
alt
高い車高、川渡ようのシュノーケル、アニマルガード、ウイングライトはアフリカンラリーらしい。
alt
GC8インプレッサ、GrA時代で一番好きな車かもしれません。コリマクレーのアクロポリス車です、ブロックタイヤと高めの車高、グラベル仕様の証。
alt
前作レガシーのパワートレーンを小型のボディに移植は、この時代の流れ。
フォード シエラコスワース4×4 → エスコートコスワース
三菱   ギャランVR4 → ランサーエヴォリューションシリーズ
余談ですが、日産は国内向けブルーバードからパルサーに…実戦の経験不足に加え、予算不足の退場は残念でした。
alt
レガシーの優勝を見るまでデビューが見送られましたが、ニュージーランドで結果を出し、1000湖(フィンランド)ラリーでデビュー、アり・バタネンの手であわや優勝に王手を掛けたものの、初期トラブルに泣き2位。(555とスバルブルーを印象付けた鮮烈なデビューでした。
alt
GrB用TA64セリカ、この時代はモンスター化した欧州車に対して、耐久ラリーで一矢報いる国産勢。
altaltalt
こちらもお台場で見た222D、トヨタのGrBスタディモデル。
AW11をベースに3S-GE改をミッドシップ搭載パワートレーンは4WDとGrBお約束の方程式
alt
リレーだかスイッチだか並んでます。
alt
デザインはともかく、メカ的に魅力的なマシン、リアスポイラーの開口部は排熱用かな?
alt
こちらはジ初めて見ました、三菱スタリオン4WD、ランエボのご先祖様ですね。
厳密にはランサーEX2000ターボからバトンを受取り、GrBをどう戦うか三菱のスタンスが表れています。
alt
アウディクワトロ的な市販車FRレイアウトからの4WDターボ化、時期尚早との判断から量産はされず、プロトタイプとしていくつかの実戦をこなして技術を蓄積してギャランにバトンを繋ぎました。
alt
ほぼ一周しました。
alt
エスカレーターで出口に向かいます、ロールスクリーンにはサルテサーキットと耐久レーサー。
alt
入口と出口の境界にはトヨタ7、この時代のスポーツカーレースはパフォーマンス重視で、安全に対する配慮が行き届かず命を落としたレーサーもおられます…alt
フラットボトムですが、ウイングカー構造ではありません。リアに大型のウイングが付くようになりダウンフォースを会得し始めた頃か。
alt
幻のターボ…CANAM用の車は鈴鹿テストで失われたと聞きます。
alt
この後、シャトルバスでグランドスタンド裏まで戻り、レース観戦に戻りました。
Posted at 2025/07/05 18:38:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | 写真 | 日記
2025年06月15日 イイね!

2025スーパー耐久富士24時間レース(番外編)Fuji Motorsports Museum -1F-

6/1の朝、御殿場の銭湯でリフレッシュ、コースを練り歩き辿り着いたのは開館直後。内燃機関自動車黎明期からモータリゼーション、日本車が世界に挑んだ歴史的展示物が目を見張ります。客足もまばら、貸し切りのような写真を切り取れました。(ギャラリーを避けたから逆光ですが…
パナール・エ・ルバッソール Type B2(1899年/仏)
alt
この時点で丸いハンドルやアクセル、ブレーキペダルがありました。
現代に繋がる操作系統は構築されていたのですね。まだまだ馬無し馬車…大形ホイールにサイクルフェンダー、自転車の様なチェーン駆動、FRレイアウトか。2+2シート
alt
トーマス・フライヤーの「モデルL」(1909年/米)フロントにウインドシールドが設けられました、幌型のルーフを展開できるようになった。リーフスプリングサスが見えます。
alt
スタッツ・ベアキャットシリーズF(1914/米)
インディー500レーサーのスタッツが自身の「こうあるべき」を具現化した市販スポーツカーの祖
クランキングハンドルが見えます。
alt
ヘンリー・フォード 999(レプリカ)(1902年/米)
マスプロダクションで躍進したフォードが、自動車の販売促進に付加価値をアピールする為に作ったスポーツカー。製品の優秀さ、走破性を伝える事で、量産車T型フォードのセールスに結びつけたそうです。この時はハンドルは自転車のようなバータイプ
alt
イスパノスイザ アルフォンソXIII (1912/西)
レーシングカーを基に公道で使えるスポーツカーに仕立てた初期のもがスペイン産というのが意外でした。
alt
ブガッティ タイプ35B(1926年/仏)かの有名なエットーレ・ブガッティの作品、この頃からディスクホイールが使われ始めたとの事。数々の栄誉を納めたスポーツカーの祖。
横の1/2モデルは息子のために作ったモーター駆動のベイビーブガッティ、1品ものではなく、ちゃんと(誰に?)販売されたらしい。
alt
まじか~、カウルのルーバーやR形状とか板金だよなぁ…。排熱に腐心しているのが良く分かります。ボンネットはベルト止め。
alt
WW2で収監されたフェルディナントに代わり、フェリーが作り上げたポルシェの名を冠したスポーツカー。
alt
博物館映えしますねVWビートルとはプラットフォームを共有するものの、ショートホイールベース化などして運動性を向上させたそうです。
alt
日野コンテッサレース日本GP優勝車レプリカ(1963年/日)
リアドア脇のエアスクープを見て分かるRRレイアウトセダン。
alt
トヨペットレーサー(1951年/日)
トヨタのスポーツカー試作車。おもちゃの様な見てくれではあるが、1950年代初頭のGPカーを手本にしているのでしょう。情報を集めるのが難しい時代、高速=飛行機という発想からか垂直尾翼が設えられています。
alt
昔のおもちゃに通じるデザインです、夢がつまっているのですね。
alt
ダットサン富士号
依然、お台場でも見た日産の遺産モデル、オーストラリアの冒険ラリーで国産車初優勝の栄誉を授かりました。
alt
いすゞ ベレットR6 (1969年/日)日本GP参戦車
フェンダーがセクシーですね、この頃は空力に関しては「抵抗が無い方がいい」というもの、欧州車の見様見真似だったと思われます。
alt
リアフードのルーバー…好きなんです、この形状だとサイドラジエーターかな。
alt
DAIHATSU P5 1968年 日本グランプリ GP-1クラス優勝車
小型車が得意なダイハツらしいエンジンは4気筒1300cc
alt
バッサリ垂直に切られたリア断面は新鮮、ディフューザーが無いのは車体下面の空気の使い方が認知されていなかった黎明期の
alt
 LOLA T70 Mk. Ⅲ 1968年 日本グランプリ参戦車
ローラ製シャシーにシボレーのV8 6300cc、ダイハツP5とは同世代ですが、こういった欧米車のコピーからスタートしたのでしょう。
alt
キャビン高さに合せ、リアの両サイドの峰後端で跳ね上げるスポイラーでリアダウンフォースを稼ぐ考え方。リアタイから後方はせり上げていますが、まだこの時代はウイングカーではないようです。
alt
NISSAN R382 1969年 日本グランプリ優勝車
日産製V12 6000ccエンジン、レース前に情報戦でトヨタを出し抜いたのは有名です。
alt
NとPの組み合わせに見えるのが意味深長。
altTOYOTA 7  1969年 日本カンナム優勝車
V8 5000ccコスワースエンジンを参考にした…との噂、知らんけど。
alt
サイドにでかいラジエーター、この車は独立したウイングが付けられているのですね。タイヤ太すぎ~。
alt
PORSCHE 910 1968年 日本グランプリ2位入賞車
クローズドクーペながらラウンドしたウインドシールドで視界が良さそう。
alt
両フェンダーにミラーが無いので後方視界は室内のミラー頼りaltalt
アルファロメオ 6C1750 グラン・スポルト
ナンバー通り直6 1750cc SC加給
ドア下端に小さくZAGATOのプレートがありました、イタリアの至宝
altalt
AARダンガーニ率いるIMSA米トヨタワークスのイーグルMarkⅢ
エンジンは3S-GTM 2,140 cc 直4 Turbo ミッドシップ
余談ですが、セリカ等ラリー車で活躍した名機3S-G系のエンジンですが、80年代半ばル・マン参戦当時、「トヨタは大衆車メーカーなのだから、エンジンも4気筒でやろう」とエンジニアの意欲で4T-GT~3S-Gと4気筒エンジンで夢を見たそうです、この話は結構好き。その後、コンペティターに追い付く速さを追求する中で、4気筒断念、R32V V8ターボにスイッチしてます。
ル・マン挑戦由来のエンジンは同時期にアメリカに渡り、IMSAで磨かれシリーズ優勝、日産に次いでデイトナ24時間を制覇しました。(この時代は少し覚えているので…)
alt
ニューマンハース ローラB20/00
トヨタ製CART用エンジンを塔載しています、米国のフォーミューラーはあまり知らないですがかっこいい。
altalt
NASCAR カムリ
いわゆるシルエットフォーミューラーですね、FRのカムリ。
alt
東海大学のル・マンチャレンジ…日産時代VRH35Zを設計された林義政教授が指揮を執った学生チームのチャレンジ。林さんにはF1用エンジンも挑戦して欲しかったです。VRH35Zの設計思想は後のR35GT-R専用エンジンVR38に紡がれました。

※林さんの著書でこれはお勧めです。
理系技術職でなくとも仕事、仲間との向き合い方、何が一番大事か…を教わりました。
堅苦しくもなく、軽妙な文章に誘われ度々、読み直している本です。
altalt
ホンダRC162 初めて世界選手権を制した日本のバイク、この頃は本田宗一郎が指揮を執る開発チームは4サイクル多気筒化を推進、苦労の末、技術をものにして勝ちました。WW2敗戦の3流国と見下されていた日本の躍進はここから始まったのかもしれない。
alt
第一期ホンダF1 RA273 V12 3000㏄このマシンまではオールホンダでした、翌年はローラベースのRA300~RA301と戦い、いわゆる第一期活動を終了します。

※ホンダF1といえば…
これも大好きな本です、学生時代の後輩に借りて一気読みしました。
その数年後、偶然に古書店で古びた一冊を手に入れまし、数年おきですが気が向くと読み直します。
alt
この時代のエンジンは後年、本田技研社長を務められ第二期F1活動を推進された川本信彦さんが若手の頃に設計されたそうです。
alt
ここまでで、40分ほど滞在、レースも気になるけど人気のない博物館は落ち着いてしまうのでにどっぷりでした(レースなかったら3時間くらいいたかもしれない)。
もう一回分あるのでそれはまた後ほど。
Posted at 2025/06/28 14:30:04 | コメント(0) | トラックバック(0) | 日記
2025年06月14日 イイね!

2025スーパー耐久富士24時間レース -3-

8:30からコースサイドに戻り撮影開始、先ずはパドック裏の土手におっかなびっくりでよじ登り1コーナー出口を数枚撮影。
alt
#11 SAKAE MOTORSPORTS SAKAE MOTORSPORTS FIT(ST-5F)
コカコーラコーナー手前を流し撮り、スピードのってる、ST-5トップの公団ちゃん
alt
#23  TKRI  TKRI松永建設AMG GT3(ST-X)
カラーリングも斬新なメルセデス、野太い音、大トルクで大地を蹴ります。
alt
#20 TEAM IMPUL NANIWA DENSO TEAM IMPUL Z (ST-Z)
alt
#81 GTNET MotorSports  DAISHIN GT-R GT3(ST-X)カメラの傾きが…
alt
alt
この後、インフィールドから最終コーナーまで練り歩き、富士スピードウェイホテル内のモータースポーツミュージアムに訪問しました(また別稿にて)
1時間ほどの見学後、シャトルバスでメインスタンドまで戻ります。
※シャトルバスは初めて乗りましたが機動性が良くて助かりました。いや、サーキットは歩いてなんぼな世代だったので…(汗)
スタンド裏で混む前に早昼を調達、モニターを見ながら屋台飯を食らいます。
G系富士山盛やきそば…肉々しい、ジャンクで歯ごたえのある麵。本日はアルコールレスなので、持っていた綾鷹を食事のお供に、この焼きそばはもう少し熱々で提供してくれると、美味いのに。
altalt
食後は1コーナースタンドへ、…ここは初めての訪問
#31 apr DENSO LEXUS RC F GT3
トヨタは昔からレース車両は2ドアクーペを選んでいますが、レクサスのラグジュアリークーペがベースというのにちょっと違和感(個人的思い込みです💦)
alt
#821 AndLegal Racing アンドリーガル Moty's FIT(ST-5F)
alt
フェンスが邪魔ですが夜来たらいいかもしれないです。
alt
#25 TEAM ZEROONE raffinée日産メカニックチャレンジZ NISMO GT4(ST-Z)
#52 埼玉Green Brave 埼玉 GB GR Supra GT4 EVO2(ST-Z)
日和ってSSを速めてますね。
alt
1コーナースタンドからベースキャンプ布屋根ンゴを俯瞰…
この後眠気に襲われ、再びベースキャンプ布屋根ンゴに戻り窓を開け助手席をリクライニングさせipadでYoutube観戦しながら微睡み。曇り空で直射日光が無かったおかげで涼しい風が心地よく過ごせました。
alt
13:30ゴールを見届けるためにコースサイドへ…1コーナー出口
alt
コカコーラコーナーから100Rを広角で、あと1時間、頑張れ。
alt
昨年もこんなアングルで撮りましたが、看板がAUDI→HYUNDAIに変わりました。
alt
ポルシェもサーキットが似合います。
alt
ニュルブルクリンクみたいな落書き風案内
この先の100R内側には新しい有料キャンプ場が設けられました、林を抜けヘアピン方面へ。、
alt

ゴールはアドバンコーナー付近で迎えます。
alt
#666 seven x seven Racing seven x seven PORSCHE GT3R(ST‐X)
スポーツカーの後ろ姿…後で振り返ったら結構な枚数、もう無意識で撮影しているみたいです。好きなアングルなのかな。
alt
#743 Honda R&D Challenge honda R&D Challenge FL5
#23  TKRI  TKRI松永建設AMG GT3(ST-X)
#104 GR Team SPIRIT GR Yaris DAT Racing Concept(ST-Q)
#666 seven x seven Racing seven x seven PORSCHE GT3R(ST‐X)
ホンダの有志エンジニアによるチーム、
ヤリスの開発車両を挟んでAMG GT-3に追いすがる黄色いポルシェ911GT3Rは総合トップ争いでこの差。手に汗握ります…
alt
#666 seven x seven Racing seven x seven PORSCHE GT3R(ST‐X)
トップとの差を詰めますが、この後ルーティンピットが残っておりポルシェは後退追撃は届かず
AMG GT‐3が勝利を納めます。
alt
15:00を迎え、コーナーポストで終了のフラッグが祝福しているようです。GT-Rは故障で遅れたようで、最後にチェッカーを受けるために走りました。
alt
ランエボもまだ現役、とてもホットな三菱系ディーラーチーム、Youtubeを見て好感が持てました。
alt
最後メインストレートにル・マン式の様に整列して表彰式へ。
alt
スタンド裏ではスモーク入りシャボンがふわふわ、子供たちが夢中になって格闘していました。
alt
それぞれの24時間を走りぬけました。
16時を過ぎた頃、富士SWを後にしましたが、東名、国道246ともに大渋滞…4時間ほど掛かりました。圏央道できて余計に渋滞が酷くなったような…。
Posted at 2025/06/15 10:16:47 | コメント(0) | トラックバック(0) | 写真 | 日記

プロフィール

https://carview.yahoo.co.jp/news/detail/3b9c8494abfd2d12b07ce0812d90cfb20eaa7385/?mode=top
アルピーヌおめでとう、それにしても土俵にも上がらせてもらえないトヨタが気の毒。」
何シテル?   09/28 19:34
ちょっと昔のレースが好き、JTC BNR32時代にINTER-TECに通ったのは良い思い出です。スポーツカー耐久レースも好きです。 2012年より鉄道...
みんカラ新規会員登録

ユーザー内検索

<< 2025/10 >>

   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 

リンク・クリップ

負けるな、日産! 出してよコンパクトFRスポーツ6MT 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2025/05/18 22:41:37
🍹マツコの知らない世界で紹介されたフレンチトーストを食べてきました。 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2024/06/08 01:31:05
CPA Connective System 
カテゴリ:その他(カテゴリ未設定)
2022/10/02 23:10:25

愛車一覧

ルノー トゥインゴ ルノー トゥインゴ
2023年3月末納車、 ph2インテンスキャンバストップです。納車時22㎞からのスタート ...
その他 その他 その他 その他
ルイガノ MV2-PRO '09
日産 シルビア 日産 シルビア
初めての車
日産 プリメーラ 日産 プリメーラ
スキーに行くようになって4WDセダンが欲しくて購入、ターボ付きのブルーバードSSS(当時 ...
ヘルプ利用規約サイトマップ
© LY Corporation