
ブログ投稿画面が改良されて、PCサイトからの追加画像のアップロードが簡単になりましたね。こちらを見ている方はお解りの通り、各回、画像を多数アップロードしていますので、嬉しい改良であります。
改良には軽く触れたので、本題の話を。と言いつつも、差し迫った物もありませんので、今から30年前に開催された東京モーターショーのパンフレット話をさらに進めることにします。
今回は、スバル編です。
スバルに関しては、少し前に1988年の総合カタログを取り上げていまして(リンクは
こちら)、車種別の部分は重なるものも多いのですが、そこはご容赦くださいませ。
メーカー的には、前回のモーターショー以降、久方ぶりのリッターカーとなるジャスティの登場を皮切りに、基幹車種となるレオーネの5年ぶりのフルモデルチェンジ、さらにアルシオーネのデビューとかなり勝負をかけていた時期ではあります。
そんな理由もあってか、コンセプトカーの出品については若干寂しい内容だったのですが、それでもよくよく見てみると、結構意欲的な内容も含まれていたりします。
それでは、パンフレットを順を追って解説していきます。
最初の見開きで、2台のコンセプトカーが取り上げられています。
左奥が”F-9X”。
ハイスピード4WDの究極を目指したということで、2.0L DOHCのフラット4エンジンにターボチャージャーとスーパーチャージャーを追加。それをフルタイム4WDで駆動するとされています。どうやらグループBとの結び付きも主張されていたようですが、ちょっと無理目ですね。
読んでいくと解る通り、詳細な解説も省略されていますので、デザインが最大の目玉だったと言えそうです。センターアンテナの2本立てが特徴的ですね。
右手前が”ACX-II”。
この年に登場したばかりのアルシオーネをベースとしたコンセプトカーとなります。こちらは一転してだいぶ現実に近い存在でした。2.7Lフラット6&4WDという構成からも解る通り、市販車の先行出品的成り立ちでもあったのです。
次の見開きには、「スバル4WDは、乗用4WDの最先端」ということで3種のトランスファーが紹介されています。この時点では、上の2種が市販されていて、そこにフルタイム4WDを発表した形でした。
この時代は、アウディクワトロの登場が契機となって4WDが注目されていました。スバルの先見性が高く評価されるのですが、そのことは他社もこの市場に参入することも意味していました。
実際、マツダがファミリアにフルタイム4WDを追加したことで、市販化では先行されてしまっています。この翌年には、スバルのフルタイム4WDの市販車第一号として、クーペRX-IIが追加され、設定が広がっていくこととなります。
ACX-IIの技術解説です。
先に書いた通り、パワートレインはフラット6をフルタイム4WDで駆動する形でした。市販車は、フラット6こそ同様でしたが、フルタイム4WDはMP-Tの進化版ACT-4とされて、パワーステやEP-Sの制御方法も変更されています。
パワーステを電動モーターで直結操舵するというのは、製品化第一号のセルボより3年近く早いトライとなります。もっとも、8ビットでの制御は限界があったはずですから、油圧コントロールに電子制御モーター駆動ポンプを用いる形としたのは正しい判断だったと言えそうです。その後の流れからすれば、後者も十分先進的ですね。
キーレスエントリーに連動したメモリーパワーシートは、現在に続く技術です。キーレスでロックすると、盗難防止のために、自動的にシートが前方にスライド、バックレストも前傾して乗車できない状態になるというのは、ナイスアイデアで実現に至っても良さそうです。
車速連動のエアダムスカートは、翌年登場のスカイラインよりも先行していますし、タイヤ空気圧センサーも今に至る技術です。
こうして見ると、着眼点は本当に鋭かったのですね。
アウディクワトロが注目をされたのは、ラリーフィールドでの活躍にありました。うちは、もっと早くから4WDでラリーに参戦していたんだぞ、と謳われています。
さらに、アウディクワトロ、プジョー205、共に主戦場はグループBだったのですが、スバルは市販車に近いグループAで戦うぞ、というのがもう一つの主張です。
サファリラリーに関しては、グループBがセリカ、グループAがレオーネの優勝ということで、耐久性に勝る日本車が強かったと言えますね。
名前と顔写真は、マスキングしました。
これまででも4WDへの先見性は十分に思うのですが、さらに見開きを使って優秀さを主張しています。
スバルはFFの先駆者だったものの、他社の相次ぐ参入により、FFでは差異が見出せなくなりつつありましたから、他社よりも先行していた4WDに頼らざるをえなかったと言えるんですけれどね。。。
ここからは、市販車の紹介です。
この時の目玉は、登場したばかりのアルシオーネでした。
スバル初のスペシャルティーカーということで、当時の自動車雑誌では先行した北米版の登場時点から、数回に渡って特集されたほど。
左頁はアルシオーネのカットボディ。
レオーネをベースにして2+2のクーペボディを構築していますので、フラット4を搭載しつつ、5ナンバーサイズの横幅と低いノーズの両立に苦慮したエンジンルームは特にレイアウトの厳しさが表れていますね。
その下には、当時話題となったECVTを大きく掲載。MTとATの長所を両立させた夢の無段変速と言われていました。その市販版は、難点もあったものの、今のCVT全盛時代を切り拓く存在となりました。
この前年に登場した基幹かつ主力車種となるレオーネ。
登場時に認証関係のトラブルが起こったため、1年半近くの期間が開いて、ようやくセダン・ワゴン・クーペとフルバリエーションが揃った時点となります。
ここも大きく取り上げられているのは4WDで、FFは右上に登場するのみとなります。
リッターカー2台です。
左頁はジャスティ。
レックスを拡大したリッターカーとして登場しましたが、ライバル車の攻勢にあったため、この時点で4WDのみに、1.2Lの3バルブを搭載したグレードが追加されています。専用グリルとハイルーフも1.2Lの特徴でした。
右頁はドミンゴ。
こちらはサンバーを拡大したワンボックスワゴンとして登場。
結構売れた存在でしたが、ライバル車は不在であり、後追いの参入もありませんでした。
軽自動車2台です。
左頁はレックス。
スバル360以来続いた、RR方式をFF方式に変更した世代の末期です。
マイナーチェンジにより丸目から角目に変更されて、同時にターボ&4WDを組み合わせたグレードが追加されています。それまでは、他社含めてターボと4WDは同時選択不可でしたので、間隙を縫うようなグレードでした。やがて他車も追随してきます。
右頁はサンバー。
こちらはRR方式のまま続いたシリーズです。
軽自動車のワンボックスバンは、他社との競争の中で徐々にハイスペックと豪華さを競うようになっていきますが、まだまだシンプルな時代ですね。
裏表紙では、スバルは世界的に評価されているんだよということで、アメリカのマイカー満足度調査の結果と4WDの生産累計が100万台を超えたということが謳われています。
前者は見辛くて恐縮ですが、日本車の社名は伏せられているものの、それ以外は実名で掲載されています。1位にメルセデス、以下、5位にジャガー、7位にボルボ、8位にフォルクスワーゲン、9位にサーブ、10位にリンカーンと言った具合で、今とはだいぶ違う顔ぶれですね。
さらに下には、自動車事業以外にも航空機・(鉄道)車両・バス・(産業用)機械というように他事業が紹介されています。こちらも今では撤退してしまった部門が含まれていますね。
といったところで、いかがだったでしょうか。
FFにしても4WDにしても、スバルの先見性は確かなものだったのです。
そんな技術優先の会社らしさは、この時のACX-IIの技術にも垣間見ることが出来ます。
その一方で商売は上手くないと言えて、ACX-IIで見せた技術なんかも市販化では他社に先行されてしまって、この後しばらくは、結局商売的には苦しくなってしまうという状況でした。
先に紹介した1988年あたりが一番苦しい時期、そこから奇跡に近い回復を見せたのがこの会社です。元々の技術は持っていたのですから、それらを商売と結び付けるコーディネーターが現れたことが回復の理由と言えるかもしれませんね。
今のラインナップを思い返す度に、事業から撤退することなく存続したことを嬉しく思う次第なのです。