殺鼠

　午後の用事を前に、昼食を摂ろうと父子3人で商店街を歩いている最中、長男が短い声を上げた。

　「パパ、ネズミ！」


　本来は違法工作物になるのだろうが、或る商店の出入口と道路面の段差を埋めるべく、縞鋼板(滑り止めの突起が全面に施された鉄板）を折り曲げて作られた簡易なスロープと、路肩ブロックとの隙間からドブネズミが顔を出している。

　ネズミは子ども達と睨み合うような状態でフリーズし、逃げる様子を見せない。
　こやつ、人間を威嚇しているつもりかと少々腹立たしく感じ、何時だったかの銀座駅ホームのように踏み潰してやろうと私が足を向けたところ、漸く姿を消した。


　冬の寒い最中、しかも昼下がりに姿を見せたドブネズミ。首都直下で発生する地震か、周辺を悉く灰燼に帰す火災か、何か悪い出来事の前触れのようにも思え、不安に陥る。

　もう一つ気になったのは、ネズミの眼が全体的に白濁していた点。晴れ上がった空や、周辺の電燈などを反射したのかと最初は考えたが、それにしては白いエリアが大きく、眼球内部に沈着しているように見えた。



　帰宅してから、ドブネズミの習性や駆除方法を調べているうちに、「なるほど」と思う情報を発見した。
　人間に対しては血栓症予防に用いられる抗凝固剤「ワルファリン」は、殺鼠剤としても用いられ、これを摂取したネズミは網膜で内出血を起こして視力を喪失、昼夜の区別ができなくなるのだとか。

　白昼に堂々と出没し、人間と対峙しながら緩慢な動きだったことに加え、眼の異常が私の見間違いでなければ、駆除業者が散布した殺鼠剤の影響を受けていたのだろう。


　もしかしたら、日比谷線ホームで私が踏みつぶしたドブネズミも、かなり苦しい状態に追い込まれていたのかもしれない。


　衛生面の懸念だけでなく、ケーブルを齧ったり、糞尿が絶縁不良を招くなどして電気系統のトラブルや火災の原因となりかねないネズミは、須らく退治されなければならないし、我が子が目撃した個体もその過程で出現した可能性がある。しかし、駆除するなら姿を一切見られないようにしなければ、店頭にに出没されてしまった事業主や、周辺商店街全体の信用問題に係わるように思う。


　思い起こせば、我が家はネズミによって愛車を喪った苦い経験がある。
　当然に望んでなどいないが、どうもネズミとは浅からぬ因縁を持つようである。