「もう面倒見きれんよ・・・」
ため息と共に、友人の整形外科医は、中指と親指で目頭を押さえ、呟いた。
窓外から零れ落ちてくる遅い朝の陽光や、蒼穹に響く鳥たち囀りとは裏腹に、白亜の診察室のなかは蛍光灯が放つ光の加減だろうか、青白く硬質な空気に浸されていた。
幾ばくかの息苦しさと、幾ばくかの動悸の高鳴りを覚えた私は、無意識のうちにネクタイの結び目を緩めていた。
「奥さんまで巻き込んで・・・もう少し自覚を持たんと、ねえ」
主の人柄をそのまま表したかのような、装飾物一つない木訥な問診台には、二人分の紙コップが並べられ、飲みかけのコーヒーが退屈そうに湯気をたてている。
「俺はねえ、別に車に乗るな、とは言っていないんだよ」
銀髪の医師はゆっくりと立ち上がると、まるで敗者を見下ろす勝者のように、厳然と、しかし諭すような口調で私に語りかけ、壁際にしつらえたバックライトのスイッチを入れた。
それまでモノクロームの光沢を放っていた一枚のフィルムが、一瞬の瞬きと共に、その場の主役として掲げられた。
鈍やかな間接光を通して浮かび上がる、私の愚妻-ハマーン様-の脊椎投影図。
それは、所謂腰椎と仙骨の境目あたりが急激に狭まり、素人目にもわかるほどに歪んでしまっていることを、厚かましいほど雄弁に語りかけていた。
「でもねえ、あのクルマはアカンよ」
医師は私の方に向き直ると、今度は下からのぞき込むように私に、そう、私が最も聞きたくなかった言葉-ロータス エキシージS改 240R進化版モドキとの決別-を、傲岸な口調(に私は思えた)で投げかけてきた。
「これ以上は、いかんよ?」
MRI投影図の反対側、壁向かいに設置された縦長のツイン・モニターには、私と愚妻、二人分の電子カルテが、中間色の罫線に囲まれて整然と表示されている。
表記フォントのゴシック体と、医師がタブレットで手書きした不可解なアルファベットが併存されたそのカルテには、症状、所見、投薬内容などが、二人分揃って入力されている。
LCI・・・腰部脊柱管狭窄症
私だけではなかった。
長年福祉関係の仕事につき、日頃から身体に負担のかかる動作を余儀なく強いられ続けた愚妻の背骨は、加齢と疲労で既に悲鳴をあげていたのだろう・・・初夏とは名ばかりのいまだ肌寒いこの日、彼女の身体には私と同じ病名が刻まれることとなった。
私は自身を責めずにはいられなかった。
そして、私自身を咎人たらしめたのは、紛れもなく…
ロータス エキシージS改 240R進化版モドキ
https://minkara.carview.co.jp/userid/712411/car/606934/2018351/photo.aspx
https://minkara.carview.co.jp/userid/712411/car/606934/2357226/photo.aspx
https://minkara.carview.co.jp/userid/712411/car/606934/2357370/photo.aspx
なじるような医師の目線に耐えきれず、私は診察室を後にした。
先刻の記憶、モニターに表された病名、それが頭の中で明滅する。
エル・シー・アイ・・・こともあろうに、病名とロータスのインポーターが同じ名前とは・・・
(皮肉なものだな)
自嘲気味に唇が歪む。
自責と、懺悔と、後悔と・・・
リノリウムの床に響く足音が、ひとつひとつ、なじるように心に突き刺さる。
なんてことを・・・申し訳ない…何故横に乗せ続けたのだろう…
エキシージを手放す…そんな日が、本当にやってくるのだろうか。
私の心には蒼黒い暗雲が立ちこめていた。
~~~~~~~~~~~~シリアス修辞 ここまで~~~~~~~~~~~~
で、後日。
私→仕事で鬱、空元気だけで生きてる状態、慢性腰痛。
嫁→仕事で鬱、それ引きずって家庭でも鬱、慢性腰痛。
それでも、やっちゃったよ、やらせられたよ、禁断のディーラー巡り。
この不況下に。
何かその日に限って、嫁さん張り切ってる張り切ってる。
ん?抗うつ剤でも投薬したか?
・・・いや、そうでもない。
「クルマ、買い換えろって言われた」と医者の命令(助言)を報告したところ・・・
嫁、いきなり元気。
よっぽど嫌だったのね、エキシージの
助手席。
というわけで、嫁さん
♪ヽ(°▽、°)ノ買い換えモード全開!!!!
私は…実はあんまり気が進まないλ....。
エキシージ、愛着あるしね。
それに・・・去年いじったばっか…やっと理想型になったというのに…
でもなあ、今の
現実考えると、なあ・・・。
というわけで、気持ちもはっきりせぬまま、雨の中、1日がかりの巡回ツアー。
もちろん、(下取り査定目的で)
エキシージに乗って。
名古屋の街の中、みゃーみゃーみゃーみゃーと、
スーパーチャージャー吠える吠える!
ヒャクメーター道路、
アルミボディが段差で跳ねる跳ねる!
ワイパーがせわしなく踊り、
フロント横置きのラジエーターからは湯気がもうもうと。
嫁「(大声で)もう少し静かに走れないの!?」
私「(大声で)しょうがないだろ、
ロータスなんだから!」
嫁「(大声で)後ろが見えない!怖い!」
私「(大声で)しょうがないだろ、
ロータスなんだから!」
嫁「(大声で)お化粧なおしたい!ルームミラーは?」
私「とっちゃった!」
嫁「(大声で)はぁ? ( ̄Д ̄ )!!」
私「(大声で)
とっちゃった!!」
嫁「???(大声で)何で!?」
私「(大声で)
あっても何にも見えないもん!」
嫁「・・・(大声で)お尻が痛い!もっとゆっくり走って!」
私「(大声で)仕方ないだろ、
ロータスなんだから!」
嫁「(大声で)何かエアコン、効かないよ?」
私「(大声で)仕方ないだろ、
ロータスなんだから!」
嫁「(大声で)何でCD、聞こえないの?」
私「(大声で)しょうがないだろ、
ロータスなんだから!」
・・・以下、不毛な会話が延々と続く。
低気圧に変っても猛威を振るう台風2号、その雨雲の下、エキシージはかごの中の鳥か、檻の中のトラか、それとも金魚鉢に入れられた若鮎か…。
嫁、延々と文句たれてる…
あー、もう、潮時かなあ、こりゃ。
本当に買い換えるか…。
ハッキリしない気持ちをぶら下げて、辿りついたのは、よっつ重なった丸が目印の、真っ白なお店。
うわ~
床が光ってピカピカ。
※デパートみたい
うわ~
なんか、営業さん、みんな揃って高そうなスーツ着てる・・・っていうか、かっこいい。
※いらっしゃいませ、と言われた
うわ~
他のお客さんも、何かお上品で…
※革靴履いてる
うわ~
商談机がペーパーレス…
※チラシとか置いてない
うわ~
出されたコーヒー、マグカップに入ってる。
※紙コップではない
うわ~
宣伝用のポスター、ちゃんと額に入ってる。
※画鋲で貼付けてなかった
うわ~
私の格好、よれよれの春物コートに、膝が出たTシャツ、ジーパン。
嫁の格好、義妹お下がりのTシャツに、ダイエーで買ったB級品のジーパン。
・・・圧倒されますた(゚д゚屮)屮。
で、畏れ多くも試乗させていただきました、
TTなる乗りもの。
うわ~
内装がビス留じゃないよ!
うわ~
椅子もドアも、本皮内張、しかも赤い!
うわ~
エアコンの吐き出し口、丸い金属輪っかがついてる!
うわ~
ダッシュボード押してもペコペコしないよ!
うわ~
メーターが自分で光ってるよ!
うわ~
シートが電気で動くよ!
うわ~
パワステだよ!
うわ~
ギシギシいわないよ!
うわ~
静かだよ!
・・・
高級ホテルのトイレにいるみたいだ!
で、試乗を終えて、私と嫁との会話。
嫁(ため息と共に)「エキシージっていくらだったっけ?」
私(K.Y.です)「(自慢げに)定価730万、諸経費付けたら800万弱、それを値切りまくって諸経費込650万円!(本当)」
私、この時点では自分の価格交渉能力を褒めてもらいたくて、胸を張って話してる。
嫁「(しげしげとTTの煌びやかな内装を見、再び本皮シートに座る)このクルマ、幾ら?」
営業の人「460万円からとなっております」
嫁「(急に語調が低くなる)・・・エキシージは?」
私「(嬉しそうに)650まんえん!」
↑まだ空気が読めていない
嫁「このアウディは?」
↑かなりイラつき始めてる
私「460まんえん」
↑ちょっと気がつき始めた
嫁「乗り心地、どっちがよかった?」
↑まだ少し、やさしい
私「アウディ」
↑漸くその場の雰囲気を理解し始めた
嫁「どっちが静かだった?」
↑拳握りしめてる
私「・・・アウディ」
↑ちょっと脂汗が出始めてる
嫁「内装、どっちがよかった?」
↑声、震えてる
私「(消え入るような声で)・・・アウディ・・・」
↑顔から血の気が引き始めてる
嫁「どっちが高そう?」
↑完全に榊原良子の声
私「・・・あうでぃ・・・」
↑ぼそぼそと、消え入るように
(もう一回訊くよ、と前置きされ)
嫁「エキシージ、幾らだったの?」
私「(もはや泣きそう)
ろっぴゃくごじゅうまんえん・・・」
嫁「アウディは?」
私「
よんひゃく・・・ろくじゅ・・・」
・
・
・
嫁
「アンタ、バカぁ !!!!!!!!!!!!?」
梅雨入りのニュースが流れる頃のお話しでした。
で、エキシージ、買い換えるのかって?
バカ言っちゃあかんよ、アンタ。オフバイク買い換えたばっかなのに。
そんなお金、どこにあるの?
自動車なんて、そんな、ねえ・・・
次買い換えるなら、ロードバイ…あ…KTM 990 SuperDuke“R”・・・いいなあ。
スカイラインクーペ、いいなあ・・・。
あ…腰が…
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Posted at
2011/06/09 16:42:47