2011年07月17日
少しだけ、おふざけを。
皆さんは、 「お金の無い世界」 というものを、想像したことがありますでしょうか?
ここでいう 「お金の無い」 とは、「物理的なお金」はもちろんのこと、「お金に相当するもの全てが無い」世界、です。
社会主義も、共産主義も、お金が無い世界ではありません。お金が存在している。その管理方法と分配の仕方が、資本主義と異なる、そういう違いです。
しかし、ここで私のいう世界は、違います。「まったく、お金、という ”概念” が存在しない世界」 です。
「そんなの現実的じゃない」 「そんな世界は存在しない」 「ありえない話をしても意味が無い」
どれも、最もな意見です。
しかし私は、実現できるかどうかなどと言う話をしていません。
「想像してみて下さい」とだけ、のお話です。
「お金が存在しない世界で」生活すると、本当に生活が成り立たないのでしょうか。もしくは、成り立たな ”かった”(過去形であることに注意をして下さい)、のでしょうか。
”もし” 人間が、お金という基準を持たずに進化したら、どうなっていたのでしょうか。
歴史に”もし”は無い、と言いますが、”もし”があって初めて正しい行き先がわかることも多いと思います。
既存のシステムを変えた大きな混乱の向うに何があるのでしょうか?
PS
世界中で、お金(またはそれに相当するもの)を端に発する問題が、国家レベルで、限界の兆しがあります。広義では、「既得権」もそうでしょう。 近い将来、世界中の借金をチャラにするしかならない時期が来るのかもしれません。その時お金は、どう動くのでしょう。世界は、”次のシステム”を必要としているのでしょう。「歴史的に作られた根強いシステム」から、弱者が放り出されること無く進化できると良いのですが。
PS 2
現代社会の構造は、お金(またはそれに相当するもの)の構図です。一般的に企業は、お金を集めるために存在する、という言い方で外れることは ”あまり” ありません。そして莫大な資金を持つ個人や企業が、その生命を危なくしてまで資金を出すということもまずありません。つまり、「制限がない」のです。車を造れば造った、国中に溢れても ”制限なく” 造ります。 ”溢れているのです”。 車だけではありません。売れるだけ造って売ります。 ”生き残る為” だと言います。そして、この場合の”生き残る”は、”お金を集める” と同義語です。
「想像してみて下さい」 ねっ!
Posted at 2011/07/17 17:10:17 | |
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お金の無い世界 | 日記