
またまた時間が開いて、ようやくの更新。
さて何にしようで、目に留まったのが今回のご紹介となります。
特別仕様車編は、1年以上開いての更新のようで、時の早さにも少々驚いていたり。
今回取り上げるのは、今からちょうど30年前となる1989年(平成元年)1月23日に追加されたブルーバードの特別仕様車となります。ブルーバードとしては8代目で、初登場は1987年(昭和62年)9月。形式名のU12の方が通りはいいかもしれません。
ブルーバードの登場は1959年(昭和34年)ということで、30周年記念でもありました。この30周年記念車は、計3仕様に設定されていました。
・・・ということでカタログの紹介に入っていきます。
最初は、4ドアハードトップSSSアテーサ。
U12のイメージリーダーとして、宣伝の前面に立ったグレードとなります。
登場時のCMは、こちらの赤と黒の2台が連なって走るというもので、印象的でもありました。「ブルーバードが好きだ」というやつですね。この赤と黒の組み合わせは、910ブルーバードに設定されて人気を集めた、赤黒ツートンのオマージュだったようです。
ちょうどフルタイム4WDの技術が出回りつつあった頃で、この型の最大の話題もATTESA(アテーサ)と名付けられた4WDにありました。アテーサは、GT-Rで広く名が知られますが、遡るとこのクルマがその言葉の始祖となります。
当時4WDは、FR・FFに続く新たな駆動方式として広く認知されるかと思ったのですが、ハイパワーモデルを除いて、結局この種の4WDはこの後しばらく、寒冷地向けが主となってしまいます。コストや効率の面がその要因でしょうね。
続いては、ツインカムSSS-X・II
ベースとなったSSS-X・IIは、モデルチェンジの翌年5月に従前から設定のあったSSSとSSS-Xの中間を埋める仕様としてハードトップのみに追加されています。
SSS-Xは、当時普及しているとは言えなかったABSまで標準装備としたことで、価格面の競争力が乏しく、それらをレス装備とすることでお買い得を訴求していました。
SSS-X・IIは、ツインカムの他、シングルカムにも設定されていましたが、こちらはツインカムのみとなります。SSS系では最多量販だったグレードですね。
少々調べてみたところ、同クラスの4ドアハードトップとしては、ビスタ2000VXがほぼ同価格。カリーナEDだと2000XとGリミテッドの中間に位置していたようです。
当時、この辺りで比較・検討された方もいらっしゃるのではないでしょうか。
最後は、セダンXEサルーンF
ベースとなったXEサルーンFは、SSS-X・IIよりも早い翌年2月の登場。
お買い得グレードとして、セダンのみに設定されています。ハードトップには、4ヶ月程後、もう少し装備を充実させたXEサルーンLが追加されています。
XEサルーンとありますが、もう一つ下のSEサルーンに装備を追加の方が近い成り立ち。登場の背景には、最大のライバルだったコロナが主力となる1800を先行してツインカム化。さらに低価格で登場したことで、装備と価格のバランスを見直す必要に迫られたということがありました。
お買い得さから、この型の最多量販グレードだったようです。実際、一番よく見かけたように記憶しています。比較的ブランドロイヤルティの強いクルマでありまして、ベストセラーだった910、その次の型のU11辺りからの代替が多かったのではないでしょうか。
最後に装備一覧や主要諸元表を掲載します。
やや意外なのは、SSS系はダークグレーとクリスタルホワイトの2色のみということ。人気の筆頭だったためと推測しますが、他色を見かけることも多かったように思います。
XEサルーンの方は、標準車同様の多彩な設定。3色から選べる内装色に加えて、各ボディカラー毎に内装色も選べた、良き時代ですね。
さて、駆け足ではあるのですが、ページ数に合わせて簡単な紹介と致します。
ここからはいつもの諸考察。
今回ご紹介した特別仕様車は、SSSアテーサを除き、既にお買い得グレードとして設定されていたこともあり、メモリアルを記念した特別仕様としては比較的簡易な成り立ちと言えるかと思います。
そこで、もう少し視点を広くとりU12ブルーバードについても書いてみます。
この当時の日産は、シーマ、セドリック/グロリア、ローレル・セフィーロ、シルビアといった各車がライバル車と激闘を繰り広げる一方、このクラスのミドルサルーンはブルーバードのみでライバル車と対峙する状況にありました。プリメーラ・プレセアが援軍に加わるのはこの翌年であり、日産の同クラスは他にはオースターとスタンザが末期という状態だったのです。
トヨタの同クラスには、古くからのライバルであるコロナがあり、カリーナも近い存在。そこにやや上級のカムリ/ビスタが加わってもいました。この4車に対してブルーバード1車で対抗する構図。
比較的台数の出るクラスでしたから、この差はトヨタと日産の体力差となって後々響いた気もします。反面、日産としては一球入魂でブルーバードを作れたとも言えるのですが。
このU12ブルーバードは、そんな成り立ちも反映して、量産車としてよく練られたクルマだったと思います。
ブルーバードは、ルーフラインのみを変えた4ドアセダン4ドアハードトップのボディバリエーションを持ち、グレード構成としてはSSSとアーバンサルーンに分かれ、共に両ボディが設定されていました。
FR時代にはリヤサスが異なるという大きな違いも、FF化により味付け以外は共通化されたことで、グレード構成が曖昧になったことは否めません。そんなこともあってか、SSSはハードトップ、アーバンサルーンはセダンが主として売られていました。折角、販売方が築いたこの関係は、次世代でメーカー自ら崩壊させ、ブルーバード退潮の要因の一つとなるのですが、その点の詳細は触れずといたしましょう。
エンジンは、バイオレット・オースター・スタンザのFF化に合わせて1981年に登場したCA型を搭載。この年の秋のマイナーチェンジでは、新世代となるSR型が登場していますから、CAの末期となりますね。
CAは、他車種で2000ccもあったものの搭載されず、ガソリンは1800ccが上限の構成でした。当時の主査はこの点をかなり質問されたようで、インタビュー記事において「4バルブの2000をやりたかった。実は作った。CAの2000をベースにして4バルブをやると、かなりの部分を変えなきゃいけない。1800のツインカムもあって両方見ていったら、大きな投資になる。では、このエンジンを何年使おうかと。いずれ2000をやるから、もっと新しくして、もっといいやつにしようという欲がわいてきた。」と書かれています。「だから1800で歴史に残るようなものを作ろうという気概で今回1800に集中した。」とも。当然SRが出る前のインタビューとなりますが、そこに続くエピソードですね。
先に書いたとおり、ファミリーカーの主流がこのクラスにあった当時、日産を代表する一台であったことは間違いありません。見方を少し変えると、今のトヨタのミニバン3車に対峙するセレナがちょうど当て嵌まる気も致します。
日本のファミリーカーという主需要も同じ。これまでも数多く取り上げたコロナ・カリーナで、よく書くように、このクルマもまた、日本のファミリーカーの姿が大きく変わったことを表してもいるのです。