
最初に誰が言ったかは知らないけれど、
「左手の動きを、右手が知らないのは
組織の常である」という格言がありまして、
大きな組織だと珍しくない事ですが、
札幌ではOKを出しているのに、
旭川では条件付きでOKだったり、
網走だとNOになっていて、
釧路に至ってはそんな話は
聞いていません…みたいな(唖然。)
※ あくまでも、極端な例えですよ。
30年近く昔の話ですが、自分が高校を出て就職した当時、文書を書くのは
ボールペンが基本(書き損じは修正液で直せる場合もありました。)
予算の多い一部の課だけは日本語ワードプロセッサーを揃えていました。
メジャーなモデルはルポ(東芝製)と書院(シャープ製)でしたが、
なぜか自分の課は、マイリポート(リコー製)を使っていましたけれど、
他社がカラー液晶のなかリコーはモノクロ液晶だったので、たぶん
仕入れ値が安かったんでしょう。それでも職場内では人気でした。
その時点では、「課をまたいでデータをやりとりする」という考えは、
誰も持っていなかったと思います。なぜなら機械が高額過ぎて
(新人の月給を軽く超えていました)、課に1台置くのが精いっぱい。
「大多数の人に見せる文章」を作成する時限定で使われており、
「日常的に使うもの」ではなかったからです。
(自分はモノ好きなので、Canowordを買って資料作成に使っていました。)

その数年後、Windows 95が登場しましたが、これまた高価で、
極々一部の新しい物好きな人が積算用に「自腹で」導入するに
留まりました。積算で連日徹夜する人なら、残業代を充てて
購入しても割に合う機械でした。この時点で、データと言うか
「表の共有」が始まりましたが、かなり限定されたものでした。
もう少し時間が経ちまして、Windows 98SEの頃だったか?
IT革命が話題になりまして、全員にパソコンを支給する構想が
持ち上がりました。しかし、ソフトウェアに関する明確な規定が
なかったため、それまで書院を使っていた課では一太郎を
使うようになり、ルポを使っていた課はMS-WORDが多くなった
…らしいです。一説には「IMEの日本語変換が酷過ぎて、
ATOKに流れた」とも言われていますが、真偽は不明です。
本格的に社内LANが構築されるまでは、「備品のパソコンは
7年間使うように」と会計課から言われていましたが、3年も経ったら
相対的に性能は落ちる(バージョンアップしたソフトが重い)は、
HDDの故障率も上がるわで、私物パソコンを持ち込む人もいました。

自分も私物PCを持ち込んで、備品PCをエミュレートさせていました。
安い買い物ではありませんでしたが、「拘束時間をパソコンの性能で
買う」と思えば、残業代(どんなに残っても22時で帰宅扱いでしたから、
何割貰えたかは不明)を突っ込んでも割に合うと思えました。
引き換えに視力が一気に悪化しましたけど…(悲。)
(Windows-OSについて勉強したり、自作PCを組み始めたのもこの頃です。)
Windows XPがSP2適用になった頃、私物PCの接続が禁止になりました。
若干の使い難さ(フリーのアイコンすらダウンロード不可とか)はありましたが、
一般事務でパソコンの性能に不足を感じる事もほぼ無くなりました。
顧客管理や積算や帳簿の集計等々が大幅に効率化されると共に
LANによるデータの共有化が進み、定型的な書類や表(計算式)を
一から作る苦労も減りました。
(VBAやマクロ、HTMLを使える人は相変わらず貴重ですけどね。)
反面、パソコンがまったく使えないために転職していく人もいました。
「コンピューターウイルスへの感染」やら「データの流出」といった
トラブルも目立って起こるようになりました。いくら研修をしても、
全員が全員完璧な取扱いを出来る訳ではありません。
(インターネット関係で食ってるISP業者ですら毎年のようにトラブルを
起こしているのを見れば、推して知るべしです。)両刃の剣ですね。

最近は、家庭用パソコンの売れ行きが落ちはじめ、代わりにスマートフォンが
一般家庭では主流になる勢いだそうです。自分の職場では(セキュリティ上の
課題も残っていることから)スマートフォンを仕事で使ってはいませんが、
ワープロからパソコンへの推移を思い出せば、もしかすると5年後には
「スマートフォン必須」みたいな事態になっている…かもしれません。