景色

　ここ数日、お尻がムズムズして仕方がなかった。
　お断りしておくが、変な病気を持っているわけでも、部屋にダニ・ノミが湧いているわけでもない。

　今日は、技術士二次試験の筆記試験当日(総合監理部門は昨日実施)。
　既技術士ながら、試験会場の景色が思い出され、どうしても気持ちがざわついてしまう。

　理由は幾つか想定される。
　数年来、この時季は業務多忙、子どもの学校行事参加、夏季休暇のスケジュール調整と並行して受験勉強の仕上げ・追い込みを進め、或る年など病に斃れてなお病室で参考書を開いていた。
　突然、ハイ今年から試験はありませんよ……となっても、長らく染み付いた習慣は簡単に消えない。

　職場では、試験にチャレンジする同僚に対して、何度か「論文の試し書きはしてみた？」と問い、私が率先して採点するのでと伝えたが、誰からも提出がなかった。
　昨年の受験に際し、私は両手に余る人数の先輩技術士に拙劣な試し書き論文を示し、恥を忍んで採点していただいた。
　顧みて厳しくも情熱と愛情に満ちた論文採点を通じ、問題点の明確化と、持てる知識のブラッシュアップを遂げてこその合格だったと心得、諸先輩には衷心より感謝を奉げる。
　勤務先での研修業務として論文採点を実施すれば、CPDポイントが附与されるのは大きな報酬であり励みであるが、そんなことよりもお蔭さまで合格できた恩返しを、後進への指南を通じて遂げさせて欲しいと願ってきたものの、その想いは叶わなかった。

　漸く受験から開放された安心感と、苦杯を嘗め続けた老受験生の精神的後遺症、そして難関に挑む同僚の苦難への共感と、誰一人として論文の試し書きを示してくれなかった不満・不安が、複雑に混じり合って私の尻をくすぐる。
　とは言え、試験当日を迎えてしまった以上、過去を振り返り、つまらぬ小言を述べても意味が無い。


　総合監理以外の技術部門については、今年から択一問題が廃止され、全てが論文形式に改められた。
　簡単な書類を埋める／書面にサインする程度しか文字を手書きする経験の無い社会人にとって、延べ5時間半で5400字の論文(600字詰め9枚)を執筆すれば、最後には手が痺れ、感覚を失うかもしれない。

　まだ全ての受験生が、合格の可能性を残している。
　手書きの疲労に耐え抜き、持てる知識・能力の全てを文字として表現し尽くして、答案を最後まで埋めてもらいたい。


　同じ対象を眺めていても、合格後に見える景色は、明らかに違う。
　その麗しき景色を、共に眺めたいと願い、衷心から健闘を祈る。