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奈良と大阪の境目に位置するのが生駒山である。
前々から行きたいと思っていた生駒山へ行くことにした。屋上にはレトロな生駒山遊園地があるというし山を下る谷筋など東大阪市側には神社仏閣も多いようだ。
まずその前に奈良県のパワースポットとして知られる聖天さんこと宝山寺を見物しよう。
宝山寺へ上がるには車道も整備されているが歩きの場合はケーブルカーが便利だ。
近鉄生駒駅からコンコース続きで同じ近鉄が経営する生駒山ケーブルカーの「鳥居前駅」をめざす。宝山寺は仏教寺院なのになんで参道入り口に鳥居があるのか?まあ細かな疑問はさて置いてじきに「鳥居前駅」に到着した。
改札の前に立て看板があり「生駒山上遊園地」は冬場は閉鎖していると書いてある。こりゃ知らなんだ。時間があれば遊園地で遊んでみようと思っていたがアテが外れた。いかに事前調査が不足した行き当たりばったりの奈良見物であるかがわかる。
それでも少し待っているとケーブルカーがゆっくりと下ってきた。
犬のような顔をしている。遊園地へ行く子どもたちを喜ばせるために作ったのだろう。
乗客はほとんどいない。
朝晩の通学通勤の時間帯を除けば山上遊園地へ行く客がケーブルカー利用者のほとんどだろう。遊園地が閉鎖しているわけで人のいないのも頷ける。宝山寺へ参詣する人もいるだろうが自家用車で行く人が多いのかもしれない。
ケーブルカーはゆっくりと動きだした。
勾配のきつい急斜面の両側には一般の住宅が建っている。
生駒の町並みがおのずと視界に広がってくる。
江戸時代中期に創建された生駒聖天・宝山寺の門前町として栄えたのが生駒の町である。 ケーブルカーは「宝山寺」駅に着いた。
ここから宝山寺まで歩いて登るのであるが、この間に広がる参道沿いの和風旅館街がいわゆる「生駒新地」または「宝山寺新地」と呼ばれるまことにディープな歓楽地なのである。
駅から少し歩くと「聖天通り 観光生駒」のアーケードが出迎えてくれる。
ここから参道がはじまり同時に歓楽旅館街となる。
といっても誰も人が歩いていない。まことに閑散としている。人の気配もない。
どこへ飛んで行くのかカラスが一羽カァーカァーと鳴いている。
時計を見るとまだ午前10時である。どこの旅館街でも閑散とした時間帯であることにはまちがいない。
それにしても森閑とした空気はなんなのだろう。
14軒ほどの和風旅館のほかにとくにこれといった店舗もない。人家もあるが生活感があまり感じられない風景である。
空き店舗があり窓ガラスに「売値500万円」という貼り紙があるが文字が日焼けして色あせている。長い間売れないのであろう。
なんとなく寂れたふうである。
もう世間の風に取り残されて消滅を待っている昭和レトロな旅館街といった侘しい風情しか漂っていない。
廃業したまま放置されている旅館もあるようだ。
表向きは普通の旅館街なので中には「日観連」や「JR協定旅館」に加盟の旅館もある。
文字とおり普通の観光旅館も混じっているのかもしれない。
ただ料理旅館と看板を出している旅館の玄関まわりをよく見てみると「生駒料理旅館組合」のプレートに並んで「風俗営業許可店」だの「一八歳未満の方は入店お断り申し上げます」などと小さく書いてある。
一八歳以下が利用できないで風俗営業をしている料理旅館とは・・・・・。
これが「生駒新地」の「新地」たるゆえんのものである。
だが霊験あらたかな宝山寺・聖天さんのご加護ご利益なのか、ここ生駒新地の由緒ある遊興地としての歴史は途絶えてはいない。生駒山新地というマニアックな新地風俗の命脈はいまだに細々とではあるが続いているようなのである。
江戸時代から信仰を集めた宝山寺だが明治になると参拝客を目当てに旅館やお茶屋ができていたようである。大正7年に日本初のケーブルカーが開通。増加が見込まれる参拝客を当て込みこれと時を同じくして地元の旅館業者は置屋組合を結成した。
そして旅館へ女性を派遣する形での歓楽地営業が本格的に開始されるようになった。
一時は参道の下からずらっと門前まで旅館がひしめきあたっというから大変な賑わいぶりだった。戦時中一時中断したものの戦後に復活した。
生駒山の中腹という世俗を離れた独特の遊里の風情が人気を呼んできた。
「生駒新地」はまるで歓喜天ワールドへタイムスリップでもしたかのような不思議な感覚を醸し出していた。
ここには呼び込みや案内人もいないしそれらしい女の子がいるわけではない。
利用客は旅館へ入ると女将さんに頼めば生駒に二軒ある「生駒芸妓検番」に連絡を取ってくれてそこから好みにあった相方さんが派遣されてくるというシステムになっているそうだ。ただ御多分にもれずいまどき新規募集しても若い女性が応募してくれることもなく検番に所属する女性の若返りが宝山寺新地活性化の課題となっている。だが、なかなか難しく結果として女性の高齢化が進んでいるのが現状であるという。
そのぶんほかの新地では味わえないしっとりと落ち着いた時間が過ごせるとして一定のファン層がついているとも言われる。ただ利用客も高齢化が進みやがてはこの生駒新地の灯も消え行く運命にあるのかもしれない。
●BGM●
「女町エレジー」 藤圭子
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奈良見物 | 日記
Posted at
2015/02/16 21:22:03