
思い出のクルマ第13回です。
平日は殆ど作業ができない状況のため、休日の時間の隙間で少しずつ作業を進めてとならざるをえません。更新頻度は落ちていますが、ノンビリとお待ちいただければと思います。
スカイラインは、
第8回でR32を取り上げているので、再びの登場となります。通称名は、CM由来の”ジャパン”。私選では、R32に続いて好きなモデルです。
なんで、という話をすると、、、
R32以降を新世代スカイラインとするなら、旧世代の真髄はココだと思うのです。R32がキャラクターが立ったタイプなら、こちらは全体バランスタイプ。
この代より前は、会社統合やモデル存続の可否という激動の時代を反映していて、作りたいクルマと売れるクルマの狭間で悩みながら作ったように見受けられるんですね。一方でR30以降は、クラスのセールスリーダーの座をマークIIに譲ったことに伴う影響を感じてしまうのです。(そこを一旦リセットしたのがR32ですね)
ライバル車は、マークIIだけに留まらずセリカ等のスペシャルティカーまで拡げられる間口の広さもこの世代の魅力です。同年代のジャパニーズ・ミドルサイズ・スタンダードと言い切ってもイイかもしれません。
この代は、前代であるケンメリの大成功の後を受けて、設計者である桜井真一郎氏の思いが、一番素直に反映されているように思います。まぁ、あくまでも私感ですから、異論・反論はあるでしょうけれども。
各世代、熱心なファンの多いクルマですから、誤解の無いように、
「前後世代を批判する意図はありません」、と付け加えておきましょう。
ちなみに父親は歴代のマークIIを乗り継いでいることから推察できるとおり、スカイラインは苦手の人。友人・知人関係では、箱スカからジャパンまでの各世代、乗っている人が大勢いましたけれどね。
私も幼少時代は父の影響でどちらかというとアンチ派でしたが、後年になって見直しています。同世代となる3代目マークIIは別格の”好き”ですが、こちらも別の視点やベクトルで魅力的。ちょうど81とR32の関係と同じなのかもしれません。(同時期のマークIIのカタログは
こちらにありますので、合わせてご参照くださいませ。)
それでは、1978年(昭和53年)8月のカタログからご紹介。
2015/5/2 画像を全て更新すると共に一部追加をしました。
時期的には、この型の登場後1年を経過、53年排出ガス規制に適合するために一部改良を受けた時点となります。
最初の見開きは、緑の中を疾走するHTの画像です。
当時のCM風でもあります。
左上には、全車一斉で53年規制をクリアーしたことが書かれています。
HT、GT-Lのフロントビュー
HTはドアが大きいため、さほどロングノーズを感じさせずに、2ドアパーソナルカーらしいプロポーションを構築。
マークII・チェイサーは、リヤシート位置をセダンより前進させてロングデッキとしますが、こちらのリヤシートは同位置。それでもリヤピラーとリヤデッキの角度を変えてセミノッチバック風とすることで、セダンベースの2ドアが陥りがちなリヤデザインの重量感を排除。
セダンでも記述しますが、この作り分けは実に巧み。
HT、GT-ESのリヤビュー。
前代は、同年代のアメリカ車、特にクライスラー系の影響を感じさせるスタイリングでしたが、この代では影響を排除。
キャビン部まではウェッジ基調ですが、リヤデッキ部分は逆に下げたデザイン。同年代の兄弟車となる810ブルーバードや230ローレルも同じデザインテイストですが、こちらは無駄なラインを省いてシンプルながらもグッドデザインと思える出来栄え。
フィンタイプのアルミホイールはこの時期に追加された新デザインのもの
HT、GT-EXの室内
プレジデントから始まって、ローレルやブルーバードが先行した埋め込み型ヘッドレストは、この代のXタイプのみ採用されています。
ローレルやブルーバードは、ルースクッションまで採用して豪華さを訴えますが、こちらはあくまでもドライバーズカーとしてのシンプルなデザインです。
セダンGT-Lのフロントビュー
こちらはドアが小さいため、一転してロングノーズが強調されます。セダンは4気筒の方がデザインバランスが良いように思いますが、ホイールベースの延長だけではなくフロントオーバーハングも伸ばされているため、ノーズ部分のバランスは良好で、初代GTあるいは同時期のブルーバードG6のようなアンバランス感は感じません。
直線基調のスタイリングは後期の大型角目も違和感無く収められますが、より似合うのは前期の丸4灯というのが私感。
セダンGTのリヤビュー
こちらは、HTと一転してノッチバックデザイン。
今の視点では、もう少しリヤデッキ部分を持ち上げたくなりますが、この高さが当時流。今では低いくらいに見えるR30でも、登場時には高さが気になったくらいですから慣れとは不思議なものです。
マークIIは後期で衝撃吸収バンパーを半ば標準装備としますが、それはスカイラインが先行採用した大型バンパーの影響だと思っています。
セダンGT-LとGT-EXの室内
セダンXタイプだと室内色も相まって旦那仕様の感を受けますが、Lタイプの黒内装だと大分雰囲気が異なってきます。共に絢爛豪華さとは無縁ですが、ツーリングカーとして妥当なデザインだと思います。直立した短いシフトレバー、運転席側にオフセットされたサイドブレーキレバー等が雰囲気を盛り上げています。
GT-EXのインパネ
インパネ全体を高く構えつつも空調吹き出し口が下部に抑えられたレイアウトは、70年代前半から引き継ぐもの。(後期では一部改良されます)
各メーターをパネル埋め込み式にしていたら古色蒼然となるところですが、一体型の大型メーターグラスを構えることで新しさを演出。水平ゼロ指針のメーターを7つ、さらにイラストモニターも追加して見せ場としています。これが当時流のカッコイイだったんですよね。
4本スポークステアリングは、ブルーバード、ローレルに続く、マークIIよりも先行した採用。SタイプとXタイプでデザインを共通としつつも材質を変えている辺りが拘り。
上には、HT、GT-ESが当時のカタログに多く見られた透視図で描かれています
下には、当時話題となった、水平ゼロ指針の各メーターが紹介されています。
左頁は、GTらしくシートへの拘りが紹介されています。
右頁は、音響と空調の紹介です。
共に当時最新の機能ですが、80年代以降のモデルと比較すると、まだまだシンプルでした。
メカニズムの紹介です。
エンジンは往年の日産6気筒の代名詞”L20”。
53年排出ガス規制適合のため、キャブレターは電子制御に進化しています。EGIはトヨタに約1年遅れての適合となりましたが、キャブ車は逆に先行した形。(トヨタのM-Uの53年規制適合は、昭和54年3月)
セリカが「名ばかりのGT」と揶揄した相手がこれであることは確実ですが、同社のM-EUとの比較では大同小異であったことも事実(笑)。
GTの足は、全車4輪独立懸架。
ライバル車のマークII&チェイサー、ローレルはまだ一部車種のみに限られていた時代。
その一方で、4輪ディスクブレーキが最もスポーティなGT-ESのみに限られるのは意外。
4頁に渡って、各種装備が紹介されています。
ライバル車が豊富なアクセサリーによる豪華さを謳う一方で、こちらは機能重視が見て取れます。
左頁はセダン、右頁はHTのグレード別一覧です。
モデルチェンジ当初は、最上段がGT-Lとなっていて、GTは掲載されていませんでしたが、ここにきて復活しています。
もっとも、ビニールシートにAMラジオのみですから、あくまでも廉価版の扱い。(後期は若干スポーティな性格も持たされます)
白・黒・シルバーのモノトーンから、赤・青・黄(!)の3原色まで、ユーザー層が幅広いスカイラインならではの設定。どの色もあまり違和感を感じさせないのは、オーソドックスながらバランスの取れたスタイルが寄与していると思います。街中で見かけるのは、白・シルバーが多くて、セダンだとベージュも意外と見かけましたね。

左頁では、オプション装備の一部が紹介されています。
フォグランプはフランスのシビエ製。ハロゲンという言葉が一般化する前らしく、沃素フォグランプと書かれています。白熱灯が一般的だった時代にハロゲンの55Wは、かなり明るく感じられたでしょうね。
アルミホイールは2タイプの設定。
右が先代から設定されたタイプで、左が新規で追加されたタイプとなります。
右頁は主要装備一覧表
チルトステアリングは全車標準装備ですが、まだ安楽装備と位置付けられていたパワーステはXタイプのみ標準で、LタイプとSタイプはオプション。(Xタイプにもレスオプション設定があり、GTは選択不可)
タイヤは全車185/70R14ですから、パワーステが無いとかなりの重さとなりますが、男性諸氏は平気で運転していましたね。
裏表紙は諸元表です。
セダンの3サイズは、全長4600 × 全幅1625 × 全高1390。
マークII、ローレルと比較すると、幅が若干狭いサイズ。幅に関しては、現代のBセグメントより狭いくらいですが、日本限定で使う分には、本来この程度が使い易いはずなんですけれどね。
重量は1200kg前後とやや嵩みますが、フロントノーズに約200kg(!)の重量級エンジンが積まれているのが要因。
前段に書いたとおり、この時期のクラススタンダードは、マークIIではなくスカイラインでした。
国内乗用車販売台数では、この年、カローラ、サニーに続く第3位を獲得しています。154,635台という台数は、昭和48年の157,616台に続く歴代第2位の記録となります。
少し前にクレスタを取り上げた際、「若い男性からファミリーユースまで等しく大人気」という一文を引用したのですが、当時のスカイラインにそのまま当てはめても、全く違和感がありません。というより、トヨタはスカイライン人気を詳細に分析して三兄弟の参考にしたというのが、より正確なように思います。
純和風のツーリングセダン or パーソナルカーとして、現代に再翻訳されても良さそうなのですが、今のところ当時を懐かしむのみしか出来ないのは、誠に残念な限りなのです。