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Randonneurのブログ一覧

2025年12月31日 イイね!

回顧2025

回顧2025









今年はいろいろと変化の大きい1年だった・・・

子どもたちが皆、社会人になった
これは一番大きな生活の変化だった
夫婦仲良く?2人ですごす時間が増えた

その子どもたちに会いに、ちょっとした旅行をした 楽しかった

趣味の自転車は日々のローラーと椿ヶ鼻登山に終始した
レース本番もあわせ14回登った
タイムはいぜんとして自己ベストからは遠いがそれなりに身体の変化は実感出来た
サイクリングは熊本行き130kmが1回
山口200kmブルベが1回と少なかった
11月に同級生でのママチャリレース参加はふざけているようで本気なので
とてもキツかった。楽しかったけど
この冬の目標はローラーをかかさずに冬の体力低下を抑えることだが・・・
すでに腰や体調不良により運動から遠ざかっている・・・
冬に健康な身体を保つのが大事だな...前途多難だけど...


モタスポ活動はVITA耐久を目標に5月から動き出した
結果はオーライだったかな笑?
カートはほとんど乗らなかったけど、なぜか10月に月間1位のタイムを出せた
オレにも潜在ポテンシャルはあるのが分かって嬉しい
11月末、軽トラでドリフト遊びを満喫した 
しかしノーマルのシートやベルトでムリな姿勢で1日中ドリフトしたせいで
腰をやり、1週間ほど不調となった
遊びも身体と相談しながらほどほどにしないとなぁ


プラモデル趣味は気づけばグループCカーを10ヶ月で8台も作った!
きっかけはマツダ767Bとの出会いと
先輩からのパワハラディスり参加要請だったプラモ展だが
結果的にはとても楽しかった。
調子にのって隣町久留米の展示会にも出品したのだった笑


父がRX-8を手放した
父は私に乗り続けてほしかったようだが残念ながらその情熱が今の私にはない事が判明した。後々、絶対後悔するだろうがいろいろ考えた末の決断だ
最後に夫婦でツーリングし、仲間と暴走し、別れを惜しんだ


仕事では10年ぶりに求人し、新人さんが来てくれた
しかし3週間でやめた・・・  私とあわなかったのだろう  とても疲れた

仕事はペースを配分しなるべく無理なくやった
今日日、不況の建築業界にありながらそこそこの売り上げを達成できた
こんな感じで推移して行ければ理想だがこの先どうなることやら・・・


趣味は自分で方向性を少し変え、それが成果となって現れた気がする

仕事も進め方を体力気力にあわせたり、求人してみたりと変化させてみたが
よかったり間違っていたり、まぁ、勉強になった

生活は私にその気ががなくとも両親や子どもの変化が大きくそれにつれ
いやがうえにも変わった

そうそう、人生初めがねを夏に作った。パソコン作業や書類作業、お客さん宅や現場で見えず、疲れ、これはもう仕方がないということで近くを見るだけの老眼鏡を作った。かけた瞬間、大きく明るく見えた!驚 これが正常だとしたら、やはり53年間でそれだけ目も衰えていたということか・・・ 
ただ、思ってたとおり裸眼状態での近視能力は使い出した途端により低下した・・・ つまりはめがねが手放せないということだな・・・
パソコン作業を続けてやっていると右手親指に痛みがはしる
だから1日中とかは目のこともあり(めがねをかけてても目が疲れるのは変わらない)出来ない
かといって、外作業を1日中やるのも、できるけど翌日を考えるとやれない
年末の検診では人生初で再検査をもらった
今年も身体と相談しながらいろいろやってきたが来年からはさらに気をつけろというお告げだな・・・

しかしまぁ、振り返れば、いい1年だった気がする
来年もそうなるといいなぁ
最後にみんカラの皆様、1年間拝見させていただき楽しませてもらいました
来る年も宜しく御願いいたします🙇
Posted at 2025/12/31 17:29:11 | コメント(1) | トラックバック(0) | | 日記
2025年12月31日 イイね!

今一度、自分自身を律するため 2025年追記版

2025年モータースポーツ活動

JAF公認VITA3時間耐久レース参加
5月にVITAシートを作り
以後月一間隔でVITA練習
そこそこ走りこんでレースに挑んだ





2024年
レンタルカートレースに数回参加
JAF公認VITA耐久3時間レースに参加
そのために事前の練習多数

相変わらず課題は山積みだし、自分に勝ったとは言いがたいが
まぁまぁ満足できる一年だったかなぁ?





2023年
VITAレンタル車で5時間耐久レース参加  号外の9位も自分に負けた走り
ドリフト走行会  レンタルFC3Sで参加 下手くそ全開だったが楽しかった
カートレース  レンタルカートレース参加 下手くそ全開楽しんだ

と、なかなかの充実したモータースポーツライフを送った1年ではあった。
しかし、どれも課題山積みの結果しか出ていない
自分に ”負けた” と感じる結果しか出ていない






2022年はレーシングカーを運転する事が全く無かった。
これを書き記し始めたのは、振り返ると私は結構スピンやクラッシュ、
事故が多いので年に一度これを見て反省し次につなげるために始めた。
レーシング運転が無ければ当然何事もおこらないんだけど・・・
今年はチームTを通じてレースを応援観戦した
回を重ね見れば見るほどに走りたいとうずく自分と、よくこんなことやるなぁとビビる自分が交互に現れるのを感じた1年だった。

クルマでも、レースでもないけれど、生きるか死ぬか(ちょっと大げさ過ぎる言い方ですが)リスクを承知で突き進むか?リスクを排除しリタイアするか?
究極の選択を今年は3回、自転車でやった。結果3回ともリタイアを選んだ私
今の私は一か八かと言うような選択は無いのだ・・・

レンタルだがカートに乗った
レースやドリフトを見てうずうずしつつも乗るクルマは無くもんもんとしているタイミングで乗った。久々のカートは純粋にたのしかった。こんなに速かったかなぁ?と感じた。乗ってから数日、体の痛みがとれないのであった・・・







2021年   7月、VITAマジカルエンデュランス耐久という、VITAワンメイクの5時間耐久レースに5人一組で参加した! 燃費も厳しい知力や作戦が物を言う面白いレースだった。 結果は15位/33台と申し分ない物だった。
しかし、私のピットサイン見落としなど、数点チョンボもあり、それがなければシングルフィニッシュも可能だったのではとレーサーの血が騒いだ。

11月、 今シーズン、このレースをもって最後といわれるツーリングカー耐久レースに3人一組で参加した! 結果は3位/6台と申し分ないものだった。
私自身はふがいない走りしかできず、反省点が多かったが結果オーライ?
パートナーさんの頑張りで表彰台に登る事ができた。一応、狙ってたし意識してたけど現実になって感無量でした。




2020年   25年ぶりにレーシングカーを所有しない自分と向き合った。それはそれで自分自身を見つめなおすいい機会になった。
幸いと言うべきか、no32は熱血86オーナーさんのもとへ渡り、しかもゴールドカップTCレースに参加するというではないか! 参加台数が少ないTCレース、結果から言えば私が走らないだけで今までと同じく、1台グリッドを埋めてくれるというのがまず嬉しかった。応援のしがいもあろうというものだ。
しかし、コロナ、水害などあり上半期はレース自体、開催されない、出来ないという事態に陥った…。
そんな逆境の最中、超過密スケジュールで2か月で3戦が行われ、新オーナーさんは何と!2位、2位、1位!と言う驚くべき速さ、成績で年間チャンピオンを獲得された! 確かに、オーナーはハチロクの神と呼ばれるほどの腕前だが、
私のno32の壊れたフロントセクションの修理、エンジンの載せ替えが主な変更であとはほとんど私の時のまんまだ。それはつまり私たちのクルマ作りが間違っていなかったとも理解できる。今年、くらい、憂鬱な事が多い年だったが旧no32の活躍は本当にうれしい出来事だった。





2019年   2018年の再現をもう一度の思いで、タイム狙いでG/Sタイヤを購し開幕戦に挑む。前日は調子よくこれは行けるか!?と思ったがNEWタイヤはやはり使えない私。結局予選でタイム出ずレースは最下位に沈む。それからの第2戦、第3戦はVITAとは混走とならずTCの参加台数があまりに少ないので寂しいな…と言うのが動機で参戦。いずれもドベだった。最終戦耐久は初の2時間レース。ここではやってはならない他車との接触をやらかす。私は辛くも走り切ったがお相手のVITAは0周リタイアでお気の毒だった…。もう少し、何とかよける事は出来なかったのか…悔やまれる結果だった。no32もなかなかの重傷を負った。。。






2018年    年頭に立てた目標は、公式の場で2分12秒代を記録する事しかしながら年間予算は50万円以内とし、限りある資金、時間を大切に使い目標に向かって邁進した。結果、開幕戦の予選で見事!目標達成!😂 うれし泣き💦
それからは資金不足、(仕事でも不足)モチベーション不足         で休戦人生初オフィシャル活動はいい刺激経験になった
仲間に鼓舞される形で最終戦である耐久レースに参戦結果は人生初優勝で総合優勝!、クラス優勝!と😂 うれし泣き💦これは長年やってきた事へのご褒美だと思いました。目標も達成、そして完全に望外の優勝も経験。
正直、こんなにうまくいったシーズンはいまだかつてないので2019年がコワい私です。
         
         
2017年   ある時はCPUがご機嫌ナナメ、またある時は足が体が不機嫌、なかなか真の実力を出してくれなかった、人生初のシリーズフル参戦でした
結局たどり着いたのは補強パーツの取外しおよび軽量化、タイヤエア圧調整、
スロットルポジションのマメな更生で何とか去年なみの速さを再現no32の魔性ぶりを存分に味わわされた1年でしたそんな感じでしたので俺が悪いのか?という疑いもあり走りも迷走2度のコースアウトと数度のスピンをやらかしました
やはり、自分自身を律する必要があるようです。

2016年   ゴールドカップツーリングカーレースの最終年だと言う事で全戦参加を目標にたてる。清水の舞台から飛び降り、いまだかつてなく諭吉を投入しno32を魔改造した。しかし、結局フル参加はかなわず、マシンは大幅にタイムUPできたものの本番で性能を発揮できず竜頭蛇尾。まぁ、でもそれは望外に速くなり高望みしたからそう思えるのであって、300km耐久も完走したし、タイムも未知の領域に踏み込めた。ap86にしてはまずまずだったじゃないのかな?

2015年   昨年の借金返済とHANS&メット購入で首が回らず、10月に何とかレース参戦。そしたら運よく表彰台登壇!13年ぶりでした。
妻の許可も出て耐久にMRチョキさんと組、フルスペックSAMな体制で参戦!
結果リタイヤでしたが山あり谷あり濃い1年でした。
        

2014年    ほぼ1年かけて86ハコ替え、ほとんどDIY。2月シェイクダウン、以降低迷トラブル多発7月ゴールドカップ復帰!11月GC耐久参加、12月自己ベスト9年ぶりの更新!山あり谷あり非常に濃い1年でした。


2013年    レース予選でタイムを出したいがために先行車を追走し、結果大クラッシュ、全損。2月頭までは順調だったのにその後86の調子が悪く修理の連 続。練習も思うように出来ず、レース日を迎えた。さらに当日朝車検直前に燃料タンク漏れ発見でテンパリまくりだった・・・。直後はやめようかと思た・・・

2012年   初めて他人の車でレース参加。新境地を開拓できた。その間1年かけて86は修理する。


2011年    1年かけて86修復。路面が変わる前に自己ベスト更新ねらい攻めた。結果ブリッジ下左コーナーでアンダコースアウト、ガードレールに激突、フレーム く の字に曲がり修理と乗り換え、それともやめるか悩む。(単独クラッシュ)


2010年    レース前日練習の夕方最後の枠で2コーナーイン巻き込みクラッシュ、リズムにのってきてどんどんタイムUPしていたので調子にのりすぎる(単独クラッシュ)応急処置で翌日レースには参加。ハンドリングベストではないが楽しくレースできたしかし後日、点検してみたらフレームにダメージが及んでいた。


2009年    スーパーGT前座レース
1ヘアピン進入でインをさすも接触。相手は長年のレース仲間、家を買うためレースは今回が最後だと語っており、本レースでのホイールは彼から借りた物だったのに・・・一瞬の判断ミスで彼をリタイヤに追い込み、私は完走したものの失格の裁定をくだされた。結構86も調子よく、前座レースであったため熱くなりすぎたのかも・・・初めて、自分が”当てた” 方になった。


2008年    スーパーGT前座レース
ただ、参加しただけ。S-GTを内から観戦するため。練習         不足、資金不足、退屈なレース。無事完走。


2007年    レース参加せず。子供は4人になりスウィートテンな贈り物をした関係で金欠。スポーツ走行3本にとどまる。


2006年   1月、自己ベスト更新、3月レース、ミッション不調でシフトミス多発、オーバーホール決意ついでにエンジンも92後期へ載せ変え、迎えた11月のレースは予選3位、86勢トップ、決勝はタイヤ選択ミスでドベ。


2005年   上位集団とからめた楽しくも激しいシーズンだった。


2004年   ゴールドカップ他、耐久に参加したりして、近年では1番走ったシーズだった。


2003年   レース2回参加、うち1回はJGTC前座、そのレースで同じ車両から左右1回づつ、インから当てられる!ドアぼこ凹!レース後殴り込みに行ったな・・・


2002年   ゴールドカップ2回参加、3位表彰台1回、耐久レース参加。


2001年   レース1回参加、PSS耐久レース参加。


2000年   レース1回参加。雨中のレース、まずまずの所を走行中、はじきだされてドベ。殴りこみに行ったな・・・


1999年   SP走行のみ、他人の86でPSS耐久参加


1998年   2月結婚、3月 86納車 9月始めての走行、2分28秒だった。


1997年   マーチ最後のレース。MINE JTCC前座。練習もせず、前座       レース楽しんだ。


1996年   マーチレース参加。最高位7位。接触すれすれ(した)のぎりぎり       バトルが楽しかった。


1995年   11月、SA22CサバンナRX-7、締めくくりのつもりで攻めるも最終コーナーで昇天翌年はマーチレースが決まってたし、AP閉鎖も決まってたので最後の思い出に攻めたのが間違いだった。(単独クラッシュ)10月、耐久レース参加。しかし涙の予選落ち⤵ 参加55台!予選落ち10台の今思えばすごいレースだった                              
5月、スポーツ走行、1コーナー進入で私イン、御相手MR2SW20アウト側で接触。板金だけで治る軽傷だったが御相手の方はかなりへこんでいてお気の毒だった。一瞬の判断ミスでやってしまった。明らかに自分の方が速かったので私のミスだと今でも思っている。(接触事故)


1994年   SA22C、FISCOと箱根国一がホームコース。
箱根でよく事故った。それも明日がFISCO走行会って日が多かった気がする・・・


~1993年?  FC3S、最後は富士見パークウェイで昇天、土屋圭一のJSSFISCO映像を見て熱くなりすぎていたような気がする。他に2回ほど事故ったが、新しいパーツをつけた時、先輩が横に乗ってたときだった。いいとこ見せようとしてたのか?パーツのおかげで今までより速くなってリスクが高まったか? とにかく未熟だった。




2025年、今年は

VITAシートを作った
シートはやはり自分に合ったもののほうがより走りに集中できると思い作った
使ってみればやっぱりしっくりくる
残念ながらタイムにはひびかなかったけど笑泣
これでいいわけが一つ減ったのだった

レース生活30年、4個目となるJAF公認ヘルメットを買った
今、借り物のマシンだし、オープントップなので真っ白じゃ寂しいな~と
思っていた。ので、思い切って敬愛するデーモンヒル仕様にカラーリングした
20年前に買ったメットは1996ヒル仕様(ロスマンズですね!)だったが
今回は1997ヒル仕様(DANKAアロウズヤマハ仕様です!)だ
上がるモチベ、しかしタイムには響かなかった笑泣


結局は気候や体調もあり練習開始は6月からとなったが
それからは月一で走りこんだ
タイムは一向に縮まずだったがクルマやタイヤのせいにして?
大丈夫、マシンとの相性というかクルマになれることはできているはずだと言い聞かせ乗り込んだ。
結局、レース1月前の練習では13秒代ではグルグル回えることはできた
あと1秒平均でほしいが、ま、燃費もあるしこんなもんでしょ?
ちなみに燃費は1周4.674km/0.78Lでどうにかこのタイムで55分もちそうだ
ちなみに今年のベストタイムは2.11.8だった。
中古タイヤでこれだったので新品はけば去年のタイムは上回れるのでは?と
捕らぬ狸の皮算用をしている

決勝は霧雨だった泣
霧のせいで予選はできずくじ引きでグリッドを決めた!
レースは3時間ではなく2時間に短縮された
1回の給油それもあわせて2回のピットインが義務付けという面白要素満載なレースとなった。
路面はウエット、そして走ってもラインが乾かない感じの雨は降り続くなか
レーススタート!

Aドラさんは普段から自分のVITAでレースしているMさん
速いし、危なげない走りで着々と順位を上げる! さすがだ
コース上ではあちこちでイエロー区間がある
とうとう、セイフティカーが入った!
チームによってはピットINすることろも多いが我々はやり過ごす事とした
そしてSC解除! ダンゴ状態からのレースが再開される!
すると・・・ 我々の車番がペナルティ表示される!?
どうやら黄旗追い越しがあったようだ! SC解除のタイミングを間違えたのだろう。急ぎ無線で連絡するがどうも聞こえていないらしい
通過してしまった・・・ もし3周以内でペナルティを消化しなければもっと重い罰則を食らうことになる
2周目、サインボードを出す、3周目、入ってきた。
Aドラさん、ルーティーンと勘違いし作業エリアに停まろうとするのを大げさなジャスチャーでコースに返した笑 しかし・・・この周またもSCが出動していたのが後に影響してくるのだった・・・

Aさんを追い出した直後、SCだったので今度こそはルーティーンのピットインをした。私に交代する。
給油をともなうピットイン作業は入り口→出口間で4分とルールが決まっている
ドライバーが操作するはずのキッチンタイマーは動いていない
ピットからのタイムキーパーの指示を静かに待つ私
4分経過なのか? 残りのピットロードの距離を考えての時間なのか?
私には知るよしもないがコースへ復帰の指示が出た。
ギアを入れ忘れてて2秒ほどロスした爆
コースはウエット、気をつけて走る
ストレートに戻ってきた ら? オレにピットインの指示が出ている?
ちなみに無線はうんともすんとも言わない?
おまけだが我々、同チームのエースカーにもインの指示が?  
はて?4分がたりてなかったのだろうか? ともかくINし、ドライブスルーペナルティを消化する
後に分かったが、1度目のドライブスルーがSCの最中だったので再度するようにということだったらしい。初めからサインボードで指示を出して、SCになる前にINさせとけばよかったのか・・・ 残念
その後は自分なりに頑張って走った
2ヘアと最終コーナーは白い壁に突入するような視界の悪さでなかなかビビる
1コーナーでは目前のマシンが盛大にスピンする
手綱をしめてミスらないように、その中で精一杯走った
SCがまた入った。合せてピットイン、ドライバー交代する
今度のピットインは給油がないので時間制限はない
すなわち急いで交代せねばならないのだ!
上手くいったと思う

サードドライバーは去年組んだ、去年BドラだったOさんだ
Oさん、SCの最中コースに戻る
SC周回が長い、残り時間を考えれば今走っている方々はSC開けはスプリントレースになる事は間違いない!
見ている我々は楽しみだが運転しているOさんはドキドキだろう
SCがどいた! 再スタート!
今だ路面はウエットだ、コースアウトするマシンもいる!
そんななか順位を上げるOさん!
素晴らしいレースっぷりだ 抜きつ抜かれつそして無事ゴール♪
結果10/19位だった。一桁がほしかったけど、まぁ、しょうがない
楽しく無事にゴールできたし、大きなタイムロスになるスピンやコースアウトもなかったのでヨシとしよう。

私たちのチームはセカンドだったがなんと!エースチームに勝っていた
こんなことがあるから耐久は楽しい♪
ピットでまったりしていたら表彰式に呼ばれた!
なんでも ”ど真ん中賞” らしい
嬉しい誤算
仲間には「ペナルティ狙ったっちゃろー」とからかわれた笑
終わり良ければ全てよし
結果としては楽しくレースし、なんとなく結果も出てハッピーエンドだった笑


さて、ここからは律する時間
レース中は1度もスピンコースアウトしなかったのはよかっただろう
練習では3度ほどやったが無傷なもので、自分でトライした結果なのでまあ、
これもヨシとしよう
レース前、あれほど無線のテストをやったのにまたもダメだったのは何と!
シートベルトを締めてもらうときに配線のジャックが抜けていたのが原因だった!
慌ててやるのでそこまでは気がまわらんわな・・・
ガムテで外れないようにしとけばよかった
キッチンタイマーの使い方の周知が出来ていなかった
サインボードを出すタイミングが悪かった、判断に迷いがあった
耐久はチームプレーだが、やはりだれか指揮をとる人がいた方がよかったかな?
きっと引出しをたくさん持ってるチームが強いんだろうなと思った
年に一度の寄せ集めのチーム、
そこでどんな目でみられても強気で意見を通す
皆で同じ方向を向く
これって仕事と同じでとても難しいタスクですね。



そんなことを思いながら充実した今年のモタスポ活動も終了です
来年は・・・ 
やはり自分の走りをもう一段階上へ引き上げるべく精進したいと思っています。 しかし、なんといっても無事故無違反のうえで!ですね♪









2025年09月30日 イイね!

RX8のいいところ

我が家のRX8を一人でおして車庫内を移動させる私

なぜそんなことをするのかって?

エイトは水温計が動く前にエンジンを切るとかぶってかからなくなるから

わずかな距離の移動でエンジンをかけたくないからだ。

それを見て驚く父

二人でおした。しかし、ちょっと前過ぎたので今度は父一人に押してもらう

78歳の老人がおしても転がるエイトに驚く父

RX8はきっとミッションやベアリングなんかにお金をかけてるんだと思う

私の知る他の1350kgのクルマのころがりじゃないから

みんな知ってた?
Posted at 2025/09/30 17:42:51 | コメント(0) | トラックバック(0) | MAZDA愛 | 日記
2025年09月22日 イイね!

今日のおともは浜田省吾

今日のおともは浜田省吾








浜田省吾(いつから浜省って言うようになったっけ?)
出会いは中1
マネーの入ったアルバムが最新のときに友人に聞かされハマった。
このアルバムの曲はさらで歌えるほどヘビロテしていた
それからアルバムは全てテープでダビングし、
ファーザーズ.サンまでは持っていた
中高のころはよくカラオケで歌ったものだ

このCDはそんなおり、社会人になり購入したものだ
この頃はクルマでよく聞いていたがテープでも聴けたのであれほど好きだったのにCDは2枚しか所有していない(JBOYも持ってたような気もするが?)
そして20代になった私、世間ではドラマの影響でリメイクの
悲しみは雪のようにが大ヒットを飛ばしている。
あまのじゃくなのか?それともこの頃特有の過去を忘れたくなる心情か?
浜省を聞かなくなった私。
10代、洪水のように情報や流行が私に流れ込み影響を受けたあの頃
20代の今、同じように社会人になり多くの情報に影響うけまくりな私
いつしか浜省を過去の物としていたような気がする。

そして今、50代の私は自転車の3連ローラーをこぎながら
ラジエター洗い♪オイルを変えて♪~を歌うのだった
歌いながらこぐと心肺が鍛われるしテンションがあがるのでイイのだ笑
先日、福山雅治のラジオでは福山親子(母)が浜省ファンだったと語り
ラストショーをかけていた。大好きな浜省、自分でCDやテープやスポティファイで聴くのと、ラジオで流れてくるのとはまた喜びが違う
その日は良い気分だった。

浜田省吾 私の青春時代、学生時代を色どってくれたすばらしい歌手だ








Posted at 2025/09/24 18:10:11 | コメント(1) | トラックバック(0) | | 日記
2025年09月02日 イイね!

31年目に突入!

31年目に突入!








JAF公認レースをやるようになって、今年はちょうど30年だ

最初の10年はFISCOの先輩がくれた真っ白のメットで走った

次の10年は1996仕様のデーモンヒルで走った
ここ10年は真っ白のHANS付きで走った

そして今から10年は1997仕様のデーモンヒルでいく!

レース趣味、こんなに永くやるとは思ってなかったなぁ~

プロフィール

「今の時期は北斗七星真上やね~☆彡」
何シテル?   12/09 06:40
貧乏、暇無し、子沢山の銀輪、四輪乗りです。
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