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2021年08月03日

MX83の想い出話

危惧された通りというべきか、コロナ禍は新規感染者が爆発的な増大傾向にあるようです。このことに伴い、緊急事態宣言及びまん延防止等の措置が再び広い範囲で実施されることに。

これまでの経緯もあり、受け取り方は様々あるであろうと思います。何れにせよ、守るべきものは己の健康であり、大切な人の健康であることだけは揺るぎません。罹患時の医療体制は心許なくもあり、軽率な行動だけは慎むのが自他ともに正かと思います。


堅い話はさておき、8月3日にちなんだ話を軽く書いてみることにします。ステイホーム中の軽い読み物としていただければ幸いです。

私が”83”というワードから展開するには、やはりMX83以外なかろうということで(笑)

今回の主役、MX83は1989年(平成元年)8月の登場となります。
X80系の登場からは1年を経過してからの追加。この追加の背景には、この年の4月に行われた自動車税制の改正、具体的には普通自動車税の引き下げ及び物品税の廃止とそれに替わる消費税の導入がありました。言い方を変えると、両税制の変更がなければ、MX83が国内導入はなかったとも言えます。

1年程前に、「昭和時代のローレルとマークIIの3ナンバー」というお題で書いているのですが、3ナンバーというのは改正以前は一般的な存在とは言えず、この改正により一気に身近になった車となります。

どんな改正だったのかを軽く記載してみます。
○自動車税(3000cc級) 81,500円 → 51,000円
○物品税&消費税
 ・クラウン4HT 2.0 ロイヤルサルーン 351.1万円 → 328.07万円(消費税6%込)
 ・クラウン4HT 3.0 ロイヤルサルーン 387.5万円 → 347.15万円(消費税6%込) 

この時の改正により、小型乗用車は約8%、普通乗用車は約11%新車価格が安くなりました。「おかげでワンランク上が買えるようになった」というのは当時よく聞けた話。高額なクルマほど引き下げの恩恵が受けられる形でもあった訳です。

余談に過ぎませんが、平成元年の3月までは減税待ちの買い控えが起こり、新車販売は奨励金を大量投入しての大乱売となっています。


普通乗用車が受け入れられる土壌は出来上がり、早速日産は、セドリック/グロリアのマイナーチェンジの際に、2.0ブロアムのワイドボディ仕様を投入。パジェロ、スープラとワイドボディ仕様の追加が続いた後で登場したのが、このMX83となります。

税制改正後、僅か4ヶ月で追加できた大きな要因は、輸出仕様クレシーダには同様の仕様が既に存在していたから。主な輸出先となる北米では、直6&FRのレイアウトが販売の支障となって、V6&FFのマキシマに完全に寄り切られることとなるのですが、こと国内展開に関しては、輸出を見切っていなかったのが功を奏した形です。


1989年モデルとして登場したクレシーダ。
それまでの5M-GEに替り、新たに7M-GEを搭載していました。

クレシーダは、国内版ではマークIIセダンに相当する単一のボディで展開されていましたが、国内展開にあたっては、もちろん兄弟車を含めての全ボディでの展開となりました。




それまでのGX81との識別点は、ナンバーが一番判り易いとも言える装いですが、実は細かく仕様を変えていて、最上級グレードを選ぶユーザーの満足感を高めていたりします。

外装だと、”3.0”の前後エンブレムの他、新たに起こされたポリッシュ仕立ての15インチメッシュアルミホイール、205/60R15タイヤ、大型サイドモール等が専用の装い。
内装では、スーパーチャージャーではオプションだった助手席パワーシートとワイヤレスキーの標準化に加え、革巻きシフトノブを新たに設定、さらに本革シートも選択可能となりました。


このメッシュアルミ、初見の時はソアラ用の流用?と映ったのですが、よく見ると別物。結構人気を集めたようで、2.0のパールホワイトの特別仕様車に流用された後、後期に替わる直前には205/60タイヤとのセットでスーパーチャージャーでも選択可能に。後期では特別仕様車の定番装備でもありました。私も、入手を検討したアイテムの一つであり。

これらアイテムには、オーナーや詳しい人だけが判る差別化と先にスーパーチャージャー仕様を買われた方をがっかりさせない両立があったのです。

もっとも時代はバブル最盛期ですから、僅か1年でスーパーチャージャーから3.0に代替したなんて方もそこそこいらっしゃったように記憶しますけれども。

60後期以降、この3兄弟はずっと5ナンバーだけでやってきて、それが定着した中での久方ぶりの3ナンバー。復活というよりは、新たな時代の到来の感が強かったように思います。

正直言って、パワーだけなら既にあったGTツインターボの1G-GTEの方がパワフルではあったのです。3.0の7M-GEは、スーパーチャージャーの1G-GZE同様、ATのみでしたし。

(参考スペック)
【エンジン型式】7M-GE:1G-GTE:1G-GZE
【最高出力 PS/rpm】200/5600:210/6200:170/6000
【最大トルク kg・m/rpm】27.0/3600:28.0/3800:23.0/3600

速さを重視するなら、この時に205/60R15(ピレリP6)から205/55R16(ピレリP600)にインチアップしたGTツインターボ、さらに極めるならMTを、というのが選ばれ方でした。一方で3.0の持ち味は低速からのたっぷりとしたトルクによる高級感。1G-GTEと比較した時の1G-GZEの長所でもあったのですが、7Mはその上位互換ということで。

元々は軽量を謳って登場した1Gも過給機等の追加により、1G-GZではだいぶ重量級となっていましたから、7Mを搭載することで重量配分や操縦性が大きく変わるということはありませんでした。しかしながら、1G-GZよりも重量が増していたのは確実だったようで、フロントサス一式をそのまま流用した前期型では、経年に伴いノーズ下がりが起こるという特徴がありました。(後期は対策が行われたことで、やはり共用とされた1JZ-GEのノーズが逆に上がることになります)


装備の差もあって、価格順はマークIIHTを例にすると、7M-GE(301.8万円)>1G-GZE(289.1万円)>1G-GTE(272.8万円)でしたから、一番高いの持って来いなら3.0が納車されることに。
さらに絶妙な価格設定と言えるのが、3.0に少しプラスすると、直後にマイナーチェンジが行われたクラウンのスーパーチャージャー(同:309.5万円)が買えるという並び。ここでクラウンに目移りすると、少し上にワイドボディ(316.6万円)と3.0アスリートL(314.9万円)があって、そのもう少し上には3.0ロイヤルサルーン(334.8万円)がありました。(この項の価格は、当時の東京地区の税抜き標準価格となります)

上を見始めると際限がない一方で、3兄弟を求めるユーザーには最上級&3ナンバーの優越感で満足させる。この時代のトヨタのラインナップは、今よりはるかに緻密に構成されていたのです。


このMX83、前期モデルだけに限れば約1年の間に、マークIIセダン:約700台、マークIIHT:約12,300台、チェイサー:約3,400台、クレスタ:約4,500台を売っています。余談半分で書くと、MX83セダンは後期を含めても下手な限定車以上の希少種であり、マークIIHTは兄弟車の中でも上級グレードが売れていたと言えます。
この3兄弟は総数にすると月販30,000台以上のペースで販売台数を計上していたことからすると、MX83は決して多くの台数とは言えなかったのですが、クラウンへの架け橋となった点、2.0以上の拡大が遅れたセフィーロ&ローレルへのアドバンテージも考慮すると、存在には大きな意味があったと言えます。

このクラスの3ナンバーに商機ありと見たトヨタは、翌年のマイナーチェンジの際に1G-GZEと1G-GTEに替わる新開発の2.5L、1JZ-GEと1JZ-GTEを新たに設定し、新たなライバル車ディアマンテと激突しつつで3ナンバー市場へ攻勢をかけることになります。


少し思い出話を書いてみます。
MX83が登場した時は、ちょうど170コロナを購入した直後で、トヨペット店には新車時点検等で何回か通っていた頃でした。マークIIもついに3.0と感慨深かったのも束の間、直後にはクラウンがV8の4.0を搭載しての登場。排気量のインフレというか、時代背景共々イケイケドンドン、当時は右肩上がりを信じて疑わなかったなぁと感慨深く。社会に出始めの身には、MX83を自分の車に、みたいな感覚には遠く、ハイメカ24バルブでも充分満足できるのに、だったかなと。

そこから僅か3年でJZX81を購入しているのですから、どれだけ好景気だったのかという話です。実は、JZX81を購入する際、MX83というのは頭の片隅には候補として存在していました。既にクラウン系は後継の2JZ-GEに切り替わっていましたので、最後のM型となることは確実。父がM型のマークIIを2台乗り継いでいたこともあって、思い入れだけは人並み以上にあったのです。

いざ商談を始めてみたら、MX83はJZX81よりも新車価格が高いにも関わらず、2年経過の下取り価格は結構な差で逆転。加えて車両保険のクラスもMX83の方が上位ということで結局思い入れを現実のものにすることはできませんでした。
先に書いた通り、MX83のセダンは殊更の希少種ですから、後年になって、あの時買っていれば、みたいな気持ちに時にはなったのですけれどね。

JZX81と乗り比べてのMX83というのは、低速トルクの太さと音の野太さが印象的でした。JZX81よりややワイルド系という評価かな。あとはフロントがやはり重い的な感覚も。これらはMX83ならではの特徴という書き方もできますけれども。


余談のついででもう少しだけ続けます。
この3兄弟、3.0の追加と同時に小改良も行われています。ボディカラーでは、それまでのダークレッドマイカ(3H3)に替わって、次の2色が新たに設定されました。

この色はグリニッシュシルバー(174)。単色の設定では前期のみに留まりますが、同時に切り替えられたクレスタのツートン(パールフレーバートーニング(23K)→パールクリアトーニング(27N))の下部色として、末期まで設定されることになります。


こちらの色はダークブルーイッシュグレー(183)。この3兄弟を皮切りに設定する車種が次第に増えていって、最盛期にはマジェスタからタコII3兄弟まで、セダン系ではほぼフルラインで選択可能でした。自分で選んだ色でもあるということで、感慨深くなれる色でもあります。


以上、取り留めもなく、思い出すままに記してみました。
約300万円で3.0Lの車が買えて、乗れば周りは羨み、自分自身も深く満足できた時代。昨今の車を取り巻く環境からすると、当時は間違いなく空前絶後の日本車の黄金期であり、何より佳き時代だったのだなと思わずにはいられません。


【画像の出展】
・クレシーダ、マークIIセダン、クレスタ(183):FavCars.com
・マークIIHT、チェイサー、クレスタ(049):自動車ガイドブック(1990年版)
【新車価格及び販売台数の出展】
・月刊自家用車誌
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Posted at 2021/08/03 19:44:56

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この記事へのコメント

2021年8月3日 20:40
こんばんは。
やはりというか、宣言が出てしまいましたね。
お上の方々の発言や態度を見ていると、
何か危機感が感じられいと思ってしまうのは気のせいでしょうか。

さてMX83。
今のJZX81を購入する前に、やはり税制改正という事で
気にしていたものです。
普通の家庭が3ナンバーのクルマを買う、というのは
それだけ当時の経済状況と、
世の中の情勢が良すぎた、という事でしょうか。
登場してディーラーに見に行きましたが、
同じGグレードでも2リッターとの差別化というか、
上手かったですね。
価格もまあそれなりの感じだったのと、
GX51が車検の後だったという事もあり、
購入には至りませんでした。
後々になってMX83に乗る機会がありましたが、
確かにフロントに重さが残る印象でしたね。

カラーについて。
まさしくパールクリアトーニングの我が81(笑)
下部色のグリニッシュシルバーは、
単色設定だとMX83はサイドとバンパーのモールも
同色になってしまい、ものすごい違和感を感じました(笑)
この色は採用していた車種が少なかったと記憶しています。
その影響か?ホームセンターでのタッチアップや
部品共販での取り扱いが早く終わっていた記憶もあります。
コメントへの返答
2021年8月3日 21:34
こんばんは
分科会の危惧した通りの展開ということなのですけれどね。ここまでの経緯もありますから、危機感を前面に出せないという矛盾に陥っているように映ります。

MX83登場の少し前から、2.0の過給機付より3.0の方が良いという評論があって、待望の存在とは思いました。それまでは普通の家庭だと3ナンバーは無縁的でもありましたから、本文でも書いたように新たな時代だなと感じたものです。
ご近所でも早々に買われて、少しの差異でも明らかな格上感、本当に上手かったですよね。
JZX81とGX81の違い程ではないものの、乗り比べると判るMX83のフロントヘビー感は、JZX81乗りだからこそ判別できると言えるかもしれません。

パールクリアトーニング、私も思い出の色でありまして(笑)。兄弟車のパールストリームトーニングより販売比率は低かったようですね。
単色のMX83、当時お世話になっていたV店の顧客の一台にありまして、何と本革仕様。目立つことは確かで、よくぞ選んだと当時思ったものです(笑)
174、軽く調べましたが、ご指摘の通り、採用車種が少ないようです。100系では近似色で再現されたくらいなのですけれどね。初代EDの印象が強いのですが、割と好きな域の色彩だったりします。
2021年8月3日 21:45
こんばんは。

MX83、当時GTツインターボに乗っていた父が悔しがっていたのを覚えています(笑)社用車でシーマのタイプⅡ-Sがウチにあったような景気の良い頃でしたから、ひょっとしたら買い替えるのか?と子供ながら思っていたのですが、数週間後に追加となった16インチ純正アルミを部品で買って履き替えてきた時には嬉しかったですww 元々履いていた15インチ純正は、その1年後に買ったセダンのハイメカグランデに履かせてました。

細かいですが、グランデ系にGT系と同じフロントとリヤスポが装着されるようになったのは、MX83追加時だったですかね。たしかに、フロントが沈んだMX83が居たのを覚えてます。なるほどそういう事だったのですか。

トヨタが考える、当時のマークⅡの商品的な立ち位置として、このMX83というのは意義があったのでしょうね。そのMX83的な外装を纏った新グランデリミテッドが出た時には、流石だなと思ったものです。
コメントへの返答
2021年8月3日 22:07
こんばんは

GTツインターボとの比較だと若干方向性が違う印象もありますが、それでも”3.0”という言葉には魔力があったのでしょうね(笑)
まだ55タイヤは高級品だった時代ですから、16インチ純正アルミとのセットとなると、結構清水の舞台級のように思えます。ハイメカのドレスアップで15インチを求める方も多かった時代ですね。

ご指摘の通り、3.0のみスポイラーのセットOPが選択可能でした。ハイマウントが付いたDOPを選ばれる方も多かったように記憶しています。
7Mは長い分、オーバーハングへの荷重増というのは推測です。

クラウンV8がなければ、MX83の国内導入はなかったかもしれませんね。それぐらいクラウンの下という序列を崩しかねないインパクトがありました。
最初のリミテッドは”2.0G”的装いでした。訴求力のツボを心得ているというか、特別仕様の追加装備は魅力的で、それがまた良く売れもしていましたね。
2021年8月4日 10:50
こんにちは。

マークⅡ、クレスタ、チェイサーの3兄弟は一世を風靡しましたね!
とても懐かしく拝見しました。
確かに3.0L、3ナンバーがありました。

当時、父(既に他界してます)は、買ったばかりのFFブルーバードが気に入らずFRのローレルを2台→Y32セド(共同購入)と乗り換えていましたが、私的にはトヨタ3兄弟のセンスの良さに惹かれていました。

その後何年かして、マークⅡを買ったことが昨日の事のように思い出されました(^.^)
コメントへの返答
2021年8月5日 19:03
こんばんは

この3兄弟、X60から人気が鰻登りになって、最盛期は社会現象的に語られたものでした。とてもよく売れた車だけに、誰かしらが乗っていたという方も多いのではないでしょうか。
3.0Lは3兄弟の中でも拘りの選択ですね。

元々このセグメントを開拓したのはローレルなんですよね。この時期、ローレルも奮闘していたのですが、見た目の商品力や圧倒的な販売力の前にやや不利だった感は拭えなかったように思います。

マークII、買われていたのですね。この世代以降も、長らくセグメントの中心だった車ですよね。
2021年8月4日 20:01
懐かしいお話に読み入ってしまいました。
当時20歳代のワタシは走れる車にしか興味がなかったものの、父親のクルマ選びには口を出し、GX71グランデ⇒初代ディアマンテ2500cc⇒2代目ディアマンテ3000ccMIVEC(珍車ですね)と乗り継ぎさせ、乗り回してた記憶があります(笑
コメントへの返答
2021年8月5日 19:09
マニア的視点が主となっていますが、当時を懐かしんでいただけたのであれば幸いです。
ディアマンテは三菱が放ったアンチマークIIと認識していまして、GX71から乗り継がれたというのをなるほどと思います。ディアマンテもまた一世を風靡した車ですよね。
2021年8月4日 20:28
MX83が発売になった時に本屋で雑誌を立ち読みし、本革シートの写真に興奮した記憶があります。
ちなみに当時私は中学1年生でした。

前年に父親が70チェイサーを買ったばかりでしたが、
勝手にチェイサーのカタログを貰いに行き、
裏表紙装備表に好きなグレードとオプションをマーキングして一人でニヤニヤと妄想していました。
アバンテツインカム24のパールストリームトーニングにサンルーフとCDデッキ、15インチアルミを選び、フロントスポイラーを後から着けるんだっ!
とか、やってた事をよく覚えています。

私もX系は長いこと乗っていますが、流石にMXだけは触れた事がありません。
つい最近カーセンサーに前期MX83マークⅡセダンのグリニッシュシルバーが出ていましたが、これがなんとフェンダーミラーという具合で。
最近のネオクラブームで値上がりしていましたね。
コメントへの返答
2021年8月5日 19:21
この3兄弟が本革シートを初設定したのがMX83でした。これも輸出仕様には早くからあって転用されたアイテムですね。

まだ免許を取れない身でカタログを貰いに行くのは結構な勇気が必要で、それだけに本当に憧れた車ということなのだと思います。
同じように自分で買うならと想像してカタログを隅々まで眺めていた頃です。仮想の計算書とかも作りましたし(笑)
今でも当時の新車の装備の違いは記憶に鮮明だったりします。

MX83は、関係者界隈でも少数派でした。セダンのグリニッシュシルバーはカタログ掲載の仕様で、「これと同じ仕様。ただしフェンダーミラー。」なんて注文を想像させます。
長らく旧車扱いはされませんでしたが、今後は値上がりする一方なのでしょうね。
2021年8月5日 12:20
20年程前にMX83のマークIIセダン、一度だけ運転したことがあります。
外装は紺、内装はベージュの革、ハンズフリー電話に記憶違いでなければサンルーフがあったような気がします。

こんな希少な個体且つ、自分の趣味の範疇でない車に縁があったのは当時在籍してたタクシー会社で事故担当だったからです。軽い接触事故でマークIIの板金が必要となり、勤務先に板金工場があったのでそこで作業となりました。作業中はレンタカーを提供しており、マークIIの納車を私が行ったので縁があった次第です。

MX83が希少であることは承知していましたので、こんな珍しいのを買う人がいるんだと感心した次第です。乗り味はなんとなく中型のアメリカ車の味、オールズモビルかビュイックの中クラスの味がしました。
コメントへの返答
2021年8月5日 19:33
MX83のセダンは前期の台数からすると総数でも1500台程度の筈で、さらに革・屋根となると相当な希少種かつ何とも趣味的な仕様に感じます。紺にベージュ革の組合せはカタログ設定ではないのですが、それだけの仕様ともなると特注した可能性もありますね。

日本で一般的に求められたのはハードトップですし、売る方もハードトップを勧めていた中で、あえてセダンを買うというのは、大なり小なり何かしらの拘りをお持ちだったと推測します。
運転された仕様は、一番北米クレシーダに近い仕様とも言えて、中型のアメリカ車の乗り味というのは結構鋭い感覚かと思います。FFに移行する前の世代の乗り味に影響されているかもしれませんね。
2021年8月6日 0:12
先月、オーナーの御厚意で二週間弱乗っていました。MX83と言うのは私にとって特別な記号性のあるグレードで、とにかくフラッグシップ!と言う感じで20年以上前ですがオーナーズクラブの帰り際にMX83でブラックマークをつけて帰宅の途に着かれた方も居られて、豪快な車と言う印象を持っていました。実際に運転してみると「能ある鷹」タイプのおっとり走れる高級車の世界を持っていました。

本文にもありましたが、少し頑張ればクラウンの世界が覗けるが、マークIIとしても十二分に優越感が味わえる仕様設定は心憎いですね。クラウンを買った人もマークIIを買った人も双方が満足できる工夫がありますね。今の車もそんな風になればいいのですが。
コメントへの返答
2021年8月6日 20:14
二週間弱とは言え、2021年にMX83を体験できる幸運というのは、両縁あってこそかと思います。
輸出先ではトレーラーヒッチが追加された車も意外と多く、トルクのある3.0Lが求められた理由を垣間見たものです。国内では大半が大人しく乗られた筈なのですが、鷹の爪の鋭さを知ってしまうとブラックマークの領域となってしまいますね。

当時は今よりも車名と社会的な記号性が紐づいていたように感じます。クラウンは例え買えたとしても、立場的にマークIIに留めるといった話もありました。
販売系列での序列もありましたから、両車の購買層を広く満足させるには緻密な仕様設定が不可欠だったのでしょう。
今もユーザーが求めさえすれば、もう少し選択肢は広がる気もしますが、意外と決め打ちで買われている感がありますね。
2021年8月6日 20:44
こんばんは。

7Mを積んだ80系のマークⅡというと、大学生だった平成10年の夏に家庭教師に行った家のクルマが、後期ハードトップのそれでした。前期セダンほどの希少性はないとは言え、マークⅡの3000は珍しかったと思います。何しろ今も「3.0」のエンブレムの記憶があるほどですので。

私の80マークⅡの関係は低グレードに偏っていまして(笑)、まずは教習所でお世話になった後期教習車仕様、その後は勤務先にあった所長送迎車お下がりの前期GL。教習車はともかく、タクシー仕様ではないGLもある意味希少性があるかもしれません(笑)。

3000はまさにその対極にある存在です。1800でも動くわけですから、3000はトルクフルで余裕の走りだったでしょうね。最近の若者からだと、1800ってダウンサイジングターボなのかと聞かれそうですが、(前期は)インジェクションが1本しかない普通のエンジンでありました(笑)。

今は、同じ車種でこんなに幅広に排気量のエンジンを揃えたものは無く、また、ご紹介にもあったように、前期は税制上の背景があったとはいえ、2000だけでハイメカ、スポーツツインカム、スーパーチャージャーにツインターボとこれまたワイドバリエーションで、何とも贅沢な時代だったんですね。
直6どころか、V6も無くなりつつある今、高級車が身近にあったいい時代だったんだなとつくづく思わされます。
コメントへの返答
2021年8月6日 21:34
こんばんは

後期だと、一番高いの等、敢えて求めない限りは2500で買われている筈なので、実台数は判らないのですが、むしろ前期より少ないのでは、と思っています。もっとも、メッシュアルミとセットで2500の3000化けというのも比較的見かけたように記憶しています。

教習車仕様だとSTD相当ですから、GLだと順当なグレードアップですね(笑)
GL級の多くは営業車用途で買われていたと思いますので、送迎車というのは珍しい気もします。

90程ではないにせよ、装備が簡素な分、意外と軽量だったりもしますから、実用上充分なレベルなら1800でも不足は感じなかった筈です。3000は、普通の乗られ方なら余裕、そうでない乗られ方だと狼に豹変ですね。
そう、前期の1800はCentral Injection。EFIへの過渡期的メカニズムを採用していました。

80年代初頭までは装備差によるワイドバリエーションが主でしたが、この頃になるとエンジンの種類でワイドバリエーションとなる傾向が強くなっていました。元々はシングルカムだけだったのが、高性能を求めて上方展開が進んだ形ですね。
今の6気筒は、かつてのV8的ポジションにありますからね。かつてほど車に高級感が求められなくなった感もあって、時代の推移は確実に感じられます。

2021年8月9日 23:08
こんばんは(^^)

私はこの頃からのトヨタ車については知らない事が増えていったのですが、80系はとにかく2500のイメージが強くて(知り合いの二人がどちらも2500に乗っていた事もあって)、今の今まで最初からラインナップされていたのかと思っていました(^^;。3000が途中追加された事は知っていましたが、2500があるのに更に3000追加するなんてと思っていましたが、なるほどそういう事だったのですね。って事は、逆に2500が追加された時に3000は廃止されたのでしょうか?

それに、今回初めて知ったのがスーパーチャージャーの1G-GZ搭載車が最初からあった事。1G-GTがありながら、80系になって1G-GZ車も併売してたなんて驚きです。スポーティなツインターボを残しつつ、3000ほどではないけどゆったり余裕のある走りができるスーパーチャージャーを新たに設定したという事でしょうか。だとしたら、さすがトヨタ、隙間のないラインナップで勝負してますよね。

この頃のマークⅡ三兄弟は、エンジンがハイメカツインカムに切り替わったりと、ラインナップ的にもなかなか分かりづらい時代にありましたね。

私は元々マークⅡはHTが好きでしたけど、セダンの3000はなかなか侮れない高級感がありますね。ホイールのせいでしょうか、全体的に70系の時よりも遥かに上質感を感じます。
コメントへの返答
2021年8月10日 19:15
こんばんは

80系では当初、それまでの1G-GTに加えて、新たに1G-GZを搭載した”G"グレードを追加しています。ツインターボはスポーティという設定のため、中高年向けの高性能ということでクラウンのイメージを重ねつつでの1G-GZの設定でした。80系は前代よりもだいぶ重量増となっていますので、ツインカム24では力不足という判断もあったのだろうとは。
2本の過給機仕様は、1Gの限界を表しているという評もありましたが、クラウンとソアラの性格分けを3兄弟の中で上手く両立させていたようにも感じます。

3000が追加された後、マイナーチェンジ時に1G-GZ&1G-GTと入れ替わる形で2500の1JZ-GEと1JZ-GTEが新たに設定。この際、3000は継続設定とされていました。もっとも2500の追加以降、販売サイドでは、あえての希望以外はM型の3000ではなく、新世代JZ型の2500を勧めていたようです。

時代は高性能に邁進していて、税制改正も重なったことから、ご指摘のようにエンジンラインナップは目まぐるしく変動していますね。

ポリッシュ仕立てのホイールは高級感の演出に効果大と感じます。ボディを一周するモールやドアハンドルのカラード化も上質の演出で、この辺りは80年代から90年代への過渡期と言えるかもしれません。
2021年8月13日 15:42
MX83も触れたり乗ったりと思い出深いですね。。
バランスを考えると81前期はハイメカで十分だなとは思いながら何といっても最上級グレード大排気量の優越っていうのがバブルの時代。。
父親が130クラウン3.0RS-Gを購入する際もV8は検討されていましたがやはり前車がCA型ビガーからはそこまでステップアップは望まなかったですね。不動産屋の親戚は125クラウンから130のV8に代替えしておりましたが笑
高校の担任が20前期プロミネントGから前期MX83クレスタに代替えしたので乗せてもらったり、同級生の家も前期GX71マークⅡから前期MX83に。免許取ってから親のクラウンに乗って先生に見せに行ったりして笑。今お思えば本当に好景気だったんだと実感します。ただやはり実家の田舎では3ナンバー最上級グレードってのは少なくGRサルーンやSカスタムエクストラ等が多かったです。広告チラシもそれらをお買い得ですと大きく宣伝してましたし。。
コメントへの返答
2021年8月13日 17:58
80系の中では少数派ながらも総数の多さからすると、MX83と縁のあった方というのも意外と多いのでは、と思ったりします。
バリューフォーマネーはハイメカが筆頭ですよね。もっとも、お買い得最優先ではない車というのと、何より時代背景がお買い得より上昇志向を後押ししていたように感じます。バランスより大きい数字のインパクトが求められていたかもしれません。
書かれているクルマ達、逆算すると多くが初回車検前後での代替ですよね。ほぼ例外なく前車よりもグレードアップともなっていて。
今とまた少し違う意味で、長く乗るより次々の代替を求める方が多かったですし、作る方も前よりいいのが当然で、それで代替需要を刺激し続けるという考えだったのでしょうね。好景気の永続と経済発展に終わりはないという楽観が背景にあったのかなと、今振り返って思います。
一方で、高そうに見えて実はお買い得という車も案外売れていたりしますね。世間体というか、周りの目を気にしつつでの買われ方もされていたような。
GRサルーンも細かく見定めずの一見ならグランデに誤認しますね。エンブレム換装等でさらに近づけた車も結構見かけたように記憶しています。
2021年8月14日 18:56
こんばんは。

今ごろブログに気がつきました。
MX83ありましたね。
極太モールが3000の識別だったですね。
フロントが下がるというのは初耳です。重さが影響していたという事ですね。

好景気で次々に買い替えていた人が多かったですね。
そんな中、父が乗っている70カローラというのは、本当にプアな感じに見えてました。
それでも10年以上走ったので、元を取った印象です。

1997年初めに、GX71を買い替えでJZX90を探してました。その時2JZの90マークⅡの値段が、2500とさほど差が無かった記憶があります。
中古車でもお買い得な扱いだったと思います。さすがにマークⅡの車格で3000は大きすぎると思い、2500を探した記憶があります。

MX83が登場した時は、すでにクラウンV8が登場していたので、自然な流れのように思ってました。
親戚が3000のクラウンに乗っていて、パワー不足を感じなかったので、マークⅡ3000は大きすぎるという印象だったのかもしれません。

人気だったのが特別仕様車のリミテッド ロードリー エクシードですね。
メッシュホイールとパールホワイトのフルカラーでしたが、広告には『気分は3リッター』と書いてました。
『クラウンのような豪華装備』に次ぐ、少しバカにされた気分でした。
コメントへの返答
2021年8月14日 21:12
こんばんは

クラウンやソアラ等に続いてのサイドモールでの差別化でした。横から見た時の識別点ですね。
車両重量で比べると大きな差ではないのですが、エンジンが長い分、オーバーハングへの負荷起因だろうと推測しています。

次々に買い替えられていた分、中古車が供給過剰となって早々に解体送りになった事例も多数でした。そんな状況での10年以上の使用、元は取れていますし、充分使ったと言えるのではないでしょうか。

この3兄弟だと、クラウンとの関係もあって3000は、特に中古車だと過剰と受け取られていた感はありますね。維持費の内、任意保険料の差が結構大きかったように記憶しますが、それを汲んだ上であれば、3000の中古車はお買い得でした。もっとも2500の方がはるかに探しやすかったとは言えますね。

MX83とUZS131で、新たな時代の幕開けと思いました。昭和時代にはクラウンの3000って本当に特別な存在でしたが、MX83が出たことで、選択肢の延長線に含められるようになったはあるでしょうね。

前期のパールの特別仕様車は、マイナーチェンジ直前の投入ということもあって、追加装備がかなり奮発されていました。後期も含めてハイメカで唯一、パワーシートが設定されていたりもします。
前期の末期にスーパーチャージャーでメッシュアルミが選択可能になったのは、この特別仕様車に影響されたと推測しています。
2021年8月24日 11:19
ご無沙汰しております、以前130クラウンV8についてコメントさせていただいた者です。

89年8月に追加された3L版を通称「MX83」というのですね。経年変化でフロントヘビーにより前下がりになる事象についても初めて知りました。

当時は、近所にあった120クラウン・ロイヤルサルーンG2800が130クラウンV8デビューと同時に代替えされ、街中でも81系が溢れており、正に日本経済が最も輝いていた時代のクルマでしたね。

当時高校1年で親のクルマはコロナ・1800ciセレクトサルーンでしたが、(教育費がかかる)姉の大学卒業を数年後に控え、マークⅡ系にアップグレードする大変嬉しい計画が持ち上がり、親父と近所のビスタ店でクレスタ・スーパールーセントG(2000cc S/C版)を試乗する機会に恵まれました。S/Cであるからには少しは勇ましいエンジン音がするのかな? といった事前予想に反して30分程度試乗した結果あらゆる状況下においても非常に静か且つ滑らかな走りをするのに感嘆し、試乗後コロナに乗り込みエンジンスタート直後からこれほどまでにうるさいクルマだっとか親父と当方共々ビックリした記憶があります。クルマに興味がない親父でも「とても良いクルマだ!帰りにコロナの音が大きくビックリ」と日記に記していたことからも、如何に完成度が高いクルマであったかが分りますね。一億総中流が熱中するわけですね。

貴殿の記事に
>MX83というのは、低速トルクの太さと音の野太さが印象的・・
とありましたが、S/C版に乗ったことがありましたら、どのような印象であったか今度教えてください。

最後に本日は奇しくも81系がデビューした1988年8月24日からちょうど33年ですね。
コメントへの返答
2021年8月24日 18:50
コメントをありがとうございます。

「MX81」はGeneral輸出の5M-E搭載車に採番されていたため、7M-GE搭載車は「MX83」が採番されていました。私も後年、オーナーズクラブで前下がりの話を知った次第です。

税制改正もあって、3.0が身近になり、新たな頂点となったのがV8でした。130の中でも特別だったように感じます。81も3兄弟で毎月3万台平均で売っていて。景気も良かったですし、右肩上がりも信じて疑わず。何より皆がいい車を欲しがった時代ですね。

コロナからだとクラウンはやや遠い存在で、マークII系がやはり次の候補になり易かったように思います。私もその一人となりました。
当時のいいクルマの基準って、静かで乗り心地がいいというのが結構なウエイトを占めていましたから、この世代はそこをしっかり作り込んでいました。ダッシュパネルとカウルパネルに採用されたサンドイッチ制震パネルの効果が大だったと読んだことがあります。今思い返しても、下のクラスや旧世代から乗り替えた時、特に乗った直後に「いいクルマ」という感動があって、それが莫大な売れ行きを支えていたと言えます。

S/C、1JZ-GEとほぼ印象が重なるところです。高速だと過給なしとなる分、不利なのですが、街中や郊外くらいなら、当時としても静かで速い車の一台ですね。81のS/Cと71の1G-Eで一緒にドライブに出かけた際、速さも静かさも大きな差があると感じたものです。ターボ以上に過給域に入り易い分、燃費は極悪の域ですが、低中速でトルクたっぷりというのは、意外と今の情勢にあっている気もします。

登場から33年、時間の経つのは速いですね。

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何シテル?   03/16 21:58
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