
インターホンのチャイムがけたたましく鳴った。
こんなに朝早く、いったい誰なんだろう。
全く以て
迷惑な話だ。
急いでベッドを抜け出し玄関のドアを開けると、愛想のいい40がらみの男が立っていた。
「おはようございます。私、内閣府政務担当首相秘書官補佐心得代理の中野と申します。突然で恐縮ですが、松任谷さんの代わりに
カーグラフィックTVにご出演頂けないでしょうか・・・?」
「あの~・・・。なんで私が? それに
BS朝日じゃなく内閣府の方がお見えになるってどういうことですか。」
「いや実はですね、安倍総理がカーグラTVの大ファンでして、出演を強く希望している次第なんです。」
「では、総理と松任谷さんと2人でおやりになればいいじゃないですか。」
「ところが松任谷さんに断られてしまいまして・・・。何でも松任谷さんと
布袋寅泰さんが犬猿の仲ということで・・・。業界では有名な話らしいですよ。」
「私には関わりのないことでしょう。」
「馬には乗ってみよ、人には添うてみよ。すべからく、
人生なんて縁ですよ。」
次の瞬間、気がつくと私はシートベルトをしていた。
そして助手席には、
ドーメルのスーツに身を包んだ安倍総理が鎮座していた。
安倍
「私が岸信介の外孫であり、安倍晋太郎の次男であり、もちろん大叔父は佐藤栄作でありますが、
政界のサラブレッドと呼ばれている安倍晋三です。じゃあ早速走りましょう。」
藤蔵
「あの~・・・。走るって、もしかして
いつもの所に行くんですか?」
安倍
「
憲法とは何ら矛盾しませんから、我々には当然ターンパイクに行く責務があるのです。」
というわけで10時25分、行きがかり上仕方なく自宅を出発する。
タンク車の背後に迫る不気味な影・・・
総理のリクエストで、久しぶりに圏央道を走ることにした。
藤蔵
「いくつか質問があるんですけど、よろしいですか?」
安倍
「どうぞ。」
藤蔵
「昨年の3月、参議院の予算委員会で猪木議員に対し、
総理が子どもの頃、ブルーノ・サンマルチノやハルク・ホーガンとの戦いを
手に汗握りながら観戦していた・・・とおっしゃいましたよね。」
安倍
「ええ。確かにですね、申し上げました。」
藤蔵
「私の記憶では、ブルーノ・サンマルチノと猪木は、タッグマッチで1回対戦しただけで、しかもサンマルチノはほとんどの時間を
G・馬場と戦っていたはずなんですが・・・。」
安倍
「君はやたらと詳しいねぇ・・・。」
藤蔵
「ハルク・ホーガンに至っては、総理が
神戸製鋼に就職した後の話のはずですよ。」
安倍
「その件に関しては、猪木氏が
元気ですかぁ~!と機先を制してきたので、こちらもリップサービス的にですね、言わばプロレスの返し技としてですね、発言したわけでありまして、政治家としては言われっぱなしというのが一番よくないんですね。」
藤蔵
「腑に落ちるご説明、ありがとうございました。でも、
真のプロレス好きなら、サンマルチノではなく、ジョニー・バレンタインかクリス・マルコフ・・・と言ってほしかったなぁ。ところで、サンマルチノには何か特別な思い入れがあるんですか?」
安倍
「ご存知のようにですね、ブルーノ・サンマルチノのニックネームと言えば
人間発電所であります。私の発電所好きを承知で質問するとは、あなたも人が悪い(笑)。」
気がつけば、SPの車両が先導していた。
どおりで法定速度なわけだ。
安倍
「面白そうだから、SPのクルマを
まいちゃおう・・・!」
藤蔵
「そんなことすると、またぞろ
辻元のオバちゃんあたりから、文句がきますよ。」
安倍
「藤蔵君、
首相命令だ。私が責任を持つ。」
トンネル内で抜き去ると、SP車両は追いついてこなかった。
藤蔵
「私は保守主義者を自認していて、改革を連呼する輩とか、公務員攻撃で人気を得ようとする手合いが大嫌いなんです。その意味で、あなたに期待していた。でも最近は、圧倒的に
失望感のほうが強い。」
安倍
「ISへの対応を含め、私に対する苦言を記したみんカラのブログをですね、先日拝見致しましたので、承知をしているところでございます。」
藤蔵
「不良に絡まれたとか火事の例え話などするからややこしくなる。中国と日本の軍事力の差が、
例えば戦闘機や軍艦についてはこれだけありますと具体的な数字で示すのが
真の例え話ですよ。そもそも、アメリカの役に立たない大統領のおかげで、
世界のパワーバランスが狂った。彼が腑抜けた演説をした途端、中国共産党が南シナ海に進出してきた。自由主義陣営からみれば、あの人が大統領でいることが最大の不幸ですよ!」
安倍
「そう興奮しないで下さい。このS4号も、アメリカのCIAに
盗聴されている可能性があることを忘れずに・・・。」(小声)
藤蔵
「総理、ここらでトイレ休憩しましょうか。ところで最近体調はいかがですか?」
安倍
「うん。ありがとう。お陰でいい薬ができたからね。」
藤蔵
「実は私も腹が弱くて・・・。お互い身体をいといましょうね。」
トイレから戻ると、偶然にもAudiの揃い踏みと相成った。
走行距離200キロの新型TT
藤蔵
「それでは大観山目指してまいります。シートベルトをお締め下さい。」
安倍
「レッツラゴー!」
安倍
「今度は私から質問致しますが、保守主義を標榜するあなたは、当然集団的自衛権に賛成の立場を採るんでしょうね?」
藤蔵
「閣議決定による解釈改憲ではなく、
憲法改正によるべきであるという意味で反対です。」
安倍
「今回の閣議決定の要点はですね、時代の変化に伴い、限定された集団的自衛権の行使ならば、それは必要最小限度の範囲内であるとして、憲法9条に矛盾しないというものなんですね。そもそも、必要最小限度の意味は
『これだ』と決まっているわけではありません。すなわちですね、時代とともに変化するんです。時代の要請でもあります。」
藤蔵
「時代が変化していることは認めますけどね。」
安倍
「そのために、大量破壊兵器や弾道ミサイル、国際テロなどによる新たなリスクを考えると、日本が攻撃されるのを待っているわけにはいかないんですね。だから、『我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合』というふうに限定的に変更すればですね、これはまさに
必要最小限度の範囲内といえるわけであります。」
藤蔵
「私は自称保守主義者ですから、日本古来よりある伝統的な
流儀を重んじるべきだと常々考えています。もし憲法にも流儀があるとすれば、それは国民的な議論を尽くしたうえで、憲法改正手続により国民自身が決断するべきだということです。この流儀を疎かにする人たちは、小さい声で言いますが卑怯者・臆病者のそしりは免れないし、保守主義者とは絶対に認めない。」
安倍
「藤蔵君が羨ましい。私は国家の舵を取る責任があるから、言いたいことの半分も言えないわけであります。第一、憲法改正についてはですね、
パートナーが難色を示しているしね。」
藤蔵
「パートナーって、まさか昭恵夫人のことじゃないですよね?」
安倍
「あれは
夜遊びで忙しい・・・。」
藤蔵
「お察しします。いや、奥様のことじゃないですよ。例の
70年談話のことにしたって、総理の本意でないことくらい私にでもわかります。」
安倍
「あれでも全方位に気を配って、
一番作文のうまい官僚に徹夜で作らせたんだ。」
藤蔵
「総理がおっしゃれないのなら代わりに申し上げますが、日本は中国と韓国に気を遣い過ぎますよ。
靖国問題だって、行きたい人は行けばいいし、行きたくない人は行かなければいい。ただそれだけの話ですよ。参拝とは本来そういうものだと思います。」
安倍
「最近じゃ、よりによってアメリカまで靖国に行くなという・・・。」
藤蔵
「そこなんですよ。靖国に行くなと干渉し、イラク戦争で中東を混乱の極致に追い込み、もっといえば、たった70年前に広島と長崎と東京で無差別大量殺戮を犯した国に追従して、地球の裏側まで後方支援と称し兵や物資を運ぶこと自体、
積極的平和主義とは
まさに真逆の行為じゃないですか。」
安倍
「だから、CIAが盗聴してるっつーの!」
藤蔵
「ではもうひとつだけ言わせて下さい。ドイツをはじめとした先進国の多くでは、
国防と戦争をテーマとした授業が教育の現場で確立されているそうです。我が国では、中国と韓国に遠慮してか、国防や戦争について考え議論することは、半ば
タブーとなっています。未来を背負う若者たちが理不尽な戦争に巻き込まれないためにも、愚にもつかないタブーは打ち破り、義務教育の段階から国防とは何かを皆んなで考え、自由に議論できる環境づくりが不可欠なんです。これこそ政治の責任だと思いますよ。」
安倍
「あなたは極論と理想論ばかり述べているから満足でしょうが、日米軍事同盟が我が国の
安全保障上の基軸になっていることは疑いようのない事実なわけでありまして、この事実から目を背けることはそれこそ卑怯でしょう。」
藤蔵
「総理は同盟とおっしゃいますが、両国が対等の立場とはお世辞にも思えません。憲法の建前上、戦力を持てないということは防衛の大部分をアメリカに依存するということですよね。これでは
真の主権はありえない。それどころか、アメリカの侵略戦争に加担する国というレッテルを貼られかねません。そうすれば当然、
自衛隊員のリスクは限りなく増えていくことになる。災害救助に伴うリスクとは訳が違う。日本人だとわかれば容赦なく銃弾を浴びせるでしょう。好むと好まざるとにかかわらず、こちらも自然と応戦するようになる。もし自衛隊員が戦死したら、総理は靖国神社に祀るおつもりですか?」
結局、話は平行線のまま、スカイラウンジにトウチャコである。
料金所付近のパーキングで会った新型TTと再会。互いに笑顔で挨拶を交わす。
藤蔵
「それでは総理、アウディS4の印象といいますか、総括をお願いします。」
安倍
「本日は集団的自衛権と安保法制というテーマでですね、国民を代表するかたちで藤蔵さんといっしょに議論してまいりました。噛み合わない点もいくつかございましたが、一般論においてはですね、概ねご理解いただけたのではないかと思っている次第でございます。今後におきましてもですね、あらゆる機会を捉えまして、国民の皆様にわかりやすく丁寧に、集団的自衛権と安保法制の必要性についてご説明をさせていただきたいと考えております。」
「はい! カット~!」
篠崎さんというディレクターの
一発OKが出た。
安倍
「ところで、これいつオンエアするの? 日テレだっけ、フジテレビだっけ?」
藤蔵
「いや、BS朝日ですけれど・・・。」
安倍
「なにッ・・・朝日?。
ボクは朝日新聞が大嫌いだから、オンエアはNGだ!」
総理の鶴の一声で、放送は見送られることとなった。
いずれにせよ、カーグラTVに相応しい内容には程遠かったので、私は内心ホッとした。
総理は、官邸まで送ってほしいと私に言った。
首都高のトンネルに入った。
何の前触れもなしに、猛烈な
眠気が私を襲ってきた。
ああ、まずい。
だんだん
意識が遠のいていく・・・。
トンネルを出た途端、ハッと
我に返った。
幸運なことに、どうやら事故には遭遇せずに済んだらしい。
助手席を見たら、安倍総理はいなかった。
そうか、
やはり夢だったのか・・・。
16時5分、帰宅。
「
そろそろ心療内科か精神科に診てもらったほうがいいんじゃない?」
というタロウの声が聞こえた・・・。
