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2015年02月14日

第23回東京モーターショー、日産パンフレットの話

第23回東京モーターショー、日産パンフレットの話 真ん中にお出かけ日記を挟みましたが、話を元に戻します。

ちなみに、厳しい書き方に見受けられるかもしれませんので、当時を純粋に懐かしみたい方は画像のみを見て、本文は読み飛ばしてくださいませ。・・・などと事前に予防線。


いよいよ日産編です。
この年の日産のモデルチェンジを追っていくと、3月にシルビアをモデルチェンジすると共に姉妹車のガゼールを追加。6月にセドリック&グロリアをモデルチェンジして、ショー開催中の11月にはブルーバードをモデルチェンジという1年でありました。

いずれも、直線を基調とした若干派手目に見えるスタイルが好評で、トヨタの追撃体制が本格的に整ったかのように思えたものです。


それでは、トヨタ同様に乗用車版から紹介していきます。



最初の見開きには、テストコースを疾走する2台。
セドリックとブルーバードというこの年を代表する新型車なのですが、第21回のトヨタは同じようなアングルでもっと台数を走らせていたことを思うと、若干物足りない気もします。生粋の日産車という選択ではないと思うのですが。





続いては、セドリック&グロリアに採用された各種エレクトロニクス技術の紹介。

”ECCS”は、日本初のエンジンのコンピューター制御ということで確かにエポック的存在。トヨタが”TCCS”名でコンピューター制御を導入するのはもう少し後になります。

ドライブコンピューターはシルビア&ガゼールに初採用されて、かなり注目を集めました。その後、順次装着車を増やしますが、80年代中頃には消えてしまった装備の一つとなります。

レーダーカーは、現在の衝突低減ブレーキの元祖となる技術です。もっとも、この回の前の回にローレルに搭載して参考出品された技術だったりなのですが。





ショーの直前には、第二次オイルショックが勃発。ガソリン価格の高騰が起こっていましたので、省エネルギーは避けて通れない課題でした。
日産もトヨタ同様、空力や軽量化による改善を目指していたことが分かります。

下のエンジン群の内、日本初の量産ターボチャージャーエンジン”L20ET”と6気筒ディーゼル"LD28”は、ショーの直前にセドリック&グロリアに搭載されて、話題となります。どちらもトヨタより早い市販化でした。





ショー2日目となる11月2日に発表&発売された910ブルーバードが見開きで紹介されています。ショーは11月1日から11月12日の開催でしたから、タイミングを合わせたのは明白。

前代であるブルーバードUの面影を彷彿させていた810型が、僅か3年半弱でいきなりこんなモダンになったのですから、それはもう驚きでありました。

910型はデザイン・技術共に評価が高く、このクラスのベストセラーの座をコロナから取り戻して、長くその座に座ることとなります。





当時の日産のワークスラリーカーだったのは、510ブル-バード → 710バイオレットからその座を受け継いだ、A10バイオレット。

70年代のラリー界では、トヨタセリカよりもこのバイオレットの方が良い成績を残しています。バイオレットがT11に変わるにあたり、S110シルビアにその座を譲ることとなります。





ここからは、販売系列別のモデル一覧です。

左は日産店。右上はモーター店。右下はサニー店となります。

今にして思うとモデル配置が上手くない印象を受けますね。
ブルーバードとバイオレットはセグメントが近過ぎですし、サニー店のサニーとスタンザの関係も同様。

それまでの歴史の中で、元は同一車種だったのを分けたことがその原因なのですが、結局分家モデルの独り立ちを阻害することとなってしまいます。





左上はチェリー店、左下はプリンス店となります。
チェリー店は、遡ると愛知機械工業のコニー店となりますし、プリンス店は、もちろん日産合併前のプリンス自動車の系列。

当時の社内風土までは知る由もありませんが、何となくこの2系列は他の3系列と比べて、遠縁の風情を感じざるを得ません。それでもトヨタより先に販売店の5系列体制を整えていたのです。

トヨタ対比だと、日産店vsトヨペット店、モーター店&プリンス店vsトヨタ店、サニー店vsカローラ店、チェリー店vsオート店、となるのでしょうね。


右頁は、日産も力を入れていたワゴンの紹介。
ここではバネットコートとサニーカリフォルニアが掲載されています。
当時の日産ワゴンで連想するボディカラーはこのイエローですし、ウッドパネルもまた当時を象徴するアイテムですね。




続いては商業車の紹介です。



見開きは、今ではすっかりビル街となってしまった新橋&汐留の当時の風景です。
当時は、国鉄の貨物列車・荷物列車のターミナル駅である汐留駅がありました。今、汐留駅と言うと、ゆりかもめor都営大江戸線が連想されるのでしょうね。





日産の商業車をベースとした特装車の数々。
この辺りは”働く車”がお好きな方には喜んでいただけるかと(笑)
何せ”ファイヤーパトロール”に”公団430”の新車当時の姿なのです。





こちらも”働く車”ですが、どちらかというと地味系。
一番上のセドリックワゴンは、乗用車版で紹介したラリー・バイオレットのサービスカーのようです。





この頁は、当時第一次ブームとなっていたワンボックスワゴンへの日産からの提案。
何となく日産の方が当時のバニングブームをそのまま表現しているように見えます。翌年登場したキャラバン&ホーミーとは、明確に方向性が異なる参考出品ですね。

翌年”サファリ”として発表される4WDが”パトロール”として参考出品されています。当時の国内の4WDは、レオーネ以外ミリタリータイプの風情を残すタイプでしたから、えらく斬新に見えたものです。
ドアミラーと標準ルーフ&前向きの後席は、市販時にはない組み合わせですが、おそらく中近東向けが先行していたからと推測します。





今に続く「愛は地球を救う」もこの時はまだ2年目でした。
ここでは、バネットとキャラバンをベースとしたチェアキャブが紹介されています。

その他に、ニッサングリーンカップや海&空関係の紹介も





ここからは商業車のラインナップの紹介です。
こちらは乗用車と異なり、車型ごとの紹介で系列ごとの紹介とはなっていません。

左頁は乗用車ベースのライトバン。右頁はトラックとなります。

乗用車に付随するライトバンはともかく、トラック&キャブバンの世代交代はトヨタより一足遅れています。翌年以降、キャラバン&ホーミーをモデルチェンジ。トラックをアトラスに統合して新世代の体制を整えることとなります。





左頁はキャブバン&マイクロバス、そしてフォークリフトも紹介されています。
右頁は系列とサービス体制が紹介されています。



パンフレットの紹介はここまでで、最後にまとめなど。

ラインナップを見ても、両社に商品力や物量の差はそれほど感じられないと思います。

ところが、前回も書いたとおり、ここからの5年間が両社の命運を分けてしまったと認識しているのです。

この時点の両社の勢力図を乗用車のクラス別で解説すると、中型車クラス(2000cc以上)と大衆車クラス(1600cc以下)は、それぞれクラウンとカローラが強かったことからトヨタ優勢。中間の小型車クラス(1600cc~2000cc)は、ブルーバードとスカイラインを持つ日産が優勢でした。

そこでトヨタは小型車クラスを、もう一方の日産は大衆車クラスの攻略にとりかかります。その過程では、両社共に5系列体制の確立、続いては各系列のフルライン化という具合にどんどん戦線が広がっていくこととなるのです。兄弟車あるいは姉妹車と呼ばれる新ネーム車が一気に増えたのはこの時期ですね。

技術的な視点から見ても小型車以下はFRからFFへの転換という一大変換期。正しく両社の社運を賭けた総力戦が行われたのでありました。(マツダやホンダはその間隙をぬって勢力を拡大するのですが、その話は別の機会とします)

総力戦の結果は・・・
明けた1980年代初頭こそ、910ブルーバードが絶好調、さらにターボブームを巻き起こした日産が攻めますが、中型車と大衆車を防衛しつつ、やがて小型車の勢力図を逆転させたトヨタの勝利となります。全体の遷移としては、変革期でもシステマティックに需要を上手く誘導したトヨタと、トヨタに翻弄される内にメンツ無き戦いを始めてしまった日産というところでしょうか。
個別車種で見ると、両社それほど大きな差はなかったように見えていただけに、両社を隔てた差は全体を俯瞰できていたかどうかの差だったと思うのです。
その僅かな差が、大きな違いとなってしまうというあたりが、クルマという商品の実に怖いところでもあるのですが。

歴史に“IF”は禁句ですが、日産にこの時期、全体を俯瞰する目と判断力、そこからの選択と集中が出来ていたら、きっとその後の日本のクルマ市場の歴史は変わっていたはずなのです。
ブログ一覧 | 古のモーターショーのパンフレット | クルマ
Posted at 2015/02/14 00:09:58

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この記事へのコメント

2015年2月14日 0:31
こんばんは♪

「技術の日産」って言うだけ有って、クルマの造り込みはさて置き、先進技術の取り入れは早かったんですよねぇ。

だけど、「販売のトヨタ」と言われてただけ有って、トヨタの方が顧客のニーズに応えてたから差がついた様な気がします。

まぁ、それ以外にも、労使のいざこざが物凄かったのも有って、身動きを取れなかってのも有るんでしょうけどねぇ。

その後の901活動で巻き返しに出たかのように見せた後のズッコケが響いて今の体制になったのは痛いですよねぇ。

R35GT-Rや、インフィニティ各車を見れば分かる様に、技術は本物なのにあと少しだけ市場のニーズを読み取れれば良いんですけどねぇ。

でも、それが出来たら日産じゃないか?www
コメントへの返答
2015年2月14日 7:43
おはようございます

「技術の日産」と「販売のトヨタ」は、対比でよく使われていましたね。

書かれているとおり、日産が先進技術を先に取り込んでも、細部の作り込みで商売に負けたり、後追いしたトヨタに逆転されてしまうことの繰り返しでした。

労使の話は、当時はあまり問題にされませんでしたが、後年になって、これが低迷の原因とする見方が強いようですね。製品・技術共に、引き際が悪かった印象で、おそらくこれが原因なのでしょう。

901活動は、実は当の日産自身が自己評価できなかったんじゃないかと疑っています。でなければ、その次世代達がああいう形で出てこなかったと思いますし。

今も国際商品としてみれば、きちんと成立はしていますよね。国内市場の重点度が下がっただけなのでしょう(それ自体は大問題ですがw)

きっと日産ファンは販売の不器用さも含めて好きなんだと思います。トヨタを翻弄したクルマたちが好かれる理由も、その辺りが含まれるような気がしますね。
2015年2月14日 6:13
おはようございます。
懐かしいパンフレットですね。

この頃私はまだ高校生だったので東京モーターショーには行けませんでしたが、東京で開催された後に名古屋でも名古屋モーターフェスティバルなる物が開催されていました。

東京に比べたら出品台数も少なく寂しい物でしたが、それでも楽しみで見に行ったものです。

このパンフレットも名古屋の会場で頂きました。

この頃の日産は今ほどトヨタとの差を感じる事は無く、技術的にはトヨタには負けていなかったと思います。
RV系もワンボックスにオートマやパワステを取り入れて来たのは日産の方が先でしたね。

セドグロワゴンやサニーカリフォルニアのサイドのウッドが好きでした。

コメントへの返答
2015年2月14日 8:02
おはようございます

モーターショーのパンフレットって、当時のその社の紹介には最も分かりやすい資料だと思うのです。で、そのパンフレットをpochiponさんは、見られていたのですね。

どうしても東京中心で書いてしまうものですから、名古屋モーターフェスティバルの話は勉強になりました。

日本車が長足の進歩を遂げた理由の一つには、両社の激しい競争関係があったからという思いがあります。それだけに今の両社の力関係は残念ですし、当時を羨ましくも思わざるを得ません。

確かにRV系は日産の商品提案が一歩進んでいてトヨタが追う構図でした。この時代だとオートマ・パワステの他に回転対座シートも忘れられません。

乗用車ベースのワゴンも日産の方がバンとの差別化が上手でしたね。
ウッドパネルはアメリカが先行していたものを国内でも提案した形ですが、日産ワゴンの象徴的なアイテムとなりました。あの頃は、フルライン・ウッドパネルでしたね。
2015年2月14日 7:42
おはようございます。

910、売れましたね~当時、サンシャイン60の日産ギャラリーで、買い物のついでにこいつを見かけまして、まず先に反応したのがウチのオカン。今までアンチ日産だった人が一目ぼれ。ねだるまでもなくカタログもらってきてくれて、早速地元のディーラーにて商談。でも高くてイマイチ遅いとことで、我が家の車庫にはジェミニが納まるわけで・・・ターボが出てれば、無茶してでも買ったのでは?その後、丁稚修行してた中古車屋で、いやというほど付き合う(しかもバン!)ことになろうとは…
ラインナップ紹介の写真に、各々キャラクターが登場してますが、当時配布してたカレンダーに「日産・オールキャラクター」ってのをもらった記憶があります。写真がクルマじゃなくて、子ども心にはつまんなく映ったものですが、今となっては取っときゃ良かったと。
でも、なぜか日産のディーラー、妙に敷居の高い印象がありまして、トヨタのようなフレンドリーさが感じられないというか、なんか無機質というか、良きにつけ悪しきにつけ「技術の日産」なのかなと、子供にも感じさせちゃ不味いんじゃないかと思っていました。
コメントへの返答
2015年2月14日 8:18
おはようございます

910の登場当初は、ライバルを含めた販売関係者的には、「売れても当初だけ」という見方だったようです。それが、あれだけのロングセラーとなったわけで、むしろユーザーの方が素直な反応だったと言えるかもしれませんね。さすがのベストセラー、私の周辺でも乗っている人の多いクルマでありました。

当時のキャラクターグッズは、私も取っておけば良かったと思います。910繋がりでは、日産店の昭和56年の卓上カレンダーが家にありまして、F30のキャラクターと隔月で相互に出てくるというものでありました。

当時の日産のディーラーには、同じような印象を持っていました。あの頃は訪問販売も多かったのですが、トヨタや三菱は来ても、日産は少なかったですね。きっと当時の子供を日産ファンにしたのはディーラーではなく、TVや映画での活躍なのでしょう(笑)
2015年2月15日 10:46
おはようございます

非常に懐かしい思いで拝見させていただきました!
私、以前は日産党でしたので♬ 

初めての愛車は写真の910ブルの1つ後のブルでは初のFF。U11でした。
次が親父のお古でしたが写真の430グロリアです!
いずれも当時出たてのターボ付きでした♬
この頃の車のデザインが一番好きです。新技術も目白押しだった気がしますし。
今思えば一番光っていた時代だったのかも。
コメントへの返答
2015年2月15日 11:58
こんにちは

普段は埋もれているだけの資料ですから、懐かしんでいただければ、嬉しく思います。

父はトヨタ党でしたが、母方の伯父はこの当時の日産車が多かったです。U11こそありませんでしたが、430や910のターボ付きに乗っていました。ATでも中間からの加速がえらく速かった印象があります。
910や430は外国デザイナーという話もあるようですが、前代に比べてえらくモダンになったなぁと驚いたものです。暗黒の排ガス規制も一段落して、どんどん車が良くなっていったイイ時代でしたね。
2015年2月15日 16:20
こんにちは、初めまして。

いつも興味深く拝見させていただいてました。
ブログのテーマを深く考察されてまして、そして解りやすく文章にされてますよね。
私はどちらも苦手なので、とても参考になるのと同時によりクルマへの思いがより深まります。
実はpari-siroさんのブログを拝見するようになってからは自分のブログもレベルアップさせたいと思うようになりました!

さて23回の東京モーターショーといいますと1979年ですよね?
おっしゃる通りこの年デビューしたS110シルビア&ガゼール、430セドリック&グロリア、910ブルーバードが好評で翌年はジャパンターボ、F30レパード&レパードTR-Xもデビューし、ひょっとしたら80年代は日産が国内市場をリードするのでは?と思ったものですが、その裏で着々と準備していた初代ソアラの81年のデビューを皮切りにどんどん差が開き、一方の日産はT11系やC31ローレル、N12系の失敗で自滅したせいもあり更に差が開いたのは日産好きな私にとってはとても残念でなりませんでした。

他の方のコメントでもありますように労使のいざこざや顧客のニーズからちょっとずれていた事が凋落の原因だと思いますが、純日産至上主義が強過ぎて旧プリンス系のクルマはずっとト様扱いでセドリック、ブルーバードの方がグロリア、スカイラインよりも有利なグレード展開だった事、あと各販社のラインナップが全くダメだった事なども大きな要因だと思われます。

せめてモーター店のローレルと、チェリー店のオースターを入れ替えただけでももう少しまともだったかとも思いますが・・・。

でも今の日産のラインナップと比較するとバリエーションが豊富で私には夢のように思えますね (汗
コメントへの返答
2015年2月15日 20:58
はじめまして
コメントをありがとうございます。

お褒めにあずかり、大変嬉しく思うと共に、照れくさいような気もいたします。
私自身が、他の方が書かれている文章から勉強をさせていただいている最中だったりなのです。講釈師然とした拙い文章ですが、何かしら感じていただけたのであれば、ブログ主としてはそれに勝る喜びはありません。

本題の23回東京モーターショーですが、さすがの同世代、79年から80年初頭にかけての新型車の動向は、全くその通りだと思います。
F30レパード&レパードTR-Xは、ちょうど60マークII&チェイサーと時期が重なったのですが、雑誌界の評価は明らかにレパードに軍配が上がっていましたし。流れが変わったのは、やはり初代ソアラの成功とT11系の失敗なのでしょう。特にT11系は、相当な投資をして、かなり力が入っていた上での結果だけに、この後に続くモデルが妙に委縮してしまったように思えたものです。

差の要因としては、新世代6気筒エンジンと4ATもあると思っています。この件はプリンス系との確執があったのかなぁと想像するところですが、V6&4ATがもう少し早く全車展開できていれば、上級車市場の勢力図はきっと変わっていたと思うのです。

また今回改めて当時の販社のラインナップを見ると、不整理を感じずにはいられません。販社はどうしても売りやすい1車だけに力を注ぎますから、近いセグメントのモデル投入は売る方も困ったでしょうね。

この時代は、これから総力戦を開始しようかというところですから、モデル数も豊富ですし、意欲的な新型車が次々出ていました。購入には至りませんでしたが、あの時代を子供心ながらも体験できたのは、きっと幸運だったのだと思うのです。
2015年2月16日 21:10
こんばんは~

この回の日産ブースのカタログ…僕も持っています(笑)勿論、自動車のカタログ屋さんから入手したのですが(笑)

1979年…110シルビア/ガゼール・430セド/グロ・910ブルがデビューしてますが、この頃のデザインが僕にはピッタリです!

既に、810後期等で搭載されてたZエンジンは始動直後に「ガウゥ~~ン!」と云った独特のエンジン音が大好きです(笑)

低くワイドなメーターパネルには驚きましたね!父は、中古で購入なんですが、セダン2000SSS-EXG(グレーツートン)に乗ってましたが至れり尽くせりでメロメロになった訳です!

専用マイクで裕次郎氏の曲を聴きながら歌ってましたし(笑)そんな想い出の有るクルマです。

まぁ、80年代初頭はターボで一世風靡を巻き起こしましたが、T11等も含めて、日産のマルチチャンネル化は失敗だったのでは…と。

その点、トヨタの方が車種構成等の組み合わせ方や販売の仕方が、やはり一枚上手だな!と思いました!

販売のトヨタ、技術の日産と云った所でしょうか…(笑)
コメントへの返答
2015年2月16日 21:30
こんばんは

モーターショーのパンフレットって時代を経るとあまり残っていない印象なのですが、カタログ屋さんでも取り扱っていたというのが意外です(笑)

以前コメントされていた好きなクルマが総出演の時代ですね。ブログに記したとおり、若干派手目なスタイルが好評でした。トヨタよりも専用異形ライトの採用が早かったのも、個性の演出に一役買っていますね。

910のセダンSSS-EXG(グレーツートン)は、マイベストの仕様です。このツートンと赤黒ツートンは910の好調な販売に乗って当時流行しましたね。確か登場当初は納車待ちとなっていたはずです。

マルチチャンネルの是非は、今視点だと失敗なのですが、当時は物量第一の時代でしたから、仕方なかったのかもしれません。事実トヨタは後追いで5系列体制を整備していますし。

やはり問題は系列に流すモデルでしたね。5系列を満たせる状態なら問題ないのですが、兄弟車乱発では結局値引き合戦で疲弊するだけでしたし。

やはり販売のトヨタ、技術の日産ですよね。当時は技術の使い先が上手くなかったとも言えたりですが(笑)

プロフィール

「12年目の1年点検に入庫 http://cvw.jp/b/1984303/48573850/
何シテル?   07/31 22:03
3台計で20年以上の長きに渡って乗り続けたX80系からW204への代替がみんカラを始める動機となりました。 最初はW204関連を主とするはずだったのですが...
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