
テスラ・モデルSと3に試乗して、その速さに脱帽するとともに、その速さを受け止めきれていないシャシーの出来具合に落胆した後の話。
試乗するグレードはタイカン・ターボ。
どうせならポルシェの最高性能ゾーンを試してみたいという希望の通りに用意して頂いた車。

試乗開始と共に担当さんがキーを操作してくれる(自分でやりたかったw)。
すると992のようにドアハンドルがポップアップしてくる。お礼を言ってシートに座ると、最近のポルシェワールドのテイストに近いドライビングポジションが体を包み込んでいく…。
担当さんのコックピットドリルが開始される。
曰く、
1, デザインキーは992の文法を採用していること
2, 身体が触れる部分も極力似たタッチが採用されている
3, レザーフリー素材の採用に力を入れている
(だからレザー内装はオプション採用されていなかった)。
と言った内容を色々伺いつつ、お互い「もう行きましょう♪」ということになって、車をスタートさせようとしたのだが…何をどうすればよいのか。
「まずそのスイッチを押してください」
と指示を受けて目に入ってきたのがこのボタン。

(もうちょっとどうにかならなかったのか…)
正直言って気が滅入る。まあ、そんなこと言ってもしょうがないので言われた通りに押すと、インテリアの電源が入って、運転席側と助手席側にある液晶ディスプレイに光が灯った。もちろん、何か音がするわけでは無い。
「静かだよね」
「それならスポーツクロノをスポーツプラスにしてください。
そうすると音がするはずです」
言われた通りにステアリング右下に設置されたダイヤルをスポーツプラスにするとFuu…nという音がしてくる。担当さんが続ける。
「これは作っている音ではなく、実際にモーターの作動音を拾ってくる
システムなのです」
なるほど、サウンドレーサーとは違うということか。でも、停車中にどうやってモーターの作動音を拾うの?
「…なんででしょうね(笑)」
お互いニヤニヤしながら、まずはノーマルで路上に出ることにした。この辺は速度違反が厳しいので、そのパフォーマンスは一瞬しか感じられないだろうけど、まあ、それは仕方がないだろう…なんて考えていたが、それは間違いだった。信号待ち先頭で上手く停車できたので、軽くアクセルを踏んでみると…、
「!!!!!」
なんだこれは?というのが最初の感触だった。出来の悪いEVの様にいきなりトルクが出て不感症の様に加速していくという訳ではなく、飛び切り滑らかに躾けられた12気筒エンジンのトルクの盛り上がり方を模倣しているように感じる。なんだか舌打ちをしたい気分になった。
やはり、ポルシェは車を知っている。
そこから先は我慢を抑えるのが大変だった。実に「エモーショナル」なモーターと、これ以上ないくらい硬いボディに自在に動く足回り。
ボディのうすらデカさと芳しくない後方視界、そしてぱっとしないスタイリング・デザインを除けば、MやAMGが真っ青になること請け合いだろう。時折発生する前後に車がいないという僥倖を利用して、思い切ってアクセルを踏んでみると、ちょっと経験したことが無いような加速とハンドリングが味わえる。但し、助手席側の意見としては、
「音が無いので加速が予想できないから、いきなり頭を後ろに持って
行かれるんですよね。女性だと厳しいかもです。冗談では無くて」
この加速力だとそうなるよなぁ…。そして少なくない試乗時間を消費して、店に戻ってくる。
「この車を欲しいと思われます?」
担当さんはこちらの趣味を知っているから、遠慮がちに聞いてくる。その答えはためらいなく「YES」だ。AT車を買う必要があるなら、一足飛びにタイカンという選択肢は十分あり得ると思う。そうなると、この車の場合は日常の使い勝手を考える必要がある。例えば、タイカン・ターボの走行距離シミュレーションをするとこんな感じだ。

この手のセダンの燃料タンクを大体70リットルとすると、タイカンの全走行距離はちょうど300kmくらい、擬制的な燃費は約4.3リットル/1kmと言ったところか。この手のパフォーマンスセダンとしては別段悪くない。そんなもんだと思う。リザーブを10リットル分とすると、充電ステーションにたどり着くために約40kmを充てることが出来る。ゆえに普段は260kmくらい走ることが出来る。自宅を含めて身近に充電設備がある人なら、普段使いの車としてなら問題ないだろう。
言うまでもなく車の出来自体はとても良い。テスラ等がこの域に達するには、まだ何十年か必要だろうと思う。ポルシェはドライビングに必要な要素を世界一知っていると思わざるを得ない。それ位良い車だった。
しかし、購入するとなると色々考えることが多くなる。気に入って長く乗るとなると、コスト的な問題が非常に大きくなる。充電設備の問題もあるけど、バッテリーの劣化と交換についてはまだまだという感じだ。ポルシェはバッテリーの劣化について8年間で70%以上は劣化しない考えているようだ。つまり300km走れる新車のタイカン・ターボは、8年後には240kmしか走らないことになる(テスラは75%と言っている)。
もちろんバッテリーの製造公差は機械部品のそれとは比較にならないくらい大きいので、ターボチャージャーばかり使っていると、もっとずっと早く劣化することもあるだろう。ならバッテリーを交換すればよいではないかという話になるのだが、車自体が製品化されているにもかかわらず、この辺は未成熟な分野となっている。
ポルシェは連結接続しているバッテリーシェルについて、悪くなったセルだけを交換することが出来ると言い始めている。これはテスラも最初言っていたことだが、テスラはそれをすぐに取り下げ、バッテリーが悪化した場合は「全交換」をするとしている。そのコストは600万前後に上るようだ。
ポルシェが出来ると言っていることなのだから、外野がとやかく言うことでは無い。しかしセルだけを交換できると言ったって、ポルシェにおいて、それが安価にできるということを意味しないことは、ポルシェユーザーならだれもが知っている。それにセルはいずれ全て交換になる。内燃機関では起こらない超高価かつ定期的な駆動関連の部品交換(超高価な燃料タンクか?)がEVでは発生する。それに現在の技術ではバッテリーの寿命が内燃機関のそれを越えることは想定されていない。
…となると、その先にある中古車価格の形成は相変わらず酷いものだろうし、そもそも中古車の購入はババ抜きになってしまう。
そしてこの車が「愛車」と呼べる存在になるかどうか。
購入しても無いのにその結論を求めるのは時期尚早の極みと言えるだろうが、この車の捉え方としては「愛する」とかそういうものでは無いと思っている。車の捉え方として、従来車とはベクトルが異なる。あくまで自分の場合だが、タイカン1台でみんカラをやろうとは思わないだろう。
コスト面から見れば、EVは長年に渡る使用を想定されていない。タイカンを20年20万キロ乗ったって、20年後に同規格のバッテリーは手に入らない可能性が高いだろうし、第一そんなのナンセンスだ。最新のバッテリーの方が良いに決まっている(安価なアジア製コンパチバッテリーが売られるかもしれないがw)。5Gなんちゃらが広まっている現在に、初代iPhoneを使うようなものだ。
要するに、タイカンも含めてEVというのは新しいのが出たら、どんどん買い替えるというのが正しいアプローチに思う。だから人生を寄り添い合う愛車というより、腰の軽いガジェット的なものなんだろう。
普段はApple Watchしか使わなくなってきたけど、それは機能性が長年使ってきた機械式腕時計よりもずっと上だからであって、愛情を注ぐようなことは全く無い。だからこんなものは後継モデルが出て機能が向上すれば、躊躇なくそれに替わるだけの存在だ。タイカンも、まあ、そうなんだろうと思う。
アップル社のビジネスモデルは研究しつくされてきて、それは昔からあった陳腐化政策をより急速にさせたものでもあるように感じる。過去の戦略と異なるのは、旧製品が持つ資産価値が0に向かって急速に進むことだろうか。それによって消費者は資産価値を保つためには、刹那的に最新機器へと買い替えざるを得ない。タイカンも、きっとまあそうなんだろうと思う。
EVはまだまだ高価だけど、技術が進んで電池がもっと安価になれば、車両の利益率はICE搭載車とは比べ物にならない位、安価なものとなる。となると、買い替え速度は以前よりずっと早いので自動車会社はとてもハッピー。
政治的な観点から見れば、エネルギー政策は100年近く中東の政治的都合に巻き込まれざるを得なかったわけだ。しかしEVによってそこからかなり解放されることになる。であれば、産油国に流れたポンドやマルク、フラン、そして今で言えばユーロの幾分かを取り返すことが出来る。非産油国、欧州各国はとてもハッピー。
温暖化という欺瞞はとうの昔に暴かれているにもかかわらず、いまだにそれが存在し続けるように欧州各国が拘泥する理由は、突き詰めれば単純にキャッシュの問題にしか見えない。だいたいEVなんて寒冷化したらあっという間にアドバンテージをロスするだろうに。
試乗を終えて、ちょっとしたショックを身に覚えつつ、991GT3の今となっては古めかしいキーをサコッシュから取りだす。それをコンソールに差し込んでクラッチを踏んで左手でグイっと捻ると甲高いセルが唸ってFubaaaa!っとエンジンが目を覚ます。
やはり目覚めはこうでないと…なんて思いながら1速にギアを入れて公道に踏み入れて、タイカンから感じた新鮮さとモヤモヤ感を吹き飛ばすようにアクセルを踏んだ。
タイカン・ターボには全く及ばない加速感なんだけど、機械と魂が触れ合うような感動がそこには確かにある。997も991もロードスターでさえ機械が歌うということが本当にあるのだ。EVにそれがあるかと言えば…。
すぐに帰宅せずに遠回りをしていると、タイカンのことを忘れてしまった。
そしてこう思う。うん、これでいいじゃないか…いや、まだ当面はこれがいいかな…EVとの並列生活はあり得るだろうけど、自分にとっての車とはこういうものを言うんだろうと思う。そして自分の場合のカーライフと呼べるものは、そこで終わりを迎えるような気がしている。
(終)
Posted at 2021/01/24 09:33:42 | |
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ポルシェ | 日記