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sinano470のブログ一覧

2021年02月07日 イイね!

【SS】君の名を呼ぶ時(5)

 翌日の夕方のことである。
「さーてと、今日の授業はこれで終わりっ」
「お疲れ様でした。では、帰りましょう」
 授業を終えた二人は、慣れた様子で二人並んで帰路についた。
 この頃、二人は基本的に徒歩で大学へと通っていた。
 二人とも自転車を所有していたのだが、遙乃が徒歩派であったことと、互いに話せる時間を取りたいことから、が大きな理由であった。
「この後は何かすることあります?」
「いえ、特には無いので、昨日買ってきたカレーを作ってみようかと思います」
 悠夜の問いに対し、力を入れるポーズを取りながら答える遙乃。
「そうだった。晩御飯が楽しみだなぁ。あ、何か手伝った方が・・・」
「助かります。では、・・・あ」
 何かを思い出したのか、手を口に当てて驚いた様子の遙乃。
 どうしたのかと、悠夜は遙乃を覗き込む。
「手伝うのは良いですけど、それだとどちらかの部屋に」
「そうでした・・・」
 お互い真っ赤になる二人。
 当然、二人とも異性の部屋に行ったことがあるわけではない。
 そして、この年の男女が互いの部屋に行くことは、通常の関係ではまずないことである。
 それを思い出した二人だった。

「えっと、じゃあうち来ます? 流石に女の子の部屋に行くというのは」
 意を決した悠夜は、遙乃を誘った。
 もっとも、自分が行くよりかはマシ、と言った消極的な理由だったのだが。
 悠夜にとって、遙乃の部屋に行くというのは、まだハードルが高いらしい。
「そ、そうですね。ではお邪魔させていただきます」
「じゃあ俺米炊いとこうかな」
「お願いします」
 そう言って、二人は一旦互いの部屋に分かれた。
 お互いに緊張の色が隠せていない。
 旧知の間柄とはいえ、互いの部屋に行くということは、大いに意識するものである。まして、それが互いに意識している異性であれば当然であろう。



 着替えと食材の用意が終わり、遙乃は悠夜の部屋を訪れた。
「お待たせしました」
「いえいえ、大丈夫でやんす」
「ふふっ。あ、入っても大丈夫ですか?」
「恐らく」
「なんですか、恐らくって」
「まあまだそこまで散らかしてない・・・とは思うんですが。掃除苦手なんで」
 実家の惨状を思い出しながら答えた悠夜。
 遙乃を家に上げるにあたり、そこが一番気になっている点であったからである。
 好きな相手の前でくらい、良い格好したいと思うのは、誰しも同じだろう。
「ああ、なるほど。というか、こっち引っ越してきてまだ一週間くらいでしょう? 大丈夫ですよ」
 クスリと笑いながら答えた遙乃。
「細かい所気にしないでくださいね」
 心配そうに、悠夜は再度確認した。
「はい。では、お邪魔します」

「ふむふむ」
 部屋の中をキョロキョロと見回している遙乃。
「な、なんスか」
「いえ、男の子の部屋は初めてなので。それに、同じアパートなので部屋の間取りが同じなのは当然なのですが、家具の配置でこうも印象代わって見えるものなのですね」
「あ、部屋の印象はあるかも」
 納得する悠夜。
「私の部屋はベッドとテーブルなので」
「そりゃ特に違うだろうなぁ。ウチはこたつと布団だから」
「面白いものですね」
「まあまあ、部屋の観察はその辺にして、ご飯作らない?」
「そうでしたね。やりましょうか」
 提案する悠夜に、うなずく遙乃。
 二人はキッチンに移動し、料理を始めることにした。
 この日の本命は、部屋への訪問ではなく、料理をすることなのだ。

「おぉ」
「変、ですかね」
 料理を始めるにあたり、遙乃はエプロンを着用していた。
 エプロンは青色で、胸元に羽がワンポイントとして描かれているものであった。
 また、長い髪が邪魔になるのか、ポニーテールにしている。
「いや、何と言うか・・・とても似合ってる」
「あ、ありがとうございます///」
「ポニテもいいなぁ(ボソッ)」
「あ、これですか? 料理するときや運動するときなどは、長いとジャマになったりするので、こうしているんですよ」
「なるほど。ポニテ姿初めて見たから、すげー新鮮」
「ふふっ」
 ふっとしっぽのように髪を揺らせて冷蔵庫へと向かう遙乃。
 その姿に、ドキッとした悠夜であった。


「そうだ、やらせてばかりもなんだし、俺も何か手伝えないかな?」
「では、野菜とか切っていくので、上野くんは焦げないように鍋をかき混ぜておいてもらえますか?」
「分かった」
「ホントは全て切ってからの方が良いのでしょうけど、スペースが無いですから。火が通りにくそうなものから行くので」
「任されました」
 仰々しく敬礼する悠夜。
 その様子を見てクスリと笑った遙乃は、野菜と肉の下ごしらえに取り掛かった。
 その間、悠夜は鍋を火にかけ、油を温めていく。
 肉を切って鍋に投入した所で、悠夜がボソッと言った。
「こうしてカレー作ってると、中学の時の高原学校思い出すなぁ」
「あら、懐かしいですね」
「あの時も俺が火の番してたっけ。はは、今と同じだ」
「ふふっ、そういえばそうでしたね」
 思い出すのは、高原学校二日目のバーベキュー。
 その当時、同じ班だった二人は、遙乃が下ごしらえ、悠夜が火の管理をしていたのだった。
「まあこれくらいしかできないんだけどさ。鍋混ぜてるだけだけど」
「そんなことないですよ。その間、別のもの切ったりできますし、助かってます」
「いやいや、全体的には作ってもらっちゃってる訳だし、礼を言うのはこっちの方だよ」
「お礼言ってもらえるのは嬉しいのですけど、それは食べた時まで取っておいてほしい、かな」
「それもそうだ」
「じゃあ次は玉ねぎをお願いします」
「おっけー」


 そしてついにカレーが出来上がった。
 お皿によそって、居間のテーブル代わりのこたつに持っていく。
「おー、うまそうだ」
「ちゃんと味見もしましたから、大丈夫ですよ」
「それは全面的に信頼してる、てか作ってもらってる以上、するしかないというか」
「まあまあ。それでは召し上がれ」
「いただきます」
「どう、ですかね」
 スプーンに掬ったカレーを口に運ぶ悠夜を心配そうに見つめる遙乃。
 味見はしたとはいえ、相手の味の好みまでは分からない。
 食べた時の反応を見るまでは、心配になるというものであろう。
「mgmg・・・おお、めっちゃうまい。これくらいのドロドロが良いなぁ」
「良かったぁ・・・」
 ほっ、と胸をなでおろす遙乃。
「これが虹口さんの味なんだね」
「カレーなので、ルーの味ですよ」
「そうでもないさ。水の分量とか、入れる具材とか色々あるじゃない」
「そういうものなのでしょうか?」
「たぶんね。どっちにしても、これは俺の好みの味だよ」
「ふふっ、それなら良かったです」
「これならおかわりも行けそうだ」
「食べ過ぎでお腹壊さないでくださいね」
「それくらい美味いってことさ。さ、一緒に食べよう」
「はい♪」


これからは、一人の生活が続くと思っていた。
それはもちろん望んだことではあるけど、実際一人は寂しい。
こっちに来て最初の夜に、それを実感した。
でも、今は違う。
共に食卓を囲む人が居る。
一度は失った彼女との時間。その眠っていた時間が動き出す。
この幸福感は、お腹が満たされたことだけではないだろう。

それまでは、精々が通学の電車の中で隣に座るくらいでした。
しかし、今は、食事を共にしています。
これからは、こうして共に過ごす時間が増えていくのでしょう。
この時間がとても愛おしい。
何も無かった私が、初めて自分でつかみ取ったものだから。



つづく
Posted at 2021/02/07 18:49:31 | コメント(0) | トラックバック(0) | SS | 日記
2021年01月24日 イイね!

【SS】君の名を呼ぶ時(4)

上野くんは、優しい。
私が彼について評価を与えるとき、最初に出てくる言葉がそれでした。
高原学校で一緒の班になった時は、バーベキューで火の番を担当してくれて、みんなの分を焼いてくれたことが、最初に意識した時でしょうか。
通学の電車の中で、上野くんのお友達と話していた時に、ふざけてでしょうか、その人が私に触れようとした時、身を挺して庇ってくれたことがありましたね。
通学の方向の関係もありますが、よく一人になってしまう時に、一緒についてきてくれたことも思い出の一つです。


 この日、食事を終えて会計をする算段になった時もそうでした。
「あ、ここは俺出しますよ」
「申し出はありがたいのですけど、それは無しで行きましょう。お互い変な貸し借りがあるとやりにくいだけですからね」
 男の人からすると見栄を張りたい場面なのかもしれませんが、それに甘えてばかりではいけないと私は思いました。
 なぜかといえば、これから同学年になるという事、それに尽きるわけです。
 私は、あくまで対等な関係でありたかった。
「それもそうか」
「学生も多いでしょうから、別も対応してくれると思います。それで行きましょう」
「了解っす」

 食事の後は、近くにあるスーパーに寄っていく事にしました。
 お互いまだ冷蔵庫の中は空っぽのようです。
「さて、せっかくですし、食材の買い出しして行きませんか?」
「そうですね。明日からはなるべく自炊しないと」
 学食もあるでしょうけど、やはり大学生たるもの自炊しないといけません。
 お昼は学校で食べることもあるかもしれませんが、朝晩は自分で作ろうと思っています。
 ここでも、上野くんはサッとカゴを持ってくれています。
 素なのでしょうけど、こういった所が嬉しい。

「自炊かぁ・・・自信ないなぁ、俺」
「あら、今までは料理やってこなかったのですか?」
「そうなんですよねえ。なかなかやる機会無くて」
「男の子だとそういうものなのかもしれませんね」
 恥ずかしそうに頭を書きながら答える上野くん。
 個人的な意見ですが、実家暮らしで自分で料理する男の子は珍しいのではないかと思っています。もちろん、興味ある子もいるでしょうけど、大多数ではないのではないでしょうか?
 上野くんも同じようですね。ちょっとだけ安心しました。
 なぜかって?
 女の子より男の子の方が料理できる、とあっては、悔しいじゃないですか。
 やはり、自分の作った料理を食べてもらって、『おいしい』と言って欲しいのです。
 ふふっ、女の子の夢ですね。

「うちのじいちゃんはめっちゃ料理やってたなぁ。釣ってきた魚捌いたり、良くイモフライとか作ってくれたし」
「釣りもやるのですね、おじいさま。上野くんもやっていたのですか?」
「一度だけ連れてってもらったことありましたけど、ぜーんぜんダメでしたねw 後は、釣り堀に家族で行ったことがある位かな」
「釣り堀ですか。おじいさまとは、どこで釣りを?」
「利根川ですよ。うちのじいちゃんは、川釣りをやってたんです。専用の冷凍庫があって、アユとかワカサギとかいろいろ入ってましたね」
「そうなのですね。私やったことないので、詳しくは分からないのですが・・・」
 そういえば、中学高校時代には、おじいさまの話をよくしていましたね、上野くんは。
 おじいちゃんっこで、よく遊びに行っていた、と話していたことを思い出しました。

「そうだ、虹口さんは、料理やるんです?」
「少しだけですけどね。こちらに来る前に、一人暮らしをするということで、母に基本は教わってきました」
 一人暮らしをするなら料理は必須ですからね。
 実家に居た頃は、お手伝いに毛が生えた程度しか料理はしていなかったので、こちらに来る前に教わっておいたんです。
「ベースがしっかりしてると大丈夫じゃないですかね。俺、それも無いんでw」
「ふふっ、なら一緒にお勉強しましょうか」
 その内、一緒に料理するようになったりして、なんて。
 部屋も隣ですし、おすそ分けから始まって、とか。
 いけませんね、妄想してしまいます。
「そうっすね。でもまずは生肉に触れるようにならないと」
「え?」
「いやー、生肉のあの感触が凄く苦手で。だから、とりあえず飯はキャベツとレタス千切っておかずにすればいいかなーって」
「あのですね、精進料理じゃないんですから・・・」
「ハムならまだ触れるので、それも入れればいいんじゃないですかねw」
「いやいや、ダメに決まってるじゃないですかそんなの」
「まあ、なんとかなるっしょ」
 ケラケラと笑っていますけど、それで良いわけないでしょうに。
 もっと食生活にも気を使ってもらわないと困ります。
 そうだ、私が作れば・・・。
「・・・なら、私が作ります。そんな食生活させられません」
「いやそんな、作ってもらうとか、手間かけさせるわけには」
「私にとって練習にもなりますから。おすそ分けだと思ってください。それに、味の保証もできないわけですし」
「う~ん、本当にお願いしてもいいんですか?」
「はい。腕は無いので、練習に付き合ってもらう形にはなってしまいますが」
「俺が自分で作るより遥かにマトモでしょうw」
「ふふっ、どうでしょうね?」
「じゃあお願いします。あ、でも食材の半分は出させてください。せめてそれくらいは」
「分かりました。早速お買い物しましょう」

う~///
改めて思い返してみると、私、とんでもないこと言ってます。
再会できただけでなく、隣の部屋で、料理まで作ってあげることになるなんて・・・。
なんだか、ドラマみたいな展開です。
でも、そんな関係も嫌ではない・・・かな。
いささか展開が早すぎる気がしないでもないですが、それとて私が望んだことです。
今は、隣に入れることが嬉しい。
きっと、私の居場所はここにある。
受験時代に覚えた心の寂しさは、今は既に無く、暖かさに満ち溢れています。
これもきっとあなたが居てくれるからなんですね。
『上野くん』



つづく
Posted at 2021/01/24 20:05:39 | コメント(0) | トラックバック(0) | SS | 日記
2021年01月15日 イイね!

【SS】君の名を呼ぶ時(3)

女の子と食事に行くというのは、人生初めての事だった。
それがまして、旧知の間柄だった相手なら。
当然、嬉しくはある。
嫌いな相手と長年の付き合いを持ったりはしないからだ。
ただ、この時は戸惑いの方が大きかった。
そりゃそうだろう。親しいと思っていたが、急に居なくなった相手と、大学でバッタリ会って、同じ学年同じ学科、それでもって隣の部屋と来たら、誰だって驚くだろう。
それに、ここで一歩間違えれば、彼女に嫌われたりしないか、という不安もあった。

彼女と再会して思い出したことがある。
それは、忘れていた彼女への好意だ。
彼女が通学の経路を変え、話す時間が無くなったことと、自身の受験勉強の忙しさで忘れていた感情。
再会した彼女と話して、楽しいと思える自分が居る。
この時間を失いたくなかった。

 様々な感情がせめぎあって悶々としながらアパートの踊り場で待っていた。
 どれほど時間がたったのだろうか。あまり待っていない気もするが、彼女が現れたことでその時間は終わりを告げた。
「お待たせしました」
「いえ、そんな待ってないです・・・よ・・・」
 彼女を見て、ふと息が詰まる自分が居た。
「あ、何か変ですかね?」
 それを受け、遙乃は、自分の服装を見回した。
「そんなことないです。虹口先輩の私服初めて見たので・・・」
 そう、私服を見たのは初めてだった。
 彼女との付き合いは、基本的に通学時間とイコールだった。それはつまり、基本的に学校の制服だったことを意味する訳で。
「そう言えばそうでしたね。上野さんは・・・ふふっ」
「ええっ、なんかおかしいですか?」
 何かおかしかったのだろうか?
 確かにあまり着飾った格好ではないが・・・。
「いえ、なんだか上野さんらしいなって。あまり着飾らないの、ホント良く似合ってると思いますよ」
「/// 虹口先輩も、可愛いと思います」
「ーーー///」
 二人して真っ赤になってしまった。
「その、ご飯行きましょうか」
「そ、そうですね」
 ごまかすように、俺は誘ったのだった。

 食事の後、彼女が話を切り出してきた。
「そうだ、上野さん。一つお願いがあるんですが」
「なんでしょう?」
 はて、お願いとは何だろう?
 あまり思いつかないのだが・・・。
「やりにくいかもしれませんが、名字か名前で呼び捨てで呼んでもらえませんか? それと、敬語も無しで話してもらえると」
「あ、さっき話していた同学年だから、ってやつですね。それなのに先輩とか呼ぶのも変な話になっちゃいますよね」
 言われてみればそうだ。
 確かに元先輩ではあるが、これからは同学年なのだ。それなのに、敬語で話していたり、先輩などと言っていたら、彼女が孤立してしまう原因となってしまう。
「そうです。全員に敬語で話していれば別ですが、それもやりにくいでしょう?」
 全員に対して敬語で話す・・・俺には絶対に無理だね。
 素でそうやって話している彼女ならいいと思うが。
「ですね・・・。二人でこうして話しているとつい出ちゃうかもですが、意識するようにします」
「今からでも名前で呼んでもらって良いですよ?」
 したり顔でそう話してきたが、当然名前で呼べるわけがない。
 俺にも名前で呼べる友達がいないわけではないが、当然全員男である。
 女性に対して名前で呼ぶというのは、それなりに特別な関係であるということだ。
 いつかはそうなってくれたらうれしいという気もするが、さすがにまだ早かった。
「う・・・。せめて『虹口さん』、で」
「ふふっ。ではそれでお願いしますね、『上野くん♪』」
「ーーー///」
 その笑顔はズルいと思う。

つづく
Posted at 2021/01/15 21:12:13 | コメント(0) | トラックバック(0) | SS | 日記
2021年01月09日 イイね!

【SS】君の名を呼ぶ時(2)

「へ?」
きょとんとした顔で、悠夜は振り向いた。
当初は誰だか分らなかったのだろう。ついこう言ってしまった。
「えっと・・・誰?」
「あ、ひどいです。そりゃまあ、久しく会ってないですけど」
「・・・もしかして、虹口先輩?」
「ふふっ、はい。私です」
「久しぶりですね。なぜここへ?」
「私も今日、信州大学に入学するからですよ」
遙乃は、入学式の式場を指さした。
「あ、浪人してたんですね。卒業以降の消息知らなかったんで、どうしてたかと思いましたが・・・。学部はどこへ? 人文とかですかね」
「ふふっ、あなたと同じですよ、上野さん。ここにいるということは、あなたも地質なのでしょう?」
「嘘だろ!?」
「ホントです。あの後、理転したんですよ」
「そりゃまあ、文系でもなんとかなる受験科目だったとはいえ・・・めっちゃ頑張ったんですね」
「ありがとうございます。あ、そろそろ行きましょう。入学式始まってしまいますよ」
「いっけね。行きますか」
「はい」
 二人は歩き出した。雪の舞う道を。

学科ごとの諸々の説明などが終わった後、二人は家路につくことにした。
「さて、終わったし帰りますか。スーツ姿は、息苦しくっていけないですね」
「あら、かっこいいのにもったいない」
「え?」
 驚いたように振り向く悠夜。
「ふふっ、何でもないですよ。帰りましょうか」
 それを見て、クスリと笑う遙乃。
 その場でクルリと回った遙乃は、理学部等の入り口に向かって階段を下っていった。

「そうだ、家どの辺です? 近くまで送りますよ」
 理学部等を出た所で、悠夜は遙乃に尋ねた。
「ありがとうございます。えっと、こっちの方ですよ」
 遙のが指さしたのは、概ね南の方向だった。
「おお、それだと俺と同じ方向ですね」
「そうなんですね。もしかしたら家近いかもですね」
「はは。知り合いがいないと思ってたので、それだと心強いですね」
「それ、女の子である私のセリフですよw」
「ですねw」
 談笑しながら、二人は徒歩で家路についた。

 大学横を流れる川沿いを下り、橋が架けられた所にあるT字路に着く。
「あ、私こっちです」
 遙乃が指さしたのは、橋と反対側の内陸方向だった。
「そこも一緒ですね。俺もこっちです」
 この区画には、アパートが比較的多いので、そのどれかだろうとお互い思っていたようだ。
「この辺りいくつかアパートありますし、本当に近いのかもですね」
「実は同じだったら笑いますね」
「そうですねw」

 そのまま歩き続けると、二人は一つのアパートに辿り着いた。
「私ここのアパートです。送ってもらってありがとうございました」
「・・・」
「あの、上野さん?」
 遙乃は、無言の悠夜に首をかしげながら訪ねた。
「俺冗談のつもりで言ったんですけどね・・・」
 少しの間の後、悠夜はボソッとつぶやいた。
「というと?」
「俺もここのアパートなんです」
「うそ!?」
「ここ微妙に斜面になってるし、帰り登りで苦労するより朝登りで苦労する方が良いなと思って、スーパーとコンビニも近いここにしたんですが、まさか同じだったとは」
「あらあら・・・。私もアパート選びの時、まったく同じこと考えてました」
「まさか・・・」
 悠夜は、アパートの2階へと向かった。
 立ち止まった部屋の表札を見ると、そこには『虹口』とある。
「ここまで同じだとは・・・」
「え、上野さんの部屋、ここの隣なのですか?」
 追いついてきた遙乃が聞いた。
「引っ越しのドタバタで表札出すのを忘れてたんですが、まさかこんなことになっていたとは」
「だから気付かなかったんですね・・・。でもよかった」
「なぜです?」
 胸に手を当て、一呼吸付いた遙乃。
「先程、上野さんが言ってましたけど、やはり異国に一人、と言うのは少し心細かったんです。まして、私は浪人していたので、みなさんより一つ年上ですし。隣と言うのは本当に驚いていますけど、それでもやはり、知っている人が近くにいてくれるというのは心強いのです」
「そうでしたか。でもまあ、俺にできることなら任せてください。コメの買い出しとか、ストーブ用の灯油買いに行くときとかw」
 照れ隠しか、ガッツポーズを取る悠夜。
「ふふっ。その時はお願いしますね」
「ひとまず、部屋戻って着替えましょうか。よかったら、この後一段落したら、晩御飯でも一緒にどうですか?」
「そうですね。ご一緒します」
「では、17時ごろでどうでしょう?」
「夕食にはいい時間ですね。そうしましょうか」
「ではまた後で・・・じゃなかった。連絡先交換しませんか? もし家空けてたら困りますし、今後使うこともあるでしょう」
「あ、忘れてました。連絡先知らないと今後不便ですものね」
 悠夜と遙乃は、お互いに携帯を取り出した。
「考えても見れば、お互い見知った時間は長いのに、未だに連絡先知らなかったんですね」
「確かに。上野さんが中一の頃からですし、5年はあったはずなんですよね」
「やはりあの頃は1学年の差が大きかった、と言うことなんでしょうね。最後の方は、ほとんど話せなかったですし・・・」
 最後の言葉は、少し小さく話した悠夜。
「でも、これからは同じ学年ですから」
「ははっ、何か変な感じしますね。ああ、他意は無いですよ」
 慌てて取り繕う悠夜。
「大丈夫ですよ。年が違うのに同じ学年になるという違和感は、私もありますから。ある意味、浪人生の特権です」
「・・・そうかもですねw」
「さて、踊り場で話していては邪魔になってしまいますね。戻りましょうか」
「ですね。ではまた後で。俺ここで待ってますから」
「分かりました」
 そして、二人は各々の部屋に戻っていった。

つづく
Posted at 2021/01/09 17:22:27 | コメント(0) | トラックバック(0) | SS | 日記
2021年01月06日 イイね!

【SS】君の名を呼ぶ時(1)

誰しも、パートナーを名前で呼んでいる事だろう。もしくは、愛称とか。
それは、名前というものが、パートナー個人を指す呼び方であるためである。
しかし、名前で呼ぶということは、一定の親密さを表すことでもある。例外もあるが、一般には、初対面の人間をいきなり名前で呼ぶことはしない。
では、俺がパートナーである彼女を名前で呼ぶようになった時は?
思い返せば、俺達の関係が始まった時だった。


彼女は、元々俺の先輩だった。
両親が教育方針で揉めた結果、受けられる所も受けられなくなるからと、消極的な理由で受験した中高一貫校。
彼女は、そこの1学年上の先輩だった。
この学校では、中学時代に高原学校、世間一般的な言い方をすれば林間学校かな。そこに1年生と2年生の合同で行く習慣があった。ここでは、班行動をする場面があり、そこで同じ班となったことが、彼女と初めて話したきっかけだった。
彼女との接点は、案外多かった。
彼女は文芸部で、俺はパソコン部。共に、パソコン室を使う部活であったこと。
通学に同じ私鉄を利用していたこと。
お互い話すようになるまでは、さほど時間はかからなかった。
電車の中で話すようになり、往路や帰路の駅までの道で、見かければ声をかけることもあった。
帰路のコンビニでプリンを買って、駅で食べたのをよく覚えている。


だが、こうした時間は長く続かなかった。
中高一貫校と言うだけあり、本校は進学校だった。それはつまり、学年が上がるごとに勉強が忙しくなっていくことを意味する。
そして、それまで同じルートで通学していた彼女は、「勉強のために、通学時間を減らしたい」と言って別のルートで通学するようになり、学年が違うこともあって、いつしか彼女を見かけることすらなくなっていった。
最後に話したのは、彼女の卒業式の日だった。
下学年が全員そろって卒業式を終えた卒業生を出迎える習慣があり、それが最後に話したときだった。
「卒業おめでとうございます」
「ありがとうございます」
ありきたりなその言葉が、最後の言葉だった。


そうこうしている内に、自分も勉強で忙しくなっていく。
既に、自分にはやりたいことがあった。
『地質学を学びたい』
それが自分の決めた進路だった。当時成績が追い付いていなかったため、かなりの難関であったが、無事希望していた信州大学へと合格することができた。
その忙しい時間の中で、俺は彼女の事を忘れていった。


そして迎えた入学式の日。
雪国らしく、入学式のシーズンには、桜でなく雪が舞う、この信州の地で。


声を掛けられ、振り向いたその先には、彼女が居たんだ。




勉強していい大学に入ること。
当たり前のように教えられてきたその考え方は、私にとってよく分からないものでした。
音楽が好きでピアノを習ったり、文学が好きで文芸部に入って小説を書いたり、いろいろしては来ましたが、そのどれもがあくまで趣味の範疇であり、そこから将来のビジョンが見えていなかったのです。
『自分が何をやりたいのか。何のために進学するのか』
そういった道しるべが無く、ただ漠然と文系に進んでいた私は、未来というものが良く分からなかった。
その結果が、受験の失敗と言う事実として、私の目の前に立ちふさがりました。
ただ単に、数学や英語、現代文や古文漢文等をやっているだけでは、大学に受かることはできなかった。
それも当然ですね。私には目標というものが無かったのですから。
そうして進路に悩んでいた時、思い出すのは一人の男の子の事でした。
地震学について、地質学について。
話している内容は、私にはあまりわからないことばかりでしたが、それはもう楽しそうに、目をキラキラと輝かせながら話すその様子は、とても印象に残っていました。
だから、その時私は思ったんです。
彼にもう一度会いたい、と。

心機一転して、私は理系へと転身することにしました。
もちろん、それは非常に困難なことであると理解していました。
幸い、彼が望んでいた信州大学の地質科学科は、文系の私でも受験可能な試験項目でした。
その道の先に、彼が待っていると信じ、一年間、必死に勉強して、遂に合格を勝ち得たのです。

そして、雪の舞う入学式の日。
式場となるアリーナの理学部コーナーへと向かう人の列の中に、見知った背中を見つけました。
直しきれていない癖毛は、昔見たままで。
どこか落ち着かない様子でキョロキョロとしているその姿は、懐かしさを覚えます。
彼と確信した私は、入試以上に緊張しましたが、その背中に声を掛けました。




『おひさしぶりです。私の事、おぼえていますか?』






つづく
Posted at 2021/01/06 19:42:12 | コメント(0) | トラックバック(0) | SS | 日記

プロフィール

「血液検査採血失敗されたw
どうも血管の位置がわかりにくい体質らしい」
何シテル?   11/15 08:43
長寿と繁栄を。 sinano470です。 名前の通り信州人ですが、厳密には移民勢です。 現在愛車は、SUBARU LEVORG。パーソナルネームは...

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