2021年03月03日
【SS】君の名を呼ぶ時(7)
家に付いた後は、大きな試練が待ち構えていた。
「さて、家着いたぞ」
「ありがとうございます、ゆーやくん」
「家のカギ出せるかい?」
「だいじょーぶでーす」
「ホントかよ・・・」
「ここにありま・・しゅ・・・」
手提げカバンの外側ポケットを指さした彼女は、これで限界、と言うように眠りに落ちてしまった。
「っておい、寝るにはまだ早い」
「zzz」
とはいうものの、完全に寝入ってしまっている彼女を放っておくわけにもいかない。
崩れ落ちそうになる彼女を抱きとめた俺は、彼女のカバンから家のカギを取り出した。
「こんな形で女の子の部屋に入るのは不本意だが、しょうがない。すまん、家入るぞ」
そう言って、彼女を部屋に連れて行った。
「さてどうしたものか・・・」
部屋に入った俺は、居間で立ちつくしていた。
男三人兄弟で育った俺にとって、女性とは、母か祖母しか知らないのだ。
当然、着替えさせたくてもできるわけがない。
それに、女の子に触れることも初めてだ。
小学校の運動会のダンスとかが良い所だろうか。
そんな状態なのに、彼女の部屋まで抱えて来れたのは、ぜひとも評価していただきたい。
「聞こえてないだろうけど、一応先に謝っとく。すまんがさわるぞ」
そう言ったのは、俺の中での弁明のためだ。
そのような自己肯定無しに、この状況を乗り切れる気がしない。
これは、仕方のない事なんだ。
ひたすらにそう言い続けながらやるしかなかった。
「上着のボタンを留めないでいてくれて助かったよ」
酔いで暑くなっていたのか、彼女は上着を羽織ってこそいたが、前のボタンを留めてはいなかった。そのおかげで、上着を脱がせるにしてもだいぶ楽だったのだ。
「よし、と。でも、これ以上は無理だよな・・・。このまま寝かせるか」
上着を脱がせたはいいが、服まで着替えさせるのはとても無理だった。
すでに今もいっぱいいっぱいである。
残すは、彼女をベッドに寝かせることのみ。しかし、それには本格的に彼女に触れなければならない。
「すまん」
再びの弁明の言葉と共に、悠夜は遙乃を抱きあげ、ベッドに寝かせた。
「何とかなったか・・・」
すやすやと眠る彼女を見て、ようやく一安心できた。
人生でこれほど緊張したことは無い。
正直受験より緊張した。
なぜかって?
そりゃ、好意ある相手に対して下手なことできるわけがない。
寝てる間に手を出したと思われて、嫌われるのが一番困る。
かといって、他に誰も証明してくれる人もいない。
つまりは、ここでの行動如何によって、俺の今後が決まると言っても過言ではないのだ。
帰路の彼女の様子を見る限り、今のところは両想いではあるのだろう。
だが、酔った状態では、それとてどうかは分からない。
それに、告白するならば、ちゃんとしたシチュエーションでするべきだ。
こういった相手が正常な状態と言うのは、明らかに相手に不利だ。
ならば、誠心誠意尽くし、誤解なきように行動するべきだと思う。
「ここまでしかできなくてすまんな。おやすみ」
そう言って、彼女の部屋の電気を消し、部屋を後にした。
「んんっ・・・あら、ここは」
目が覚めると、そこは自分の部屋のベッドでした。
来ていたはずの上着は、壁に掛けられているようで、カバンも机の上にあります。
私自身は、昨日来ていた服のままですね。
「???」
クラスのコンパに出たことまでは覚えているのですが、どうやって帰ってきたのか全く記憶がありません。
そうして混乱していると、携帯が鳴りました。
『あ、出た。起きてたか』
「上野くん?」
その声は、聞き慣れた上野くんの声でした。
『おはよう。気分は大丈夫かな?』
「え、ええ。大丈夫だと思います・・・」
『それは良かった。昨日の泥酔っぷりは中々だったからね』
「そんなに酔っていたのですか、私」
泥水と言う言葉に驚きを隠せません。
そんなにお酒に弱かったのでしょうか、私。
『詳しくは後で話すよ。まずは水分をしっかり取って、着替えた方が良い』
「いろいろ迷惑かけてしまったみたいですね、すみません」
『なに、こういう時はお互い様だよ。俺も飯作ってもらってるしね。玄関にスポーツドリンク掛けてあるから、着替えたらそれも飲んだ方が良いよ』
「いろいろとありがとうございます」
『いえいえ、どういたしまして。それじゃ、また後でね。俺は部屋にいるから、何かあったら呼んでくれ』
「分かりました」
手を煩わせてしまって申し訳ないという気持ちもあるが、それだけのことをしてくれる彼の好意が嬉しかった。
さて、何はともあれ、このままでは仕方ありませんね。
まずは頂いたスポーツドリンクを飲んで水分補給をしてから、シャワーを浴びて着替えることにしましょう。
「お待たせしました」
小一時間ほど後、悠夜の部屋に遙乃が訪れた。
「おかえり」
「あ・・・」
何気ない悠夜の返しに、思う所があったのか、言葉に詰まる遙乃。
「どしたの?」
「いえ、何でもないです。それよりも昨日ですけど、私何をしでかしたのでしょう」
それに気づいたのか、悠夜は顔を覗き込みながら訊ねてきた。
遙乃は、誤魔化すように昨日の様子を聞いた。
「仕出かしたっていうか、酔いつぶれたんだよ。帰り道ふにゃふにゃしてたぞ」
「まあ、そんなことになっていたのですか」
「日野と朝倉が連れて帰れってさ。だから、俺が家まで送ったんさ。あ、勝手に家に上がって悪かったね。うちに寝かせるわけにもいかないし・・・。一応、聞いたらカギを出してくれたから、了承と受け取って入ったが・・・」
「では、上着や布団に寝ていたことも?」
「日野と朝倉が付いてきてくれなかったもんでなぁ。家に着く頃には寝ちゃうし、非常事態ってことで俺がやったが・・・。ふれたり家に上がったこと、すまない。後になっちゃったけど、それだけ謝っときたかった」
悠夜は、遙乃に頭を下げた。
「そんな、上野くんは私を介抱してくれただけじゃないですか」
「いやまあ、それとて女性にふれるのはなぁ」
遙乃は、悠夜の肩に手を置きながら答えた。
それを受けて頭を上げた悠夜は、恥ずかしそうに後頭部を掻いていた。
「ふふっ、上野くんって相当に奥手なのですね」
クスリと笑う遙乃。
「そりゃ、好きな人相手ならそうもなるさ・・・」
「え?」
ボソッと呟いた悠夜に気づいたのか、遙のは首をかしげた。
「いや、その、うちは女性と言えかーちゃんとばーちゃんしかいなかったからさ。免疫なんてないよ」
悠夜は、慌てて取り繕うように答えた。
「そうだったんですね。でも、それを言えば私も同じですよ」
「というと?」
「私一人っ子で、従姉妹とかも居なかったので、男性と言えば父親しかいなかったものですから」
「そっか。それなら俺と同じだな」
「はい。同じですね」
笑顔を交わす二人であった。
「さて、俺腹減っちまった。飯にしようぜ」
お腹をさすって、お腹が空いたアピールをする悠夜。
「あ、もうお昼ですね。どうしましょう、何も用意してないです」
それに対し、遙乃は困ったようにうろたえた。
「実は、寝てる間に、うどん買ってきておいたんよ。それなら食べられるんじゃない?」
「うどんなら消化にも優しそうですね。早速作りましょう」
腕まくりをして、作る気満々の遙乃。
「いや、もう用意はしてあるよ。あとは、麺を入れて温めれば大丈夫」
遙のを静止し、キッチンを指さす悠夜。
「すでに作っていてくれたのですか。何から何までありがとうございます」
「ま、飯はいつも作ってもらってるんだ。それくらいやらせてくれよ。それに、うどんなら俺でも失敗しないからなw 野菜切って出汁入れて温めて、うどん入れるだけだしw」
肩をすくめる悠夜。
「ふふっ。では、ありがたくいただきます」
「おっけー」
そして二人は、うどんをよそるべくキッチンに向かった。
昨日、名前で呼んでくれていたのは、やはり酔った勢いでだったようだ。
元に戻って一安心というか、さみしいような。
俺を名前で呼ぶのは、実家でもじーちゃんばーちゃんくらい。
男兄弟のせいか、両親までもがにーちゃん呼びなのだ。
まして、同年代では、名前で俺を呼ぶ人は居ない。同性でも、皆名字呼びだ。
やはり、名前で呼ぶことは、特別な意味がある。
だからこそ、名前で呼んでほしい相手は限られる。
昨日、酔っていたとはいえ、彼女に名前で呼ばれて感じたのは、むずかゆさと嬉しさ。
普段呼ばれないからこそ、彼女にこそ呼んでほしい。
そう思った。
元々、俺と彼女は1学年違っていた。
中学高校時代の1年と言う時間差は、思った以上に大きなものだ。
通学の電車、高原学校の班。
共に過ごした時間は、とても短かなものであり、先に卒業を迎えるという事実がその大きな時間差をいやおうなく思い知らせた。
それが今や、入学以来の一ヶ月程で、入学前までに共にしてきた時間を上回るほどに、多くの時間を共にした。
その中で、かつて記憶の彼方に薄れていたはず彼女への思いは、少しずつ俺の心の中で燃え上がり、その火は着実に大きくなっている。
昨日の態度を見る限り、酔っていたとはいえ、多分彼女も同じ気持ちでいてくれているのだろう。
もっとも、俺も彼女も、その気持ちを口にしてはいない。
口にしてしまえば、今の関係が崩れてしまうのではないか。
それが怖かった。
誰かを好きになったことはあっても、付き合うという関係に至ったことは無い。
だから、ここからどう進んで行けば上手く行くのかが分からない。
昨日の介抱だって、分からないからこそ緊張した。
一度は失ったと思った彼女との時間。今一度チャンスが巡ってきたからには、二度と失いたくはない。
うっすら残る記憶。
それは夢か現実か。
その記憶の中で、私は、彼を名前で呼びながら甘えていました。
名前で呼ぶこと。
私にとっては、女の子の友達以外では、一度も呼んだことが無い呼び方。
ドラマやアニメの中では気軽に読んでいる描写があっても、実際に名前で呼べる異性が居るかと言えば、そんなことはありません。
やはり、同性や家族以外で、名前で呼ぶことには、特別な意味があるのです。
なら彼は?
入学して以来のここ一ヶ月、多くの時間を共に過ごすことで、感じている彼からの好意。
それは、高校までの頃と何も変わっていないもの。
でも、まだそれを口にしてくれてはいません。
高校までの頃と変わらず優しい彼の親切と好意を履き違えているだけ?
彼からの好意をもっと目に見える形で欲しいと思ってしまうのは、欲張り過ぎなのでしょうか。
時はまだ4月。
多分、焦らず行くべきなのでしょうね。
つづく
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Posted at
2021/03/03 21:10:18
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