
スポーティカーであったAW型を脱却し、次代のMR2は、スポーツカー。それも日本一速いスポーツカーが目指された。
そして、ベースとなった車輛も、ファミリーカーであるカローラから、WRCでも活躍していたセリカへと変更された。
NAと、スーパーチャージャーモデルを有する4A-Gユニットから、NAとターボモデルの3S-Gへと、背中の心臓も移り変わり、2リッターのエンジンとしては、クラス最強の馬力を手に入れるまでになった。
それらの駆動系開発と同時に、エクステリア、インテリアデザインの面での開発も進められていた。
※画像は、SW型MR2のイメージスケッチの一部です。
~SWのボディデザイン~
内部のメカニカルの面だけでなく、内外装のデザインでも、苦心に苦心が重ねられた。
『90年代の夢を感じるスポーツカー』を合言葉に、トヨタ本社の量産開発部門、先行開発部門、東京スタジオ、セントラル自動車の4チームによってデザインコンペが行われた。(5チームという記述もあり)
エキサイティングかつ、ディスティンクティヴ。しかしながら、ラグジュアリー性を強調するのではなく、さっぱりとした感じでありたいという想いが有馬技師にはあった。有馬技師は、フィレンツェ、トリノ、ケルンと、古いヨーロッパの街を歩き、ルネッサンス以降の彫刻を見て回り、ヒントを得た。
エクステリアデザインのテーマは『パワー・サーフェス』。疾走するスポーツ選手の鍛え抜かれた筋肉のイメージである。それも、男性の筋肉美というよりは、鍛えられた女性の筋肉の質感をイメージされている。これは、オリンピックの中継のける女性ランナーの姿態にヒントがあったという。
ミッドシップはそのレイアウトの特殊性ゆえに制約が多く、デザインが難しいと言われている。実際、日産がMID4を開発した際にも、デザインには相当の苦労があったという。
SWに関しても例外ではなく、なかなか『これだ!』というスタイリングが固まらず、ピッタリのデザインが決まらないならば無理にMR2を続けなくとも良いという意見も上層部から降りてきていた。
有馬技師はデザイナーにとにかく沢山のイラストを描かせ、40以上の5分の1モデルを製作したという。
最終的には東京デザイン分室の案がベースとなり、その形状が決定されたた。角ばったボディであったAW型に比べ、SW型は曲面を多用したデザインとなり、サイズに関しては、AW型と比べて、全長が220mm、全幅が30mm拡張されている。これはスタイリング成形はもちろんだが、ラゲッジスペースの拡張の為という意味も少なくない。全体的なデザインにおいて、ミッドシップ=スーパーカーというイメージも残しつつも、意識的に奇をてらわないデザインとなっている。
※これも、多くの人たちに受け入れられるクルマ造りを目指す、トヨタらしい結論と言えるでしょう。
フロントビューに関しては、ボンネットにエンジンがないミッドシップならではの、キャビンを強く前進させ、フロントガラスを寝かせたデザインとなっている。ただし、ボンネット内にはスペアタイヤとラジエーターが収納、設置されており、キャビンを前進させるとスペアタイヤの角度が高くなってフロントノーズが高くなってしまう。それを避けてスペアタイヤを寝かせるとラジエーターが前進してロングノーズとなってしまう、などの苦労があった。
ルーフに関しては、タルガトップも検討されたが、結局はAWの後期型と同じくTバールーフが設定されることになった。
リアビューでは、リアガラスが平板であったAW型に対し、SW型では成形の難しい曲げガラスを採用することとなった。
エンジンルームからの振動と騒音を抑えるために、エンジンとキャビンを隔てるバルクヘッドには制振鋼板を使用し、4重積構造で仕上げられている。エンジンルーム上部をガラスで覆うなどの案も検討されたが、換気の問題から廃案となった。エンジンルームへのサイドエアインテークも、AW型では運転席側にのみ設置されていたが、SWでは両サイドに設置した。
また、各種デザイン案、並びにクレイモデルではリアスポイラーのないデザインであったが、ドイツ・アウトバーンにおける200km/hを超える走行テストにおいて横風安定性が良くないことが判明し、これに対処するためにリアスポイラーを開発。経営陣に提案、承認をうけて装着することとなった。結果的に、リアビューに関して一番時間を費やしたのが。このスポイラーまわりであった。
※リアスポイラーの装着に関しては、装着していたAW型において批判の声も一部であり、また、デザインの関係上、SW型では装着しない方向性で進められていたそうです。なお、Ⅰ型のSWは、静岡県袋井市のヤマハテストコースにおける中谷明彦氏のテストで換算数値で227.5km/hを記録しています。ちなみにAW型(前期)は、茨城県つくば市の、今は無き谷田部の高速テストコースにおける黒沢元治氏のテストで187.98km/hを達成しています。
ボディはコンピュータ解析により、骨格結合部の補強が効果的に行われ、高張力鋼板の多様もあり、軽量化と高剛性の実現を可能とした。合成に関しては、曲げ剛性はAW型とは変わらないが、ねじり剛性に関しては44%高くなっている。2重メッキ鋼板や、合金化亜鉛メッキ鋼板も多用し、防錆性も高められた。
※ただし、SW型は、最初から最後まで、ボディ剛性に関しては批判がつきまとうことになりました。
エアロダイナミクス面では、CD値=0.31をマーク。ちなみにマツダ・FC3S型RX-7で0.32.FD3S=0.33、日産・S13シルビアで0.30、S14=0.34、S15=0.33、R35GT-Rで0.27と、日本のスポーツカーとしては、低い部類に入っている。フロア下部にはフロントアンダーカバーやフロントタイヤスパッツ、センターアンダーカバー、リヤスパッツなど、徹底したフラット化が行われ、揚力はゼロに近くなっている。直進安定性に大きな影響を持つヨーイングモーメント係数も重視され、トヨタ車の中ではベストというレベルまで到達している。
ボディのメインカラー・イメージカラーはレッドとし、ホワイト、ブラック、グリーン、そしてオプションでクリスタルパールマイカⅡを設定。また、そろそろ黄色のスポーツカーも出てくるのではないか、という読みのもと、珍しいイエローも設定された。
~SWのインテリアデザイン~
SW型では、インテリアデザインにはエクステリアデザイン以上に苦労があったと言う。SW型のインテリアは『ア・マン・イン・ダンディズム』をキャッチコピーに様々な試行錯誤が繰り返された。スポーツカー、ましてや制約の多いミッドシップであることもあり、インテリア開発においても難航を極めた。
そんな中、事故は起こった。天候は雨。袋井市のヤマハテストコースにおけるMR2のテスト中、有馬技師の乗るテスト車がコーナリングに失敗。横転したのである。
有馬技師は、一命は取りとめたものの、頸椎を痛めて入院生活を余儀なくされる。
入院中、もともと本を読むことが何より好きだった有馬技師は、さまざまな書物を読み漁った。それは、クルマに関する書籍ではなく、哲学的なものが多かったという。
その中に、阿含経を解釈した本があった。阿含経とは、釈迦の言動を弟子たちが暗記によって伝えた、仏教の中でも最も古く、原始仏教最高の聖典とされるものである。これを読み進める内に、有馬技師は釈迦が実に科学的な人物であることを知り、中でも、『己れが何ものにも変えがたくいとおしいと同じように、他人もまた己れを世の中で最も愛おしい。だから、己れの愛おしいことを知るものは、他のものを害してはならない』という釈迦の言葉に感動したという。
MR2開発主査となった時、有馬技師が最も気掛かりだったのは、自己表現、自我に対する考え方が日本人とアメリカ人ではかなり食い違っていたことだったという。これらの異なる二つの意識に対応出来るようなもの。その答えが見つからずに有馬技師は悩み続けていた。
有馬技師は、この釈迦の言葉から、『思い切り自己主張を貫くことのできるクルマであっていいのだ。そのときこそ、他人を思いやるゆとりが生じる。これからのスポーツカーとしてMR2の次世代カーに必要なものなのだ……』という結論を得た。
有馬技師は、この感動をデザイナーに伝えると共に、デザイン化所属で、2代目マークⅡやカローラのインテリアを手掛けた御園秀一技師に、『茶室のようなインテリアにしたい。心が静かになるようなのが本当のスポーツカーのインテリアなのだ』と指示をした。
これには、真逆のインテリアイメージを持っていたスタッフたちも戸惑ったと言う。御園技師は、これを、冷静にコントロール出来ることが大事なクルマであり、非日常性も大切。そういう意味で乗ると本来の自分を取り戻せると言う感覚。茶室のように、にじり口を入るとイッキに違う世界になる、そういうイメージであると解釈し、インテリアデザインに取り汲んだ。御園技師は、ダンディでシック、ソフィスティケイトされた中に熱いものを感じる室内にしたいと考えたという。
センターコンソールとインパネを一体化させ、メーターフードは丸く、円滑なデザインとした。ステアリングホイールと相似形のフードデザインを目指し、サテライトスイッチも検討されたが廃案となった。ちなみに、メーターフードの滑らかなライン取りに関して、時計のレイアウトはかなり苦労したポイントであるという。
また、オーディオとシフトレバーの位置取りに関しても、米国での交通事情、たびたびステーションの切り替わるラジオ事情などを考慮し、オーディオの操作性を優先させて、オーディオを上部に配置したという。
インテリアのカラーには、ブラックを基調とし、高級グレードにはオプションでブルーを設定。輸出用にはレッドも用意された。
結果として、ガンダムチックだったAW型のインテリアに比べ、SW型のインテリアは、視認性と操作性を重視し、特に、高速走行時における視認性を重視した高めのインパネに、低いドライビング・ポジションという『非日常性』を抑えつつも、非常にシックな仕上がりとなった。
~SWのユーティリティ性~
SW型に関しては、スポーツカーを目指しながらも、初代AWに比較して、日常の使い勝手も大幅に向上された。
ステアリングに関しても、全グレードにパワーステアリングが設定されなかったAW型とは違い、SW型には電動ポンプによる油圧式パワーステアリングが装着されることになった。さらに、車速センサー及び舵角センサーからの信号を読み取り、低速時にはアシストを多く、高速時にはアシストをカットするという車速感応式が採用された。ミッドシップにパワーステアリングは必要かどうかという点に関しては議論があったが、据え切り時のことを考慮して、パワーステアリングが装備されるに至った。ただし、もともとフロントが軽量なミッドシップであるということもあり、パワーステアリングのアシストは全体的に弱めに設定されている。なお、当時では、ミッドシップにパワーステアリングを採用したのはSWが世界初である。また、ステアリングの動きに連動してフォグランプが左右へと向きを変えるステアリング連動フォグランプを世界初で装着することになった。
また、ミッドシップにおいて最大の欠点でありネックでもあるラゲッジスペースも、パワーと並んでユーザー達からの要望があった点であり、改善がなされた。運転席後部には10リッターのリヤストレージボックスを新たに設置。シート後方のリヤコンソールボックスとリアトランクの容量は、AWに比較して50%アップし、ゴルフバッグ2つを載せることが可能になった。なお、リヤトランクにはラゲッジルームランプも新設された。
運転席と助手席の中間を走るセンタートンネル内・燃料タンクに関しても、容量の30%アップが図られている。
こうした様々な試行錯誤、苦心と苦労。困難の中、遂に次代MR2=SW型が完成したのである。
(その6に続く……はず)
参考文献:
・「日本初ミッドシップ トヨタMR2とトヨタスポーツ」/岡崎宏司(新潮文庫)
・「トヨタテクニカルレビュー」Vol.47/オーム社
・「CG CAR GRAFFIC」1983年12月号/二玄社
・「driver ドライバー」1985年10月20日号/八重洲出版
・「CARトップ」昭和59年6月号/交通タイムス社
・「CAR and DRIVER」1990年1月10日号/ダイヤモンド社
・「ベストカー」号数不明(グループS仕様AWとMID4の記事について)/三推社
・「Best MOTORing」1990年1月号/講談社
・「ベストカーガイド増刊 オールアバウト TOYOTA MR2」昭和59年8月/三推社
・「CARトップ ニューカー速報No.23 MR2」/交通タイムス社
・「CARトップ ニューカー速報No.74 NEWスープラ」/交通タイムス社
・「モーターファン別冊 ニューモデル速報 第78弾 新型MR2のすべて」/三栄書房
・「J's ネオ・ヒストリックArchives『TOYOTA MR2&MR-S』」/ネコ・パブリッシング
・「I LOVE A70&80 TOYOTA SUPRA」/ネコ・パブリッシング
・「ハイパーレブ Vol.21 トヨタMR2」/ニューズ出版
・「ハイパーレブ Vol.50 トヨタMR2 No.2」/ニューズ出版
・「ハイパーレブ Vol.63 トヨタMR-S」/ニューズ出版
・「タツミムック チューニングトヨタ MR2&MR-S VOL.1」/辰巳出版
・「タツミムック チューニングトヨタ MR2&MR-S VOL.2」/辰巳出版
・「タツミムック チューニングトヨタ MR2&MR-S VOL.3」/辰巳出版
・「MR2 AW10/11」前期型カタログ
・「MR2 AW10/11」後期型カタログ
・「MR2 SW20」Ⅰ型カタログ
・「MR2 SW20」Ⅱ型カタログ
・「MR2 SW20」Ⅲ型カタログ
・「MR2 SW20 ビルシュタインパッケージ」カタログ
・「MR2 SW20」Ⅳ型カタログ
・「MR2 SW20」Ⅴ型カタログ
・「MR-S」前期型カタログ
・「MR-S」後期型カタログ
・「MR-S Vエディションファイナルバージョン」カタログ
参考サイト:
・「ウィキペディア」
http://ja.wikipedia.org/wiki/
・「TOYOTA MR2 CLUB JAPAN」
http://homepage3.nifty.com/midship/
・「MR2ちゃんねる」
http://mr2.jp/
・「ダイエーモータース」
http://www.daie-motors.com/
その他。MR2の歴史に関連する霧島のブログ:
・
備忘録 01 「SV-3」 ~トヨタ・プロトタイプMR2開発秘話~ その1
・
備忘録 02 「SV-3」 ~トヨタ・プロトタイプMR2開発秘話~ その2
・
備忘録 03 「SV-3」 ~トヨタ・プロトタイプMR2開発秘話~ その3
・
備忘録 04 「SV-3」 ~トヨタ・プロトタイプMR2開発秘話~ その4(最終回)
・
備忘録 05 「SW20」 ~2代目MR2の登場~ その1
・
備忘録 06 「SW20」 ~2代目MR2の登場~ その2
・
備忘録 07 「SW20」 ~2代目MR2の登場~ その3
・
備忘録 08 「SW20」 ~2代目MR2の登場~ その4
・
おめでとう! MR2(SW20)発売20周年!!