今だから分かることなのだが、当時は家電がソリッドステート進化の波に乗り、いわゆる黒物家電が急速に進化していく時期であった。
とりわけオーディオ関連製品は、それまでの性能・機能・デザインとは全く異なる展開で、
そのジャンルの延長線上に登場したラジオカセット、通称ラジカセは瞬く間に市民権を獲得し、極端に言えば何を出しても売れるジャンルとなった。
当然、メーカーとしてはそんな金鉱を放って置くはずもなく怒濤の製品ラッシュとなるのだが、
それでも需要が大きく前年のラインナップでさえカタログから落とす必要がない売れ行きから
総合カタログへの掲載機種は増すばかりで、アンテナがあまり高くない消費者には最新のフラッグシップモデル以外は全部「今、流行のラジカセ」であった。
そんな状態の時代にラジカセのカタログを集め初めて比較をし始めようとしたわけだ。
しかし、カタログすら見ようによっては全部今年のカタログに見えてしまうような始末で、
自分が欲しくなるカッコイイ高性能のものは何か?という以前に、
どのメーカーがどんな傾向のものを出しているのかを把握するだけでも大変だった。
いろいろ見ていくと知らないメーカーもいっぱいあって、ナショナル、ソニー、日立、東芝、三菱、ビクター、シャープくらいまでならなんとか聞き覚えがあったのだが、
山水、ティアック、スタンダード、デンオンなんて聞いたことがなかったし、
挙げ句ブラザーなんてミシンとか編み機のメーカーじゃなかったっけ?となんでも有りな中からの選択をする努力を日夜していた。
結局、カタログの小さな写真と売り文句だけではサッパリ分からず店頭で実機を見たり、先に買っている友人のラジカセを見てみたりと、それはもうマメに見ていた。
ラジカセを持っている奴の自宅まで見るために押し掛けたくらいだ。
同級生のI君は、ナショナルの縦型ラジカセMAC-GT(RQ-540)だ。
縦型って、ちょっとカッコイイ。
カールコードの付いたマイクってのも、なんか無線機みたいでそそるものがある。
でも、音を聞いてガッカリした。
なんか、おじいちゃんから最初に渡されたクラウンのカセット機と大して変わらない音にしか思えなかったのだ。
そう思ったら、その機械の嫌なとこが目立って見える様になった。
ボリュームがスライドなんだが、なんだか安っぽい。
S君の欲しがっているスタジオ1980は、ピカピカな金属感があってもっと高級そうだった。
最初は魅力的に見えたマイクも、なんだか小さくてチープにみえ始めた。
そもそも、なんか・・・こう・・・スイッチが足りない?イコール機能が少ないんじゃないか?と思った。
さんざん見た後、I君には悪いが「これは無いな・・・」という結論だった。
別な日に、やはり同級生のH君が「ラジカセを買ったから見に来いよ」と見せびらかし感満載だったので早速にお邪魔した。
H君が買ったのもナショナルのだったが、デザインはともかく横長の機体はI君の物よりも随分と立派に見えた。
「これ、高かったんだろ?」
「高いよ!! 買ってもらったんだけれど高いよ!」
そうなのだ。
Hは、見栄っ張りなのだ。
だから、ラジカセも彼が持っていたナショナルのカタログの中では一番高い機種だったはずだ。
「これがマイクだけど、ここのボタン押せばさ、こうなるわけよ」と彼が説明しながらボタンを押すと側面が開き四角い黒と銀の小箱が現れた。
「そんで、これがこうよ!」小箱は分離しアンテナを伸ばすと正しく小さなトランシーバーに見えた。
それを本体のラジオで受信出来るというわけだ。
「あ、ああーーーー。なっ!?すげえべ?」
凄いと思った。
思ったが、少し考えると、それは本体が凄いんじゃないじゃないかとも思った。
でも、当時やっていたアニメ「大空魔竜ガイキング」の大空魔竜とガイキングの関係なんだなと理解すると、これも性能のうちかと納得し「本当すげーな、これ!!俺もラジカセ欲しいな・・・」と選んだHを賞賛した。
当時、中村雅俊主演での仲間との青春人生ドラマが何本か流行っていた。
俺とHそしてMは、よく三人で遊ぶことが多く、ドラマ同様、互いに漠然とではあるが「これは親友ってやつなのか?」と思っていた。
Mの家は、住宅街で大きなスーパーを経営していたのでお金持ちだった。
だからMは、ラジカセが流行りはじめた時から既に持っていた。
彼が持っていたのは、日立パディスコGFであった。
真っ黒な角がある精悍なボディのマシンで、Hの得意になっていたワイヤレスマイクも装備されていた。
だが、三人兄弟であったせいかなかなかヘヴィな使われ方をしていたらしく、あちこちが傷だらけだ。
Hが得意満面で「俺、ラジカセ買っちゃったんだもんね。一番いいやつ」と言っているのにカチンときたのか、それとも元々そのつもりだったのか「決めた。俺、新しい奴買って、今のラジカセを弟にやるわ」
「えっ!!何買うの?!」
「あっ!!これこれ! 今、テレビに映ってる奴!!」
俺とHは、テレビの方をみた途端、キャッチーな叫び声とも言えない歌が出た。
「ひったっちっ パァディスッコッ GF~XOぅ~!!」
マジか?!!!
つづく
・・・・・・・・写真の解説
I君のMAC-GTの現物は、カタログ写真ほどの高級感はない。
特徴は、側面のカールコード付マイク自体にマイクボリュームとスイッチが装備されている。
本体にはオンエア機能があるため、ワイヤレスプレイで悔しい思いはしない。
カセットの操作部がやたらと簡潔なのは、レコードスイッチがプレイスイッチ内にあるワンタッチ録音なのと、送りと戻しがスイッチではなくレバー操作であるためだ。
スピーカーは10cmフルレンジ。
コンセプト自体、アクティブに使ってもらうことに主眼が置かれているため、音質にあまり気を使っていない。
定価35800円は、当時としてもコストパフォーマンスは優秀な部類である。
H君の買ってもらったMAC-foは、当時バカ売れしたMAC-ffより更に5000円も高い40800円。
当時のナショナルラジカセの全ての機種の装備を兼ね備え、更に録音開始場所まで自動で戻るオートリワインドを装備した最初のメカだ。
ラジオは3バンド、スピーカーはMAC-GTやffよりも大きい12cmメタル蒸着キャップコーンが奢られる。
でも、この機種も俺の中では「なんか、あまりカッコ良くないな・・・」って思っていた。
M君の日立パディスコGF TRK-1280は、パッと見た感じはMAC-foになんらひけをとっていないように見えた。
むしろ、マイク側で本体のカセットを遠隔操作出来る等「やっぱ、日立の方がスゲーや」って思っていた。
5ウェイ+ワイヤレスオペレーションマイク、3バンドラジオ、12cmスピーカーとH君のMACに全くヒケをとらない。
それでいて39800円である。
が、じゃこれはカッコイイのか?と自分に問うと「買うほどじゃなかった」のである。
実は、メカニズムとしてはMAC-foより古い部分があり、あまり丈夫ではなかったようだ。
もっともM君のGFがボロボロだったのは、メカニズムのせいではないのだが。