古の設計者の想い、第8回です。
新年第一回目となる今回は、1985年(昭和60年)6月に登場したスバル・アルシオーネを取り上げることにします。
このクルマ、同年1月には北米のデトロイトショーにて先行発表されていまして、その時点で既に自動車雑誌をにぎわす存在ではありました。
それまでのスバルのイメージを覆す流麗なスポーティクーペというのは、クルマ好きの間でも一目置かれるものがあったわけです。もちろん、日本での発売が期待されてもいました。
この北米で先行発表されるというのは、その後、レクサスやインフィニティの発足時でも行われることとなりますが、当時はまだ珍しい発表の仕方だなと思ったことを記憶しています。
この発表、現地のディーラーへの配慮であったことは、この後取り上げるインタビュー記事からも推測することが可能です。
・・・などと、先に話へ移る前に、モデル概要を掲載しておくことにします。

アルシオーネ VRターボ(1985)
全長:4,450mm
全幅:1,690mm
全高:1,335mm
ホイールベース:2,465mm
車両重量:1,120kg
最高出力:135PS/5,600rpm
最大トルク:20.0kg・m/2,800rpm
東京地区標準価格:2,250,000円
スペックのとおり、1.8ターボを搭載するクーペということで、他社だとトヨタ・セリカ、日産・シルビア、ホンダ・プレリュードetcに相当するクラスとなります。
さて、月刊自家用車誌で連載されていた車種別総合研究内のインタビュー記事ですが、インタビューするのは、いつものとおり高原 誠氏(川島 茂夫氏)、インタビューを受ける側は、当時、富士重工業(株)で次の職にあったお三方となります。
・スバル技術本部 担当部長 高橋 三雄 氏
・デザイン室 室長 林 哲也 氏
・発動機技術第二部 部長技術士 馬場 泰一 氏
TV番組の新車情報と同様に、この記事でも受ける側は複数で対応という回も多かったのです。
それでは、以下紹介していきます。
引用ここから----------------------------------------------------------
高原 これが初めてのスペシャルティ・カーになりますね。
高橋 私どもは初めてです。性格の変わったものとして、スバル1000のスポーツセダンを国産初のラジアルタイヤでライン装着をやり、次のレオーネではクーペからスタートしてハードトップを後で追加し、先代レオーネは最初からハードトップ、味付けを途中で変えてハードトップのRXと、企画としては持っているんですが、4ドア・セダンからの派生車ですから、もう一つ目立たない。社内的に何とかしなければ、というのと、多様化・個性化の時流とタイミングが合っておりました。
高原 この車種のニーズが非常に高い北米をターゲットに開発され、国内に転化したと聞いていますが。
高橋 6割方真実でございます(笑)。一本立ちで1車種持ちますと、投資も開発コストも別にかかります。一本立ちの数を3,000台としたわけです。私どもとしては異例に早い時期からアメリカの業者に見せて、3年計画でディーラーの整備をし、要望も聞きましたので、アメリカの業者も非常に気をよくしている状況です。
高原 片や受け皿の小さい市場、片や要望の多い市場、両方に対応するご苦労があったと思うんです。
高橋 セダンのしがらみを捨てて別車種を持とうと考えたんです。とにかくスタリング的に目立つクルマにしようという意識は相当ありました。このクルマを通してスバル全体の追求をするという意図もあって、六連星の一番光っている星、アルシオーネ、と名づけたわけです。文字通り6つの星がこれで全部そろった。今まで、地味だ、ダサイと、もう嫌というほど我々の耳にも入っています(笑)。デザインもエンジンも車体も思い切ったことをやり、スバルだってこれぐらいのものはできる、というのを見てもらおうという気持ちはありました。
----------------------------------------------------------引用ここまで
高橋氏の語られている、アルシオーネの前史にあたるクルマ達をいくつか、掲載してみます。

レオーネ クーペ 1400 GSR(1971)
全長:3,995mm
全幅:1,500mm
全高:1,340mm
ホイールベース:2,455mm
車両重量:775kg
最高出力:93PS/6,800rpm
最大トルク:11.0kg・m/4,800rpm
東京地区標準価格:719,000円

レオーネ ハードトップ 1.8 GTS (1979)
全長:4,270mm
全幅:1,615mm
全高:1,355mm
ホイールベース:2,460mm
車両重量:925kg
最高出力:100PS/5,600rpm
最大トルク:15.0kg・m/3,600rpm
東京地区標準価格:1,380,000円

レオーネ 4WD 1.8 RX Hardtop(1982)
全長:4,185mm
全幅:1,620mm
全高:1,385mm
ホイールベース:2,450mm
車両重量:980kg
最高出力:110PS/6,000rpm
最大トルク:15.0kg・m/4,000rpm
東京地区標準価格:1,496,000円
かなり前の段階から、セダンとはやや異なる性格の車を企画してきたことが、語られています。クルマ作りの上で、量産車とは別に特別なクルマを作りたいのは自然なことなのでしょう。
ただ、アルシオーネ登場以前のクルマ達は、いずれもウエストラインから下はセダンとの共用で成立していることから、他社のスペシャルティ・カーと比較すると、どうしても地味な印象は拭えないものがありました。
そんな歴史の積み重ねから脱する機会が、やがて訪れることとなります。
北米で小型クーペのニーズが高まったのです。この種のクーペは、国内だけではなかなか企画が成立するだけの台数とはなりませんが、輸出で多くの台数を確保できれば、企画が成り立つこととなります。もちろん、富士重工がこの機会を逃すはずはなかったのです。
語られている時期を逆算していくと、レオーネのモデルチェンジに合わせてだったのでしょうね。
北米が先だったとは書きましたので、そんな輸出仕様の画像も掲載してみます。
先ずは北米仕様。スバルXTクーペとして発売されています。
続いては、イギリス仕様とされている画像。右ハンドルながら、北米と同じXTのサイドステッカーが装着されています。
そんなこんなで、このアルシオーネ、ようやくスバルに五つ星が揃った頂点に輝くという意味合いも含めて、ようやく念願かなった企画ということがご理解いただけるかと思います。意の部分は、相当に強いものがあったのです。
インタビューは、何とか商品として成立する見込みが立ったということで、どう展開していくのかという話に移っていきます。
引用ここから----------------------------------------------------------
高原 この手のクルマは都市部での需要が見込まれる。富士重工さんが今まで強かった4輪駆動の必要性のやや少ないところで売らなければならないという矛盾があったんじゃないかと・・・。
高橋 スタイリングから全く新しいクルマという商品力で、4駆がなくても十分戦えるものにしたい。これがまず第一です。とは言え、余り大きくない市場へ新参で入っていくには武器が必要です。4駆を前面に押し出すというよりも、4駆を引っさげて参入するという気持ちでしょうか。
高原 構成上ターボだけで組んで、しかも4輪駆動が2車種、FFが1車種、FFにはオートマチックがない、というのは選びづらいし、オートマチックを選ぶとターボも付けば4輪駆動にもなり、その分、割高の印象も受ける。
高橋 まず市場導入当初はうんと絞って、大いに目立つ組み合わせだけにして、お客さんのご要望やらをお伺いし、売れ行きを見ながら次第に展開を考えていきたい。最初は500台という非常に内輪な計画です。幸い評判がいいので、レオーネも含めた総量を伸ばす生産体制の整備と併せて徐々に増やしていくつもりです。
高原 スペシャルティ・カーは主観の部分があって嗜好品という見方をされる。少数精鋭のグレード構成ですと非常につらいんじゃないかと・・・。
高橋 まさしくそのへんもスタイリングをまるっきり新しい目立つものにしようという計画ができた時に、客観的にこれが我々の選んだ一番いい答えだ、物の考え方に裏づけがある、というものをしっかりつくろうじゃないかと。それが空力ですね。デザインと空力という力学的なものを突き詰めて、それをテーマにデザイナーが処理をすれば、機能美として美しいものが必ずできるはずだと。
高原 客観性いうことですね。
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このアルシオーネ、国内では500台目標ということから、ライバル車のようにグレードを多く揃えて間口を広くという戦略ではなく、少数精鋭のグレード構成となっていました。
発売時点のグレード構成は次のとおりです。
〇FF VSターボ(5F):1,890,000円
〇4WD VRターボ(5F):2,250,000円
〇4WD VRターボ(3AT):2,315,000円
当時のスペシャルティカーの売れ筋は、170万円台と200万円台にありました。
プレリュードだと1800XXが前者、2000Siが後者となります。同じくFFセリカだと1600GTと2000GT-Rがそれぞれ嵌ります。これらと比べると、装備差はもちろんあるものの、アルシオーネはやや高価だったと言えます。
スバルのフラグシップスペシャルティカーという思いが、こういったせってに反映されたのだと思いますが、装備を多少落とすとか、ノンターボ仕様を設定するといった形のほうが台数は望めたような気がします。
また、既に何回も書いていますが、この年がATの販売比率が50%を超えてMTと逆転した年。FFはATを持たず、4WDも既に商品力を失いつつあった3速ATでは厳しかったというのも、もう一つの側面でした。1986年3月にはVSにも3速ATを追加し、さらに1987年7月にはATが4速となりますが、やや遅きに逸した感は否めません。
インタビューの方は、話しの切れ目が難しく、最後に一部出てしまっているスタイリングの話が、展開されて行きます。
引用ここから----------------------------------------------------------
高橋 目立つスタイリングということでは、まずオリジナリティが絶対あること、金地の中に富士重工の技術の特性を生かし切る、表す、というコンセプトが一番最初にあったわけです。2プラス2も、単なるファッションでなく、デザイナーが空力に対して一つのフォルムを作ってみようじゃないかと。そうしたら、我々が作った一つのフォルムと、空力部隊が実験に実験を重ねながら作ったある種のフォルムとが比較的近い形になった。
高原 空力とデザインが融合した形になった。
高橋 そうです。ただ、やっていく過程で、こちらを立てればあちらが立たずという問題がいっぱい出てくる。そこで、一勝一敗じゃ勝負にならない、”二勝一敗の思想でいこう”という詰め方をしていったわけです。つまり、何か新しいことをやって、ほかに我慢しなきゃいかんことがあったとしたら、その結果によって、もう一つのメリットを出す、二つメリットがあれば一つは我慢してもいいだろう。これの制約は、4人乗り5人乗りの居住性までは要らない、2プラス2に徹する、生産ラインを共用していく、それだけでした。あとは胸がすっきりするまでやろう、関係者全部が納得する答えを出そうと。それが割合にできたんです。
高原 富士重工さんは飛行機畑、空力では多分、最先端にある。航空機で得たノウハウを蓄積しているメーカーがやっとそれを出してきた。逆にいえば、遅いんじゃないか、という気もする(笑)
高橋 富士重工の力で、いきなりあれを3年4年前に出しても何考えてんの?という話のほうが先行すると思うんです。やはりレックスから始まってジャスティ、ドミンゴ、レオーネのフルモデルチェンジがあってアルシオーネができた。発想はあっても全体の技術力が上がらないと完成度の高い車はできにくい。
高原 デザインに関しては、民族的な完成度の違いでの難しさが多分にあると思うんです。
高橋 一番難しい問題です。色の嗜好性を見ると、日本では白やシルバーの台数が圧倒的に多い、アメリカの場合には大体どの色も万遍なく売れている、ヨーロッパは赤、黄、緑のシグナルカラーが売れている、という民族的な違いはあるようですが、最近はどうもシンプルで明快なものがインターナショナルな一つの本質となってきている感じがするわけです。アルシオーネは無駄なところをそいだ感じで、かなり明快です。アメリカでモデルを見せた時に、ある種の共感を得たのは、それも要因の一つにあると思うんです。
林 我々としてもアメリカに迎合して作るつもりは全然なかった。ただ、日本のクルマがアメリカへ行けば輸入車ですから、輸入車としての味がないといけない。非常に早くからアメリカ人に見せて、この方向で間違いない、という検証はしましたが、やはり日本人が日本でデザインして、かっこいいというものをやってみた。我々のオリジナルです。
高原 あのスタイリングは、富士重工だからできた、水平対向4気筒があったから完結した、ということを強く出している感じで、デザイナーとエンジン設計部門の交流がなければできなかったと思うんです。
馬場 その通りです。アルシオーネについては、水平対向のパワープラントがあったからこそフロントノーズのあの造型も可能になったし、全体の躍動感も出たと思います。特徴を出すという意味では、水平対向エンジンのパワープラントが役立っています。例えばオルタネーターや充電器の類に小型のものを使って、いかに効率的に駆動するか、機能的な面での追求をしました。そういう意味では全くの新しい発想に基づいたエンジン艤装です。
高橋 面白い話があるんです。5分の1モデルから1分の1モデルすなわち現在の生産モデルまでほとんど変わっていないんですが、5分の1モデルの時はフードの真中にポカッと出っ張りがあった。5分の1モデルをデンと出して、エンジンとデザインが打ち合わせをした時に、この出っ張りをスパッと切ったらどうなるかということがもう皆さん見えまして、エンジン屋さんに”この出っ張りは取りたいね”1週間で”削っていいよ”とサッと・・・。あの5分の1モデルは記念になるから、いまだにとってあるんです(笑)
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スペシャルティカーを作る場合、強力なリーダーが内なる構想を実現するためにリードしていくというやり方もありますが、アルシオーネの場合は、合議制で進んだことを伺わせる内容です。その前提で、二勝一敗の思想で進めるというのは興味深いところですね。
空力に力を注いだという言葉のとおり、車高の低いVSでは空気抵抗係数0.29という、当時としては素晴らしい値となりました。数値だけでなく、ドアミラーをボディからフローティングさせる等、後年に繋がった技術も採用されています。
当時は、様々な理由からボンネット中央にパワーバルジを設けるクルマも多かったのですが、アルシオーネでは逆に最初はあったバルジを外したようです。空力の点はもちろん、デザインの点でも正しい判断だったと思います。それを1週間で実現したというのが、このクルマに対する熱意の表れということなのでしょう。
熱意といえば、デザインはこの種に多い外注ではなくオリジナルであるとされています。作りたくて仕方なかったクルマだとすれば、デザインを外注するという選択肢はあり得なかったのでしょうね。
インタビューは、デザインから地上高の話となります。
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高原 一つ、勿体ないと思うのは、ボディの部分は薄くできているけれども、地上から見るとあんまり低くなっていないという・・・。
馬場 それは4WDのほうですね。FFは十分に下がったデザインになっていると思います。4WDは機構的な要素があってロードクリアランスもFFより若干高くとってある。私たち自身もFFまで下げる改良をやらなくちゃいかんとは思っています。
高原 EP-Sの車高調整ができる利点を使って、落とした使い方もできます、という形で実現するわけにはいかなかったんですか。
馬場 それはこれからの研究課題で、EP-Sのサスペンション・ユニットをもっと大ストロークに改良しないと、今の時期ではまだ下がらない。いずれ下げますよ(笑)
高原 4輪駆動のハイは200ミリを超える。こういうクルマをラフロードへ持ち込んでドタドタ走る人がいるのかな・・・。
高橋 ラフロードじゃなくて、私どもの4輪駆動のハイの狙いは、例えば積雪地の市道を含めた公道は除雪してもらえますから、私道や路地、家から公道へ出るまでの間です。ですから、ハイ、ローの関係もロードクリアランスの評価実績を見ながら決めています。
4輪駆動のローは少し高めにしておかないと問題があるんです。機構的にまだ開発され尽くしていないのと、もう一つは乗り心地が悪くなる。ローで走ると凹凸を乗り越える時にガツンと底突き感が出ますから、ストロークを大きくとっておきたい。
高原 ガツンと打てば、壊れないにしても気分のいいものではない。200ミリを超えるとはいえ、ハイにしておけば安心していられる。
高橋 あのクルマは、悪路は従に考えて、ハイウェイを高速で走る乗り心地や操縦性が狙いです。
高原 ああいうクルマにしては日常的な乗り味が大切な味つけになっている。走りだけで評価する車種設定にしていないところが面白いと思いました。
馬場 おっしゃる通り、居住性、扱いやすさ、経済性をベースに置いています。
高橋 現在の仕様は、日常使うクルマとしてどこまで完成度を高められるかがテーマです。手に汗を握ってワインディングロードを攻めるクルマではない(笑)。快適な高速巡航性、例えば土曜日に大阪の恋人のもとへ東名で駆けつけるという感じで中年がつくった(笑)
----------------------------------------------------------引用ここまで
アルシオーネは、FFの方が4WDよりも40mm低い設定となっていました。
最低地上高は、FFの155mmに対して、4WDは165mmと10mmのプラス。さらに4WDは、エアスプリングを用いることでさらに30mm車高を上げることも可能でした。
全高1,300mm前後のクルマで40mmの違いというのは、結構見た目に利いてきます。引用元の車種別総合研究では、4WDとFFの両方がテストに用いられていましたので、画像も引用してみます。
今目線だと、当時のクルマは全体的に床が高い感はあるのですが、ここではその話は抜きとします。一先ず両者を比べてみると、やはり4WDの腰高感は強くなるのはお解りいただけますよね?、ということで。
4WDに関しては、この画像より上に引用した輸出仕様の画像の方がさらに車高が高い気もするのですけれどね。個人的に勿体ないと思うのは、フロントのタイヤアーチの形状です。真円を描いていないため、さらにタイヤとアーチの隙間が広がって映るのですが。
インタビューの文中にあるとおり、この点は改善点という認識があったようですが、結局モデルライフを通して車高の変更はありませんでした。
またインタビューの中で興味深かったのが、日常的な乗り味を大切にしているという点です。まだまだゼロヨンや筑波のラップタイムが自動車雑誌の誌面を飾っていた時代にも関わらず、もう少し大人の領域を目指していたのでしょうね。
ちなみに、同誌のテストでは、0→400mは17.4秒、0→100km/hは10.84秒(共にVS)とされています。VRの方も2駆と4駆の別で計測されていますが、若干速い4駆の方でも、100kg近い重量差の影響かVSに遅れるタイムで掲載されています。
といったところで、長くなりましたので前編はここまでとします。
後編では、走る・曲がるの話に加えて小物関係の話が主となります。
個人的主観の総括も次回送りということにて、しばしのお時間をくださいませ。
(参考文献)
・月刊自家用車誌 車種別総合研究
・自動車ガイドブック
(画像の引用元)
・FavCars.com