この日は、以前書いた通りホンダのビートを借り、晩秋のドライブをしてまいりました。言わずと知れたオープン軽乗用車ですが、幌が硬くなっていたためにオープン状態には出来ませんでした。それでも、車自体の魅力を十分に感じることができました。
ビート登場時の背景
ビートは、バブルの最中に発売されました。ユーノスロードスター登場後の発売ですが、期間が短い故に、ビートの成功を見届けてから計画されたのかどうかはわかりません。
当時はスポーツカー全盛の時期になっていました。登場する車は、オープン、ミッドシップ、4WD、後輪駆動、ハイパワー、色々な要素と組み合わされていました。ビートは、高回転エンジン、オープンボデー、ミッドシップの三つが揃っています。他にも、後輪駆動にターボエンジンを組み合わせたカプチーノもありましたが、縦置きエンジンユニットを持たないホンダは、自動的に横置きミッドシップを選択することになりました。
スポーツカー全盛は、1989年から1992年位まででして、ビート登場時は既にスポーツカーは「やり尽くし感」が出てしまい、斜陽に向かいつつありました。ハイパワーのみがスポーツカーの楽しみではない、ということを知らせてくれた一台となっています。
エンジン
E07Aエンジンを搭載しています。E07Aエンジンには二種類のチューニングがあり、シングルスロットルバルブのPGM FI仕様と、3連独立スロットル仕様のMTREC仕様とに分類されます。ビートとトゥデイの一部に本エンジンの仕様があります。独立スロットルバルブ方式は、共鳴過給などの中低速トルクを高める手法が使えない一方、他の気筒の吸気脈動の影響を受けないために、高回転まで発生トルクが低下せずに済みます。
MTRECの効果と排気量が小さいことなどが功を奏し、エンジンの最高回転数は9000回転にも到達します。あくまでも最高回転数であり、加速力は7000回転程度を超えますと低下し、エンジン回転の上昇速度は鈍くなっています。
低回転域は、加速用として使えなくもない程度の出力で、2人乗り車をなんとか走らせる程度のものです。4000回転を超えると十分な出力が発生し、加速力が強まるようになっています。
即ち、この車を活発に走らせるためには4000回転から8000回転以内に保つ必要がありますので、タコメーターやエンジン音でエンジン回転数を調べつつ、シフト操作を繰り返して走行します。
とはいえ、4000回転未満であっても、「市街地走行をしている普通の車に遅れを取る程度」の加速力はありますから、定速走行が出来る場合などは1500回転程度でも走行は可能です。
エンジン音は3気筒エンジンゆえの騒音と振動はあります。この騒音と振動はエンジン回転数と密接に関係しており、2500回転から5000回転の間で強まり、それ以上と以下の回転域ではあまり感じられません。最新の3気筒エンジン車は、CVTの制御でこの回転域を避けるような変速制御がなされているために、運転中には感じられないようにされています。
このブログを見て3気筒のMT車を検討している人は、どうかその辺りのことを留意して検討するようにしてください。私はこの騒音と振動にはどうしても馴染めないために、車を買う際には4気筒以上とし、3気筒エンジン車しか買えない場合には車の所有自体を見直すことにしました。
このビートは、登場時より車の安定性が車両の安定性を大きく上回っており、サーキット走行にはエンジンの出力が不足すること、スポーツカー運転特有の楽しみとされていた「危険でスリリングな楽しみ」はありません。しかし、そうだからといってこの車が楽しくないかというと、そういうことは全くありません。車の楽しみを十二分に味わえるエンジンでした。
トランスミッション
横置きマニュアルトランスミッションです。トゥデイやアクティのものと基本構造は同一と考えられます。これまでもホンダ車のシフトフィーリングを検証してきましたが、セレクトストロークは短く、シフトストロークは長い伝統に変わりはありません。シフトレバーの操作感覚は軽く、なめらかさやしっかり感といったものは感じられません。それこそ、ゲームセンターのゲーム筐体と代わりのない感覚であり、快感は感じられません。この車が現役であった頃は、「シフトフィーリング」という言葉はなく、マニュアルトランスミッションであればよし、とする風潮がありました。致し方ないところです。
ニュートラル
1速
2速
3速
4速
5速
リバース
最終減速比はかなり低められていて、高速道路を巡航している時のエンジン回転数は5000回転、郊外走行でも3000回転と、エンジンの回転数は高いままです。出力が小さなエンジンを、回転数を上げて出力を得ていますので自然なことです。エンジンが室外の後方にありますので、エンジン音は後ろに置いて行ってしまいます。前にエンジンを置く車両と比較すると室内ではうるささを感じにくくなっていますが、それでも静かではありません。また、振動は伝わってきます。スポーツカーに静粛性や低振動を求めていなかった時代のものであり、車と一体感を味わえます。
ステアリング
エンジンを車軸の間に置くミッドシップ車は、コーナーを限界速度を超えて曲がると、エンジンを回転中心にしてスピンしやすいために、基本的には強めのアンダーステアに調整するそうです。そうでなくても、操舵輪の荷重が小さいために舵が効きにくく、アンダーステア傾向になります。
この車で操舵を始めると、重い後輪側を中心にして車の前方がカーブの方を向こうとします。前輪の動きにやや遅れて、後輪側が曲がろうとする傾向にあります。どんな車でも同じような挙動を示すのですが、前輪が軽くて後輪が重いために、より強くこの傾向を感じます。
今回のドライブでは、高速道路と空いた田舎道、速度が上がらない屈曲路を中心としたために、限界速度に近いコーナーリングは試せませんでした。このような走行では、車は全く余裕を持って安全に走行できます。スピンの傾向は全く見られません。タイヤの限界内ではむしろ曲がり始めの印象が遅れるからこそ、後輪のグリップ力が限界を超えた時にこそ、一気にスピンしてしまうのでしょうね。今回は、その危険を理解できずに乗ることとなりました。
また、うねりが極端に大きな道路も走りました。そんな路面ではサスペンションが伸びきってしまい、軽い前輪が一瞬路面から浮き上がることもありました。コーナでの内輪のグリップなど期待できませんが、サスペンションストロークの伸び側が短いことにより、限界付近では難しい挙動になりそうです。
うねりが少ない路面では、速度を上げてもアンダーステアが強まりません。速度を上げてもコーナーを曲がることがストレスにならず、気分の上でも疲れません。山道を走ると、腕はもちろん気分も疲れないことが特筆されます。
そう考えると、FWD車は曲げることが大変であることがわかります。肉体は疲れなくても精神の上ではかなり疲労が蓄積されるという現象があることを、ここに記しておきます。
ブレーキ
車体が軽い故にブレーキはよく効きます。ペダルタッチも硬めで良好です。制動力のコントロールもしやすく、扱いやすいブレーキに仕上がっています。車体の重量バランスと制動力のバランスがぴったり合っていて、スポーツドライビングにも安心です。ブレーキあってのスポーツカーであることが良くわかりました。
ボデー
1990年代前半の、それもオープンボデーであるために、ボデー剛性は低いです。ねじれ剛性はもちろんですが、縦曲げ剛性も低いと感じました。踏切などではフロントウインドーが近づきましたし、片輪が突起に乗り上げると、フロントウインドーの枠が斜めに見えるほどです。それに伴い、ボデーがブルブルと震えるために、室内に鼓動がこだまします。その鼓動やこだまが何とも言えない低級感を醸し出しますことが残念です。乗り心地の上でも、ショックアブソーバーの効き始めが悪くなりますので、微振動は強く感じます。
ボデー剛性は低いですが、普通の道を運転する上で操縦性に難があるかというと、そんなことはありません。ボデー剛性部品は、サーキット走行以外には意味が薄いことを感じました。もちろん、乗り心地の上では関係してきますので、難しいところです。
内装は、当時の軽自動車流の簡素なものです。メーターもダッシュボードも、チープな作りそのものです。軽自動車に高級感覚が導入されたのはごく最近ゆえ、時代の流れを感じさせます。
オープン状態にしなかったことは書きましたが、室内は広いとは思えないものの、狭くて耐えられないほどではありません。もちろん、助手席に男性が乗っていたとしたら、これは狭くて仕方がないことでしょう。一人では十分な広さでした。もちろん、荷物がない状態でのお話で、荷物付きの旅行は二人では不可能です。この車は、日帰りドライブ専用と考える必要があります。
車体は軽いために、エンジンの回転は高くなってしまっても燃費は悪化しません。車は軽さが大切であることがよくわかります。
まとめ
後年、「日本車ルネッサンス」と言われた、1989,1990年を強く感じさせる車でした。この車の登場はもう少し後ですが、基本的にはその時代の車です。車自体にも色々と楽しみがあることを教えてくれた時代でしたが、近年のようにサーキットを一般の人が走行することは少ない時代であったように記憶しています。この点からも、この車はデートカーと一部の人が山道を楽しむ車であったことがわかります。
ミッドシップの操縦性は明らかに後輪寄りであり、意外に軽快感はありません。低速時は重い後輪側を、「よっこらしょ」と動かす印象で、速度が早まるに連れて軽快感が増します。この感覚を味わうと、「面白い車」と「面白くない車」の違いがわかることでしょう。
一方、ミッドシップでオープンで2人乗りという車のボデーは、乗る人や買う人の環境を選びます。若い人がこの種の車に乗れるのは、意外に短い期間ではないかと思います。そういう点では、仕事を引退したお金持ちの人や、田舎の人のセカンドカーにぴったりです。少なくとも、バイクよりは安全です。
最近、ホンダからS660が発売されました。一種のチープ感が売りであったビートとは異なり、高級感も感じさせる仕上がりになっていることがビートとの違いです。私はまだ乗っていませんが、搭載エンジンがN ONEのターボエンジンと同様の性格であったとすると、乗りこなす楽しみは少々薄いかもしれません。ガソリンエンジンは、一時エンジン回転数を落とす傾向の「ダウンスピーディング」がキーワードでしたが、ここへ来て7000回転は回るエンジンが登場してきていますので、また傾向が変わるかもしれません。自然吸気高回転エンジンであったこの車は、歴史に残る車であると思います。
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試乗 | クルマ
Posted at
2015/12/06 00:27:28