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かとうのくるまのブログ一覧

2010年03月28日 イイね!

今帰仁城

ブルーシール北谷店でエネルギー補給した後、北方へと車を走らせます。
目的地は今帰仁城(ナキジン・グスク)


↓のような由来の城です。

だいたい14世紀に建った城なのかな?

そんなに古いのに・・・・・
ドドンッ!!

超立派な石垣!

首里城の時にも書いたけど、内地の城が本格的に石垣化されるのより200年くらい?古い。


なのに、矢窓まである。


では、城に入ってみましょうか。


階段を登ると、女官さん達の生活の場というトコロに出ます。


女性優位な社会だったのか、ココが最高に眺めが良い!!


芸術的とも言えるほど見事なまでの石垣と、青い海。


さすが、世界遺産に選ばれるだけのことはある。


それにしても、相当な技術力を有していたんですね。


こんなに防御力高そうな城に拠る王権が滅んでしまうとは・・・・。

沖縄の三山時代というのは、かなり激烈な時代だったんでしょうね。

本丸跡。ココも首里城の正殿のように復建すると面白いんだけどなぁ。


本丸跡の横には、火の神様を祀った祠があります。

どのような祭祀形態だったんでしょうね。
内地の神道に近いのかな?

本丸の東側には石垣で囲まれたスペースがありました。


居住スペース跡のようです。


城主の家族達が住んでたんでしょうか。


下に降りてみましたが、ここも眺めが良い。


ココは海へと続く谷を城壁の一部としてしまってる感じでした。


海からの敵をも意識しているのでしょうか。

居住スペースにしては、ちょっと傾斜が・・・・。

居住スペースから本丸跡を見上げる。

ダイナミックレンジの狭さが悲しい。


今帰仁城、かなり楽しめました。


今回の旅行で一番印象に残った場所です。


世界遺産になってから整備が進んだらしいですが、それでもまだどこか寂しげです。


穴場ですね、穴場。


また今度沖縄に来ることがあれば、グスク巡りをしてみたいです。



この日は恩納で宿泊です。
ホテルの近くの居酒屋にて
オリオンビールや沖縄そば、

島豆腐

タコス等を食べ、早めに就寝しました。
Posted at 2010/04/29 22:47:10 | コメント(4) | トラックバック(0) | 歴史 | 旅行/地域
2010年01月09日 イイね!

九州歴史探訪 目次&総括

●出発
名門大洋フェリーでどこへ行く?
 フェリーの感想・下船の動画等

●南北朝編
菊池城
北方謙三の「武王の門」という小説に感化されて行った場所。
憧れの人物が日本一の像に。
「稀代の名将菊池武光公、今ここにその勇姿を再現して立つ!」 by 第11代・菊池市長




●古代編
原田常治氏の「古代日本正史」を参考に、古代史巡りをしました。

・プロローグ 古代史の流れをひもとく
 原田さんの本を参考にストーリーを組み立てて旅行に挑みました。
 
狗奴国に行ってきた
邪馬台国の宿敵・狗奴国が熊本の球磨地方にあったという。
つまり、邪馬台国はココから攻めて行ける場所にあるということに。

高千穂を高千穂のカメラで撮る
天孫降臨神話の舞台・高千穂は、実は鹿児島の平地にあった!

可愛山陵 薩摩川内
ニニギの尊の御陵、可愛山陵が鹿児島の川内市にあった。
宮内庁管理。
御陵を守る新田神社は薩摩一宮。

卑弥呼=天照と半ば暴露してる神社
鹿児島の開聞岳をご神体とする枚聞神社。ここも薩摩一宮。
隠し切れなかった記紀編纂者達の陰謀が、祭神名に垣間見える?!

賑わう御陵・吾平山上陵
神武天皇の父・ウガヤフキアエズの尊の御陵が大隈地方のど真ん中に。
伊勢神宮のそっくりさん。
御陵に初詣&夜店&晴着で参拝という、
予想だにしなかった光景に圧倒されました。

柏原 神武天皇が住んでた所
神武天皇が青年期だった頃のウガヤフキアエズ一家の本拠地、柏原(かしわばる)。
神武発航の地でもある。

男はつらいよ、さらば乙姫
日南市油津にある吾平津神社(乙姫神社)。
神武天皇が愛妻・吾平津姫と娘・台与とお別れした地。
男はつらいよ45作目のロケ地。

西都 前夜祭
宮崎県西都市の居酒屋で、西都は皇室の故郷ではないかと思える話が聞けました。

狭野神社 神武天皇の生誕地
宮崎県高原町に、それはあった。

卑弥呼(天照)生誕地 阿波岐原
宮崎シーガイアの隣の阿波岐原原始林に、それはあった。

日本最大の古墳群 西都原
もう何も語るまい・・・・。この規模の大きさは筆舌に表し難し!
やはりココは・・・・。

男狭穂塚 女狭穂塚
西都原古墳群の主とも言える巨大古墳。宮内庁・陵墓参考地。
関西の、良く言えば「禁足の地」である古墳とは、手の掛け方があまりにも違いすぎる。
皇室の始祖が中興の祖が眠っているのか?

都農神社 都萬神社
都農神社は大国主尊を祀る、日向国一宮ではあるのだが・・・・。

美々津浜 神武天皇出航の地
ここから先は日向の外。
2度と日向に帰ることはなかった・・・・。

●帰路
百円で入れる別府温泉
超ロングドライブ!



********************************

この旅のほとんどの地は原田さんの本に載っていた場所です。
原田さんの本の凄いトコロは、散漫な神話を一つの流れにまとめ上げたところだと思います。
この説が本当かどうかは、歴史の勉強なんてしたことのない理系の僕には判りようもありませんが、
今まで見聞きした中では一番スッキリする説です。

さて、この古代日本正史を書くにあたって、
原田さんはいろんな証拠(?)を探し求めて
九州中を車で走り回ったそうです。
毎日7時間くらい。
相当疲れたんじゃないかと思います。
僕の2泊5日の旅で、しかも行き先を決めててナビがあっても、だいぶ疲れましたから。

しかも、本が発売されたのは1976年。
なんと、今から34年も前です。
僕が生まれる前の話ですから推測に過ぎませんが、
当時の車のレベルや道路環境は、今ほど良くはなかったんじゃないでしょうか?

70歳代を迎えた原田さんは、やはり無理がたたって、その翌年に入院されました。
続編の上代日本正史のあとがきには、「病床から書いている」と・・・。
そしてそのままかえらぬ人となる。。。。

まさに命を削って書き上げた本だったのです。
それだけに、原田さんの本には心に響くものがありました。
随分楽しませてもらいました。
感謝致します。


さてさて、この説によくにた話を、
10代の頃に別の何かで読んだような記憶があるのだが・・・・・・。

あっ、アレかっ?!


そして、次から次へと興味が募り、
週末の巣ごもり生活が早々と終了した・・・。


歴史探訪 続く (まだまだ)
Posted at 2010/03/07 01:32:18 | コメント(2) | トラックバック(0) | 歴史 | 旅行/地域
2010年01月08日 イイね!

男狭穂塚、女狭穂塚 皇室の始祖か中興の祖

(このブログは、古代史の流れを紐解く、を先に読んで頂いた方が
分かり易いと思われます)


西都原古墳群の続きです。


西都原古墳群には、九州1位と2位の大きさを誇る古墳が隣り合って存在しています。

左が女狭穂塚(めさほ塚)、右が男狭穂塚(おさほ塚)


どれだけ大きいかは↓の動画を見て頂けると分かりやすいかと。
左手に見えてる森が男狭穂塚、女狭穂塚です。

女狭穂塚→男狭穂塚の順です。


「はなまる」の奥さんの話によれば、今上の天皇皇后両陛下や紀宮様が
ご結婚のご報告にお越しのようですので、
皇族のご先祖様の御陵なのは間違いなさそうです。

神武天皇御東遷記念碑。
神武天皇も、ここで辞令を受けて、大和に向かったんでしょうか。


男狭穂塚、女狭穂塚は物凄く手入れされてます。

女狭穂塚

古墳と言えば、こういうイメージだったんですがね・・・。
(崇神天皇陵 090419撮影

良く言えば禁足の地。悪く言えば、ほったらかし。

それに、凄い人手を掛けて整備してます。
西都原にいると、必ず制服を着た人が視界に入ります。
歩いてたり、車運転してたり、芝刈りしてたり・・・・。
数十人体制で管理・監視しているものと思われます。

つまりは、全国に星の数ほどある古墳の中で、
最も重要視されてるのが、ここ西都原ではないか?ということ。

その中でも、宮内庁が陵墓参考地に指定してる男狭穂塚、女狭穂塚の被葬者は
ただの皇室のご先祖さまではないハズ。
天皇家の始祖か中興の祖かもしれません。


監視の目を縫って不敬を働いた輩がいるようです。



男狭穂塚と女狭穂塚の間。
右が男狭穂塚、左が女狭穂塚。

この写真では分かりませんが、女狭穂塚の柵には白いワイヤーに沿って有刺鉄線が張られてます。
宮内庁としては、どちらかというと女狭穂塚の方を重視しているようです。

女狭穂塚の方は、方墳の陪塚があるそうです。

方墳は出雲に多くみられるようですので、この辺がヒントになるやもしれませんね。
女狭穂塚の被葬者は、出雲に縁のある家族が居る人物なのかも。
誰??誰???
「さあ、みんなで、考えよう~!」
この女狭穂塚の被葬者が、天皇家の始祖か中興の祖のように感じます。


男狭穂塚がニニギ尊、女狭穂塚が妃・コノハナサクヤ姫の御陵とよく言われてるみたいですが、
このお二人の御陵は鹿児島の薩摩川内市にありました
薩摩川内は宮内庁がニニギ尊の御陵と看板に書いてましたが、
男狭穂塚、女狭穂塚は「陵墓参考地」。


それと、かつてはこの2つの古墳は、セットもんだとか、地下で繋がっているとかいう説があったみたいですが、
近年レーダーで調査してみたところ、

ということが明らかになったようです。
まあ、形も全然違いますしねー。

これらの状況からして、ニニギ尊ご夫妻の御陵とは違いそうですね。

原田常治さんは、男狭穂塚がヒミコ(アマテラス)、女狭穂塚がトヨ(豊受姫)の御陵だと推定されてます。
ここがもし邪馬台国なら、この2人の墓なんでしょうね、きっと。

アマテラスなら、出雲のスサノオと関係がありますから、方墳の陪塚の件も説明がつきます。


もし、被葬者がアマテラス&豊受姫だとすると、なぜ隠す必要があるというのでしょう?
このお二方は伊勢神宮の神様として大々的に祀られてますからね・・・。
神代の英雄が、実は古墳時代の人だった、と思われるのが嫌だとか??


最後に、面白い古墳を発見。
こちら↓は鬼の窟古墳という別の古墳なんですが、


シャンプーハットのような形をしてます。


こちらの方が分かりやすいかな? (^^;


で、この鬼の窟古墳、西都原の最後の首長墓だそうです。
詳細はこちら。
6-7世紀というと、華の飛鳥時代。
古墳としては、結構新しい方ですよね?
鬼の窟古墳の被葬者、分かると思いますがね。
それにつられるようにして、男狭穂塚、女狭穂塚の被葬者も誰か分かりそうなものですが・・・。
特に、男狭穂塚と鬼の窟古墳、形が似てるようにも見えますし。

あ、陵墓参考地だから、皇室・宮内庁は知ってるんでしたね。
言わないだけね。(^^;

やはり、神代の人物が古墳時代の人だったと知られたくない、というのがホントのところでしょうか。
おとぎ話が通用する時代じゃないんだし、そろそろ真実を明かしても良いのでは??
Posted at 2010/02/18 23:34:23 | コメント(2) | トラックバック(0) | 歴史 | 旅行/地域
2010年01月08日 イイね!

日本最大の古墳群 西都原 考古編

(このブログは、古代史の流れを紐解く、を先に読んで頂いた方が
分かり易いと思われます)


阿波岐原見物を終えて、ようやく西都に戻ってきました。
6時間で戻ってこれるとは思いませんでした。(^^;



西都原とは、標高数十mのだだっ広い台地。


本当にだだっ広い。



東京ドーム233個分の広さがあり、その中に300基の古墳がところ狭しと並んでいるというが・・・・


こ、これは!!ところ狭すぎなんじゃないか???

これはちょっと・・・・いや・・・だいぶ異様な光景です。


古墳といえば関西ってイメージでしたが・・・・・
さすがは日本最大の古墳群ですね。
圧倒的です。


まずは、「はなまる」の奥さんにも勧められていた西都原考古博物館へ行きました。

立派な建物です。

入館は無料でした。(^_-)v

展示物より、展示方法というか、説明方法が面白かったです。


お、西都原も元は谷だったってこと?


あれま。


これのこと?(^^;

@狗奴国

ごもっともであります。



では、古墳群見物にまいりましょう。
・・・と、その前に、レンタサイクルを借りました。


西都ガイダンスセンターこのはな館で借りることができます。
しかも、無料です。夢のような話ですねー。まさに愛のドリーミィー。

このはな館に貼ってあったポスター。三都物語ならぬ西都物語だそうです。

オレンジの自転車で古墳の間を風のように爽快に走り抜ける。

それにしても、古墳密度高い。。。。


さて、西都原古墳群は面白い古墳がいくつかあります。

この古墳なんて、


なんと、石室の中をカメラで見れるんです。

しかもカメラの向きやズームを遠隔操作できちゃいます。
これは楽しかった!

造られた当時の姿で再現された古墳。


こちらの古墳は、


中に入れちゃいます。


おじゃまします。


ドキドキ。


真横から見れる古墳もありました。


西都原古墳群、
さすがは日本最大で、且つ風土記の丘第一号だけあって、
質・量ともに物凄いものがありました。

原田常治さんがおっしゃるとおり、
ここが邪馬台国だったとしても不思議はありません。

まだまだ発掘調査が進んでいます。
今後も楽しみですね。



西都原歴史編へ続く
Posted at 2010/02/17 22:07:44 | コメント(3) | トラックバック(0) | 歴史 | 旅行/地域
2010年01月07日 イイね!

西都 前夜祭 邪馬台国か?

(このブログは、古代史の流れを紐解く、を先に読んで頂いた方が
分かり易いと思われます)


吾平津神社(男はつらいよ45のロケ地)を後にし、

日向灘沿いのフェニックスロード?という景色の良い道を走ります。


向かった先は、西都。

ここは、今回の旅の一番の目的地であります。

何故か?

西都は古代から江戸時代に入るまで、日向の中心地でした。
(江戸時代になって、海運に便利な宮崎に取って代わられた)

そして、日本最大の古墳群、西都原古墳群があります。
東京ドーム233個分の広大な区域に、300基の古墳がところ狭しと並んでいるというから、驚きです。
中でも、男狭穂塚(おさほ塚)、女狭穂塚(めさほ塚)という、九州1位、2位の大きさを誇る古墳が、隣り合っているそうです。

男狭穂塚(おさほ塚)、女狭穂塚(めさほ塚)はニニギ尊と、その奥様のコノハナサクヤヒメの御陵という説が一般的らしいですが、宮内庁はこのお二人の御陵は川内としています

一方、この旅行の道先案内本を書いた原田常治さんは、
この日本最大の古墳群を有し、古くから日向の中心地であった西都こそが、
邪馬台国の首都である、と推定してます。
理由は、魏志倭人伝の行程を素直に辿ると、西都になるとか。
もう一つの理由は、狗奴国こと球磨地方から攻めてこれる所にあるから。

米良街道をひた押しに攻めてきたんでしょうか?

そして、九州1,2位の大きさを誇る、男狭穂塚、女狭穂塚は、
それぞれヒミコ(アマテラス)とトヨ(豊受姫)の御陵だと推定されてます。

西都、面白そうだ。


というわけで、西都に到着したは良いのですが、
もう夕方になってしまいました。

昨日の教訓を生かし、今日は早めに宿を確保しよう。
疲れを取るために温泉旅館を狙って電話してみたのですが、、、、
平日なのに満室・・・・OTL
何故???
後で聞いたところによると、ヤクルトスワローズがキャンプに来てて、
その関係で宿がイッパイだったようです。

仕方が無いので、西都の中心地に立つ、
プリムローズというビジネスホテルに宿泊。

昨日は無駄に2人用の部屋だったから、なんだか狭く感じます。
(^^;

宿を確保したところで、晩御飯を食べに外へ。
驚いたことに、飲食店がやたらと多い!
人通りはそんなに多くないのに、これは一体どうしたことか??
西都の人達は、「TV見てるくらいなら、ついでに店でもやっとくか。」
みたいなノリなんじゃないかと思うくらい、とにかく多い!

どの店に入ろうか悩みに悩んだ挙句、
「はなまる」という焼き鳥屋さんに入りました。

案の定、お客さんゼロで店のご夫婦がテレビ観てました。(^^;

カウンター席に座り、串焼き盛り合わせを注文。
旦那さんが焼き鳥を焼いてる間、奥さんから西都についていろいろ教えてもらいました。

興味深いことに、今の天皇・皇后両陛下が西都原に来たところを2回は見てるとのこと。
しかも1回目は、ご結婚当時だそうです。
もしや、ご先祖様にご結婚のご報告??

さらに、紀宮様も数年前にお越しだそうです。
この訪問も、結婚報告かな??

何か別の用事かもと思ってググってみましたが、出てきませんでした。
代わりに、紀宮様が1997年にお忍びで来てるところに出くわしたという、高校の校長先生のブログが出てきました。

そんなわけで、男狭穂塚・女狭穂塚は皇室のご先祖様のお墓だというのは、
地元では公然の事実のようです。

これはただ事ではない! かもしれない。
とても興味深いお話しを聞くことができました。
明日が楽しみです。


はなまるは料理もオイシイ店でした。
特に、”はなまるカツ”というメニューが美味しかったです。
薄~く切った豚肉をつづら折にして、その間にシソの葉をはさんで揚げたトンカツです。
やはり、よく注文が出るそうです。

焼き鳥屋はなまる、
岩城滉一似のご主人と、西都を愛する奥さんが
オイシイ料理と楽しいお喋りでもてなしてくれる、まさにハナマルなお店でした。


翌日に備えて、早めに就寝。ヽ(  ̄○)ゞ。o○ファ~~
Posted at 2010/02/11 02:54:16 | コメント(1) | トラックバック(0) | 歴史 | 旅行/地域

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