2016年02月25日
1年経ったから、書いてみようか…
1年前の今頃、愛車紹介のシグナスに一文を書き足しました。
「望まない形で戻って来てしまいました…」
と。
1年半位前の事。
叔父から
「5万位で原付探してくんねぇか?」と相談を。
「どうしたんですか?」
「いや、兄貴に買ってやろうと思ってさ。」
この兄貴とは、親父の兄弟の長兄、親父が7人兄弟だった中で、唯一「伯父」と書ける人でした。
この伯父、色々あって生活保護を受ける身で、仕事へ行くにもずっと自転車で。
それをみかねた叔父が、原付なら所有可能ということで、俺に話を持って来ました。
で、探し始めたワケなんですが、やはり、原付と言えど5万だと乗り出しにはちょっとキツイものがありました。
ちょっと考えた挙句、「原付二種」でも大丈夫という事がわかり、自分のシグナスを譲る事に。
伯父は自動二輪の免許を持っていたので、ちょうど良いかと思い、そうしました。
「いいのか?そいつ5万じゃ無理だろ?」
叔父が言ってきました。
まあ、確かに車体は6万で引っ張って来ましたが、あれこれ正常化のメンテでプラス6万位。
でも、
「いいんすよ、お二人には世話になってますから。こん位じゃないと返せないんで。」
そう言ってシグナスの書類を渡しました。
数日後、自分が仕事へ行っている間に、伯父がシグナスを乗って帰りました。
いつもの置き場にシグナスの姿は無し。
・・・
一抹の寂しさを覚えましたが、まあ、いいかと自分に言い聞かせました。
それからちょっとして、年末の足音が聞こえる時期になった時、伯父が入院しました。
診断は、大腸癌。
かなり前から下血もあり、正直、よろしくない状態で。
そんな、年越しも近くなったある日、仕事から帰ってくると元あった場所にシグナスが。
「…お前、帰って来ちゃったの?!」
思わず声を上げました。
そこにたたずむシグナスは、なんとも申し訳ないような、仕方ないようなオーラを纏って。
そして、行った時とは違う寂しさを連れて、居ました。
「兄貴があれだからな…。預かると言って、持って来ちまったよ。盗まれたりしてもだしな…。」
親父がそう言ってました。
年が明け、休日にぶらついてると、親父から着信。
「…余裕があれば、兄貴の顔、見に行ってやってくれ。多分、もう長くない。」
搾り出すような親父の声。
その伯父の子、つまり、俺の従兄弟がいるのですが、逐一、状態を親父に連絡していてくれたそうで。
で、その日、医者から、桜は見れないかも・・・、との話を受けたそうでした。
出先から、車を向かわせ、伯父の所へ。
「…よう、どうした?珍しいな。」
伯父が驚いた後に、笑顔で迎えてくれました。
その笑顔が、自分の心に刺さったのを覚えています。
丁度、晩飯の時間に入ったので、伯父は起きていました。
ただ、その食事には、手を付けた気配はありませんでした。
「…いや、近くに来たもんだからね。寄ってみた。」
適当に言葉を濁す。
5分も他愛も無い話をして。
「そうだ、シグナス、今家で預かってるからさ。」
…自分も、なんでいきなりこれを切り出したのか覚えていません。
「おお、そうか。あいつさ、後ろのブレーキ、甘くないか?」
「いや、それ俺の好みだったんだわ。」
「そうか?調整できるか?」
「出来るよ?やっとく?」
「頼むよ、春になって、退院したらまた乗るからさ。」
「わかったよ。春までしっかりメンテして預かっとく!」
顔は笑って返事をしましたが、言いようの無い虚しさと、自分への怒り。
「じゃあ、また来るね。」
「おう、またな。」
しかし、それが最後になってしまいました…。
数日後、帰ると家のテーブルの上に、シグナスの名変用の書類が。…伯父の直筆で。
「…親父?」
「もらって来た…。」
「・・・そうか。」
翌日、休みだった自分は、名義変更へ行って来ました。
この時点で名実共に、シグナスは自分の下へ帰って来てしまいました。
夕暮れ時に、書類を納めに行くと、よりいっそう寂しさを纏って…。
それから、間もなく、容態が急変し、伯父が他界しました。
たまたま休みだった俺は、違う従姉妹が近くに住んでいたので、その従兄弟を病院まで連れて行く事に。
年を重ね、それぞれの道を歩くようなり、従兄弟達とは疎遠になっていました。
病院に着くと、既に他の叔父たちが。
それぞれに声を掛け、話を聞く。
その後、伯父の亡骸と対面。
伯父さん、こんなに小さかったっけ…。
色々こみ上げる物を抑え、外に空気を吸いに。
「じゃがにいちゃん」
その声に振り向くと、久しぶりに会う伯父の長兄、従兄弟が。
俺より少し下なので、「にいちゃん」と呼ばれていた。そして、その時も同じように呼んでくれた。
「…よう、久しぶり。」
自分より大柄な従兄弟を見上げて返事をする。
「伯父さん、逝っちゃったな…。」
「うん…。色々とありがとうね…。」
少し疲れた声で従兄弟がそう言った。
「いや、何もできやしなかったよ…。最後にゃ出来ねぇ約束してさ!」
抑えていた物が、堪えられなくなった。途中から嗚咽と絶叫へと変わったのを覚えてる。
「春までっ、預かる、って言ったのにさ!返っ、…返せなくなっっち、まって!」
くず折れそうになる。
「そんな事ないよ!」
同じく泣きながら従兄弟が、互いに支えられるように、俺を掴む。
「バイク、嬉しかったって!楽しかったって!父さん喜んでたよ!楽しんでたよ!じゃがあんちゃんがいなかったら、そんな事無かったよ!?」
その後、落ち着くまで二人してひたすら涙を流していました。
仕事の都合で、通夜も葬儀も出る事が出来ず、結局、伯父を見送ったのは、病院での最後の対面でした。
次の休み、エンジンを掛けてやろうと、シグナスの所へ。
「結局、帰ってきちまったな。しかも、形見みたいなカッコでな。」
苦笑しながら、シグナスに騙り掛ける。
エンジンを掛け、その場でしばらくアイドリングさせる。
相変わらず、寂しさは纏っていたが、雰囲気の角が取れていた様にも思えた。
それから1年、所用あり、明日シグナスを乗って行こうと思い、メットインを整理していると、伯父名義の自賠責の証書が。
あえて変えずに、そのままにした証書。
今年の12月まで有効の証書。
それが切れるまでは、俺と伯父の共同所有ということにしときます(笑)
…次の休みには、墓参りでも行って来るかな。
久しぶりの長文が、こんな内容で失礼しました。また、お付き合いいただき、ありがとうございます。
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Posted at
2016/02/25 23:13:33
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