2012年05月02日
「スープラの系譜」 第10回 ~80型のエクステリア&インテリア~
自動車の新車開発時、まずは現行車のボディを切り貼りして製作されたテストカーを用いて各種テストが行われる。
また、新車の情報が世間に漏れてしまうことを避けてしまうため、多くの偽装を施した車体がテストに用いられる。近年では、インプレッサやレガシィの車体を用いた86/BRZのテストカーが目撃されたのが記憶に新しい。
だが、当然のことながら実車を走らせてこそ初めて分かることもある。多くの偽装と空力デバイスを取り付けたテストカーで開発試験が行われる中、“80スープラ”のボディ本体もまた、着実に開発が進められていた。
~軽量・高剛性ボディ~
80型スープラの先行試作車において、一番に改善の対象となったのはボディ剛性であった。かつてのトヨタ2000GTなどは、フレームとボディとが別々のものであったのに大して、当時は既にフレームとボディが一体となったモノコックボディが主流となって久しかった。
ボディとは、クルマの要である。路面からの入力は、タイヤ・サスペンションを通じてボディに伝えられる。そして、ボディが外力を受け止めることによって、クルマとは走り・曲がり・止まるものなのである。もし、ボディに剛性が足りなければ、路面からの入力を受け止めきれず、クルマそのものがグニャグニャに曲りながら走ることとなる。そうなれば、必然的に各種操作系のレスポンスにタイムラグとロスが生じ、まともに走ることすら適わなくなってしまう。
「乗って、ハンドルを切ると、素直に車が動かないんだよね。というのが一番最初の指摘だった」
――大道政義
古くには、「ボディのトヨタ」「シャシーの日産」「エンジンのホンダ」などと言われたように、トヨタは古くからボディ製造技術においては国産では最も進んだレベルにあった。だが、そのトヨタのノウハウをもってしても、満足なボディ剛性を達成することはできなかった。
とは言え、決してボディ剛性を実現することが不可能だったわけではない。ボディ剛性の高いクルマと言えば、ドイツのポルシェやベンツが代表例であるが、ベンチにかけて計測してみると、絶対的な剛性では負けてはいなかったという。
「大きくグイっとねじった時の値はそれなりに出るんだけど、最初の過程、微妙に動くような領域でまた違う」
ボディは単に強ければいいというわけではなく、立ち上がりにおける微妙な力の伝達の仕方こそが重要である。ボディ剛性と呼称すると誤解が生じやすいため、これを「ボディ特性」という言葉を用いて表現したという。(※ボディ特性の考え方については、賛否両論有)
スープラ開発におけるボディ剛性への取組みの中で大きく貢献したのが、トヨタのテストドライバー300人の長点に立つマスタードライバー・成瀬弘であったのは言うまでもない。この中で、成瀬の持つ職人的な経験や勘からもたらされるノウハウが、初めて理論的に解析できるようになったという。
だが、補強を加えてボディ剛性を高めれば高めるほど、一方ではボディの重量増が大きな問題となってくる。当然のことながら車輌重量の増大は、スポーツカーにとって致命的となる。80において、徹底的な軽量化が図られたのはいうまでもない。
一つ一つの部品の軽量化、製造方法、軽量素材の採用……。アルミ製のレインフォース、サブフレーム。マグネシウム合金によって製造されたエンジン内部部品。トヨタ初となる高密度ポリエチレンを採用した燃料タンク。中空ビーズを混ぜ込んだ、巨大リアスポイラー。頭部を深く削りこみ、一本あたり2.5gの軽量化を果たしたディープリセスボルト……従来の70型に比較して、実にマイナス100kgの軽量化に成功した。
ただ、この100kgのうち、素材の軽量化によるのは40kgであり。残りの60kgは設計技術によるものである。また、前後重量配分を少しでも良くするため、アルミ製部品が積極的に採用されているフロント周辺に対し、リア周りは従来のスチール製部品が敢えて採用されることとなった。
~エクステリア~
「70型スープラはのデザインは、シンプルすぎてスポーツカーらしくない」。そんな意見が欧州からは寄せられていた。アウトバーンで、道を譲って貰えないのだと言う。リトラクタブル・ヘッドライトも古さを感じさせるという意見も多かった。もっとボリューム感を、もっと迫力を、もっとアグレッシブさを、もっと目立つデザインを……それが80型のデザインの起点となった。
マツダのユーノスロードスターや、日産の32型フェアレディZ。ホンダのNSX……。平成元年から平成2年にかけて、日本車からも非常に個性的でアバンギャルドなデザインのスポーツカーが続々と送り出されていた。80型は、「その次」に登場するスポーツカーである。個性的でないデザインなど、許されるはずがなかった。設計は「ポルシェのようなヨーロッパの先輩に“恩返し”をする」という強い意気込みの元でデザインが始まった。
まず、イメージとなったのはマスキュラー・デザイン。短距離アスリートも持つシェイプアップされた筋肉質のデザインである。(霧島注:SW20でも似たようなこと言ってたねぇ……)
80型スープラのエクステリア・デザインにおいては、やはりメインマーケットとなる北米からの意見に色濃く影響されることとなった。映画・「バットマン」に登場するバットモービルのような「devil」「mean(原意は「下品な」であるが、転じて「難しい、上手い」のスラングとして使われている)が、一つのイメージ・コンセプトとされた。
もう一つのデザイン・コンセプトなったのは「狼の衣を着た狼」。圧倒的で攻撃的、荒削りで、320馬力のビッグパワーを表現する迫力あるデザインが目指された。内包されるべきは、世界第一級の「高性能の昇華」と、いつの時代でも通用し、見る者を飽きさせない「普遍性」である。

80型スープラは、「重くて大きくて贅肉の多い、いかにもアメリカ人好みのデザイン」などと表されることが多いが、それは間違いである。前述の通り、従来の70型に対して大幅な軽量化を達成していると共に、ボディサイズにおいても70型に比べて全長は短く、全高は低く、ワイド&ローなデザインとなっており、トータルでは70型よりも一回りコンパクトなボディサイズとなっている。
エクステリア細部の形状においても、全てに意味が存在している。時速300kmで走行する際においては、空力が非常に重要なファクターとなるからだ。主査の都築は、大学院時代に空力学を修めた空力のエキスパートである。80型スープラにおいて、徹底的なエアロダイナミクスの研究と実験が行われることになった。
ボディ下部を流れる空気の量を押さえ込むための、大型アクティブリアスポイラー。ミラー周りへの空気の滞留を防ぐため、ドアミラーはウィンドウ部分ではなく、ドア部に取り付けられている。その中でも、最も目をひくものが、巨大リアスポイラーである。
80型の純正リアスポイラーは、国産車ではそれまで例を見ないほどに巨大なものであった。元はと言えば、スープラはリアスポイラーを持たないデザインで設計されていたが、高速時の安定性を持たせるために、新たに設計が行われた。
スポイラーの高さを、敢えてルーフ近くにまで引き上げることによって、強烈なダウンフォースを発生させることを可能とした。一方で、スポイラーを高くすることにより、センターミラーとリアウィンドウを通じて得られる後方視界を全くさえぎることがなくなり、二重の意味での安全性を確保することにも成功した。
このリアスポイラーは、超高速領域にも耐えうる剛性を必要としながらも、中央部に支柱を持たないアーチ状となっており、従来の素材でこれを製作しようとすると、3倍以上の重量になってしまうものだという。これを、素材メーカーからの提案で、中に中空ビーズを埋め込んだ新素材を用いることにより、大幅な軽量化を実現した。
だが、このリアスポイラーは大きな物議を醸すことになる。あの巨大さがあまりにも派手だと言うことで、運輸省への認可がなかなか下りず、下りることを見越して量産の準備を進める中、ラインオフの一ヶ月前になって『認可が下りないかもしれない』との連絡があった。
ラインでは、リアスポイラー用に穴をあけたトランクの量産も始まっており、もし認可が下りないと、大変なことになる。この時、都築は生きるか死ぬかで悩んだという。
結局、なんとか説得して記者発表の日に実際に試乗して貰って決めることになったという。都築が、『ダメだったらどうするんだろう?』と思う中、運輸省の担当者たちがやって来て、『これか!』とスープラに実際に乗ってみたものの、何も言わずに帰ってしまったという。

※80型スープラのリアビュー。4連のテールランプも強烈なインパクトを与えてくれる。
これは一重に、後方視界の良さによるものである。スープラのリアスポイラーは、コックピットから見ても、真後ろから見ても、その存在が全く分からないのだから……。これが後々まで語り継がれる「スポイラー事件」であった。
~80型のインテリア~
「スポーツカーを目指す80型は2シーターであるべき」という意見もあったが、既にトヨタには2座を採用したSW20型MR2がラインナップに存在しており、結局は2+2シートの4座席となった。トランクは、北米からの要望で、ハッチゲートタイプとなっているが、ラゲッジスペースはあまり広いとは言えないものとなっている。
70型においては「2+2座で、ゴルフバッグが2つ積めること」が条件とされていたが、80型のトランクは、70型のそれよりも狭いものとなった。これは、従来のトヨタの思想とは、少々相反するものとなっており、トータルでのスポーツ性を優先した設計となっている。

※80型スープラのコックピット・デザイン。戦闘機を髣髴とさせるデザインが特徴的である。
「Gフォースフォルム」。スポーツカーにおいて切り離すことのできない加速G・減速G・縦G・横G、これらを積極的に楽しむため、腰周りのホールド感と、上半身の開放感、そして走る機能を力強い形として表現する。それがスープラのコックピットの目指した所であった。
歴代セリカXXや、70型スープラもまた、メーター周りは非常に個性的でユニークなデザインであったが、80においても、それは継承されている。80型においては、超高速時におけるメーターの視認性が優先されたデザインとなっている。
高速走行時では、視界が非常に狭くなってしまい、メーターを見る余裕所も失われる。そんな中で、瞬時にステイタスを判別できるよう、あえて“スポーツカー的な”多連装のメーターは避け、三眼のシンプルなものとし、文字も大きめのものが印字されている。された。アウトバーンでの経験から、警告等の位置なども、目に付きやすい場所に配置されている。
ソアラやセリカXX、70型などではデジタル式のメーターも採用されていたが、80型においては「敢えてハイテクを排除したスポーツカー」ということで、メーター類にもデジタル式が採用されることはなかった。
ステアリングやシフトレバーの位置なども、ミリ単位での配置調整・検討が行われ、自然体で敏捷なドライビング操作が行えるように煮詰められている。
…
……
………
トヨタの持つテストコース。日本国内外のサーキットと、そして公道……。トップガンたちの手によって、世界を股にかけた膨大な量のテストが行われ、膨大な量の走り込みが行われた。トヨタのテストコースだけでも、その走行距離はル・マン5レース分に相当するという。
都築自身も、自らステアリングを握り、アウトバーンにおいて時速300kmクルーズでも手放し運転が出来ることを確認したという。スープラの大型ヘッドランプも、アウトバーンにおける超高速走行の中で、視認性を確保するためにデザインされたものである。

※ニュルブルクリンクを走るスープラ。手前の右ハンドル・エアインテーク付きは、英国仕様。
最後の仕上げは、世界最高峰にして最難関として名高い、ドイツ・ニュルブルクリンクサーキットで行われた。だが、これはあくまでもマシンが持つ能力を確認するためだけの場であり、スープラはニュルで鍛えられたわけではない。先行するNSXやR32型スカイラインGT-Rがニュルブルクリンクでの開発を大きな宣伝材料とする中、スープラ開発陣にとっては「(スープラも)ニュルで作った」と言われることは心外ですらあるという。
「基本をしっかりと合わせたら、ニュルにもバッチリ合った」
――成瀬 弘
かくして、1993年。北米・デトロイトモータショーで表舞台に姿を現したJZA80型スープラは、同年5月、ついに世に送り出されることになる……
(次回、最終回へ……)
参考文献:
省略。第3回までのを参照して下さい。
関連リンク:
「スープラの系譜」 第01回 ~スープラの系譜~
「スープラの系譜」 第02回 ~ソアラとスープラ~
「スープラの系譜」 第03回 ~70型のパッケージング~
「スープラの系譜」 第04回 ~トヨタ2000GT、そしてスープラ~
「スープラの系譜」 第05回 ~“トヨタ3000GT” A70型スープラ誕生~
「スープラの系譜」 第06回 ~「JZA」 70から80へ~
「スープラの系譜」 第07回 ~SPORTS OF TOYOYA~
「スープラの系譜」 第08回 ~“トップガン”~
「スープラの系譜」 第09回 ~80型のシャシー・駆動系~
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スープラの系譜 | 日記
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2012/05/02 14:29:29
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