
先日『Racing on DTM/ITC BTCC』を購入した際に、「実はもう1冊・・・」と書いた。
そのもう1冊がコレ、同じく『Racing on ウイングカーの時代』である。
書店で見つけたとき「おお~っ!コレだ!」と感激していると、それが思い切り顔に出ていたらしく、家内が「いいよ、それも」と買ってくれた。
まさしく私にとって「どストライク!」、もうツボの中のツボである。
これは語ってしまう!語ってしまうぞ~!
とは言うものの、私はこの時代のF-1に詳しいフリをしているだけで、分からないことが実はたくさんある。そんな疑問の数々を、確かめもしないまま大人になったので、こんなにもメカに詳しくないクルマ好きになってしまった。
しかし何かを知ったり学んだりすることに遅すぎることはないと、何か本で読んだことがあるので、今後もこういった文献を読んで「ほほ~」「なるほど!」と理解を深めていこうという意欲はある。
そして本書で、実に数十年ぶりに解決した疑問がいくつもあった。
なぜ79年に無敵を誇ったロータスはわずか1年で陥落したのか?
究極のウイングカーであったはずのロータス80は何故たった3戦で消えていったのか?
そもそもウイングカーはどういう経緯で誕生したのか?
全車ウイングカーになった1979年、なぜもっとも「ウイングカーに不向き」と言われたフェラーリがタイトルを獲ったのか?
リジェとウイリアムズはなぜ一夜にしてトップに躍り出るような躍進を見せたのか?
こういった疑問の数々が、本書を読み進めていくうちに次々と解消されていった。
まず、この時代を語る上で絶対に外せないのはこのチーム。
John Player Team LOTUSである。

今見てもため息が出るほど美しいマシン、ロータス79。
JPSカラーをまとったロータス79は史上もっとも美しいF-1マシンだ。
この79の前に、F-1史上初のウイングカーである78があった。
その78が誕生する経緯が詳しく書かれているが、
その詳細はライターの腕もあるのだろうが、
まるで小説を読んでいるかのようなドラマチックなものだった。
ラウダVSハントのような映画になるようなストーリーではないが、
小説ならば十分にアリだ。
そしてこの、ピーター‐ライトが発見した「車体の下面を流れる空気に着目する」
という視点は今なお継続されているものだ。
それが風洞設備すら満足になかった時代に世に登場した。
それもたった一人のデザイナーによって。
これがドラマチックと言わずになんと言うか、である。
もちろんロータスだけではない。
ロータスとは違った視点で、鬼才ゴードン‐マレーが送り出したのが
かの有名なファンカー、ブラバムBT‐46Bである。(写真はBT46)
こちらに関しては、以前入院したときにEVO黄色さんが差し入れして下さった本のほうが
そのメカニズムに関しては詳しく書かれていた。
ただ、この本の価値は認めた上で書くのだが、
ここまで詳細にこの時代を解説したものであっても
それでも語りつくせないほど、この時代は混沌そのものだった。
ウイングカーは危険極まりないものだった。
偶然にも同時代に起こったターボの台頭も相まって
F-1はさらに「どこへ向かっているのか分からない」ものになった。
ラウダも著書の中で、この時代のことを次のように語っている。
『グランプリレースはギアを上げた。
突然により速く、より危険に、より気狂いじみたものになってきた。
~中略~ごく最近まで、出来上がったものはいささか不自然であり、
悪魔のマシンであった。』
そして当時はまだ現在のようにFIAという組織がなかったがために、
今では信じられないほど、その運営もずさんだったと言わざるを得ない。
もちろんそんな時代だったからこそ生まれたものもあるのだが、
同時に失われたものもある。
そんな時代背景も本書には書かれており、メカだけでなく
今とは違ったF-1というものも知ることができる。

コーリン‐チャップマンをして
「79(78年のチャンピオンマシン)なんて、80に比べたら戦車みたいなものだ」(戦車のように遅い)
と言わしめたロータス80。
しかしその致命的な欠点は、当時のF-1雑誌ではあまり紹介されていなかった気がする。
詳細は本書をお読みいただくとして、
恐らくロータス80並みに革新的だったブラバムBT‐48も
同様の理由で初期のコンセプトを大幅に変更せざるを得なかったのかも知れない。
今に比べると、驚くほどに技術が未熟だった時代。
しかしそこから感じられる熱さは今と何も変わらない。
いや、ほとんどすべてがシミュレーションできてしまう現代にはないものが
間違いなくあの時代にはあった。
そこに人々は感動し、少なくとも自分はあの時代に熱狂した。
しかも本書ではあくまでマシンにスポットを当てているため、
ほとんど触れられていないが、ドライバーの顔ぶれも豪華絢爛だった。
ニキ‐ラウダを筆頭にロニー‐ピーターソン、ジェームズ‐ハント、マリオ‐アンドレッティ、
ジョディー‐シェクター、ネルソン‐ピケ、ケケ‐ロズベルグ、アラン‐プロスト、パトリック‐デパイエ、
アラン‐ジョーンズ、カルロス‐ロイテマン、そしてジル‐ヴィルヌーヴにディディエ‐ピローニなどなど。
技術革新の時代などとも言われていたが、
実はまだまだ手探りの時代でもあった。
未完成だからこその美しさ、
未熟だからこその感動。
そんなものが凝縮されていた「ウイングカーの時代」だったのではないだろうか。
ああ~やっぱりこの時代のF-1が好きだな~。