サーキットタクシー用の296GTBは別車両になっていた。
車に近づいていくと、何だか焦げ臭い(笑)
人目を気にせずにクンクンと嗅いでみると、タイヤだけではなくローターも焼けているみたい。カーボンローターってこんな臭いがするのか。パッドかもしれないけど…。
その車にはバケットシートが装着され、6点式のベルトで体を固定する…これから何が起こるか容易に想像できる。ベルトを装着してOKサインを出すと、お楽しみの始まりだ。

走り出すと、自分がブレーキを全く使えていないことを身をもって知ることになった。それでも296GTBは安定した速さを保っている。どう表現をすべきかどうか迷うところは多々あるけど、どれもこれも野暮なものと言えるかもしれない。
車の完成度は、今までのフェラーリとは一線を画す出来と言えるのではないか。あれだけ走り込んだ車でも、全く壊れる気はしない。
シャシーの剛性感は極めて高く、パワーに足回り(と制御)が負ける気がしない。
フェラーリにあれこれ言えるだけの経験は無いと思うけど、それなりに触れる機会はあった。近年のモデルでは、パワーは凄いけどシャシーが付いてこない車、ちょっとアクセルを踏んだだけでくるっと回っちゃう車、パワーは出ているけど足回りが柔すぎる車、エンジン音がダウナー系の車…色々あったけど、何か一つ危険な香りというか、愛嬌というのか、そういう欠けているが故の魅力を放っていたのがフェラーリという理解だった。
296GTBはどうか。
今のところ欠点らしき箇所は見当たらない。実に真面目な車だと思うし、次世代のフェラーリを引っ張っていける仕上がりだと思う。
では、他車と比較するとどうなのか。
今回はパドルシフトの使用は控えていたので、オートマチック走行での印象となる。トランスミッションの切れは911GT系のPDKの方が切れが良く感じるはず。機能的な観点から見れば、本来DCTは差などできないはずなのに、各社違うのはシステム保全のための閾値のせいなのか…例えば自動シフトダウンはPDKみたいにパパパパーンと下がっていかない。もしかすると設定されたモードのせいかもしれないが、機会あれば「Qualify mode」を試してみたいと思う。

フェラーリ製エンジンとしてはどうか。
吹け上がりはスムースだし、ターボラグ自体もごく僅かだった。狂ったような味付けは無く、実に真面目に仕上げてある。サウンドは以前のモデルよりも高めの音が出ていて改善度合いはかなりあるけど、355系の音には全く届いていない(あれは楽器かもしれないけど)。近年のモデルの使用者の方なら、羨ましく感じるはずだが…。
6気筒エンジン単体としてみるなら、911GT系の9R1.5(特にフィルターが入っていないモデル)の魅力には全く届いていない。それに電池のサポート無しなら296GTBはそれなりに重い(1700kg弱)ので、663psなら812みたいなぶっ飛んだ速さにはならない…。
でもね、実際に茂木を走らせたら、最初の7、8週くらいは992GT3よりずっと速いかもしれない。
総合力で勝つというのはマクラーレンっぽい感じだけど、実際のところ生きているゾーンはアルトゥーラと似ている。走りを極める方向に行くと、現代の車は同じような味付けにならざるを得ないところも。

とまあ、車自体はこんな感じなので、かなりの完成度だったりします…が、フェラーリはそういう尺度で計る車ではないことは十分知っている。
守秘義務があるはずだから少し時期とか内容をぼかしますが、数年前に著作の関係でマラネッロの関係者にヒアリングした時に、その人はこう言っていた。
「フェラーリはね、”多品種少量生産”を本気でやろうとしているんですよ」
「まさにボディをカロッツェリアで仕上げていた時と同じようなスタイルを、現代の製造技術を駆使してやろうとしているのです」
そしてフェラーリの魅力というか、巧いところは296GTBを”新車”で買えば、フェラーリワールドに入ることが許されるというのがあると思う。これは他社ではオファーできない類の香りだ。
「296GTBのリチウムイオン電池?ああ、あれは遅かれ早かれ必ず交換が必要になるでしょう。壊れるに決まっているじゃないですか、電池ですよ、あれ」
「交換にいくらかかるって?知りませんよ、そんなこと。気になさるお客さまなんて我が社にいるのですか?」
「日本ではローンであれを買うですって?それは大変だ(笑)彼らが無理 なくキャッシュで買えることが出来るように、人生の成功を祈っています」
とまあ、こんな世界が奥に広がっている。
それでもこの世界に足を踏み入れることができるのは、日本の人口で0.001%位か。先がどうなろうと、足を踏み入れることが出来ること自体が幸運な人生を歩んでいると言えるのではないか。
だが、フェラリスタであり続けることは本当に難しい…。
サーキットタクシーが終わると、先のインストラクターの方が近寄ってきて、こう言った。
「Terryさん、フェラーリでサーキットを走りましょうよ。それこそが…」
僕の視線で彼が発言を止める。そして微妙な空気が流れる。
「〇〇さん、もしかしてあの本を読まれました?」
「はい、拝見しました。かなりフェラーリの勉強になりました。
そしてフェラーリとはどんなものかも」
彼の言いたいことはよく分かる。
実際問題、エンジンの再始動のためにいちいちグローブを外さないといけない車でサーキットを走るかどうか。こんな設計をエンツォ・フェラーリが見たら、設計者の尻を蹴り上げるだろう。
それに専用の消火スタッフもいない素人が、背中にリチウムイオン電池を背負って事故ったらどうなるか…おっと、やはり296GTBにもフェラーリの破滅の香りが備わっているじゃないか(笑)

(これ位の距離だけど、とても静かでした)
サーキット走行が終わって、一息ついてから帰路につくことにした。
ツインリンクもてぎにはサーキットを眺めることが出来る外周路があって、そこに車を停めてから、他の方が操る296GTBを眺める。
人によって走行スピードが全く異なるのが面白い。でも共通しているのは音量が静かだということだろう。 296GTBがデビューしたことによってマラネッロは随分と遠くなったけど、それでも遠くから聞こえるサウンドは間違いなくフェラーリサウンドそのものだった。
<終わり>
Posted at 2022/12/06 01:01:51 | |
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