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2020年03月21日

A32セフィーロの特別仕様車

A32セフィーロの特別仕様車 自分の好きな年代ということで自然と1980年代の話が多いかなと思っているのですが、たまには年代を変えてみましょうということで。今回は1990年代から一台を取り上げてみます。

今回の主役はタイトルの通り、A32セフィーロ。セフィーロとしては2代目となります。

通算3代続いたセフィーロですが、自動車雑誌等で取り上げられるのは初代が多いという印象を持っております。皆さまご存じのとおり、2代目でそれまでの直6FRからV6FFへと一大転換をしていまして、どうも2代目以降は話の主役にはならないような。

初代は、爆発的に売れていたマークII3兄弟に果敢に挑んだクルマ。ニューネームで登場するにあたり、キャッチーなコピーやCMを掲げ、フリーチョイスを導入する等、アッパーミドルサルーンの新たな価値観を示しました。

登場時は大きな話題となり、販売台数も伸びたものの、やがて台数は降下。後続となったC33ローレルやR32スカイラインに話題が移ったこと、根強い支えとなるはずの歴代ユーザーを抱えていなかったことがその理由と思っています。

そんな経緯から、ローレルとスカイラインと袂を分かち、新たにマキシマと関係を結ぶに至った結果が今回の2代目となります。

初代は後年になり、ドリフトブームが沸騰する時代背景の中、改造のベースとして再びの脚光を浴び、最後の一華を咲かせながら消費されていくこととなるのですが、ここではあまり触れずということで。

何かと話題となった初代から比べると、2代目は地味な印象となるのかもしれません。しかしながら、私個人としてはセフィーロは、初代のキャラクターに賛同はするものの、その真髄は2代目にあると思っていまして。90年代のミドルサルーンという枠でも高評価の筆頭格。理由は後述。


前置きが長くなりました。
それでは、A32セフィーロ、その中から特別仕様車2種を紹介していきます。

【デュアルセレクションII】

(発売日)
・1996/5/22

(ボディカラー)
・ディープブルーパール
・プラチナシルバー
・ダークグレーパール
・プラチナホワイトパール

(ベースグレード)
・25エクシモ E-AT
・20エクシモ E-AT/5MT

(特別装備)
・本革巻ステアリング&シフトノブ
・マルチリモートエントリーシステム
・電磁式トランク&フューエルフィラーリッドオープナー
・セフィーロスーパーサウンドシステムCDセレクション(25のみ)
・専用ブラウン内装色
・エレガントツィード地シート(25は標準、20のみ特別装備)
・ゴールドグレードエンブレム
・助手席SRSエアバッグシステム
・ABS

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キャビン部分をマキシマと共用しつつ、フロント&リヤセクションを別に仕立てるというのがセフィーロの成り立ちでした。

あっさりとした印象が先行するマキシマに対して、国内ユーザーを主と想定したセフィーロは、このクラスに求められる豪華さを意識した造形となっています。


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参考:1995 MAXIMA


ボディサイズは、全長4,760mm×全幅1,770mm×全高1,410mm。
5ナンバーの制約を超えたサイズは、当時とても大きく感じたものです。その分、デザインで大きく見せようとしてはしていませんでした。
当時のアッパーミドルサルーンのサイズも、今ではDセグメントとCセグメントの中間くらい。日本で使い勝手の制約を受けない最大限と個人的に思うサイズはこの辺りだったりもします。

この画像の両者は、共にオプションのシルバーポリッシュアルミ&205/65R15タイヤを装着しています(標準はスチール&195/65R15タイヤ)。標準仕様のフルキャップは、あまり豪華さを感じさせないデザインでしたが、この仕様だと華やいだ印象に一変。当時からこのホイールはいいなと思っていました。



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デュアルセレクションIIの特徴にブラウン色のインテリアがありました。標準仕様のインテリアカラーは、グレーとオフブラックの2色。共にモノトーンの設定の中でこの特別色は、インテリアの印象を大きく変える効果がありました。

80年代だとこれにブロンズガラスの採用となるのでしょうが、既にこの時期にはグリーンガラスへの統一が進んでいたため、変更はされていません。

このサイズのFFサルーンですから、キャビンサイズはゆとりあるものでした。幅方向は5ナンバーミドルサルーンより明らかに広いですし、同世代のハードトップにありがちな後席の頭上空間に皺寄せなんてこともありません。

この時期の特徴にコストダウンの嵐が吹き荒れていたことが挙げられます。このセフィーロも影響は受けている筈ですが、アッパーミドルサルーンという成り立ちもあってか、見た目から明らかに、という類とはなっていないように思います。
確かにバブル期の豪華絢爛さは見受けられませんが、飾り立て過ぎない素の良さが伝わってくるような。シート地もツィードながら柄を目立たせてもいませんし。

リヤトランクはバンパーレベルから開き、トランクスペースももちろん広大。正しく真っ当なセダンの成り立ち。でも、当時はその真っ当なセダンが本当に少なかったのです。



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左頁には特別装備として2つの安全装備の追加が謳われています。
一つはABSで、もう一つは助手席エアバッグです。

標準車は、運転席エアバッグのみ標準にして登場しました。それでもライバル車に先行しての標準であり、商品力としては大きなアドバンテージがありました。マークII3兄弟はセフィーロに影響され、急遽運転席エアバッグを加えた特別仕様車を登場させたりもしています。

運転席エアバッグの普及が進んだ次の段階がこれらの装備でした。
ただ、助手席エアバッグは、ステアリング内蔵と出来る運転席とは異なり、当初から想定が無いとインパネの大改造が必須となるため、簡単には採用できず。セフィーロはこの種の装備が先行して求められた北米輸出があったため、幸いした形でした。


右頁上段はその他特別装備の紹介です。

セフィーロは当初、CDをチェンジャーで対応させる仕様だったため、デッキ組込のCDはオプションとされていました。

デジタル表示のエアコンやマルチリモートエントリーは、当時流の新時代を感じさせる装備でした。この辺りがあると旧車よりも近代車の感が強くなる気もします。


右頁下段はメカニズムの紹介です。

セフィーロが好評だった要因の一つにVQエンジンの良さが認められたことがあると認識しています。VQは、マルチシリンダーならではのスムーズさ、音の良さを体感できる名機だったと思うのです。VQ20DEが出たことで、それまでの1G-FEはもう一段のパワーアップを主とした更なる進化を迫られることになります。また、この後に出るトヨタのV6、MZ・GRは共にVQを意識したエンジンじゃないのかなとも。

リヤサスは、この時期日産が盛んに宣伝したマルチリンクビーム式を採用していました。



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表紙と裏表紙の諸元表等です。

表紙は当時CMに登場されていた方々。四半世紀前ですからお若いですよね。

スペックは表のとおりですが、今視点だと想像以上の軽量さに驚かされます。2.5でも1350kgですからね。81はもちろん、90マークIIよりもさらに軽い車重です。FFの利点の一つに、作り方次第でFRよりも軽量にできることが挙げられますが、その利点を生かしていたのですね。


続いてはマイナーチェンジを挟んだ末期に登場したブラウンセレクションです。


【ブラウンセレクション】

(発売日)
・1998/1/21

(ボディカラー)
・プラチナシルバー
・プラチナホワイトパール
・ホワイトパールツートーン

(ベースグレード)
・25エクシモ E-AT
・20エクシモ E-AT

(特別装備)
・本革巻ステアリング&シフトノブ
・ファインビジョンメーター(25は標準、20のみ特別装備)
・専用ブラウン内装色
・運転席パワーシート(ヒーター付)(25のみ)
・専用グリル
・シルバーポリッシュアルミロードホイール&205/65R15タイヤ


デュアルセレクションIIの売りだった安全装備は、時代が進み標準化されましたので、仕様は近いながらもブラウン内装をアピールしています。


25エクシモ ブラウンセレクション(ホワイトパールツートーン)

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マイナーチェンジに伴い、マルチリフレクターヘッドランプの採用やバンパー形状が手直しされたことで豪華を増す方向に進みました。

私感ですがマイナーチェンジとしては成功していると思います。前期のシンプルさも、後期の豪華さも共にいいと言えるような。

標準車は、マイナー後も形状自体は変えつつも横基調のフロントグリルを継続しましたが、この特別仕様では一転して縦基調のフロントグリルを採用。特別色のホワイトツートーン共々特別感の演出に役立てています。

このグリル、セフィーロがインフィニティI30として輸出される際のデザインの流用(ただしエンブレムはインフィニティマークからニッサンマークに変更)ではあったり。


参考:1998(?) infinity I30t 



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内装も、木目調パネルやドアトリムの布部分が増やされたことで、マイナー前よりも豪華な印象となっています。

ファインビジョンメーターの採用、ステアリングやカップホルダーの変更も意外と効いています。

華美というか派手になったというかのシート地だけは、マイナー前の方がいいかも、ですけれど。



20エクシモ ブラウンセレクション(プラチナシルバー)

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リヤもテールレンズやガーニッシュが変更されています。マイナー前は車格の割にスッキリかな、でしたが、車格相応になったような。

ホイールカバーもデザイン変更。一見アルミ風に見えるデザインですが、やはりポリッシュ仕立ての純正アルミに一票です。



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デュアルセレクションIIでは、20のシート地を25のシート地に合わせる特別仕様が含まれていましたが、ブラウンセレクションではシート地は標準車に準じて分けられています。

実物を見ると印象も変わるかもですが、画像で見る限りでは20のシート地のシンプル風味に一票だったりです。




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諸元表等です。
ブラウンセレクションでは、20もATのみとされています。

上で取り上げた車重は、20kgの増加。安全装備の追加あるいはボディ補強辺りが要因でしょうか。

ボディカラーはホワイトorシルバー系のみとされていました。この内装色なら、デュアルセレクションIIでは選べたダークブルーや標準車では選べたブラックも
似合っていたのではと思えるのですけれどね。


といったところでいかがだったでしょうか。
それでは、いつもの私的考察を。

最初にセフィーロとマキシマの融合が発表された時、私は違和感の方が強くありました。共通項といえば、登場時期が近かった同じ販売系列(セフィーロのみサニー店の扱いもあり)のセダンというぐらいで、コンセプト・メカニズム・セグメント・ターゲットユーザー等、異なる点の方が圧倒的に多い関係だったからです。

しかしながら、いざ融合させてみると、この判断はいい結果をもたらしたのではないかと思うようになりました。

メカニズムの元は初代マキシマで、ワールドワイドを想定した極めて真っ当な成り立ちながらも、それが故に日本市場では受け入れられたとは言い難いクルマ。
そこにセフィーロのマーケティング・セグメントが入り込むことで、解り易さ・親しみ易さが加わることに。

この兄弟関係は、キャビン部分を共用していると先に書きました。
そのことは恐らく、日産の経営が傾きつつあったことが影響しているのだろうと推測しています。当時の日本市場を考慮すれば、ハードトップに作り変えてしまう、という判断があっても不思議ではなかったからです。その方が売り易くもあったはずであり。

一方でプラットフォームはキャリーオーバーしつつも、エンジンはVQを新開発して、リヤサスも変更。

こうして出来上がったのは、このセグメントとして納得できる、極めて真っ当なセダンでした。私が高く評価する最大の理由です。


当時の日本のセダンがどうなっていたかを書いてしまうと。

80年代に輝いて映った、ミドルサイズ以下のセダンは、時代なりの進化もあるものの、主眼はコストダウンにありました。モデルチェンジの度に、この装備が無くなった、この仕様が落とされたと落胆し、前の方が良かったと思わされたクルマ達。

アッパーミドル以上のセダンは、3ナンバーサイズという新たな訴求力を得たものの、スタイリング優先のハードトップばかりが乱立し、本流であるはずのセダンは隅に追いやられるか、クルマによっては廃止されていて。

セダンというボディ形状自体、ワゴン・ミニバン・SUV(当時はまとめてRVで括られていましたね)に主役の座を追われつつもありました。


そういった時代の中で登場したセフィーロの真っ当さ、上品さというのは、高く評価しなければいけなかったと思うのです。こうした点を見抜いた人は相当数いたようで、傾く一方だった当時の日産を地味ながらも支える一台ではありました。市場の評価も結構高かったですし。

私はこのクルマが登場した時期には、まだ81に夢中で、このクルマの真価は見抜けず見過ごしていました。後年になって、みん友さんが数台買われ、その内の何台かに乗る度、このクルマは良かったんだなと思うようになったというのが、実態ではあります。

そこから、さらに10年以上の時を経て。
今の日本のセダン市場は、当時よりもはるかに冷え込んだ状態となりました。
それでも、やっていることは当時とあまり変わらないんですね。

この国での使い勝手を無視したとしか思えない巨大なサイズのセダン。スポーティをお題目にスタイリングを優先し、後席はおまけとしか思えないようなセダン。そんなセダンばかりが続いていて。真っ当なセダンで思い浮かぶのは何台あるのやら…。それでも、残ればいい方でモデル廃止に追い込まれたクルマが幾重にも連なっていて。当の日産も、セフィーロの末裔であるティアナを後継車無しに廃止するという判断を下したばかりです。

今回改めてこのセフィーロを振り返って見て、懐かしさを感じると共に、現代流の解釈で再来を望む、そんな思いを抱かずにはいられませんでした。


当時、売れたクルマであり、憧れた方も多かったのかな、なんて想像しています。冒頭に書いたとおり、このクルマもその出来栄えや意義の割に、注目される機会は少ないように感じます。このブログで懐かしく感じていただければ幸いです。



【MAXIMA及びinfinity I30tの画像の引用元】
FavCars.com
ブログ一覧 | カタログ話(特別仕様車編) | クルマ
Posted at 2020/03/21 06:04:39

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この記事へのコメント

2020年3月21日 7:50
おはようございます。
A32セフィーロいいですね。ちょうどこの頃 U14ブルーバードがデビューし、すぐ購入しましたが、セフィーロの3ナンバーサイズの堂々とした大きさが、いまだに運転が下手な自分にはネックになり5ナンバーのブルーバードにしました。

2000ディーゼルルグランを選びましたが、パワー不足に辟易し、短期間で手放してしまいました。20エクシモと、ほぼ同じくらいの値段でしたからもしセフィーロを選んでいたら、パワー不足を感じることなく、もう少し長く所有していたかもしれません。

前期のシンプルさもいいですが、個人的にはちょっとお化粧した(笑)後期が好みです。
コメントへの返答
2020年3月21日 8:54
おはようございます
A32セフィーロ、今回取り上げてみて改めていいなぁと。私が当時気に留めなかった理由もやはり大きさでした。3ナンバーの敷居が下がりはしましたが、扱い易さは5ナンバーみたいな感覚は歴然と残っていましたよね。

U14のディーゼルはノンターボだったようで、パワー不足だったというのも納得です。パワー不足は代替の要因になるとは、自分の経験からも思います。買う時は納得ずくの筈が、期待外れで手放すと、周りが急に開けて見えるまでがお約束ですね。

マイナーで改悪となる事例も多い中、A32は後期のお化粧直しもいいですよね。
2020年3月21日 8:48
おはようございます。
A32セフィーロは、VQエンジンの吹け上がりの良さ、室内の広さ、乗り心地の良さ、プレーンなスタイリングが魅力的な車で、とても懐かしく思いました。
ダットサン-ブルーバードに受け継がれた日産の車づくりが昇華された1台だったように思います。
まっとうなセダンの良さ… あまり話題にものぼりませんが現行レクサスGSはいい線行っているように思います。
コメントへの返答
2020年3月21日 9:07
おはようございます。
A32セフィーロの魅力に全く同感です。1Gや1JZに乗り慣れた自分にとって、VQはとても新鮮で、これいいなと思わせられるものがありました。
A32→J30→U11と遡ると、ブルーバードの系譜に辿り着くんですよね。歴代で蓄積された車づくりの昇華もなるほど納得です。実用からちょっと高級に振ったセダンが元来のキャラクターで。
クラウンがああなった今、セダンらしさは確かにGSの方かもしれません。ただ、GSもいつまで続くか不透明でして、どうやらESが受け継ぐこととなりそうですね。
2020年3月21日 9:26
いつものことながら推考された素晴らしい解説に、今回も感動しました。ありがとうございます。拝見しながら脳内で竹内まりやが流れました。
私はこの型が結構好きで、後期の20S.Touringを買いました。
インフィニティグリルに換えて、バッヂは30S.Touring、エンジンのヘッドカバーをVQ30DEにして、楕円のオーテックステッカーを貼って、ちょっぴりしゃこたんにしてはいできあがり(笑)珍しいMTの明るいグリーンメタでした。
昔から一貫して車にインチキを施して暮らしております。
コメントへの返答
2020年3月21日 9:48
お褒めのお言葉を大変光栄に思います。一見考えているようで、実は結構勢いで作り上げていたりするんですけれどね(笑)
クルマは結構真面目でしたが、CM等はトレンディというか、ちょっと柔らかい方向でしたね。
バリエーションは広いし、輸出もあるということで、ネタ車の作り甲斐のあるクルマでもありました。
VQの気持ちの良い回り方をするエンジンで、MTを選びたくなる気持ちが解ります。みん友さんのお一人も指名買いでA32のMTを一度買われていたりします。
2020年3月21日 11:21
こんにちはm(_ _)m
読んでいて思い出したのですが、日産ってやたら名前を長くしますよね。

アルミロードホイール
フューエルフィラーキャップ
フルオートフルタイム4WD

車名も
スカイライン4ドアハードトップGTパサージュツインカム24Vターボ
とか。

内容と関係なくてすみません(^^;;
コメントへの返答
2020年3月21日 18:38
こんばんは
名前を長くするというか、翻訳の際に略語にしないのかもしれませんね。

挙げられている3点ですが、もしかすると半角アルファベットと全角カタカナでは長さの感覚が異なるのかも、でありまして。

グレード名の脱記号化とバリエーションの細分化が、必然的に名前を長くしていましたね。今は仕様の集約が進んだことで、また短くなったように思います。

時にご指摘から話が広がったりもしますので、関係のない話も歓迎です(^^)v
2020年3月21日 23:30
こんばんは

A32セフィーロはどちらかと言えばスポーツ寄りの初代よりも真面目かつセダンらしい印象です。
しかしながら、3000cc車輌はかなり速かった記憶があり、そこは譲れなかったのかな?とも思います(笑)

私もこの純正ホイールのデザインは好きです。
A32セフィーロと言えばこのホイールですね。
掃除は大変そうですが・・・。
コメントへの返答
2020年3月22日 7:01
おはようございます

初代とは大きくキャラクターを変えていますよね。真面目なセダンが2代目の特徴を表してもいて。
マキシマからの代替想定で、A32には3000ccも設定されていましたね。軽量も効いて、かなり速いタイムが誌面を飾っていたように記憶します。

この純正ホイールは高級感に一役買っていると思います。好評だったようで、途中で変更されることなく終始の設定でしたね。
この種だと表面だけ掃除して、スポークの隙間は放置とかになりそうです(笑)
2020年3月22日 0:09
2代目セフィーロというかマイスウィートセフィーロ。
CMからして中年以降をターゲットにしていますので、当時の私はあんまり欲しいとか思わなかったのですが、とても評判が良かったと言う記憶がありました。(当時はマーチとセフィーロしか売れる車が無いなんて聞いた事もありました)

今、カタログを見ても上品かつ高級感が伝わってきます。例えばトヨタのマークIIよりシンプルでクレバーな感覚がセフィーロの魅力だったんですね。北米のマキシマとの血縁関係は知っていましたが、写真はこのブログで始めて見ました。マキシマに見えるデザインですが日本では素っ気無いと感じますので差別化大成功だと思います。

福島県の名産品、VQエンジンも評判が良かったですね。私は運転したことは無いのですが、人気の良さも手伝って相当な車種に搭載されて十分投資が回収できたことでしょう。マルチリンクビーム式は、当時(中学生時代)機構が分かりませんでしたが、高専に進みスコットラッセル機構(だったかな)を勉強した時になるほどこれか!と膝を打ったのを思い出しました。今考えるとしっかり位置決めをしないといけないのにすぐりを入れたブッシュのたわみを利用するなんていささか乱暴な設計かなと思います。ヘタったり千切れたらちゃんと走れなくなります。

当時、セダンの市場もちゃんとあったのでセフィーロはよく見かけました。大人になりきれない私はSツーリングのスポーティさに惹かれますがそれもやりすぎていないのが良いですね。

実家にVHSのビデオカタログがありましたが久々に見てみたくなりました。デッキ無いですけど・・・・。蛇足ですがエアバッグとかABSのアイコンに描かれているイチローのシルエットが懐かしいです。
コメントへの返答
2020年3月22日 8:20
初代に続き、CMにも結構力が入っていましたね。
初代のテーマが33歳のセダンだから、2代目は年齢を重ねて大人になった形というのをどこかで見たように記憶しています。
売れるクルマというか、雑誌記者が高評価を付けるのがこの2台だけだった、が近いような。

そう、マークIIよりクレバーに映りましたし、ウィンダムの高級感ともまた違っていて。珍しくと言っては失礼かもですが、商品企画が上手くいった例の一つかもしれません。
マキシマは、B14・U13との並列かなと。北米市場では受けても日本市場では理解されにくい域ですよね。

VGでの課題や反省がVQに生かされている形ですね。RBを統合しながら今も残っていて、大きな資産となったと思っています。
マルチリンクビームは、ネーミングの勝利ですね。マルチリンクが付いたことで従前のストラットより先進的でスゴイ機構と、私を含め大勢の人が思わされたものです。機構に関する解説は今よりも遥かに少なかったというのが言い訳で。この頃はFFのリヤサスの模索があり、過渡期の機構と今になって理解するところです。

200~250万のセダンを日産からとなると、これを選びたくなるんですよね。ローレル・スカイラインがありますから、スポーティは余技だったのでしょう。もっとも今回は敢えてふれずとしましたが、エアロセレクションの装いは結構勇ましかったりです。

私は見逃しましたが、確かにイチロ・ニッサンです。今の、やっちゃえ…以上に多用されていましたね。
2020年3月23日 10:42
たぶん、その数台乗り継いだマニアです(笑)
結局、J31までこのシリーズ乗り継ぐことになるのですが、
オリジナルの良さっていうか、今でも新車の20エクシモG・スーパーブラックが手に入ればほしいです。
セダン市場の縮小、コストダウンの嵐、逆風の中頑張ってきたとは思いますが・・・私見として、耐久性に難が出ちゃったのはいかがなものかと。
A32は、日ごろ昼行燈みたいだけど、いざってときは頼りになる…
そんなキャラクターが一番のお気に入りでした。クルマが悪目立ちしないで、キチンと引き立ててくれる。しかもイザ走らせると結構痛快。P10プリメーラを正常進化させるとこうなる感を感じていました。
個人的には、インフィニティI30・マキシマQX・サムソンSM520・・・いろいろいじり甲斐あったのもいい思い出です。
まだネットショッピングが発達する前ですから、各国訪問してパーツを購入するってのもエキサイティングでしたねぇ。
コメントへの返答
2020年3月23日 19:13
コメントをお待ちしておりました(笑)
このシリーズのよさが解るようになったのは、営業部長さんと知り合えたからこそと思っています。
A32・A33・J31の中で、一番買われたのはA32。その中でも20エクシモGというのは、多く経験された上での結論ですよね。
このシリーズに限らずとも思いますが、クオリティコントロールが行き届き過ぎたことで、耐久性の余白的なモノは段々失われているのでしょうね。
書かれているように、P10プリメーラの正常進化、大人になったという言い方でもいいかもしれません。クルマが強い主張をするのではなく、寄り添うかのような存在なのかなと。走りはVQの貢献が大。特に20は、小排気量マルチシリンダーの良さが出ていたように記憶します。
納車早々のエンブレム交換がお約束でしたね(笑)
多方面に展開されたことでネタも多いクルマでしたが、当時はそんな情報も一部のみが知り得るものであって。容易に入手できないだけに、パーツを入手する毎にドラマが存在しましたよね。
2020年3月23日 19:12
ご無沙汰しおります。

個人的にセフィーロと言うと81を購入する時に迷った初代のイメージが強いです(^◇^;)

激しく脱線しますが、前期型の黒いガーニッシュのテールランプの配置やデザインは147アリスト に共通するものを感じます。

リアドアに三角窓?もあり、フィンタイプのホイールを履いた車両を斜め後ろから見た姿は3.0Qな雰囲気を感じます。
コメントへの返答
2020年3月23日 19:35
こちらこそご無沙汰をしており、申し訳ありません。

話題性では初代に軍配だと思います。81との対決が自動車業界を盛り上げてもいますし。A32は、初代と比較すると地味に支えたの感が強いです。

U13で尻下がりに懲りていたようで、マキシマより尻下がりに見せないは課題としてあったようです。マキシマと基本を共用しつつも、国内向けの高級感への対応が147アリストの面影を感じさせるに至ったのかななんて思います。

サイドプロポーションはかなり異なる2台ですが、確かにディテールの部分は近いものも感じられますね。
2020年3月24日 22:07
こんばんは。

仰せの通り、2代目セフィーロは方針転換することで、この時期どのメーカーにもあったコストダウンを感じさせないモデルチェンジをしましたよね。

このサイズのクルマなのに、かっこいい高級車路線から一歩離れて、まじめで豊かなファミリーカー路線。それでいて2リッターも含め全車マルチシリンダーで下のクラスとは一線を画す…日産のバブル期後のモデルチェンジでは、マーチと並ぶ成功車だったと思います。

後期の高級感アップに好感触も全く同感です。特にリアがよくなったように感じましたが、圧倒的に見かけるのは前期でしたね。さすがに最近は見かけなくなりましたが、塗装が痛んでも長く乗られているのを見たものです。

マキシマとの差別化に触れられていましたが、コストの制約がありながらも日本向けに仕立て上げてまじめに作られたクルマはしっかり売れるんですね。3ナンバー化したカムリと異なり、全車6気筒も日本ではポイントが高い。ティアナも2代目まではしっかりその路線を踏襲していました。

日産が日本のためにクルマを作っていた、いい時代の話ですよね。短命ではありましたが、モデル末期にワゴンまで登場したんですから。
コメントへの返答
2020年3月24日 22:48
こんばんは

2代目セフィーロは、初代より若干価格帯が上に広がっているのも幸いしましたね。ミドル以下に比べるとコストダウン要素が強くなかったように感じます。

初代はアンチマークIIという提案型の商品ですよね。2代目はマークIIを意識しつつも、国内マーケティングよりは海外戦略が影響していて。プリメーラやマーチと共に、輸出もあるクルマは基本の部分を真面目に仕立ててきますね。当時は、マーケットもそれを歓迎していたとも思います。

他車も含め、90年代半ば以降はコストダウンの揺り戻しがあって、セフィーロもまたその波に乗ったのかなと。見せ方が上手くなったという言い方でもいいかもしれません。この時期からセダン離れの傾向が顕著となり始め、急遽ワゴンも作りますが、このクルマに関しては、何となくセダンが本流の感が強かったですね。

この時期のカムリ、グラシアですよね。実は私、あのクルマも高く評価していまして。特に4気筒の2.2はスペックこそ地味ですが、トルクたっぷりで、鼻先の軽さも味わえる、イイクルマだったと思うのです。セダンのスタイルも好みで。
同じく後年良さに気付いたの類ですけれども。

当時のアッパーミドル級は、元々のパイが大きい上に利益率も高い、死守したいマーケットだったんですよね。だからこそ日産は、直6・V6・FF・FRを並立させた形で挑んだわけで。今はこのセグメント自体が存続の危機なのですから、四半世紀前とは思えないくらい隔世の感があります。
2020年3月28日 12:01
こんにちは。

2代目セフィーロですが、車検の回送で運転して乗りやすい印象と同時に、若かった当時は購入対象ではありませんでした。
今の日産の戦略を見ると、海外に目が行って国内はおろそかにされた印象が残ってます。
VQエンジンを初搭載した時に聞いたのは、2000ccはSOHCで十分という開発者の意見でしたが、販売店からDOHCにしてというリクエストが有りました。
その影響が、直6エンジンの性能向上で、80年代に登場したツインカム24のオーナーさんは複雑だったでしょう。

だからこそ大切に乗って欲しい車です。
コメントへの返答
2020年3月28日 19:15
こんばんは

2代目セフィーロは、成り立ちからして大人向けのクルマですよね。その割に広い年齢層に売れていた感もあります。
今の日産は、明らかに国内向けは冷淡で。昔と違い、海外の情報が容易に入手できますから、比べるとおろそかという印象となってしまいます。
2000ccを6気筒で成立させようとすると、低速トルクの確保が課題となりがちです。シンプルなSOHCの方がその点は有利になるのですが、商品性の点からDOHCは譲れなかったのでしょうね。
トヨタの1Gは、末期に至る過程で大幅な性能向上を果たしましたが、それもVG・RB・VQ等の強力なライバルの存在があったからこそと言えます。切磋琢磨のあった良き時代ですね。

プロフィール

「帰還後の近況 http://cvw.jp/b/1984303/48316556/
何シテル?   03/16 21:58
3台計で20年以上の長きに渡って乗り続けたX80系からW204への代替がみんカラを始める動機となりました。 最初はW204関連を主とするはずだったのですが...
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