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2015年08月02日 イイね!

クラウンRS詳細(60年前の車)

クラウンRS詳細(60年前の車)私と車のつきあいは「クラウンRS」が原点と書き始めたら、想い出がとめどなく沸き返ってしまいました。

親父が買ったクラウンは中古の中古だったので、もちろん手元にカタログはありませんでした。でも便利な時代になり、ずっと後になってネットでカタログの復刻版を見つけました。親孝行のつもりで親父にプレゼントしましたが、「本当にもらっていいのか」ととても喜んでくれました。その時スキャンしたものが私の手元にも残っています。


表紙です。
驚いたことに、当時(1955年)のカタログは写真ではなくイラストです。
特徴あるフロント・ウィンドウには真ん中に支柱があります。まだ1枚の曲面ガラスが難しかったのでしょうが、後期型では支柱がなくなりました。


裏表紙 仕様表
最高出力48HP 最大トルク10kg-m
 因みにいま乗っているBMW AH3は340PS、45.9kg-m
 まさに夢のようなスーバーカーです。

トヨタはまだトヨタ自工とトヨタ自販に分離していました。


インパネはプラスチックではなく、鉄板です。
速度計の他に4つ付いているメーターは、水温計、燃料計、電流計と油圧計だったと思います。
インパネはシンプルです。ラジオもカーステレオも温調も何もありません。

注目は頁右下の写真。初めて見る方も多いでしょう、腕木式の方向指示器です。ハンドルスイッチを入れると前後扉の間(Cピラー)から腕が上がるとともに、ランプが点灯します。寿命が短くなるのでランプを点滅させるという発想はなかったのでしょう。カタログには、「自動的にウインカーが復元します」とありますが、うちの車はランプが消えても腕は落ちないことがあり、後席の窓から手を出してたたき落とすのが私の役割でした。


クラウンRSの最大の特徴は、観音開きドア。後ろのドアが後ろ側を支えに前から開きます。


この頃は「堅牢なシャシー」が大事な謳い文句。
舗装路が少ないばかりでなく、悪路は岩が出て床を擦ることさえも結構ありました。

シートはいまとは作りが違い、ふんだんにバネが使われています。


エンジンです。
OHV(オーバーヘットバルブ)で、48馬力であることを誇っています。


堅牢なフレームに載った車体というのが、当時のセールスポイント。


懸架装置
クラウンの懸架装置は、かなりおごったものだったようです。

部品の説明

スターターが付いていることを自慢した時代ですが、このスターターは力が弱く頼りないものでした。
トランクにはクランク棒というものが標準装備されていて、スターターでエンジンがかからないときは、クランク棒を取り出し、車の前からエンジンの軸に差し込んで、ゆっくり2回転くらいさせた上で腰を入れ、エイヤッと引き上げるとエンジンが手動でかかるという仕掛けです。
この始動方法の信頼性は高く、母は結構めかした格好をしながらクランク棒を使ってエンジンをかけていて、その技を自慢にしていました。


もちろんMT(マニュアルトランスミッション)。
新技術のシンクロメッシュでダブルクラッチを使わないで済むというのがウリでした。


後輪は板バネ。
当時の道路事情では、致し方ない選択でしょう。


定員は前席3名、後席3名でフラットなベンチシート。
カタログに「フォード並の大きさです」と謳うところは時代を感じます。


カウル・ベンチレーターと三角窓
エアコンが発達したいまでは見かけませんが、当時のベンチレーションは走りながら外気を取り入れるもので、まだ外気が心地よかったこともあり快適な装備でした。
中でもカウル・ベンチレーション。ダッシュボード下のレバーを押すと、フロントウィンドウ前の空気取入口が開いて、足下に涼しい風が入ってきます。非常に効果的な装備でした。




サイドブレーキは運転席の右側で、ベンチシートと扉の間にありました。

標準では、ラジオもヒーターもありません。
大人6名が乗って、とにかく走るということが大切であって、その他の装備は必要という発想もなかったでしょうし、お金もなかったのでしょう。

60年前の車がどんなものだったか知っていただきたくて、長々と書いてしまいました。

60年前の我が家の車        いまの私の車
トヨペットクラウンRS         BMW ActiveHybrid3
 
最大出力 48HP          最大出力 340PS
最大トルク 10kg-m       最大トルク 45.9kg-m

60年間の進歩はすばらしく、つくづく良い時代を生きたと思います。
今後にも期待しています。
Posted at 2015/08/02 13:24:34 | コメント(0) | トラックバック(0) | クラウン | クルマ
2015年08月01日 イイね!

クラウンRS

クラウンRS久しぶりに本屋で「Motor Magazine」を買いました。
8月号は60周年記念号で、特集「最新のBMWモデルを知り尽くす」も興味ありましたが、お目当ては付録の「心に残る国産車100選」。2001年2月号掲載の再収録とのことですが、心を惹かれたのは表紙写真のトヨペットクラウンRSです。



この車は、小学校の4年生の時(1961年)我が家に初めて来た自家用車で、私にとっては、まさに車とのつきあいのスタート点です。技術屋だった親父は車が欲しくて欲しくてたまらず、遂に中古の57年式クラウンを手に入れましたが、まだ世の中で自家用車は珍しい時代のことでした。私たち5人家族にとって、一番楽しく想い出を作ったのが、まさにこの車がいた時代です。

50年以上も前で、写真が見つからないので、後に親父にプレゼントしたミニチュアでイメージを。


手が込んだフロンドデザインです。


ダルマと言われたのはこの辺の姿からでしょう。給油の際はトランクを開けるとトランクの中に給油口がありました。


観音開きが特徴の扉。前後扉の間の支柱(Cピラー)に腕木式の方向指示器が内蔵されています。このミニチュアはデラックスなのでタイヤは白タイヤ。アメ車の流行を取り入れたもので、こんなところで贅沢を表現していました。


運転席の扉とシートの間にサイドブレーキがあります。
シフトレバーはコラムシフトで前席は3人掛けベンチシート。

驚くことに、ラジオもヒーターもオプションで、うちの車にはついていませんでした。冬は毛布と品川あんか(豆炭に火をつけて暖を取るもの)を車に持ち込みました。これでは、練炭自殺みたいなもので、時々頭が痛くなりましたが、当時の車は機密性が低かったので、命は落としませんでした。

半世紀以上前の当時、驚いたことに、この車で横浜から兵庫県の西宮まで家族5人で行きました。東名も名神も無いのはもちろん、やっと箱根新道ができた、前年に鈴鹿峠が舗装されて、東海道が全線舗装になったという時代でした。朝4時に横浜を出て18時間かかり、平均速度は40km/hという隔世の感がある旅でした。
高度成長前夜でまだまだ発展途上にあった日本の姿です。
Posted at 2015/08/01 12:46:06 | コメント(2) | トラックバック(0) | クラウン | 日記

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「@福六 さん、やっぱり先を越されてしまいました~!宿とお風呂とお料理の詳細な報告を、よろしくお願いしま~す。」
何シテル?   11/05 19:18
アクティブアスパラです。 42年間の会社勤めを終えて、いまや隠居生活です。体が動くうちにしっかり遊んでおかなければと、テニス、スポーツジム、写真にと毎日大忙し...
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