劇薬

　全国紙・産経新聞が運営するニュースサイト「産経ニュース」の配信記事から『【パリ同時多発テロ】アノニマスが「イスラム国」に宣戦布告　「戦争は宣言された。お前たちを見つけ放さない」』に注目。

　電脳空間で暗躍するテロリスト集団・アノニマスが、リアルな部分で本拠を置く西欧文明社会の危機に直面し、宗教原理主義勢力への｢宣戦布告｣をしたようだ。


　第二次世界大戦中の欧州戦線。ナチス・ドイツに占領されたフランスで根強く抵抗運動を展開し、連合軍のノルマンディ上陸作戦に呼応して全土を開放に導く大きな働きをしたのは、非正規兵の集団（＝パルチザン）だった。

　アノニマスはその歴史に想いを馳せ、ヴァーチャルな空間でパルチザンを気取るつもりらしい。


　確かに現実の母国が侵略され、熾烈な攻撃を受け焦土と化したとして、21世紀の亡命政権はネット上に樹立されてもおかしくない。全面核戦争で世界が滅亡すれば別だが、実体が無い以上いかなる物理的攻撃にも耐えて存続し続ける。

　自称・イスラム国との闘いでインターネットが｢戦場」となり、ハッカーが「戦力」になるとすれば、いずれアノニマスも参加する「挙国一致政権」が誕生する……のかもしれない。


　この記事を読んだ人のなかには、「敵の敵は味方」とばかりにアノニマスの参戦を歓迎、或いは「ハッカーにも良いとこあるんだな」と好意的に受け止める向きもあるだろうか。

　しかし、もう一つ別の歴史を眺めてほしい。
　自称・イスラム国と並び立つ宗教原理主義テロ組織・アルカイダは、当時のソ連邦に支配されていたアフガニスタンでの抵抗運動を焚き付けるべく、アメリカの中央情報局（＝CIA）から資金援助を受けて拡大していった、とされる。

　冷戦時代の敵を牽制するためにでっち上げられた武装集団が、巡り巡ってアメリカにおける同時多発テロ始め、西欧文明社会に仇為しているのは各位ご存知の通り。


　テロリストを制するのに、所詮はヴァーチャル世界のテロリストでしかないアノニマスを用いるのは、自称・イスラム国を掃討した後の世界にとって「劇薬」となりかねない、危険な処方箋と心得る。

　黒い目出し帽のテロリストが恐怖で支配する世界と、人を小馬鹿にしたようなマスクの集団が根茎を巡らす世界とを比べたとして、果たしてどれほど差があると言えるか。
　私はどちらにも与したくない。



　火器や爆発物の扱いに長けていなくとも、重武装で長距離を踏破する体力はなくとも、はたまたネット上の防壁を突破するスキルに欠けていても、良識的な一般市民が主体的に「反テロリズム」に連帯することこそが、最も効果的な抵抗運動だと言える。